EP401 スキル異常の仕組み
人族領の遥か東にある城塞都市。
魔族との戦争に向けて建設中であるこの場所で、【ルメリオス王国】、【ユグドラシル】、冒険者ギルドによる大戦力が集められていた。
【ルメリオス王国】の騎士団をまとめる、騎士団長アルフレッド・テレリス。彼は地竜を仕留めたこともある強者でありながら、軍を指揮することにも長けている。今回の遠征では統括役を任された。
【ユグドラシル】からは精霊部隊が参戦した。尤も、精霊王フローリアの消滅によって彼らは精霊魔法が使えなくなっている。戦力としては大幅なダウンを強いられたといって過言ではない。しかし、隊長であるミミリスは二年前の遠征にも参加した人物だ。やる気は充分であり、士気の高さで言えば一番となる。光神シンのためならば、命すら奉げるという意気込みがあった。
最後に冒険者ギルドからは多数のAランク冒険者に加えて、Sランクオーバーの冒険者も参加している。Sランクからは『剣王』ユークリッド、SSランクからは『鬼神』ベルザードだ。この二人は単純に武術の力で成り上がった猛者であるため、魔法系や魔力系のスキルが封じられている現在でも大きな戦力として期待できた。
「これは……壮観だね」
「有名どころが集まったもんやな」
「ちょっと緊張するね」
そして今回の遠征において最も期待の高い戦力が勇者だ。
セイジ、レン、アヤトは当然のようにこの場で待機していた。特に《霊眼》を持つセイジは、集まった面々のステータスを観察して、どれほどの強者が来ているのか調べている。
「殆どの人はLv50を超えているね。Lv100を超えている人もいる。でも……」
「それでも俺らのステータスが一番高い、やろ?」
「元から僕たちのステータスは常人の二倍だからね。余計に差が付いているんじゃないかな?」
「鷺宮とアヤトさんの言う通り。僕たちが一番強い。つまり、責任も重大だよ」
そうしてセイジが《霊眼》を多用していると、ふいに不思議な二人組を見つける。その二人は全く同じローブを被り、フードで顔を隠していた。一人はフードの端から長い紫の髪が見えており、また体型から女性だろうと推測できる。もう一人は少し身長が低めで、フードの端からは黒髪が見えた。
顔を見せない二人が気になり、《霊眼》を仕向けた。
だがその瞬間、セイジは浮遊感を覚える。
「え……?」
そして気づけば、周囲から人が消えていた。
更に四肢が鎖で縛られ、その先には鉄の重りが付いている。セイジが動こうとしたところ、かなり動きを制限された。
「なんだここは……?」
場所は城塞都市にある演習場から変わっていない。元々、ここで集合してギルドマスターのダレンから詳細を聞く予定だった。
だが、何故か周囲から人がいなくなり、自分は重りを取り付けられている。
「鷺宮! アヤトさん!」
仲間の名前を呼んでみるが、声は虚しく散るばかりだ。
その代わり、セイジの目の前に黒い鎧を着た騎士が現れた。顔まで全身を鎧が覆い尽くし、両手には大剣を握っている。そして黒いオーラが全身から滲み出ていた。
「て、敵!?」
セイジは慌ててリング・オブ・ブレイバーから聖剣と聖鎧を呼び出そうとする。しかし、指輪は全く反応せず、セイジは丸腰のままだった。
「え? なんで!?」
焦燥するセイジの姿を隙だらけだと思ったのか、黒騎士は大剣を振りかぶってセイジに迫った。重そうな姿からは予想も出来ない速度であり、重りのせいで上手く回避できないセイジは死を覚悟する。
そして大剣の刃がセイジの眼前まで迫った時、不意に世界が割れた。
「――桐島! 大丈夫なんか!?」
「起きてくれセイジ君!」
「鷺宮? アヤトさん?」
自分を呼ぶ声でセイジは目を覚ました。いつの間にか倒れてしまったらしく、演習場の地面で身体を横たえていることに気付く。
更に、側にはフードで顔を隠した二人組の姿もあった。
「え? ……え?」
訳が分からずセイジは困惑する。
すると、レンがセイジに対して説明した。
