EP409 再び対面
セイジが張った結界《魔境創造》に穴をあけ、クウとベリアルは内部へと侵入することが出来た。
現れた景色は森林であり、遠くでは爆発音がしている。
「思ったより広いな。魔法としての完成度も高い」
「意外そうねマスター」
「ああ、意外だ。思ったよりセイジもスキルを使いこなしているのか?」
クウは忘れているが、セイジは光神シンによって選ばれた勇者だ。当然、才能は有している。だからこそ、イリーガルスキル《魔神》をある程度は使いこなしていた。
まだまだ伸びしろはあるものの、十分に強い。
勿論、一般レベルでの話だが。
「ま、あんまり無駄に時間を過ごすのもアレだ。さっさと行くぞ」
「ええ」
二人は爆発音のする方へと歩いていくのだった。
◆ ◆ ◆
「ぐっ、痛っ!」
死霊として蘇った先代勇者エイスケの力は凄まじい。セイジは胸を斬られ、そしてすぐに《超回復》で傷を治していた。
エイスケに傷を負わせてもすぐに再生してしまうため、まさに千日手である。
いや、セイジ、レン、アヤトの体力が徐々に削られていることを考えれば、有利になりつつあるのはエイスケだった。
「当たれや!」
レンが《破邪の光弾》を放つが、エイスケは普通に回避する。平均ステータスが二十万のエイスケにとって、銃弾など余裕で回避できる攻撃だ。レンの銃撃がレーザーのように通過するも、やはり当たらない。
《仙力》による身体能力や思考速度の強化があっても、エイスケには届かない。
「くっそーっ!」
「落ち着いてレン君」
アヤトが冷静に矢を放つが、銃弾ですら当たらないのに矢が当たるはずもない。牽制しようにも、いざとなればエイスケは銃弾や矢を喰らいながらでも動けるのだ。
「これでどうだ!」
そしてセイジは聖剣に時空間属性を乗せて振り下ろす。空間を飛び越えて斬撃が発生し、エイスケを縦に両断した。しかし、《無限再生》によって修復される。
「行け!」
しかし、その隙に五本の剣がエイスケに殺到した。カリブルヌス、カリバーン、カラドボルグ、エスカリブール、コールブランドがエイスケに突き刺さり、大量の血が飛び散る。
「く……はぁ……ぐ……」
セイジの息は荒い。
《聖魔乖星崩界剣》は強力だが、生み出した剣を操るために多くの精神力を必要とする。連続で使用すれば、とんでもない疲労が蓄積するのだ。
消費されるMPは《超回復》によって泉のように湧き出るものの、失われた体力や精神力はそうもいかない。続く戦闘のせいでセイジは限界に近付きつつあった。
疲労は重なり、集中力は途切れ途切れとなる。
当然、それは大きすぎる隙となった。
エイスケは体から流れる血を気にすることもせず、聖剣エクシスタを右手に持ってセイジに突貫する。
「しまっ―――」
「桐島ぁ!」
「セイジ君!」
もう遅い。
エイスケの剣はセイジの心臓に迫る。咄嗟に《仙力》による結界を纏うが、剣の軌道をずらすことぐらいしか出来ない。凶刃が胸の中心を貫いた。
聖剣エクシスタの根本までしっかりと押し込まれ、大量の血液が背中から飛び散る。幾ら《超回復》があっても、この状態では再生できない。セイジは痛みに呻いた。
「こいつ!」
「だめだレン君! あいつ、セイジ君を盾にしている!」
「う……くっそ……」
レンとアヤトは銃と弓で狙うも、エイスケはセイジを串刺しにしたまま盾にしてしまう。銃弾も矢も直進する攻撃なので、これではセイジに攻撃が当たってしまう。
そしてエイスケは、そんな二人を煽るかのようにして突き刺した剣をグリグリと捩じった。その度にセイジの傷が広がり、大量の血が流れる。
「ぐ……ぐあああああああああ!」
これまで経験したことのない激痛だった。
セイジは涙を滲ませつつ痛みに耐えようとするが、叫び声を挙げてしまう。
「やめろやああああああ!」
「拙い! セイジ君!」
レンとアヤトは堪らず飛び出そうとする。自分たちに接近戦の心得などないが、この光景をただ見ているだけなど出来ない。
しかし、それよりも先に別の影が飛び出し、エイスケを吹き飛ばす。
