EP418 時間操作
一番初めに動いたのはインペリアル・アントだった。
《怠惰大罪》を解放した今、怠けていた分だけ力を得ている。それはインペリアル・アントの肉体能力を極限まで引き上げる結果となった。
その場から消えるように移動したインペリアル・アントは、一瞬でミレイナの背後に回り、鋭い鎌を振り下ろす。当然、毒々しい緑の気が纏わりついているので、同じ気でなければ防御不可能だ。もしくは、相当な魔素による防御が必要となる。
ミレイナは前者……つまり気で防いだ。
「グガッ!?」
「ミレイナさん!」
女の子が出すべきでない声が漏れ、ミレイナが上空から地面へと叩き付けられる。鎌による攻撃こそ防いだが、その衝撃まで殺せるわけではないのだ。大きな土煙が上がり、山肌を砕いてめり込む。
そしてインペリアル・アントが次に狙いを付けたのはリアである。
”次は貴様だ!”
再びインペリアル・アントの姿が掻き消え、リアの真横に出現して鎌を振るった。元から後衛型のリアに回避できるはずもなく、その凶刃が胸元を切り裂く。
だが、インペリアル・アントは手ごたえを感じず、血が流れることすらなかった。
「それは読んでいましたよ」
”ギギギッ!?”
上から凛々しい声と共に爆炎が迫り、インペリアル・アントは膨大な熱に包まれる。
インペリアル・アントが斬ったと思ったのは《光魔法》による幻影だった。それを《星脈命綴鎖》を使ってインペリアル・アントが確実に騙されるよう操作し、リア自身は《時空間魔法》で転移して《炎魔法》を備えていた。
インペリアル・アントは《怠惰大罪》によって凄まじい力と本能を解放しているので、本来ならば幻術など通用しない。しかし、所詮はステータスに縛られている身であるため、0.0001%の可能性は残っていた。
リアはそれを《星脈命綴鎖》で引き寄せたのである。
”この程度で妾に攻撃したつもりか! ぬるいわ!”
しかし、流石は物理特化の魔物だ。元から物理ステータスはミレイナよりも遥かに高い。その状態で強化系スキルを多重起動し、《怠惰大罪》まで発動している。
その防御力と攻撃力は並ではない。
怠けて力を溜めるという条件付きではあるものの、一時的に生物の枠を超えた領域へと手を出すことが出来る。それがエネルギーの蓄積という本質を持った《怠惰大罪》の力だ。
怠けるほど無限のエネルギー貯蔵を可能とする上に、いざという時はそれを制限なく解放できる。
グリフォンとは違った意味の無敵状態だ。
正確には、余りにも強すぎて無敵の領域へと足を踏み入れていると言うべきか。
「やはりダメですか」
リアの魔力値はかなりのものだ。《炎魔法》も高レベルで取得しているので、威力も申し分ない。だが、力を解放したインペリアル・アントには全く届かなかった。
劫火の渦に包まれても、黒い甲殻は焼ける様子がない。
そもそも、強過ぎる気で弾かれて殆ど熱が通らない。
やはり攻撃するなら《時空間魔法》を使うのが最適だろう。
”フンッ! どうやって妾の攻撃を避けたのかは分からぬが……奇跡は一度きり。次こそは殺してやろう”
インペリアル・アントは《覇気》で炎を吹き飛ばし、翅を高速振動させてリアの背後まで移動する。暴風と衝撃波が周囲に撒き散らされ、もはや移動するだけで災害となる。リアも煽られて体勢を崩し、その隙をついてインペリアル・アントが鎌を振り下ろした。
奇跡は何度も続かないから奇跡だ。
それは正しい。
しかし、それが奇跡に見えた実力ならどうだろうか?
リアは奇跡を実力で引き当てる能力者。回避は容易かった。
インペリアル・アントの凶刃が再びすり抜ける。
”何っ!?”
「甘いです」
幻術と転移のコンボで攻撃をかわし、空間固定でインペリアル・アントを縛りつけた。その物理ステータスを使えば、この空間固定すら無理やり破壊できるだろう。恐らくは数秒と束縛することは出来ない。
しかし、リアはこれで充分だと確信していた。
何故なら、リアには味方がいるからである。
「借りは返す。《颶風滅竜皇息吹》!」
地面に叩き付けられたお返しとばかりに、ミレイナが本気のブレスを放った。竜化を発動し、空気が液体化するまで圧縮して放つ攻撃だ。発生する風圧と衝撃波は凄まじく、インペリアル・アントを吹き飛ばす。
翅はボロボロに千切れ、足はあり得ない方向に折れ曲がり、実に悲惨な姿となっていた。
”ギ……ギギ……ッ!”
インペリアル・アントはすぐに《自己再生》を発動させる。《怠惰大罪》の補助もあって、一瞬で回復して見せた。
しかし、その間に地面へと落下してしまう。《颶風滅竜皇息吹》の影響もあり、山脈の麓付近で土煙を上げた。
「追うぞリア!」
「はい!」
ミレイナとリアは土煙が上がっている場所まで飛翔する。だが、二人が辿り着くよりも先にインペリアル・アントは復帰して、翅を振動させながら上空に戻ってきた。
【魂源能力】は発現した者の本質を表す。
だが、この回復速度や復帰速度は怠惰とは思えないほど早い仕事だ。
”妾の休息を邪魔した愚か者どもめ……!”