「さっき桐島はこの人たちのステータスを見ようとしたやろ?」
「あ、ああ」
「それでカウンター用術式が発動したんや。不用意にステータスを見ようとしたら、幻術による迎撃をするって話やな」
「そう……か。幻術……」
それなりの精神値を持っていたはずだが、幻術にかかっていたことすら気付かなかった。そのことで、セイジは気を落とす。
そんなセイジに対して、フードを被った人物の内の一人が忠告した。
「……これからは不用意に人のステータスを覗かないことだ。やるなら、カウンターを破れるようになってからバレないようにすることだな」
そう言ってから怪しい二人組は去って行った。
二人の後姿を茫然と眺めつつ、セイジは呟く。
「何者なんだ……?」
それはレンもアヤトも同意らしく、無言で頷くのだった。
◆ ◆ ◆
「あの程度で良かったのマスター?」
「別に痛めつけたい訳じゃない。それに、あの幻術は対超越者を想定したカウンター攻撃だ。一般人が喰らったら発狂するっての」
怪しいフードの二人組ことクウとベリアルは、元の位置に戻りながら小声で話し合っていた。
「でもマスター。あの勇者君たちから聖剣と聖鎧を奪うんじゃないの?」
「正確には破壊な? もしくは封印。さっきあいつらのステータスを解析したけど、案の定だったよ。イリーガルスキルってのを持ってた」
「それが元凶なのかしら?」
「元凶の副産物だな。一番の元凶は《融合》ってスキルだ。更に言えば、その《融合》スキルを付与している聖剣と聖鎧だな」
既にクウは《真理の瞳》で勇者たちのステータスを解析済みであり、元凶も判定していた。スキル同士を融合し、上位進化させるという《融合》スキルが全ての原因である。
情報次元を直接解析することで、その事実に行きついた。
「《融合》スキルが情報次元上で何をしているか分かるか?」
「さぁ? 全く分からないわね」
「いや、ちょっとは考えてみろよ……まぁいいか。ともかく、あの《融合》スキルは危険だ。情報次元を分解して組み替えるスキルだからな」
「分解? 組み替える? それって普通の人に出来ることなの?」
「スキルの範疇ではないな。これは光神シンの【伊弉諾】と似ている。あの聖剣と聖鎧は光神シンが作ったってことで間違いないだろ。情報因子の組み換えを【固有能力】レベルまで引き落とした結果、スキルに関してはある程度自在に組み合わせられるようになったみたいだな」
正直、クウも驚いた。聖剣と聖鎧――より正確にはそれを顕現させる指輪――は光神シンが自らの権能を付与している。つまり、権能を固めて作った神装だということだ。
一般人でも扱えるようにグレードダウンはされているが、区分としては神装である。
そこまで理解したところで、ベリアルはクウに疑問をぶつけた。
「ふぅーん。それでどういった問題が起こるのかしら?」
「考えてみろ。スキルを構成する情報因子を分解して再構築しているんだぞ? 既存のスキルツリーに準じて上位進化させるなら、通常の進化でも情報因子の分解と再構築が起こってるから問題ないけど、全く新しいスキルへと変異進化させれば拙いことになる」
「つまり、分解した情報因子にエラーが生じるってこと?」
「本来はこの世界に存在しないはずのスキル分岐が誕生する。だからイリーガルスキルってわけだな」
「新しいスキルへと進化できるように分岐を作ったことで、元のスキルに欠陥が生じたってことかしら?」
「そうなる。せめて加工したスキルが【固有能力】に変異するなら問題なかったんだけどな……」
そう考えつつ、クウは以前に戦ったバハムートを思い出す。『人形師』ラプラスが作成した最強のゴーレムであり、《黒》という【固有能力】によって状況適応できるスキルを自動で作成習得できる能力を持っていた。
だが、《黒》によって作成したスキルは全て【固有能力】となる。
つまり【通常能力】を圧迫することがないのだ。
だからあの時は新しいスキルを乱立しても問題にならなかった。
