EP414 グリフォン
北山脈を支配する混獣王グリフォンは自分の配下が次々と始末されていることを理解していた。同時に、配下が殺され続けていることに怒っていた。
”グルルルル……何者?”
グリフォンは能力によって山脈全ての配下を把握できる。だから東側でキメラ系の魔物が大量に消滅していることも分かっている。
山脈の頂上付近にある小さな広場で体を休めていたグリフォンは、その重い腰を上げた。積もっていた雪が飛び散り、背にある鷲の翼を広げる。
”俺の配下は俺のモノだ。勝手に殺すことは許さねぇ”
グリフォンがそうやって威圧感を出すと、親衛隊とも言える配下たちが同調する。グリフォンにとって配下とはモノであると同時に、大切な存在だ。だが、それは仲間意識ではなく財宝を愛でる感覚に近い。
配下の命が奪われるということは、財宝が盗み出されるということ。
盗人は必ず殺す。
”行くぞ。俺のモノに手を出す意味を分からせてやる”
グリフォンは飛び立ち、四体の配下もそれに続いた。
その瞳には殺意がギラギラと滲み出ているのだった。
◆ ◆ ◆
ゆっくりと山を登りながらキメラ系魔物を排除していたクウたち四人だが、唐突に魔物が引いていくことに気付いた。
「来たな」
「うん、来たね」
広範囲の気配を察知できるクウとユナは何が起こっているのかを理解する。二人には、高速で接近してくる強い気配を感じ取っていた。
《気力支配》を有するミレイナも気付いたのか、顔を上げる。
それに合わせてリアも視線を向けると同時に、影が差した。
「アレが……グリフォンですか」
「ふん。大きいな」
四人の前に現れたのは混獣王グリフォン。その体格は六メートル程だが、翼を広げるともっと大きく見える。クウは《真理の瞳》を発動し、解析によってグリフォンのステータスを覗き見た。
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フィン 1513歳
種族 神種グリフォン ♂
Lv200
HP:39,133/39,133
MP:28,492/28,492
力 :36,327
体力 :39,382
魔力 :37,822
精神 :31,938
俊敏 :39,381
器用 :28,492
運 :39
【魂源能力】
《強欲大罪》
【通常能力】
《召喚魔法 Lv9》
《解析 Lv7》
《魔弾 Lv9》
《魔装甲 Lv6》
《気配察知 Lv8》
《覇気 Lv8》
《思考加速 Lv7》
《状態異常耐性 Lv6》
【称号】
《混獣王》《山脈の支配者》《強欲の王》
《天の因子を受け入れし者》《到達者》
《封印解放》
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《強欲大罪》
自分よりも弱い対象を強制的に従えることが
出来る。能力で捕えた者は決して逃さず、一
度支配下に入ると自力では抜け出せない。
強欲にも自らのモノを握り続ける力。
「こいつ、【魂源能力】持ちだと!?」
クウは驚く。
それもそのはずだ。何故なら、魔物とは魂の無い存在であり、魂の力がスキルとして発現する【魂源能力】を習得できるのは理論的におかしい。それにもかかわらず、グリフォンは会得していた。
称号欄に《天の因子を受け入れし者》とあることから、それによる強制取得なのだろう。以前に戦った神種トレントと同じだ。
名付き魔物は名付け親に力を貰うことで知性を得ている。正確には、名前というアイデンティティを確保することで、仮想の意思次元を獲得できるのだ。魔物への名付けとは、超越者にしか出来ないことなのである。
そして、【魂源能力】は天の因子によって、仮想の意思次元から算出されることで会得できる。
解析を終えたクウは更に思考を踏み込ませる。
(そう言えばキングダム・スケルトン・ロードも《幻夜眼》が殆ど通用しなかったような……何かしらの防御系能力を【魂源能力】として会得していたってことか? 《森羅万象》で知覚できなかったのは防御系の能力で情報面を防がれたから?)
