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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
聖剣と聖鎧編
401/566

EP400 ユナの冒険⑬


 首を絞められ、意識が遠のく中で、ユナはかすかな光と力強い声を聞いた。



「広がれ【神聖第五元素アイテール】」



 その瞬間、激しい光が砦全体を覆い尽くし、怨念の魔手は次々と浄化されて消え失せる。ハルシオンは無数の魔手から解放され、ユナの首を絞めていた魔手も同様に消滅した。



「っ! ……けほっ」



 解放されたユナはすぐに荒い呼吸をして身体に酸素を取り入れる。脳が上手く働かず、身体全体も弛緩しているが、何とか生き残った。

 淀む思考を何とか振り払おうとしていると、再びあの声が聞こえる。



「ギリギリ間に合ったようだな」


「お前は……アリア・セイレム!」


「そこの娘を殺されるわけにはいかないのでな。私も参戦させて貰うぞ」


「くっ!」



 オリヴィアは唇を強く噛んだ。

 現れたのは【レム・クリフィト】の魔王にして最強の天使アリア。単純な権能の性能ならばオリヴィアを遥かに上回る。特定以上の強さを持つ相手に封殺されがちなオリヴィアの権能【英霊師団降臨エインヘリアル】は、アリアの権能【神聖第五元素アイテール】に対して弱い。圧倒的な力で、デス・ユニバースもフォールン・デッド・カオスも潰されてしまうだろう。

 何より、アリアの能力は隙が無い。

 万能性に富む上に強力という反則のような力なのだ。



”ふむ。お前が我が主の要請した援軍か?”


「その通りだ。天雷獅子ハルシオン。魔法の天使アリア・セイレム」


”『極雷王』ハルシオンだ。助かったぞ”



 ユナが迷宮をクリアした後、武装神アステラルは魔法神アルファウを通してアリアへと連絡を繋げていた。近いうちに天使化したユナが人魔境界山脈の砦へと向かうことを告げておいたのだ。

 これによって、アリアはリグレットと協力して監視を強化していた。

 そしてオリヴィアとハルシオンの放つ超越者の雰囲気を感じ取り、最速で移動できるアリアがやってきたのである。流石にこの場所は転移のマーキングがなかったので、別の転移地点まで移動してから全速力で飛んできたのだ。



「既にこの場所は私の領域だ。大人しく引くことを進めるがな?」


「ふふふ。私も魔王様からの依頼で動いているの。だから簡単には引けないわね?」


「負けると分かっていてもか?」


「私の勝利条件はそこの小娘を殺すこと。貴女とそちらの神獣を相手にする必要はないわね」



 オリヴィアの言っていることは正しい。

 アリアとハルシオンは、オリヴィアからユナを守り切らなければならない。能力差を考えても、この時点で五分五分だった。

 そして超越者の畏怖を感じ取ったからか、周囲の魔物は全て逃げ出した。それによって、魔物を相手にしていた騎士や冒険者や精霊部隊のメンバーも集まり始める。破壊された砦屋上の惨状に驚き、そして三体の超越者の放つ威圧によって皆が腰を抜かしていた。

 勇敢な騎士は勿論、アリストクレスの大魔法を受けて生き残った精霊部隊隊長のミミリスも冒険者も戦う気力を失っている。

 勇者エイスケも同様だった。



(な、なんだよこれ! こんなのおかしい! 絶対におかしい!)



 エイスケが聖剣によって得たのはあくまでも仮初の力だ。それによってレベルの低い魔物を圧倒してきただけであり、高位能力者同士の戦いというものを経験したことがない。

 よって、高度に洗練された力のぶつけ合い、読み合いの経験もない。更に格上である超越者の存在感に自分の至らなさを見せつけられ、苛立ちに似た感情を沸き上がらせていた。



(聖剣があれば魔王を倒せるんじゃなかったのかよ! こんなんじゃ四天王にも敵わないじゃないか!)



