EP41 式典とパレード②
王城の部屋と部屋を繋ぐ通路。
赤い絨毯が敷き詰められ、壁には高価な絵画が、そして両脇には壺や石膏像などの芸術品が並べられたこの場所では、使用人だけでなく王国の役員までもが忙しく行き来している。聖剣と聖鎧の授与式やその後のパレードの最終調整と準備があるためだ。そしてその一角からはどこか困ったような表情をしながら会話をする2人のメイドがいた。
「困ったわ……リコ様がいらっしゃらないの」
「エリカ様も見当たらないわ……どうしましょう」
時刻はもうすぐ9時になろうとしている。主役である勇者セイジの仲間と認識されているリコとエリカにそろそろ別室に移動するようにと声を掛けに来たのだが、2人の部屋には姿が見えなかった。この大事な日に2人が見つかりませんでしたとなっては国王の顔を潰すことになり、国の威信も大きく損なうことになりかねない。
「2人の行きそうな場所ですか……」
メイドの1人がそう呟きながらリコとエリカがよく行っていた場所を思い出していく。2人は共に魔法使いであり、魔法書が収められた書物庫をよく利用していた。それ以外ならば訓練場で魔法の練習をしていたという印象が強い。そして……
「もしや勇者セイジ様のお部屋に……?」
「なるほど……確認してみましょう。それに見つからなかったとしてもセイジ様ならば御二人がどこに居られるのかの心当たりもあるかもしれません」
「そうですね。では……」
「その必要はありませんよ」
相談する2人の声を遮ってもう一人のメイドが近づく。2人が振り向くと、そこには自分たちメイドを統率するメイド長が立っていた。いきなり音もたてずに現れた自分たちの上司に2人は驚愕の表情を見せる。そんな2人に微笑みながらメイド長は言葉を続けた。
「セイジ様のお部屋は先ほど確認してきました。リコ様もエリカ様も共にいらっしゃいましたよ。リコ様とエリカ様の御二人はセイジ様のお部屋で朝食をお取りになったという連絡は聞いていませんでしたか?」
「「あっ……!」」
2人のメイドは思い出す。
セイジの部屋に食事を運んでいった同僚の話を。
「私たちが仕える方々の動向をチェックして、いつでも御側に出られるようにするのもメイドとしての嗜みです。まだまだ修行が足りませんね」
「「はい……」」
このメイド長、僅か19歳ながらも頭角を現し、生まれ持つ分割思考能力で各メイドたちに的確な指示を出しながらも庭師から料理人までの城に仕える様々な使用人の動向まで把握する天才として、ルクセント王に「執事の必要性に疑問を感じる」とまで言わしめたほどだ。なお、この事件のせいで執事長は涙目になったという逸話もあるとかないとか……
一方、そのメイド長の指示で授与式に備えて別室で待機するように言われたセイジたち3人は、豪華絢爛な王城の待合室で茶菓子を食べながら紅茶を楽しんでいた。
「このクッキーおいしいよねー」
「僕はこっちの金平糖みたいなのが好きだな」
この世界エヴァンの王宮で出されるお菓子は日本に居た頃に食べたものと遜色ないほどであり、中には食べたこともないような甘いお菓子まであった。傾向としては洋菓子に近いものが多いが、たまに煎餅のようなものまで混じっていたのはセイジたちにとって驚きだった。
「私はチョコレートがないことが不満ですね」
タブレット状に砂糖を固めた金平糖のようなお菓子を口に運びながらエリカだけは不満を漏らす。年頃の女子としては、チョコレートのない生活には些か我慢できないものがあった。
「仕方ないよ。そもそもエヴァンにはカカオすらないみたいだしね」
セイジは苦笑しながら紅茶を一口含む。
日本でたまに飲んだインスタントのものよりも香りが強く豊かで、イギリス人が日本の紅茶をバカにしていた気持ちがよく分かる。この紅茶は迷宮都市【ヘルシア】の名産品の茶葉であり、奇しくもクウがラグエーテル家で飲んだものと同じであった。