仮にその通りだとすれば、非常に厄介である。これから遭遇する全ての六王が【魂源能力】を有しているということになってしまうからだ。
Lv200にもかかわらず超越化していないのは、魔物が魂を持った生物ではなく、瘴気が凝縮した現象に過ぎないからだろう。これで全てが超越者だったなら、とんだ悪夢だった。
(いや、どちらにせよ訓練にはなる。予定通り、リアとミレイナに任せればいいだろ)
クウはそう判断した。
そして念のために《強欲大罪》を解析にかけてから、他の三人に指示を出す。
「グリフォンはリアとミレイナの二人で倒せ。ユナは周囲の雑魚を始末しながら手伝い。俺は別で動くから、ここは任せるぞ」
「あれ? くーちゃんは残らないの?」
「そいつの……グリフォンの能力が思ったより厄介だったからな。処置をしに行く。あとは創魔結晶の処分もな」
「ふーん。分かったよ。気を付けてね」
「ユナもな。何かあればすぐに呼べ」
それだけ言って、クウはその場から消える。幻術を使い、溶けるようにして姿と気配を消したのだ。如何にグリフォンの知覚能力が高くとも、超越者の力には及ばない。むしろ、グリフォンは初めからクウなどいなかったのだと勘違いしたほどだ。
”小童が三人か。俺のモノに手を出すとはいい度胸だ”
奥底から恐怖を呼び起こすような声である。《覇気》による威圧が放たれているからだろう。しかし、今のリアとミレイナはその程度で腰を抜かしたりはしない。
二人とも、超越者という人知を超えた存在を知っているのだから。
「くーちゃんに任されたし、私は雑魚を始末しようかな」
ユナはまず、周囲の雑魚を一瞬で仕留めた。
神魔刀・緋那汰を手に動き、キメラ系魔物を瞬殺したのである。
蛇の尾を持った狒々の首を飛ばす。突き上げるようにして地面から大量の槍を出現させるとマンティコアが即死する。顕現させたナイフに気と魔素と陽属性を纏わせて投げると、烏天狗のような魔物が爆散した。
この三体はグリフォンの親衛隊のような位置づけにある上位種であり、こんな簡単に倒せるような魔物ではない。しかし、ユナからすれば雑魚も同然だった。
「あーといったーい」
神魔弓・緋廻を顕現させたユナは、陽属性で光の矢を出現させ、素早く放つ。狙いは大きな木の上にある太い枝。矢は何もないところを貫いたように見えたが、実は景色に溶け込むキメラがいた。
巨大なカメレオンのような姿でありながら、カエルのような足を持つ大きな魔物だ。周囲の景色に溶け込むように体表を変化させることが出来る性質を持っている。《気配遮断》を組み合わせると、中々に凶悪なコンボとなり、気付いた時には殺されていたということになりかねない。
だが、それは一般論。
超越者に常識は通用しない。
そのキメラは頭部から血を噴き出しつつ、木の上から落下した。
「はい、終わり」
”殺す!”
一瞬で自分のモノを奪われたグリフォンは、怒りのままにユナを狙う。鋭いくちばしで頭蓋骨を砕こうとしていた。
しかし、右方向から凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされる。
グリフォンは木々を圧し折りながら減速していき、かなり吹き飛ばされたところでようやく停止した。
”グルルルル! 邪魔をするな!”
「ふん。お前の相手は私だぞ」
「あと私もいます」
勿論、グリフォンを殴り飛ばしたのはミレイナである。《源塞邪龍》を使わない、ただの打撃だったからか、グリフォンは特にダメージを追った様子もなかった。
《魔装甲》を会得しているので、それによる防御が効いたのだろう。
「一撃で決めてやるぞ!」
ミレイナは容赦なく《源塞邪龍》を本気で行使する。これは訓練でも何でもない実戦であり、手加減をする必要など皆無だ。また、今回はグリフォン以外をクウとユナが担当するので、遠慮なく力を行使できる。
後先考えていない本気の一撃を繰り出した。
”なっ―――”
グリフォンが発した声すらも吹き飛ばす一撃が放たれる。あらゆる力を無効化し、強制的に消し飛ばす波動が辺り一帯を破滅に追いやった。
木々は一瞬で細切れとなり、地面は大きく抉れ、積もった雪は天に舞う。
遥か遠くまで、破壊の力が浸透した。
針葉樹林が茂っていた山の斜面には大きな傷跡が残り、遥か遠くまで続いている。
「ふん、他愛ないな」
拳を振り抜いた姿から戻りつつ、ミレイナは呟く。
しかし、ユナは注意を促した。
「甘いよミレイナちゃん。アレ、まだ生きている」
「なんだと?」
ミレイナだけでなく、リアも驚いた。
そして、確認するよりも早く遠くで爆発が起こった。どうやら、抉るようにして地面にたたきつけられたグリフォンが飛び出してきたのが原因らしい。
”不意打ちとは良い度胸だ小娘ェ!”
