EP402 遠征
冒険者ギルド城塞都市支部のギルドマスター、ダレンからの説明はすぐに終わった。そもそも、ここに集まっているメンバーは遠征についてよく理解しているので、詳しいことは必要ない。それに、冒険者ギルドが主導している遠征でもないのだ。よって、ダレンからの話は数分程度のことだった。
そしてそこからは統括役である騎士団長アルフレッドが引率となり、東へと向かい始めた。
「暇だと思わないマスター?」
「延々と移動するだけだからな。仕方ないって」
ベリアルは刹那主義的な所があるので、すぐに暇だと言い出す。しかし、今回ばかりはクウも同意だった。東にある旧魔族砦まで徒歩で一か月ほどかかるため、時間短縮のために馬車が用意されている。それでも、順調に進んで一週間はかかる日程だった。
暇だと思ってしまっても仕方ない。
また、途中で出現する魔物は交代で狩ることになっており、今は騎士が担当している。次は冒険者、次は精霊部隊という風に巡回させるのだ。
クウとベリアルは冒険者ギルド所属の協力者であるため、まだ担当ではない。
偶に出現する魔物が騎士に狩られるのを眺めるだけである。
「ま、俺たちにとっては雑魚でも、一般人からすれば強敵が出現する。彼らも真面目にやってるんだから、暇とか大きな声で言うんじゃないぞ?」
「それぐらいは弁えているつもりよ……」
忘れがちだが、ベリアルは魔神剣ベリアルに宿る精霊の一種だ。彼女自身は準超越者クラスであり、本体である剣に関しては神剣という存在になる。一般常識などを覚えさせる目的もあって普段から顕現させていたお陰か、かなり人間味が出て来た。
剣が他人に気を使うというのも不思議な話だが。
そしてしばらくすると、二人に話しかけてくる人物が現れた。
「すまないね。少しいいかな?」
「ん?」
顔が見えないようにクウが目を上げると、銀髪の優男が側に寄ってきた。馬車で移動を始めた時から彼が別の冒険者たちと交流していたのは知っているので、それが自分の番に回ってきたのだと察する。
また、彼は有名人でもあった。
「僕はユークリッドだ。『剣王』なんて呼ばれているよ」
「そうか。俺はギルド協力者だ。適当に少年とでも呼んでくれ。こっちはベリアル」
「ベリアルよ。よろしくね?」
「そちらのレディも宜しく」
ベリアルは『お嬢さん』よりも『ご婦人』が似合いそうな女性だ。ただ、今回は顔を隠しているので、そこはツッコまないことにする。
また、ユークリッドも怪しい姿のクウとベリアルを見て特に表情を変えなかった。冒険者の中には素性を探られたくないと思う者がいることを知っているのだろう。知りたければ自分で調べるのが冒険者だ。ユークリッドは特に探りを入れようとしなかった。
それだけのことである。
「じゃあ、君のことは少年と呼ばせて貰うよ。ギルド協力者なんて珍しいからね。彼らはSランクに匹敵する実力者も多いと聞くから、期待しているよ」
「そうか。なら、冒険者が魔物を撃退する番になれば見られるかもしれないな」
「楽しみだよ。ところで、君たちは何の武器を使うんだい?」
「俺は剣だな」
「私は弓矢ね」
「へぇ、僕も剣を使うからね。少年とは仲良く出来そうだ。ベリアルさんも弓矢を使うなら、援護射撃に期待しているよ」
やはりと言うべきか『剣王』だけにクウの使用武器には食いつく。見た目は優男だが、彼の剣技は人族最高峰の一つと言われているのだから。
「こちらも楽しみにしているよ。噂の『剣王』が見られることを」
「ああ、余裕があれば、是非とも見てくれ」
剣技という単純な力を行使するだけあって、ユークリッドは他者に対してオープンだ。彼については使用するスキルもかなり公開されている。《剣術》《剛力》《神速》の三つだ。これらは生まれ持ってのスキルらしく、そのシンプルさ故の強さがある。