「でも……」
エリカがまた何かを言おうとした時、部屋にノックの音が響きわたる。セイジも手に持った紅茶を置いて扉の方を向き、リコとエリカもそれに従う。扉を開いて入ってきたのはセイジの部屋からこの待合室まで案内してくれたメイド長と、騎士団長のアルフレッドだった。セイジはチラリと部屋に備え付けられた魔法道具の時計を見ると、既に9時半になっている。
「セイジ殿、リコ殿、エリカ殿、もうすぐ授与式が始まる。これからの流れを最後に説明するから、よく聞いておいてくれ」
アルフレッドの言葉に3人は深く頷く。それを見て軽く笑みを浮かべたアルフレッドが、チラリとメイド長に視線を送ると、メイド長は1歩前に進み出て一礼してから口を開いた。
「これからの勇者様方のご予定の確認を僭越ながらメイド長である、このリーシェがさせていただきます。
まず、この説明後すぐに謁見の間へと赴いていただき、セイジ様に聖剣と聖鎧を授与する式典が行われることになっております。授与を担当いたしますのは光神教会の大司教であるパトリック様です。授与式が始まりましたら、宰相のアトラス様が司会をなさいますのでその指示に従ってください。
そして聖剣と聖鎧を授与する際に、パトリック様が祝詞を唱えることになっています。その時にはパトリック様の手前で片膝を着いて頭を垂れて祝詞を受け入れてください。それが終わった後に与えられた聖剣と聖鎧を身に纏うことで授与は終了します。そのあとは国王陛下が挨拶をなされるので、もう一度跪いてご清聴をお願いいたします」
セイジたちは細かい作法などを予め聞いているため、大まかな流れだけ説明するメイド長。話を聞いて大きく頷いている3人を見て、さらに話を続ける。
「そして授与式の後、王国が用意した馬車に乗って王城から城壁正門までパレードを行います。この際、王都からほとんどの民が集まると予想されていますので、混雑する可能性もあります。旅立ちの前に疲れるかもしれませんが、最後まで笑顔で通してください。できれば手などを振ってくださると尚よいでしょう。そして王都を出立した後は、南へと向かい武装迷宮を目指していただくことになっています。何かご質問はありますか?」
メイド長リーシェが3人を見渡すがセイジたちからすれば、何度も聞いた説明の確認でしかないので今更ながら質問はなかった。
「では謁見の間へと案内します。こちらへ付いて来てください」
セイジはカップに残った紅茶を一気に飲み干して立ち上がる。リコも立ち上がるついでに、最後の一口とばかりにクッキーを口に放り込んだ。そんな2人に呆れながらエリカも立ち上がってリーシェへと付いて行く。アルフレッドはそんな3人の最後方から付いて行って謁見の間へと向かった。
ルメリオス王国の謁見の間。
国王が自国の威信を示しながら客人を迎えたり、重要な式典を執り行うときに用いられるその空間には、王であるルクセントだけでなく多数の有力貴族や光神教会の関係者、そして近衛騎士団の宮廷魔術団が一挙に揃っている。また、そういった身分の高いものに紛れてルメリオス王国の魔法技術者が数名ほどこの場所に待機していた。理由としては、この勇者装備の授与式を中継で王都中に見せつけるための魔法道具を扱うためだ。
この場に集まった者の中でも身分意識が高い貴族たちは、平民である魔法技術者が謁見の間にいることを不満に感じているのだが、このような式典の場でそのような発言をするわけにもいかず、ただ見下すような視線を向けていた。
(全く……役にも立たん癖に見栄だけは一人前のようだな……)
ルクセントはそのような貴族たちを見て密かにため息を吐く。本心としては身分だけの貴族よりも王国を発展させる魔法技術者の方がよっぽど役に立っていると言いたいのだが、公式の場で発言するべきことではないため、グッと我慢する。
