EP403 砦の調査
問題の場所である魔族砦までの一週間は比較的平和に終わった。それなりの頻度で強力な魔物に襲われるという点では平和といえないが、旅自体は順調だったと見なせるだろう。
「着いたか」
「そうみたいね」
砦の近くまで辿り着いた遠征部隊は、そこで馬車を降りた。ここからは魔物を警戒して、徒歩による接近を試みるのである。
クウとベリアルも馬車から降りて、周囲の気配を探り始めた。
「魔物は結構いるな。アント系とスパイダー系の領域に挟まれているんだったか?」
「砦の中にも魔物が紛れているわね」
「そこそこの上位個体もいるっぽいな」
二人がそんな会話をしている内に、着々と皆が馬車から降りてくる。ここで部隊を分けて、馬車を守る組と砦を調べる組に分かれるのだ。
勿論、砦を調べるのは冒険者たちである。
馬の扱いになれている騎士は荷物と馬車の警護を担当し、精霊部隊はテントや食料の準備をすることになった。やはり、探索という点を見れば、冒険者の方が優秀だと認められているのだろう。
統括役のアルフレッド・テレリスが声を大きくしてこれからの行動を説明した。
「これより、冒険者による砦の一次探索を行う。内部へと潜入し、構造の把握や魔物の有無、使える設備なども調べてくれ。無理に魔物を倒す必要はないので、最悪は逃げてくれ。今回はあくまでも一次探索だ。本格的な探索は明日に行う」
砦は二年前から放置されているため、内部のこともよく分かっていない。魔族と魔物の襲撃を受け、放棄するしかなかったからだ。
安全確認のために、簡単な調査を行おうという魂胆である。
ちなみに、この調査には勇者が加わらない。
勇者は遠征部隊にとっての切り札なので、温存することが決まっていた。以前のように魔族が出現すれば、投入することになっている。
「では、疲れているところ申し訳ないが、冒険者たちは早速向かって欲しい」
アルフレッドの指示に対して頷き、冒険者たちは砦の方へと歩いていく。ここに集まる冒険者はAランクやSランクオーバーといった信用ある者たちばかりで、指示に従わないということはない。こういった大規模作戦にも慣れているので、素直に行動を開始した。
それに続いて、クウもベリアルに声を掛ける。
「行くぞ」
「ええ」
ローブとフードで全身を隠した二人組も、ゆっくりと砦に向かって行く。正直、クウならば《真理の瞳》で情報次元解析しても砦内部のことはすべて把握できる。二人が向かう理由は、あくまでも恰好だけでも見せておくためだ。
砦に近づくにつれて全容がハッキリと見え始め、おどろおどろしい雰囲気を見せる。
一部の外壁が崩れ、屋上には大きくえぐられた場所もあり、巨大な亀裂が走っていたりする。これを本格的に砦として再利用するためには、相当な予算と時間が必要になりそうだ。
(まぁ、だからと言って人族に砦を明け渡すつもりはないけど)
今のところ人族と魔族は敵対状態だ。
もっと言えば、人族が一方的に魔族を敵視している。戦争の引き金になりかねないことは、極力排除するべきなのだ。
そもそも、今回の遠征も人族の勘違いが拍車をかけている。魔族は魔物を自由に操れると考えられているのだが、それは全くの嘘だ。魔物は瘴気を浄化するシステムの一つであり、魔族は関係ない。人族領で生じている魔物の異常発生と異常進化の原因を調べるのが今回の目的となっているが、そもそもの原因はクウだと言える。
クウが精霊王フローリアを倒したことで大地の浄化システムが解放され、結果として人族領でも魔物が生み出されるようになった。
この遠征も全くの見当違いという結果に終わるのは既に決まっているのである。
ただ、それを知らない冒険者たちは真面目に調査を始めた。
「気を付けろ。瓦礫が多いぞ」
「魔物にも注意だな」
「《気配察知》が使えないのは痛いぜ……」
「スキル無しの素でやるしかないからな」
冒険者たちは警戒しつつ、砦周辺に散らばった瓦礫の間を歩いていく。ちょっとした音などにも注意しながら進み、先頭を歩く冒険者が砦の内部へと到達した。
内部に入れば、そこからは適当なペアにでもなって探索していくのだろう。
勿論、クウはベリアルと行くつもりである。
他の冒険者と同じく、瓦礫を飛び越えて砦内部に入り、クウは呟いた。