強さの秘密はユークリッドの使用する剣にもあるのだが、Sランクともなれば相応の武器を集めているのが当然だ。保有武器も含めて本人の強さである。
「ところで『鬼神』とも挨拶はしたのか?」
「ん? まぁね。ただ、彼は不愛想だから一言二言で別れたけど」
「そうなのか。俺としては『鬼神』の方も気になるな」
「あー、僕も彼の戦いは見たことないけど、噂では聞いたことがあるね」
「俺もその程度だな」
SSランク冒険者『鬼神』ベルザード。
彼は複数の武器を自在に操る人物として有名だ。だが、彼の本領は耐久力である。人族では珍しい《気纏》を習得していたので、《身体強化》と《硬化》スキルを組み合わせることで、無敵の要塞の如き耐久力を誇っていた。
現在は《気纏》も《身体強化》もスキル異常で使えなくなっているので《硬化》だけが頼りだが、それでも防御すらなく敵の攻撃を弾きながら蹂躙する姿は鬼を彷彿とさせる。
纏う黒い気もあって、畏怖の意味から『鬼神』と呼ばれるようになったのだ。
「なんにせよ。大戦力だよ。不謹慎だけど楽しみな所もあるね」
「それは同意だな」
ピクニック気分のクウとベリアルは激しく同意する。
そのまま、二人はユークリッドと暫く会話を続けるのだった。
◆ ◆ ◆
しばらく馬車を進めれば冒険者たちが魔物への対処をする番となり、クウとベリアルも武器を手に取って戦闘モードになっていた。
「弱いわねぇ……」
ただ、ベリアルは不満そうに矢を射続ける。いつも使っている死の瘴気を固めた矢は危険なので、手加減して使っていた。具体的には、死の瘴気が侵食しないように固定化していたのである。これならば、魔力から矢を作れる魔法武器の弓ということで通じるからだ。
ベリアルの放った矢は次々と魔物を貫通し、援護の枠を超える勢いで魔物を仕留めていた。
彼女は弱いと称しているが、Lv50以上のそれなりに強い魔物がゴロゴロと出てくるので、Aランク冒険者でも人によっては苦戦するレベルとなる。
「弱いなぁ……」
そして案の定、クウもベリアルと同じことを呟いていた。超越者として強敵と戦ってきたこともあり、この辺りの魔物は弱く感じる。そもそも、既にクウとまともに戦えるのは魔王アリアレベルの超越者だ。一定以上の強さを持つ相手に弱いオリヴィアなどは、同じ超越者であっても相手にならない。
魔物程度なら剣一本でも過剰戦力だった。
「つっても、気と魔素が使えないのは面倒か」
現在はスキル異常で気力系や魔力系スキルが使用不可となっているので、クウもそれに合わせて使用を控えている。よって今は純粋な剣術で魔物を切り倒していた。
ちなみに、この剣はクウが《神象眼》で作成した幻剣だ。切れ味はクウの意思力依存なので、魔物などスパスパ切れる。
今もオーガの胴体を一撃で斬り飛ばし、その流れで上位種であるオーガ・ジェネラルを縦に一刀両断したところだ。『弱い』という感想が生まれるのも当然である。
「はー……《無幻剣》で一気に殲滅したいところだな」
ちまちまと切り捨てるのもいい加減面倒だ。その気になれば、《神象眼》の一睨みで魔物を殺せるということもあり、余計に面倒だと感じる。手応えのある相手ならば剣を交えても良いと思うが、雑魚相手なら能力で一掃するに限るのだ。
(ま、余裕がある内に実力者の観察もさせてもらうか)
クウは適度に戦いつつ、その眼はSランク冒険者ユークリッドへと向かわせる。『剣王』の二つ名を冠するだけあって、長剣を振るいながら魔物を蹂躙していた。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
「ははっ。邪魔だよ」
唸り声を上げて大木のような両腕を振り下ろそうとするオーガ・キングに対し、ユークリッドは軽く剣を振っただけだった。だが、それだけでオーガ・キングの両手が吹き飛ぶ。
「ギ、ギギャァアアアアアア!?」
「煩いね。ちょっと黙りなよ」
「グゲッ!?」