 勇者に求められているのは人族と魔族が戦争する際に旗印として活躍することだ。勇者の役目は魔王を倒すことではなく、戦争の最前線に立つこと。

 初めから魔王を倒せるようにはなっていない。

 そもそも勇者召喚すら、ある意味では魔王側の思惑によってもたらされている。

 勇者とは所詮、盤上の駒。

 滑稽なる人形でしかない。



(そうだ……逃げよう! ユナ君を連れて逃げよう! あの電気の檻に捕まっているユナ君を助ければ、僕のハーレムだって終わらない!)



 エイスケはどれが味方でどれが敵なのか理解できていない。オリヴィアだけでなく、圧倒的な畏怖を放つハルシオンやアリアのことも敵だと考えていた。

 そしてハルシオンが張っている電磁バリアは、ユナを捕まえる檻だと勘違いした。



(ぼ、僕が助ける)



 エイスケは聖剣を握り、最終解放する。

 《魔法反射》のスキルも付与されるので、電磁バリアぐらいどうにでもなると考えた。



「う、うおおおおおおおおおお!」



 そしてなぜか叫びつつ、エイスケはユナの元へと走っていく。

 聖剣をを片手に迫る姿は、今にも襲いかかろうとしているようにしか見えない。



「え、えいすけ……さん?」



 回復しかけていたユナも、突然のことで戸惑ってしまう。恐怖で目を血走らせたエイスケが聖剣を片手に迫っているとなれば、流石のユナも驚く。

 まして、エイスケのことを知らないアリアは、普通にユナが襲われそうになっているのだと考えた。

 もはや危ない変態にしか見えないのだから、そう思ってしまっても仕方ない。



「ちっ! やらせないぞ!」



 アリアはサッと右手を振って雷撃を放つ。情報次元へと作用する超越者の概念攻撃は、魔法現象ではなく自然現象に近い。よって《魔法反射》も発動せず、エイスケは一撃で黒焦げとなった。弾け飛んだ聖剣はクルクルと回転して、近くに突き刺さる。

 エイスケは勿論、即死だった。



「ゆ、勇者様!? うぐ……」



 負傷して倒れていた精霊部隊の隊長ミミリスも、思わず叫んで立ち上がろうとする。そして鋭い痛みを感じて再び蹲った。

 これに対して目を丸くしたのはオリヴィアも同様である。



「は……? え……?」



 茫然とするオリヴィアに対して、アリアは悠然と告げた。



「まさか人族を操ってくるとはな……その程度の策が私に通じると思うなよ」


「いや……私も知らないわよ。あれはあいつが勝手にやったことね」


「……何? お前の策だったのではないのか?」


「……違うわよ。そもそもあの程度で超越者を出し抜けると思うの?」


「……」


「……」



 二人の間に妙な沈黙が生まれた。

 数秒ほど、お互いに固まった後、まずはアリアが口を開く。



「さて、天使は回収させて貰うぞ」


「ふふ……そうはさせないわ」



 どうやら、先程のことは無かったことにしたらしい。

 ただ、折角気を使って勇者を殺さないように手加減していたにもかかわらず、その勇者を殺されてしまったのだ。ならば、オリヴィアとしては何としてでもユナを始末しなければならない。



「この際、本気を出しても良いわよね? 《冥府顕在ヘルヘイム》!」



 世界侵食イクセーザを発動して、周囲一帯を呪いと怨念の空間に作り替える。一般人では長く生きられない、毒のような領域だ。

 これは拙いと思ったのか、アリアも対抗した。



「《無限連鎖反応アンリミテッド・チェイン》」



 本来は、あらゆる現象へと変質する神聖粒子をアリア自身が散布している。しかし、この《無限連鎖反応アンリミテッド・チェイン》発動状態では、空間が神聖粒子を生み出すのだ。

 もはや無限とも言える量であり、この状態のアリアは無敵に近い。



「お前に構っている暇はないのでな! 手早く終わらせて貰うぞ」


「あらあら? この数の死霊、生物を死に至らす瘴気、それらから小娘を守り切れるのかしら?」



 オリヴィアの宣言通り、数万を超える死霊が生み出され、天地を覆い尽くそうとしている。同時に《冥府顕在ヘルヘイム》の効果で瘴気が満ち始めた。このままでは、生物の生きられない空間になってしまうことだろう。

