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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
天使覚醒編
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EP40 式典とパレード①

 ルメリオス国王の勇者お披露目パレードの当日の夜明けごろ、光神教の関係者は慌ただしく準備をしていた。教会に保管されている聖剣と聖鎧を勇者セイジに授与するためだ。

 この2つの装備は召喚陣が起動されるたびに勇者専用装備として教会の聖堂に出現するのだという。装飾があしらわれた豪華な立方体の箱の中に入っているのだが、資格なき者が聖剣と聖鎧に触れようとすれば電流が走って弾かれるのだ。鑑定の結果、装備資格は光神シンの加護を持ちつつ、力のステータス値が1,000以上であることだった。前回の召喚された勇者の装備も似たような装備条件だったので驚くようなものではないが、貴重な装備である故に箱ごと盗まれたりしないように厳重に管理する必要があるので気が抜けない。もし盗まれてしまえば教会の地位は大きく失墜することになるのだから。



「よいか? 授与は王城の謁見の間で行われる。そこまで確実に運ぶのだぞ!」



 覇気のある声を出して指示を飛ばすのは大司教のパトリック・アルバインだ。

 光神教はヒトのほとんどが信じる宗教ではあるが、政治的な関与は全くしておらず、宗教法人のような扱いを受けている。あくまでも宗教は宗教なので、国に対する発言力はまったくない。光神教信者をまとめる地方の司祭のさらに上に教会内の役員である司教がいて、そして司教たちを統率する大司教が光神教のトップとなる。つまり大司教パトリックは光神教でもっとも権威ある存在なのだ。

 そんなトップ自らが指示を出しているのだから聖剣と聖鎧がいかに厳重に扱われているのかが窺える。



「急げ! 早くしなければ民衆が集まって進めなくなるぞ!」


『は、はい!』



 まだ初老と言えるパトリックは『聖導士』とも呼ばれる光魔法の使い手でもあり、王都ではかなりの有名人なので、もたもたしていると民衆が集まってくることも考えられる。今はまだ夜が明けたばかりで人が少ないのが救いだ。

 王都広場にある光神教会の前に止めてある馬車に聖剣と聖鎧の箱を積み、その中に大司教パトリックと数人の護衛も乗る。馬車は木で出来た安物であり、本来なら大司教を乗せるようなものではないのだが、目立たないことを優先したため仕方がない。

 乗り心地が最悪の馬車に30分ほど揺られながら、パトリックは何事もなく王城へたどり着いたのだった。







 ◆◆◆






 聖剣と聖鎧を受け取る勇者本人のセイジは、パトリックが王城に到着した頃には既に起床して部屋に備え付けられたシャワーを浴びていた。今日はルクセント国王に謁見する日であるため、身だしなみはキッチリ整えるようにと口酸っぱく言われていたからだ。



「~っ、眠い」



 青く光る魔石に触れてシャワーを止めながらセイジは呟く。

 遠足前の小学生の如く、聖剣と聖鎧の授与式という一大イベントにテンションがあがり、昨晩はあまり眠れなかったのだ。今朝も早く目覚めてしまったのはそれが原因だったりする。高校生にもなって、と思うかもしれないがセイジとて男の子なのだ。勇者専用装備と聞いて心躍る気持ちは抑えられなかった。



「それにしてもどんな剣なんだろうな。やっぱエクスカリバーみたいに黄金に輝く感じなのか? でもあれって実際に使うとなれば恥ずかしいよな。しかも輝く剣とか目立ちまくりだし……」



 タオルで身体についた水滴をふき取りながら未だ見ぬ聖剣について思いふける。

 勇者と呼ばれているにもかかわらず、セイジはまだ光神教会にも行ったことはなく、大司教パトリックにも会ったことはなかった。もちろん聖剣や聖鎧を直接見たこともない。装備条件を人伝で聞かされただけだったことが、余計にセイジの興奮と期待を高めたのだった。

 メイドが準備したのであろう下着を穿き、いつも鎧の下に来ているアンダーウェアを身に着けていく。最後に召喚されてからずっとお世話になった鎧と剣に手を触れようとしてピタリと止めた。



「そう言えば授与式の時に聖剣と聖鎧を身に纏うから、いつもの剣と鎧は着けないように言われてたんだっけ?」



 2か月と使ってはいないが、それなりに愛着のある装備だ。セイジも目の前の剣と鎧に何度も助けられながら魔物と戦ったり、騎士団長のアルフレッドと模擬戦をしてきた日々を思い出す。毎日が大変だったが、ある意味で充実していたと思える2か月弱だった。



「今までありがとうな……」



 そう呟いて、丁寧に剣と鎧をアイテム袋へと収納した。

 丁度それと同時にセイジの部屋の扉をガンガンと叩く音がして、ハッと扉の方を向く。こんな風に乱暴な叩き方をするのはセイジの思いつく限りたった一人だ。



「清二ーっ! 起きてるー?」


「起きてるよ。それにそんな乱暴に戸を叩かれたら寝てたとしても起きちゃうから」



 セイジが部屋の扉を開くと案の定リコとエリカが立っていた。もちろん戸を叩いたのは活発少女のリコの方である。2人は既にシャワーを浴びていつもの装備を身に着けているらしく、暇になったためにセイジの部屋まで来たのだった。



