EP415 強欲討伐
幻術で一人別れたクウは、山頂付近まで飛んで行き、そこに降り立った。黄金の六芒星が輝く魔眼が情報次元を解析し、目標の位置情報を掴む。
クウは右手を翳し、消滅エネルギーを溜めて放った。
赤黒い閃光が飛び、山の表面に大穴を開ける。情報次元ごと消し飛ばす力であるため、消滅エネルギーに触れた個所は綺麗に抉れた。
「さて、行くか」
クウはその大穴へと入っていき、速足で歩く。内部はスケルトン系の領域にあったように、広い洞窟となっている。迷いなくここを進み、ある場所を目指していた。
すると、洞窟内に巣食うキメラ系の魔物が大量に姿を見せる。
「邪魔だ」
しかし、クウは即座に《神象眼》を発動させて、全てのキメラを切り裂いた。斬られたという幻術を基点として意思次元に死のイメージが刻まれ、それが情報次元に作用して、物理次元にまで影響する。
クウに見られた魔物は鋭利な刃物で真っ二つにされたかのような死体に変化した。
「……ミスったな。死体がやっぱり邪魔だ」
大量の血を流した死体が洞窟内に転がり、進行の邪魔となる。そこで、クウは溜息を吐きながら《銀焔》を使った。
この術には意思干渉で燃やし尽くすという意思が付与されているため、物理法則を無視して燃焼する。クウが燃やすと念じた全ての物質が焼滅する銀色の炎だ。魔物の死体は綺麗に消え去った。
「洞窟内は場所が制限されるから、使う術も考えないとな」
山脈には創魔結晶のせいで魔物が溢れる場所となっている。特に、洞窟のように狭い場所では、あっという間に埋まってしまう。別に埋まったところで問題ないのだが、普通に邪魔なので片付けた方がいい。
それに、キメラ系の魔物を倒すことはリアとミレイナの助けにもなる。
(《強欲大罪》……まさに強欲な者の力だな)
ステータスを覗いた時、《強欲大罪》は強制的に対象を下僕に変える力だと書いてあった。しかし、それは本質からは少し遠い。
この力は強欲である故に得たものだ。
命すらも価値ある財産だと捉えることで、能力の幅が広がる。強欲とは価値あるモノを占有し、より価値の高いモノが盗まれることを拒むということ。
つまり、自分の価値と下僕の価値を比較し、より価値の低い方を優先して切り捨てることが出来るのだ。自分の命が盗まれるぐらいなら、価値の低い下僕の命を代わりに差し出す。
言い換えれば、贋作を掴ませ、本物は逃げおおせる。
これが《強欲大罪》の真なる能力である。
だから、グリフォンに幾ら攻撃しても傷一つ追わなかったのだ。何故なら、贋作の命を掴まされていたからである。逆に言えば、グリフォンに致命傷を与えるだけ、下僕のキメラは命を失うということにもなるが。
(残機が数万のグリフォンとかどんな鬼畜ゲームだよ)
だから、多少の優しさとしてキメラ系の魔物を幾らか始末するのだ。グリフォンに直接ダメージが入るまで何万回も殺し続けるのは骨が折れるだろう。
ただ、クウは気付いていなかった。
ミレイナは意思力で上回り、《源塞邪龍》の無効化能力で《強欲大罪》を上回ろうとしていることに。
「さーてと。創魔結晶は……こっちだな」
クウは洞窟内に出てくる魔物を次々と始末しながら真っすぐ進む。途中で壁があれば消滅エネルギーで綺麗にくり抜き、一直線に創魔結晶のある空間を目指す。
二十分ほどあるいて、魔物を千体ほど倒した頃、ようやくその空間に辿り着いた。
この部屋にある謎の鉱石は魔力を帯びており、青白い魔力光を放っている。そのお陰もあり、洞窟内にもかかわらず明るかった。
そして中心にある巨大な水晶こそが、目的の創魔結晶である。
元は大樹ユグドラシルの根とリンクすることで、大樹が集めた魔力を供給し、恒久的に魔物を生み出す機関となっていた。しかし、大樹は魔神剣ベリアルの瘴気で侵したので、今はその機能も停止している。創魔結晶から魔物が生み出される様子もない。