インペリアル・アントは忌々しそうに声を出す。
本来、蟻女王は奴隷である働き蟻を使役し、自分は怠惰に勤しむ。食と住の満足は奴隷が用意してくれるため、働く必要がないのだ。更に言えば、創魔結晶があるので産卵も殆どしたことがない。数百年前に気まぐれで奴隷を生んだ程度である。
しかし、インペリアル・アントにしか出来ない仕事もある。
リアやミレイナのような強すぎる存在の相手だ。
そしてインペリアル・アントは怠惰であるがゆえに、必要な仕事は一瞬で終わらせる。何故なら、素早く仕事を終わらせて怠惰に過ごしたいからだ。
インペリアル・アントの仕事に必要なのは絶対的な強さ。
故に、怠惰に過ごすことでエネルギーを蓄積できる能力を得た。
”塵になるまで切り刻んでくれるわ!”
全力を尽くしてリアとミレイナの排除を決める。
そして空気を蹴り、一気に加速して両手の鎌を振り下ろした。狙いはリアではなくミレイナ。二度も攻撃をかわされているリアではなく、少なくとも攻撃が当たるミレイナを選んだのだ。
《身体強化》と《気纏》、《明鏡止水》に加え、《怠惰大罪》まで発動したインペリアル・アントの速度は音速を軽く超える。竜化したミレイナでも回避は不可能だ。
一瞬の空白が過ぎた後、ミレイナの左腕が飛んだ。
「っ!? あ……くぅ……」
腕を斬り飛ばされた痛みでミレイナは呻く。竜化による耐性と気による防御をいとも簡単に突破してきたのだ。だが、腕だけで済んだのは反射的にミレイナが体を逸らしたからである。本能的に危機を感じていたのだ。
痛みもそうだが、精神的な揺れも激しい。
それに伴い、ミレイナの気が不安定になる。
「ミレイナさん! 治って!」
すぐにリアは《星脈命綴鎖》を使った。ミレイナの腕が斬り飛ばされていない過去へと時間を転移させ、腕を元に戻す。
しかし、その隙をついて今度はリアの側へとインペリアル・アントが迫っていた。
(しまった! 本命はリアか!)
ミレイナはインペリアル・アントの狙いを悟る。これまでの戦闘で、リアがサポートタイプであることを見抜いていたのだろう。ミレイナが負傷すれば、確実にサポートへと走り、隙を晒すと考えたのだ。
インペリアル・アントはまだリアの能力を察知しているわけではないが、厄介だとは感じている。少なくとも素のままで勝てそうなミレイナより、厄介な能力を持つリアを先に仕留めようと考えるのは当然の判断だった。
”真の狙いは貴様だ愚か者め!”
毒々しい気を纏う鎌が振り下ろされ、リアの体を引き裂こうとした。ミレイナも間に合わず、リアに回避できるだけの身体能力はない。
リアの死は確定的だと思われた。
だが、それは覆される。
「愚かなのは貴女の方です!」
回避不可能なハズの攻撃。
リアはそれを回避して見せた。鎌がリアを切り裂く寸前、滑るようにして回避を成功させたのである。その時に生じた風圧を利用し、距離も広げた。
”なんだと!?”
「ミレイナさん!」
「ああ!」
”ギギッ!?”
驚くインペリアル・アントの側面に、ミレイナが本気の一撃をお見舞いした。《源塞邪龍》による無効化と破壊の力で、インペリアル・アントの胸部が破裂する。
更に波動が破壊の力を伝播し、インペリアル・アントの体を砕いた。
落下していく巨体を見下ろしつつ、ミレイナはリアに話しかける。
「驚いたのだぞリア! どうやって避けたのだ?」
「時間を……百倍ほど遅くしただけです。そうなれば、私でも充分に避けられますから」
「いつの間にそこまで時間操作を……」
「天翼蛇カルディア様の試練で、長く時間の概念に触れましたから。それに、私の【魂源能力】も時間を操るものです。時間操作だって上手くなります」
リアは空間操作よりも時間操作に長けている。百倍もの時間減速を実行するのは至難の業なのだが、リアはそれを可能とする才能があった。
「ミレイナさん、私が時間操作でインペリアル・アントの動きを止めます。その間に、《風化魔法》で倒してください。恐らく、インペリアル・アントは物理特化です。再生能力も持っているようなので、ミレイナさんのマイナスエネルギーを利用しましょう」
「うむ。分かったぞ」
見下ろせば、インペリアル・アントは殆ど再生を終えていた。翅が復活すれば、すぐにでも昇ってくるだろう。そこで二人は先手を取った。
「『《時間操作》』」
「『《負蝕滅》』!」
今にも飛び立とうとしていたインペリアル・アントは、時間遅延の檻に囚われる。インペリアル・アントの時間だけがゆっくりと進み、リアとミレイナからは非常にゆっくり動いているように見えた。
そんな状態では的も同然。
ミレイナが《負蝕滅》を放つ。
黒い靄のような塊がインペリアル・アントへと迫り、直撃してエネルギーを喰らった。マイナスエネルギーによるエネルギー相殺である。
(馬鹿な……)
インペリアル・アントは困惑した。
自分の時間を遅くされていることに気付いていないので、インペリアル・アントからすれば周囲が極端に早くなって見える。
《負蝕滅》が驚くような速度でぶつかってきたのだ。自分の速さに自信があるインペリアル・アントからすれば、驚くのも当然である。
だが、驚いている暇はない。
マイナスエネルギーがインペリアル・アントを侵食し始めた。
”おのれ……妾を喰らうか!”
《怠惰大罪》で蓄積したエネルギーを解放し、《負蝕滅》に対抗しようする。流石に何百年も溜め込んだエネルギーを全て喰らえるはずもなく、先に尽きたのはマイナスエネルギーの方だった。
だが、安心するのはまだ早い。
「二発目だ。『《負蝕滅》』」
”な……に?”
ミレイナは次々と《負蝕滅》を放ち、インペリアル・アントのエネルギーを削り取っていく。
闘いはエネルギーとエネルギーの喰らい合いへと移行し始めた。