そんな国王の本心を悟って苦笑いを浮かべる宰相のアトラス。彼は王の右側に佇み、腕に付けた魔道具の時計を見ると式典が始まる10時を指していた。定刻になったことを知らせるために、隣にいる国王にアイコンタクトを送り、ルクセントもそれに頷く。それを確認してアトラスは大きく息を吸い込み、そして声を張り上げた。
「これよりルメリオス王国の勇者、セイジ・キリシマへの聖剣及び聖鎧の授与式を執り行う」
開始を告げるアトラスの声は謁見の間のみならず、魔道具を通じて王都中に響きわたる。緊張に包まれる謁見の間とは対照的に、王都に住む国民たちは歓声を上げて式典開催を祝っていた。その声は王城の壁すらも通り抜けて謁見の間まで聞こえ渡るほどであり、どれほどの国民が勇者に期待しているのかが窺えた。
「光神の勇者セイジ及びその仲間リコ、エリカ、入場」
アトラスの司会進行と共に、謁見の間の大扉を守る近衛騎士が動いて扉をゆっくりと開けていく。その様子は中継でも映されており、未だ見ぬ勇者の姿をその目で確認しようとする国民が一斉に注目していた。
そんな予想よりも多くの人々に注目されているとは露知らずのセイジは、緊張した面持ちをしつつも授与される専用装備に内心はワクワクしていた。
(聖剣と聖鎧は箱に入っているって聞いたな……あの箱かな? ということはその後ろに立っている神官っぽい人がパトリックさんで合っているのかな?)
召喚されたとき以来の謁見の間にセイジは周りを見渡しそうになるが、今は式典中であり王都中にここの映像が中継されていることを思い出して自制する。勇者として期待されている以上はみっともない真似をするわけにはいかないと言い聞かせてしっかり前だけを見据えた。
リコやエリカもその辺りのメリハリはつくらしく、勇者の仲間としてふさわしく見えるように取り繕っていた。普段の2人を知っているセイジからすれば、10匹ぐらいは猫被っているんじゃないかと言いたいほどには大人しくしているのだった。
(確か……一番奥のラインまで行って止まるんだったよな)
謁見の間では王の前で跪くにあたって、3本のラインが設定されている。身分や客分としての重要度が高いほどより王に近い位置で跪くことを許されるのだが、勇者であるセイジは最重要の賓客として扱われているので、一番王に近い、奥のラインで跪くことになっていた。
セイジは視線だけを下げながら目標のラインまでたどり着き、片膝を着いて左手は心臓の前に、右手は地に突いて頭を垂れる。それと同時に2歩ほど下がってついて来ていたリコとエリカも両膝を着いてセイジと同様に頭を垂れた。
「面を上げよ」
静かでありながらも覇気のある声が響きわたり、セイジたちは顔を上げてルクセントの方へと向いた。普段こそ優し気なルクセントであるが、今は一国を支配する国王としての表情をしており、その口から発せられる一言一言からは威厳が感じられる。その両脇には、右側に宰相アトラスが、左側に装飾が施された箱と共に白地に金の刺繍が入った貫頭衣のパトリックが佇んでおり、3人の視線は重なるようにセイジへと向けられた。
「これより光神シン様の代理人である、大司教パトリック様より聖剣と聖鎧の授与を執り行う。パトリック様は光神の勇者様の前へ」
アトラスの言葉に従ってパトリックはセイジの前まで行き、それと同時に2人の近衛騎士が聖剣と聖鎧の入った箱を抱えてセイジの手前へと置く。箱を挟むようにセイジとパトリックは向かい合い、視線を交わした。
初老とも言えるパトリックの宿す力強い視線にセイジは一瞬驚くが、すぐに表情を戻して逆に見つめ返した。このことにパトリックも驚きを隠せない。
(ほう……前回の勇者と違って口だけではないようだ。前の勇者殿は「チート」だの「テンプレ」だのと訳の分からぬ言葉を喚くだけの肝の小さい男だったというのに)
パトリックはセイジに対する期待と評価を二段階ほど高めた。