剣が振り下ろされ、オーガ・キングは頭部が爆散した。
ユークリッドは血を振り払うために剣を薙ぐが、それだけで豪風が生じる。
これが彼の強さの秘密である。元々、彼の使用する武器は非常に重い。迷宮で見つかった魔法武器であり、重量増加と頑丈という効果が付与されていた。つまり、剣でありながら鈍器のような重さもあるのだ。見た目はただの長剣でも、通常の十倍以上は重くなっている。これが凄まじい攻撃力を生むのだ。
勿論、その剣を扱うユークリッドの技量もすさまじい。
この剣を扱うために《剛力》が、そして速度を補うために《神速》が機能するため、『剣王』の名にふさわしい化け物が生まれたというわけだ。
「さぁ、まだまだ行くよ!」
そう言って暴れるユークリッドから、今度は『鬼神』ベルザードへと目を移す。すると、クウは無言で魔物を屠り続ける大男の姿を見た。
頑健な見た目のベルザードは、両手に斧を持って振り回していた。
「ふんっ!」
『ゲギャッ!?』
たった一声の間に数体の魔物が吹き飛ぶ。中には腕や足が千切れている魔物もいた。ベルザードの恐ろしさである耐久力は健在で、どれだけ攻撃を喰らおうとも、無視して攻撃し続ける。つまり、防御や回避行動を取ることなく、延々と攻撃してくるのだ。厄介極まりない。
戦闘というのは、基本的に攻撃、防御、回避をバランス良くする必要がある。
相手が防御や回避に徹するならば攻撃。
相手が攻撃してくるならば防御か回避。
それを見極め、上手く誘導し、有利に戦いを運ぶことで一流となれる。
だが、ベルザードにはそれがない。その頑丈さのお蔭で、常に攻撃へと回れるのだ。彼の体そのものが強靭な盾であり、攻撃などほとんど受け付けない。そして、常に攻撃を仕掛けてくるということは、敵は防御に回るしかない。結果としてジリ貧となり、最後にはベルザードのパワーで押しつぶされるのである。
「はぁっ!」
最後の一声で斧が地面を割り、オーク上位種が木の葉のように吹き飛んだ。今回は相手がオークやオーガ系統の魔物なので、パワー優先の両手に斧状態だが、相手によって剣や槍などを使い分ける。回避が上手いならば攻撃範囲の広い長物を使うし、打撃に強い魔物ならば剣を使う。
まさに攻撃のスペシャリストなのだ。
(流石は人外と名高いSランクオーバーってことか)
クウも少し感心する。
これほどの使い手ならば、魔族と比べてもかなりのものだ。【レム・クリフィト】の魔王軍で言えば、隊長格にギリギリ届かない程度だろう。
ただし、魔王軍の各隊長は専用武装を所持しているので、その性能差で負けるが。
(で、問題はセイジか。【魂源能力】を使ってやがるな)
クウは目の前にいる魔物を切り裂きながら、少し離れたところで戦っているセイジたちにも注目する。勇者たちは冒険者と同じタイミングで迎撃役にあたっており、その戦闘を近くで観察することが出来た。
その中でクウが注目したのはやはり《聖魔乖星崩界剣》である。
「飛べ! カリバーン、カラドボルグ!」
セイジがそう叫んだ瞬間、彼の周囲に浮かんでいた五本の剣の内、二本が飛び出して魔物に突き刺さる。
「薙ぎ払え! エスカリブール、コールブランド!」
するとまた二本の剣が飛び出し、今度は回転しながら魔物を綺麗に切り裂いた。
「トドメだ! カリブルヌス!」
そして最後の一本が飛び出し、動きの止まった魔物――地竜――にトドメの一撃を加えた。背中に二本に剣が突き刺さり、両足を鋭い一撃で斬られ、最後には頭部に剣が刺さる。地竜ですら、セイジはたった一人で一瞬にして始末できるレベルとなっていた。
そして魔物を仕留めた五本の剣は、セイジの所へと舞い戻って周囲に浮かぶ。
創造した魔剣を自在に操る《聖魔乖星崩界剣》の能力だった。
(能力自体はどうでもいいが……【魂源能力】のイリーガルスキルってところは気を付けないとな)
眺めていたクウは内心で警戒するのだった。
 