「壊れろ」
そう言って消滅エネルギーを生み出し、クウは創魔結晶を完全に消し去ったのだった。
◆ ◆ ◆
ミレイナの成長速度は著しい。
破壊神デウセクセスから加護を貰っているだけあって、才能はあった。だが、その中でもダントツで優れていると言えるほど、才能に満ちている。
以前は砂漠でもミレイナが最強クラスであり、傲慢さを持っていた。だが、上には上がいると知ったミレイナが向上心を得た以上、その傲慢さは既にない。
より強く、より速く、より堅く。
超越者という意思の戦いの域にすら手が届きそうな勢いだ。
「どうした? 段々と遅くなってきているぞ?」
ミレイナは両手に竜爪の気を纏い、グリフォンを一方的に蹂躙する。下僕を集めることだけに傾倒し、戦うことをしてこなかったグリフォンがミレイナに勝てるはずもない。幾ら代わりの命を差し出すとしても、反撃のチャンスがなければいつか負けてしまう。
更に、ミレイナには《源塞邪龍》という無効化の力すらあるのだ。
「隙だらけなのだ」
”ぐっ……”
ミレイナの竜爪によって三本の紅い斬撃が刻まれ、グリフォンは片翼を失う。即座に《強欲大罪》の力で下僕の命を支払い、翼を復活させた。
しかし、次の瞬間には、ミレイナに腹部を蹴り飛ばされる。
当然、《源塞邪龍》の力が込められており、破壊の力で内臓を滅茶苦茶に壊されてしまった。即座に下僕の命を支払い、復活させる。
”グルルルル……おのれ”
「余計なことをしゃべっている暇はないぞ! リア!」
「はい!」
ミレイナは《負蝕滅》を放ち、リアが転移を発動させて黒い粒子の塊をグリフォンの背中に瞬間移動させる。
動きが遅い《負蝕滅》を補助するために《時空間魔法》を利用したのだ。これではグリフォンも避けられず、マイナスエネルギーによる脆化を喰らってしまう。
”ぬ……ぐぅぅぅっ!”
身体が細胞レベルで崩れていく痛覚を感じているのだろう。グリフォンは呻いている。同時に《強欲大罪》が下僕の命を代価としているが、グリフォンの中で下僕が凄い勢いで減らされているのを感じていた。
自分が集めた財宝を次々と掴み取りされている感覚。
強欲の本能が怒りを覚える。
しかし、感情の爆発でパワーアップする程都合はよく無い。何故なら、名付き魔物の持つ意思次元は仮初のモノ。本当に高位な次元での戦いでは勝てない。
「竜化!」
トドメとばかりにミレイナは竜化を使う。竜鱗が体表に出現し、背中からは竜翼が飛び出る。頭部の角も少し伸びて、全身から強い威圧感を放出した。
この状態ではあらゆる耐性が向上し、膂力が爆発的に上がる。
グリフォンは更に追いつけなくなった。
ミレイナは縦横無尽に動き回り、グリフォンの全身を切り刻む。深紅の爪痕が生じては消え、生じては消えを繰り返し、グリフォンを確実に追い詰めていた。
まだまだ《強欲大罪》による命のストックが残っている以上、死ぬことはない。だが、いつかは訪れる死が近づいているのは確かだった。
ミレイナの《源塞邪龍》による無効化能力が強く、命の消費も激しい。回復系のスキルを持たないグリフォンが傷を癒すには、下僕の命を消耗しなければならない。このままでは死んでしまうことを悟りつつあった。
(この俺を……殺すだと? この俺から命を奪うだと? そんなことは許さねぇ!)
グリフォンは翼を広げて大空に飛び上がった。その動体視力を生かし、重力で加速した降下攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
だが、ミレイナは逃さない。
寧ろ、隙だらけだと考えた。
大量の魔力と気を口元に集め、限界まで圧縮する。父シュラム直伝の必殺技であり、ドラゴンのブレスを再現した一撃。深紅の波動が放たれる。
”グルルルルッ!”