怒りに瞳を滾らせながら、グリフォンは三人の目の前まで飛んでいくる。身体全体から《覇気》による威圧が漏れ出し、殺意を迸らせていた。
その身体は全くの無傷。
汚れ程度しか見当たらない。
幾ら《魔装甲》を持っていると言えど、ミレイナの攻撃を受けて無傷とは信じられなかった。
「なんだコイツの防御は? 確かに直撃した手応えだったぞ?」
「では、私がやります。『《不可視剣》』」
空間をずらすことで、対象を切り裂く時空間属性の攻撃を使う。回避はともかく、防御は不可能な一撃であり、グリフォンは真っ二つになると思われた。
しかし、グリフォンは多少呻いたものの、一滴の血すら流すことがない。
流石に異常だと二人も考えた。
「注意しましょうミレイナさん。何かの能力だと思います」
「私もそう思っていたところだ。私が前に出るから、リアは援護を頼むぞ」
「はい。任せてください」
ミレイナは前に飛び出し、激しく気を纏う。《気力支配》による思考の加速、気配察知能力を頼りに高速戦闘を開始した。
互いに俊敏値が三万を超えているので、一般人には目に映すことすら難しい戦いとなっている。
深紅の気で竜爪を発動させたミレイナは、とにかくグリフォンに血を流させてみようと決意した。恐らくは不老不死などという能力ではなく、特定条件下でダメージを無効化する力だ。その条件を探ろうと考えたのである。
解析能力を持たないミレイナでは、取りあえずやってみるしかないのだ。
「援護します。《星脈命綴鎖》」
「はぁっ!」
”ぬぐ……”
振るわれた竜爪が三つの紅い軌跡を残してグリフォンを攻撃する。それは偶然にも心臓を抉り、即死級のダメージを与えた。
しかし、グリフォンは血を流すことすらなく、ただ吹き飛ばされるだけで済む。衝撃や痛みは無くせないらしいが、ダメージそのものは完全無効化すると分かる。
「まだまだ行くぞ!」
そしてミレイナは《源塞邪龍》を発動し、無効化の力で能力を相殺させようと考えた。これならば、ダメージ無効を無視することが出来る。
ただし、先程《源塞邪龍》を使った時も無傷で耐えられたので、グリフォンには特別な力があるのだ。恐らくは【魂源能力】に匹敵する何かだとミレイナも察した。
ミレイナは賢くないが、勘は良い。
また、クウが実戦のために用意した敵ならば【魂源能力】ぐらい持っていてもおかしくないという、ある意味で別の信頼もあった。故に特に動揺することなく対抗策を試したのである。
彼女にチマチマとした解析や手順など必要ない。
絶対的な力で正面から吹き飛ばす。
それがミレイナの魂から湧き出た力である。
「消し飛ぶのだ!」
ミレイナは《源塞邪龍》に全力で魔力をつぎ込み、気を集中して右手へと集めた。それによって一際大きい竜爪が形成され、深紅の斬撃となって放たれる。
無効化と破壊の波動を纏った爪痕が三つ、刻まれた。
気と魔力で肉体強化をしているミレイナにグリフォンが追いつけるはずもなく、呆気ないほど簡単に攻撃を喰らってしまう。地面を抉り取る一撃は、見事にグリフォンの背中を切り裂いた。
ここでミレイナの意思力が勝ったのだろう。
背中には薄っすらと血が滲んでいる。
”グルルルル! この俺に傷を負わすだと!?”
「突破口は見えた! このまま行くぞリア!」
「はい」
ニコニコと笑顔で見守るユナも、二人の姿を嬉しく感じる。
これが高位能力者の戦い。
意思と意思のぶつかり合いだ。
強い思いはどんな盾すら貫く矛となる。思いが勝ればどんな矛すら弾く盾となる。
ここに一つの戦いが始まったのだった。
六王は【魂源能力】を持っています。
キングダム・スケルトン・ロードの時も称号に《傲慢の王》とありましたから、薄々察していた人もいるかもしれませんね。大罪系と言えば強い能力というのがテンプレートですから。
ネームドモンスターの意味、そして魔物が【魂源能力】を獲得できる理由もここで明かしてみました。名前を得ることで、魔物も仮想の意思次元を獲得できます。本当は仮想なので、そこから無理やり【魂源能力】を開花させる天の因子は結構凄いのです。
あと、キングダム・スケルトン・ロードのステータスになんで【魂源能力】が記されていなかったのか? 詳しい理由も今回の章で明らかにします。
 