 しかし、アリアは余裕を崩さなかった。



「今回の勝負は逃げれば勝ちだ。時間停止、転移」



 アリアは即座に情報次元を停止する。つまり時間停止を発動した。死霊も瘴気も時間が停止すれば、一時的に無害となる。

 その間にアリアはユナの側へと転移した。

 超越者でないユナは意識まで止まっており、何をされたのかも理解していないだろう。

 アリアは、停止したユナに手を触れつつ、意識だけはあるハルシオンに手早く告げた。



「心配するな。私の時間停止だ。このまま転移で連れて行くから、お前も迷宮に帰れ」



 超越者は意思次元があるので、時間停止中も意識が残っている。ハルシオンはアリアの言葉をしっかり聞き届けた。

 そう言った後、アリアはユナを連れて姿を消す。同時に、時間停止も効果が消えた。

 残されたのは、ハルシオンとオリヴィア、そして生き残った人族だった。



「……仕方ないわね。私は引くわ」


”ふん、そうか。俺も帰還するとしよう”



 戦う理由も無くなったオリヴィアとハルシオンは撤退を決める。超越者同士の戦いは、滅多に勝負がつくものではない。よってここで無駄に力を消費するのは避けたかった。

 戦うならば、勝ち筋が見えてからである。

 それは超越者としてお互いに理解していた。

 ハルシオンは魔法陣によって迷宮へと帰還し、オリヴィアもデス・ユニバースの原始竜に乗って【アドラー】へと戻る。

 魔族の砦攻略で残ったのは、絶望と勇者の消失だけだった。












 ◆ ◆ ◆






「――ってことがあったんだよねぇ」


「そうか……」



 ミレイナはユナを聞いて、少し思うところがあった。それはオリヴィアの召喚した糸使いの竜人パルティナである。間違いなく、自分の母だと考えた。



(顔も知らないとは言え、私の母を愚弄したのは許せないな)



 竜人は同族や親族を大切にする。死霊として操られたと聞いては黙っていられない。必ず、オリヴィアはこの手で倒すとミレイナは誓った。

 その際に一瞬だけ表情を険しくしたが、すぐに戻してユナに問う。



「その後はどうなったんだ?」


「アリアちゃんに【レム・クリフィト】で全部教えて貰ったよ? 神界にも連れて行ってもらったし、超越者についても軽くだけ教えて貰ったかな?」


「全てを聞いても、天使として戦おうと思ったのか?」


「勿論だよ。くーちゃんに会うためには必要だもん」



 結局はそこか……とミレイナは苦笑する。



「でも、色々大変だったんだよねー。なんかエイスケさんをアリアちゃんがっちゃったし、シュウさんも瓦礫の下で死体になってたみたい。私なんか魔族側に裏切ったってことになってたし……つまり、勇者全滅ってわけ」


「裏切り? どうしてそうなる?」


「時間停止中に転移で消えた私も、初めは行方不明ってことになってたんだけど……多分、精霊王がなにかしたんじゃない? 情報操作って奴? どうにかして私を追い詰めたかったみたい」


「汚いやり方だ」


「まぁ、どちらにしても【レム・クリフィト】から帰る予定はなかったから、別にいいけどね」



 そう言った情報戦では【アドラー】が一歩先を言っていた。今でこそ、精霊王フローリアと『仮面』のダリオンを倒したことで優位を得たが、少し前まではそうではなかったのだ。



「ところでミレイナちゃん」


「なんだ?」


「超越化のヒントはあった?」



 ユナの問いに対して、ミレイナは少し考えこむ。元々、ユナが昔話を始めたのも、ミレイナの超越化に対してヒントとならないか試すためだった。

 そして数秒ほど考えた後、ミレイナは口を開く。



「強くなりたいと思うのは変わらない。だが、目標は出来た」


「目標?」


「『死霊使い』……オリヴィアは私が倒す」



 ミレイナの瞳は、決意の色に染まっていた。











【悲報】勇者、変態と間違われて殺される



ようやく、ユナの話が終わりました。

長くなりすぎて申し訳ないです。次から、クウに戻りますよ

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