「ほー。これはまたボロボロだな」
まるで嵐が通り抜けた後だった。
瓦礫は勿論、生活用品と思われるものや、錆びた武器防具まで落ちている。蔦も伸び放題で、見通しも最悪だ。まさに廃墟という言葉が相応しい。
「取りあえず屋上に行くぞ。着いて来いベリアル」
「了解よマスター」
クウは崩れた外壁を利用してジャンプを繰り返し、どんどん上に昇っていく。二年前に勇者エイスケの聖剣による攻撃で崩れた外壁であり、これを利用することで砦の屋上まで登れそうだった。
勿論、ベリアルも身軽に飛び上がりながらクウを追いかける。
他の冒険者は目を丸くして二人の姿を眺めていた。
「な、なんだありゃ?」
「相当な筋力とバランス感覚だな。二人ともやり手かもしれん」
「ギルド協力者だっけ? 謎だよな、あの二人も」
「ま、俺たちも俺たちで仕事するぞ。あの二人が屋上を捜索してくれるなら、俺たちは内部だけでいい」
「そうだな」
驚きはしたが、冒険者たちもすぐに自分のするべきことへと戻っていく。この辺りがプロフェッショナルと呼ばれるAランク冒険者らしいところだ。
ちょっとぐらい衝撃的なものを見たところで、動揺したりはしない。
クウとベリアルはそんな評価を背中で受け止めつつ、あっという間に砦屋上へと到着した。
「さて……この辺なら誰も見てないな」
クウはフードを取り払って顔を曝け出す。久しぶりに視界が広くなり、風も頬を撫でた。開放的になったことで気持ちよさを感じる。
幾ら超越者でも、ずっとフードを被っていたらストレスになるのだ。
「んー……ここから眺める景色も中々のものだな」
「いい風ねぇ」
ベリアルも同様にフードを外し、暫くは二人とも景色を楽しんだ。二人とも空を飛べるので、砦屋上程度の高さなら慣れている。人によっては恐怖を感じる高さでも、二人にとっては問題なかった。
そうして数分ほど過ごした後、ベリアルがクウに話しかける。
「マスター。この後はどうなるのかしら?」
「俺が動くのは明日の本格的な調査の時だな。適当な幻術生物を使って、勇者共を追い詰める。隙を見計らって聖剣と聖鎧を封じた指輪を奪い取らせて貰うつもりだ。その後は雲隠れして、指輪の破壊または封印だな」
「それなら今日のところは暇ね」
「簡単な調査でいいからな。屋上にいる魔物も気配で察知済みだ。報告する内容も出来ている」
「暇ねぇ」
「そう言うな」
そのまま、二人は時が過ぎるまで屋上時間を潰すのだった。
◆ ◆ ◆
戻った後、冒険者は順番にアルフレッドへと報告した。それは勿論クウとベリアルも同様であり、屋上の状況や魔物についての情報を渡す。
「――って感じだった」
「そうか、ご苦労。情報提供感謝する。特に屋上については二人からのみだからな。助かったぞ」
フードを被ったクウとベリアルは頷き、軽く礼をしてからアルフレッドのテントを出た。そして精霊部隊が用意している食料を受け取りに向かう。パンに加えて具材がたっぷりのスープが用意されていたので、二人ともそれを貰った。
食事がなくとも活動は出来るが、何も食べないのは不自然だからである。
本格的に仕込むのは明日であるため、今日のところは怪しくないよう振る舞っていた。
「さてと、何処で食べるかな?」
「騎士は騎士と、精霊部隊は精霊部隊と、冒険者は冒険者とで固まっているみたいね」
「明日は連携するかもしれないからな。そのために最後の交流を図ってるんだろ。それなら、俺たちも倣うとしようか」
クウはそう言って冒険者たちが固まっている方に近づいていき、適当な場所で腰を下ろす。すると、砦では崩れた外壁を伝って登った二人組として噂になっていたらしく、早速とばかりに話しかけられる。
こういったコミュニケーション能力の高さは流石冒険者と言えた。
「おや? アンタたちはギルド協力者か」
「ああ」
「ええ、そうね」
「ちょっと話いいかい?」
「別にいいぞ」
「私も構わないわ」
すると、話しかけてきた冒険者だけでなく、他の冒険者たちも体の向きを変えて話を聞く体勢になる。途中の戦闘でも剣と弓による圧倒的な戦闘力を見せつけられていたのだ。注目するのも無理はない。
まずはクウが質問の的となった。