「死ね。《爆竜息吹》!」
グリフォンは《強欲大罪》による命のストックを使い捨てるつもりで特攻した。どんな衝撃が来ても、必ず突破して見せると意気込んで降下攻撃を仕掛けた。
だが、ミレイナの《爆竜息吹》は桁が違う。
まるで超新星の爆発を思わせる煌めき。
突き抜ける爆風。
重すぎる衝撃。
それらは決死の覚悟を持っていたグリフォンを紙切れのように吹き飛ばした。
カッと空が光り、地上には叩き付けるような衝撃波が広がる。ミレイナの気によって深紅に染まり、煌々と山全体を照らした。
そんな輝きの中から、翼を持つ巨体が落下してくる。重力に従って地に落ちるグリフォンは、激しい衝撃を受けたせいで三半規管が狂わされている。よって姿勢制御も出来ず、山の斜面に激突した。
「ミレイナさん! 一秒だけ確保できます!」
「分かったぞ! 私に合わせろ!」
「はい!」
リアは集中力を限界まで使って《星脈命綴鎖》を発動する。かなり遠めの未来へと時間を転移させるため、魔力消費も大きい。
しかし、リアはミレイナに合わせて力を行使した。
「《星脈命綴鎖》」
「《源塞邪龍》!」
ミレイナの拳がフラフラと立ち上がろうとしていたグリフォンに突き刺さった。同時に、破壊と無効化の力で防御力を無視した波動を放つ。
リアは遠い未来、《強欲大罪》の効力が切れる時点へと時間転移させた。二人は《強欲大罪》が下僕の命を犠牲にすることでグリフォンを生き永らえさせているとは知らない。しかし、何かの条件によって死を免れているとは気づいていた。
無条件に無敵など有り得ない。
無敵状態が続けば続くほど、何かを代償として支払っているハズ。
そう考えたリアは、その代償が尽き果てる未来ならば攻撃が通じると考えたのである。どこまで未来へと転移させれば効力が切れるのか分からない。
しかし、『このままミレイナが攻撃し続けた場合の未来』ならば、どこかで代償が尽き果てるのは確実。リアは魔力の全てを注ぎ、遠い未来まで時間を転移させた。
”ガッ――――”
その結果は予想するのに難くない。
何故なら、リアの予測は正しかったのだから。
《源塞邪龍》による破壊の波動を受けたグリフォンは、肉体を爆散させて深紅の雨を降らせる。
元から《強欲大罪》の能力に頼った防御力しかなかったのだ。ミレイナの力に一瞬でも耐えられるはずがない。
「終わったか?」
「いえ、念のため注意してください」
リアが忠告してしばらく見守るが、グリフォンも流石に復活する様子はない。感知でも、グリフォンの気配は確かに消滅していた。
ずっと見守っていたユナは、笑顔で二人に口を開く。
「うん。倒したね! おめでとう!」
「よ、よかったです」
「魔力もギリギリだったぞ……」
特に最後の《星脈命綴鎖》で魔力を使い果たしたリアはフラリと体勢を崩す。そのまま倒れそうになったが、誰かが背中を支えて倒れるのを防いだ。
リアは魔力枯渇で薄れる意識の中、慣れ親しんだ腕に支えられていると気付く。
「あ、兄様」
「よくやったぞリア」
創魔結晶を破壊したクウは、適当にキメラを倒してから戻ってきた。
タイミングはピッタリである。
「あとミレイナもな」
「うむ。当然なのだぞ」
自信満々な様子で胸を張っているが、本当は魔力枯渇できついのだろう。少し顔が青い。このまま移動するのもよくないので、クウは能力を使うことにした。
「今日はここで休むぞ。俺が全部用意する」
そう言って《神象眼》を使い、周囲を改変して一軒家を作り上げる。あくまでも幻術から派生したものだが、クウが認識し続ける限り、本物として存在する。
世界が一軒家の存在を誤認しているからだ。
「次はアント系の領域、インペリアル・アントがターゲットだ。休むぞ」
ユナ、リア、ミレイナはクウの言葉に頷くのだった。