「2人共早いね。取りあえず入りなよ」



 セイジは2人を招き入れていつも通り向かい合うようにソファへ座らせる。リコとエリカも毎度のことなので遠慮なくセイジの部屋でくつろいだ。



「朝食はまだだよね? 何か頼む?」


「私はサンドイッチでいいよ。飲み物はコーヒーにミルクたくさんで」


「コーヒーはこの世界にありませんよ。何回そのネタをやる気ですか。私もサンドイッチにします。理子ちゃんも私も飲み物は紅茶にします」



 セイジは苦笑しながらファミレスのボタンのようなものを押してメイドを呼び出す。魔法技術で生活基準自体は日本に居た頃より若干下程度だが、王宮に至っては当てはまらない。まるで高級ホテルに毎日泊まっているような気分になるほど豪華な暮らしだ。困ったことがあれば、ボタンを押してメイドを呼ぶことで何とかしてくれるのだから。

 呼び出して1分もしない内に部屋に来たメイドにサンドイッチと紅茶を3人分注文してセイジは2人に視線を戻して話を再開した。



「それで今日は朝早くからどうしたの?」


「うーん。今日のパレードとか式典とかで興奮して早く目が覚めちゃったから……暇つぶし?」


「私もです。早く目が覚めたので清二君の部屋に行こうと思ったら、部屋の前で理子ちゃんにバッタリ出くわして」



 自分と同じ理由で2人共早起きしていたことにセイジは苦笑する。



「僕も2人と同じ理由で目が覚めたから丁度良かったよ。どうせ授与式は10時からなんだし、しばらくはこの部屋で過ごそうか。それにこの部屋にこうして集まるのも最後かもしれないしね」



 セイジは懐かしむように部屋を見渡す。

 3人は授与式の後、お披露目パレードとして馬車に乗って王城から城壁の正門まで行き、そこから騎士団長のアルフレッドと共に旅に出るのだ。向かう先はエルフの国の方面、その国境付近にある武装迷宮と呼ばれる迷宮だ。そこでレベルを上げながら攻略を目指すことになっている。つまり数時間後にこの部屋を出たら、その後は王城に戻らず旅に出るのだ。場合によってはもう戻ることもないかもしれない。



「でも迷宮を攻略して封印されてる神様とかを助けた後に魔王を倒せば、王城に送還魔法陣が用意されるんだったよね? だったらまた王城に戻ってくるからこの部屋は最後じゃないでしょ?」


「理子ちゃん……生きて帰れるとは限らないんですよ?」


「大丈夫だって。そのために迷宮都市に行ってレベルを上げるんだから。ちゃんと強くなって魔王なんかぶっ飛ばせばいいのよ」


「……そうだね。僕も勇者って呼ばれてるんだから期待に応えないとね。それに僕たちが頑張らないと最後の召喚魔法が使われて、また別の地球人が呼び出されるかもしれないしね。ただでさえ朱月あかつきが巻き込まれたっていうのに……」



 王城地下に用意された召喚魔法陣は全部で3つ。

 既に使用された2つの内、最初の勇者は死亡して、さらに同時に召喚された仲間が魔族側に裏切ったという。2度目の勇者である自分が呼び出されたときは一般人としてクウが巻き込まれた……とセイジは思い込んでいる。実際はクウが自分に付けられた加護や称号を隠したときに、ついでに他のスキルやステータスを偽装したために一般人だということになっているだけなのだが、セイジは自分のせいでクウが迷惑を被ったと思い込んでいた。



「そう言えば朱月あかつき君は今頃どうしているのかな?」


「どうでしょう。確か独自に帰還方法を探すために旅をしているということでしたね。清二君は何か聞いていますか? それなりの仲でしたよね?」


「あー……まぁ……」



 セイジが話し始めようとしたところで部屋の扉がノックされる。

 先ほど頼んだ朝食のサンドイッチを持ってきてくれたらしく、セイジが入室の許可を出した。金属の四角いトレーに大量のサンドイッチを乗せたメイドと、丸いお盆にティーセットを乗せたメイドの2人が入ってきて3人が座るソファの間にあるテーブルに置く。ティーセットを運んできたメイドがその場で3人分の紅茶を注ぎ、部屋いっぱいにその香りが広がった。



「「失礼します」」



 メイドはそれだけ言って部屋から出ていく。

 セイジは目の前に置かれたサンドイッチに手を伸ばしながら口を開いた。



「それで……なんだっけ?」


朱月あかつき君の話です」


「ああ、そうだった。

 朱月とは剣道部で一緒でさ。実力が似たり寄ったりだから部内の練習でも一緒のことが多かったから話す機会も結構あったんだよ」


「あ、清二とよく打ち合ってた人って朱月あかつき君だったんだ。面を被ってたから全然気づかなかったわ」



 リコもサンドイッチを頬張りながら相槌を打つ。ハムスターの様に口いっぱいにサンドイッチを詰め込むリコをみて呆れたような顔をしつつもセイジは話を続ける。



「まぁ、僕と実力が似てる程度だと……分かるだろ? 僕だって初めは王城の騎士さんたちに手も足も出ないぐらい弱かったんだからさ。その状態で城を飛び出したってことはかなり危ないだろ? 僕にもどこに行ったかは分からないし心配なんだよ」


「清二……」


「清二君……」



 3人は全く知らないがクウは朱月流抜刀術という武術を習得しており、《抜刀術Lv6》というスキルを隠し持っていた。王宮鍛冶師のドランと少しでもクウについての会話をしていれば、クウが刀を使った武術を修めていることに気付いたかもしれないが、生憎セイジたちは自分たちの装備に関する話しかしたことがなかったのだった。



「まぁ、王様なら朱月のことも把握しているかもしれないし、一応パレードの前に聞いておこう。もしかしたら旅の先で会うことになるかもしれないしね」



 セイジは沈み込んだ空気を誤魔化すように笑顔を作るが、リコとエリカには無理をしていることがバレバレであった。予想外に心配をかけているクウはと言えば、勝手に妹を作ってかなり充実した生活をしているのだが、3人は知る由もない。





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