それはフードで顔を隠した人物であり、ギルド協力者として参加していたクウだった。勿論、その正体がクウであることは知らないため、レンもアヤトも純粋に驚く。
「アンタは!」
「確かギルド協力者の少年」
吹き飛ばされた時にセイジの胸から剣も抜けて大量出血する。しかし、すぐに《超回復》によって傷が修復された。相変わらず、デタラメな再生力である。
(《超回復》はエクストラスキルだったか。それに違わない能力だな)
クウも感心する。対価もなくこれだけの回復力というのは、正直反則級だ。スキルの中には、このように破格の能力を有するものもある。その代わり、習得難易度はかなり高かったはずだ。
もはや習得させる気のないロマンスキルとも言える。
だが、セイジは《融合》という【固有能力】によって習得してしまった。
(まぁ、下手すると長く苦しめられるだけになるわけだな)
ある意味では楽に死ねないスキルとも言える。
回復力が高いだけあって、超越者のようにほぼ不死ではないのだ。また、超越者のように意思力で痛覚を遮断出来たりもしない。
(っと……それはともかく、オリヴィアが出してきた死霊を潰さないとな)
クウがそんなことを考えていると、丁度そこにベリアルもやってくる。
「間に合ったのマスター?」
「なんとかな」
「く……君たちは……?」
傷が治ったセイジは残る痛みに顔を顰めつつ、立ち上がって尋ねる。二人がここにいるということは、セイジが張っておいた《魔境創造》を破ったということなのだ。一体、二人が何者なのかと考えてしまう。
しかし、クウは質問を手で制し、剣先である方向を示した。
「まだ奴の脅威は止まっていないぞ」
クウに吹き飛ばされたエイスケは、聖剣エクシスタを片手にゆっくりと歩み寄っていた。セイジ、レン、アヤトはすぐに武器を構え、口々に警告した。
「早く逃げてくれ! コイツは強すぎる!」
「再生力が半端やない! ここは俺らに任せや」
「ま、僕たちでも手に余るんだけどね」
三人はクウとベリアルを庇う位置に立つ。
しかし、その気遣いは意味のないものだ。何故なら、クウはデス・ユニバースなど意に介さないほど強い超越者なのだから。
「邪魔」
クウはそれだけ言って、その場から消える。
そして次の瞬間には、剣でエイスケの首を撥ねていた。更に連続で剣を振り、エイスケの体をバラバラに引き裂く。大量の血液が飛び散り、池のようになった。
これにはセイジたちも唖然とする。
『……』
黙り込む三人に対し、クウは剣についた血を振り払いつつ告げた。
「コイツがどうかしたのか?」
まるで死霊勇者など敵ではないとも受け取れる発言。
いや、事実としてこの程度は敵とも言えない。
幻術で認識を誤魔化した後、高速で背後に回り込んで《神象眼》を発動させつつ切り裂く。この「意思干渉」によって斬られた状態が正常だと世界が認識し、《無限再生》が機能しなくなったのだ。
幾らデス・ユニバースでも体がバラバラでは動けない。
「嘘だろ……?」
「マジか、信じられへん」
「夢みたいだよ……アレがあんな簡単に」
三人からすれば信じられない。あれだけ苦戦したエイスケが一瞬で倒されてしまったからだ。正直、理解不能な出来事だった。
そんな三人に対して、クウは何でもないように告げる。
「これでいいか?」
「あ、ああ。助かったよ」
取りあえずセイジは礼を述べる。
そして《聖魔乖星崩界剣》による剣を消しつつ、言葉を続けた。
「正直、驚いたよ。何か僕たちに出来ることはない? お礼がしたいんだ」
「ん? ああ、そうやな。俺らにとっては命の恩人みたいなもんやし」
「世界は広いって思い知ったよ。僕からも何かお礼がしたい」
三人はこれでも勇者ではなく冒険者としての地位も持っている。つまり、かなりのお金持ちだ。大抵のものは用意できる自信があった。
しかし、クウは三人にとって予想外のものを要求する。
「そうか。なら、遠慮くなくお前たち三人の……手に付けている指輪を要求しよう」
『!?』