しかし、今回は違う。既にあるスキルツリーの中に、新しい進化系統を強制的に捻じ込み、それに合わせて関連するスキルを全て変質させてしまったのだ。これによって一部のスキルが使用不可能となり、現在のスキル異常が発生しているのである。
イリーガルスキルも一つぐらいならリカバリーが効いたかもしれないが、あれだけのスキルを作成したのでは異常も生じるというものだ。
「イリーガルスキル《剣仙術》のせいで剣に関するスキルは効果を失った。《霊眼》は魔眼系のスキルに加えて《鑑定》とかの情報系スキルを壊したな。《魔神》は魔法系統全般、《仙力》は気力系スキルと魔力系スキルを全部変質させた。
現在の時点でまとめられている使用不可能なスキルリストとも一致する」
「ああ、そう言えばそうよねぇ」
実際にあって解析してクウは確信した。
今回のスキル異常は勇者の武装が原因だったと。
「それでマスター」
「どうした?」
「今回の目的は? 勇者君の武器を破壊するのよね?」
「それも重要案件だけど、もう一つ目的がある」
「そうなの?」
「ああ、砦の死守だな」
「砦って……これから向かう場所よね? 死守する意味があるのかしら?」
ベリアルは疑問に感じる。何故なら、砦は【レム・クリフィト】が所持しているわけではなく、魔物が徘徊する廃墟なのだ。クウが守る意味が分からない。
そこで、クウは丁寧に説明する。
「別に砦はどうなってもいい。最悪、ぶっ壊れても構わないと思っている。けど、そこを人族の拠点にされた場合、人族と魔族の戦争が起こりかねない。一応、【アドラー】には意思なき魔人が住んでいるからな。砦の次はそこを狙われる。後は【レム・クリフィト】だ。
それを未然に防ぐためにも、今のところは砦を取らせないつもりだ」
「天使ってそこまで介入して良いのかしら?」
「戦争が起こると負の意思が溜まる。特に人族と魔族の戦いってなると、溜まる負の意思力も膨大だ。『敵が憎い』『敵を潰してやる』って感じで、意思力の方向性まで整ってしまうし。結果として邪神カグラの召喚条件が満たされる。それがあるから戦争を防ぐのは必要なことだよ」
最低でも魔王オメガ、ザドヘル、オリヴィア、ラプラスの四名を滅ぼしてからでなければ、戦争を避けなければならない。集まった負の意思を収束できる超越者がいなくなれば、幾ら戦争しようと不干渉に徹するが。
「戦争が起こる分には構わないけど、先に魔王オメガを倒してからだ。ザドヘルやオリヴィア、ラプラスは光神シンの天使じゃないし、裏世界との繋がりも皆無だ。最低限、魔王オメガさえ倒せば邪神カグラが表世界に現れることもなくなる……多分」
「それなら、勇者君たちを暗殺でもした方が早いんじゃない?」
「いや、それは流石にな……」
セイジは元クラスメイトだし、レンに関しては親友でもある。アヤトのことは知らないが、恨みもないのに殺そうとは思わない。
それに、可能ならば三人……にリコとエリカを加えた五人は地球へと送還するつもりだった。
「それなら、どうするの?」
「幻術生物でも使うさ。勇者から聖剣と聖鎧の元になっている指輪を奪って、俺が始末する。消滅エネルギーで破壊出来なかったら、《虚無創世》で虚数次元に飛ばす。最悪封印して、この世界から失くしてしまえば武装神アステラルが修正してくれるだろうから」
あくまでもリング・オブ・ブレイバーは情報次元を乱している根源だ。排除さえすれば、スキルを管轄している武装神アステラルが変異したスキルを元に戻してくれる。
そもそも、この指輪のせいでアステラルが修正しても意味をなさないのだ。
《融合》という【固有能力】が情報次元に癒着して癌のように蝕んでいるので、その根源たる病巣を取り除かなければならないというわけである。
「さて、そろそろ説明も始まる。砦までは大人しくしているぞ」
「了解よマスター」
遠征部隊の前に現れたギルドマスター、ダレンの方に目を向けつつ二人は話し合いを止めたのだった。
 