「アンタは凄腕の剣士みたいだが……どうやって身に着けたんだ? 背丈からすりゃ、まだ子供だろうに」
「俺は既に十八だ。成人している。剣技は親父から習ったのと、実戦で磨いた自己流だな」
「おお? そうだったのか。勘違いして済まねぇな」
「別にいい。慣れている」
忘れがちだが、クウは身長が低めだ。それなりに鍛えていたつもりだが、伸びることはなく超越化してしまい、もはや身長の件は諦めている。
そしてクウが成人しているとなると、今度はベリアルが注目の的になった。
「坊主だと思ったら大人かよ。だったら、そっちの中はアンタの女か?」
「いや、違う。こいつは……どちらかというと従者に近いな」
「そうね。マスターは婚約者だっているもの」
「なにぃーっ!? 羨ましいな畜生!」
「従者に婚約者……どこかの坊ちゃんなのかねぇ?」
「ああ……私もそろそろ結婚したいわね。どこかにいい男がいないかしら」
婚約者がいると知って羨ましそうに声を上げる男冒険者、そして結婚願望持ち女冒険者の溜息が混じる。中には既婚者もいるのだが、興味津々な者が多かった。
やはりどこの世界でもこういった話題はホットなのだろう。
「ねぇねぇ! いつ結婚するの?」
「そうだなぁ……まぁ、今は騒動もあるし、それが落ち着いてからになるな」
「いーなー!」
興味を示した女冒険者の一人が羨ましがる。クウとしても、いずれはユナと結婚することも考えてはいるが、今はまだ時期的に良くない。もう少し落ち着いて、超越者としても余裕が出てからにしようと考えている。
話を聞けば、ユナも超越化したということだ。
お互いに権能への理解を深め、超越者の戦闘を習熟した頃が目安になると思っている。
ただし、あくまでも目安だ。
クウとしては、もう少しだけ間を置きたいと考えている。
(出来れば、地球に戻って親父と母さんにも伝えたいな)
超越化した今ならば、不可能ではない。
しかし、エヴァンでの騒動を片付けなければ六神も許してはくれないだろう。そういう契約で天使となったのだから当然である。ユナと結婚するなら、地球で報告を済ませてからと考えていた。
「じゃあじゃあ! 次はベリアルさん……だっけ? に質問だけど―――」
冒険者たちと交わりつつ、夜も更けていくのだった。
◆ ◆ ◆
月が南の空で輝く深夜。
星々を遮るかのようにして、黒い影が上空にあった。
それは巨大な竜であり、どういうわけか、その上には人のような影まである。
「ふふ……噂通り、集まっているわね」
超越者オリヴィア・エイクシルは怪しく笑みを浮かべた。
人族が旧魔族砦へと遠征し、異常な魔物発生について調査することは知っている。そして、それを利用して仕込みを行おうと考えていた。
「天使が混じっているとは思わなかったけど……これなら貴方について来て貰て良かったわ、ザドヘル」
「ああ、お前が仕込みをしている間に、俺が護衛する」
「ふふ、頼もしいわ」
そして竜の上にはもう一つの影、ザドヘル・フィラーの姿もあった。
以前の戦いで追い詰められた魔王オメガとその配下は、一度姿を隠して警戒していた。六神側は順調に天使を集め、もはや戦力は覆されている。これ以上、何かの間違いで戦力低下があってはならないと、オリヴィアの護衛としてザドヘルもついてきたのだ。
案の定、遠征部隊の中にクウの気配が混じっており、危惧が当たる結果となった。
「幾ら隠していても、この距離ならば気付く」
「逆に、私たちの気配も気付かれたでしょうね」
「ああ。だから、それを利用して天使をこちらに引き付けるぞ。お前は例のデス・ユニバースを遠征部隊に差し向けろ」
「そうね」
オリヴィアは《死界門》を発動させて、一体の死霊を召喚した。その死霊は防具も付けず服だけ纏い、手には力の波動を放つ剣を握っていた。
更に特徴を述べれば、黒髪黒目であり、眼鏡をかけている。
「うふふふ。今代の勇者たちは先代勇者エイスケと聖剣エクシスタを相手にどこまで戦えるのかしら?」
その言葉と共に、死霊となったエイスケは竜の背中から飛び降りたのだった。
このためにユナの話を挟みました。
先代勇者VS今代勇者って熱くないですか?
後はクウとザドヘル+オリヴィアの戦いもですね。次回から激しくなります。