「その指輪をさっさと寄越せ」
「これは渡せない。僕たちの聖剣、そして聖鎧の大元がこれなんだ。それに、これは勇者の称号がなければ使えないものだよ」
「ああ、知っている。知ってて寄越せと言っているんだよ」
クウはフードを取り外し、正面から言い放った。
元から勇者たちの指輪を奪い取り、破壊か封印する予定だったのだ。今はセイジの張った結界のお蔭で外野もいない。行動を起こすにはピッタリのタイミングだ。
そこで、さっさと用事を終わらせることにしたのである。
勿論、クウの顔を見たセイジたちは驚いた。
「朱月!」
「クウ!?」
「君は……精霊王を殺した……っ!」
三人は慌てて武器を構える。
もはや、クウは敵として認識されていた。見つければ、どうにかして無力化すると予め話し合っていたのである。《聖魔乖星崩界剣》を手に入れたことで、セイジもクウと同格になったと勘違いしていたからだ。
本当の実力差から考えれば、殺す気で挑んでも勝てないのだが。
「お前たちでは俺に勝てないぞ。大人しく渡せ」
「ダメだ。それに、僕は君に並ぶ力を手に入れたんだ!」
セイジはそう叫び、五本の聖剣を展開する。カリブルヌス、カリバーン、カラドボルグ、エスカリブール、コールブランドの五本がセイジの周囲を浮遊し、切先をクウに向けた。
一騎打ちのつもりなのか、レンとアヤトは武器を降ろす。
あまりにも状況を理解していない態度だったので、クウは呆れながら溜息を吐いた。
「はぁ……ダメだコイツ」
「なんだって!?」
「渡す気がないなら、無理やり奪うまでだ」
クウは神刀・虚月を取り出し、抜き放つ。もはや居合すら必要ない。セイジは武器を構えたクウに対して五本の聖剣を飛ばし、自身も飛び出した。
それに対し、クウは刀を振るって五本の剣全てを弾き飛ばす。
いや、弾きつつ一撃で破壊する。
これに動揺したセイジは、クウの踏み込みに対応できず、鳩尾に強い一撃を喰らってしまった。
「ぐあっ!」
セイジは吹き飛ばされ、地面を転がった。
だが、すぐに立ち上がる。
(僕の《仙力》が貫かれた……?)
クウは攻撃に気と魔素を込めていたので、当然のようにセイジの《仙力》を突破した。内なる気と外の気を合わせる《仙力》は強力だが、超越者からすればスキルの範疇でしかない。
突破は容易だった。
「ほら、その程度か?」
一瞬で背後に移動したクウはセイジを蹴り飛ばす。やはり《仙力》は貫かれ、セイジは強い痛みを感じながら吹き飛んだ。
「ぐ……空間移動?」
「違うな。単に素早く動いただけだ。こんな感じで」
「ごはっ……」
クウに空間移動能力はない。《因果逆転》は一見すると空間移動しているように見えるが、あれは世界に対して矛盾を押し付け、無理やり解消させることで空間的距離を消去する術でしかない。
そしてセイジに対してそんな術は必要ない。
多少の幻術を織り交ぜ、素早く動けば瞬間移動したかのように感じられる。
「容赦ないわね」
「煩いぞベリアル」
ベリアルは呆れるが、クウは平然としたまま言い返した。
「うぐ……く……」
疲労も多かったセイジは上手く立ち上がれない。クウの気が捻じ込まれたことで、かなりのダメージを受けてしまったからだ。クウの持つ意思力が邪魔をして《超回復》も上手く働かない。
そんなセイジに慌ててレンとアヤトが駆け寄り、肩を支えて起こした。
想像以上に容赦なく攻撃を加えるクウに対して、親友であるレンが語りかけた。
「どうしたんやクウ! 聖剣は魔王を倒すのに必要や。クウは魔王の味方をするんか!?」
「いや、別に聖剣があったところでお前たちに魔王は倒せないぞ」
「……なんやて?」
「そもそも、お前たちの持つ聖剣、聖銃、聖弓、そして聖鎧が原因でスキルに異常が起こっている。だから、俺はそれを止めに来ただけだ」
衝撃的な言葉。
勇者たち三人はそのように感じた。
聖剣と聖鎧が原因でスキル異常が発生しているなど、信じがたいことだ。驚いて目を見開く三人に対し、クウは説明を始めるのだった。
 





