EP398 ユナの冒険⑪
オリヴィアとしてはユナの強さが予想外だった。如何に武神テラの加護を持つ異世界人だったとしても、デス・ユニバースを簡単に倒せるほど強いわけではない。
そしてエイスケだけは殺さないように微調整しつつ戦っていた結果、援軍がやってきたことで余計に面倒なことになったのだ。溜息も吐きたくなる。
(どうにかして勇者だけ隔離できないかしら?)
広範囲を死霊で制圧するのがオリヴィア本来の戦闘方法だ。よって、一人を殺すよりも一軍を相手にする方が、能力として見合っている。
だからと言って『氷炎』のザドヘルはオリヴィアよりも更に火力が高いし、『人形師』ラプラスはオリヴィアと似たタイプだ。そして『仮面』のダリオンは超越化していないので、下手すれば勇者エイスケに負ける可能性がある。
実を言えば、魔王オメガが一番適任だったりする。
勿論、そんなことを言っても今更だが。
「エイスケさん! 《鑑定》を!」
「そ、それがシュウ君……」
「どうしたんですか?」
「《鑑定》が通じない。聖剣を解放している僕の《鑑定》が通じないとなると……」
一方、勇者エイスケは非常に焦っていた。
聖剣の力を得たことで、自分ならば魔王も倒せると考えていた。しかし、実際は魔王の部下である四天王オリヴィアのステータスを《鑑定》することすら出来ない。
基本的に《鑑定》は自分のレベル以上の相手では役に立たないスキルだ。オリヴィアが《隠蔽》や《改竄》、《偽装》スキルを所持していると考えれば、自分以下のレベルでも《鑑定》を防げる。
しかし、あのデス・ユニバースを見てしまった以上、そんな甘い考えは出来なかった。
(なんで……なんでなんでなんでなんだ! こんなの勝てる訳ないだろ!)
エイスケは聖剣を落とすことはなかったが、両手が震えていた。オリヴィアの放つ圧倒的な畏怖のおかげで、相手が格上であることは理解できる。だが、聖剣を持つ自分が勝てないと断じてしまうほどの格上がいることを理解したくなかった。
結果として腰が引けてしまい、戦士としてあるまじき隙を晒している。
オリヴィアもエイスケの様子に気付いたのか、これを好都合だと考えた。
(あの勇者君は無視しても問題なさそうね)
ちょこちょこと動かれたら面倒だったが、恐怖で動けないのなら都合が良い。そしてエイスケは聖剣を全て解放しているお陰で《魔法反射》を持っているのだ。
つまり、大規模魔法を使えば、エイスケを殺すことなくユナを始末できる。
オリヴィアはそう結論付けて、ダークエルフのアリストクレスに命令した。
「アリストクレス、大規模殲滅魔法を使いなさい」
「良いだろう」
無機質な声で返事をしたアリストクレスは詠唱を開始する。彼は嘗てダークエルフ最強の戦士と呼ばれ、剣聖や賢者の称号を持っていた。
剣の扱いだけでなく、魔法使いとしても最高クラスなのだ。
それを見た精霊部隊の隊長ミミリスは、即座に対応する。
「水の精霊様。あの者を捕えてください!」
契約する精霊に指示を出すと、アリストクレスは巨大な水球に包まれる。これによって呼吸が不可能になってしまうので、詠唱を止めることが出来る。更に、彼女の配下であるエルフたちは、精霊魔法で鳥人のルワナを攻撃し始めた。
「炎の精霊よ。爆炎をもたらしたまえ!」
「雷の精霊さん。やってください!」
「風の精霊に告ぐ。暴風で叩き落せ!」
その間に騎士団を率いるコルバートが、部下と共に竜人パルティナを攻め立てた。
「行くぞ! 油断するな」
『はっ!』
十六人の騎士がパルティナを取り囲み、それぞれが盾を構えて防御中心の陣形を取る。これは相手が格上であることを前提とした戦術であり、強い魔物などが相手の時に使用される。コルバートはパルティナから滲み出る強者の風格を感じ取り、この戦術を選択したのだった。
また、残った『暗黒』のカインは、単身でオリヴィアに挑む。青い竜鱗のドラゴンに騎乗しているオリヴィアを倒すには、遠距離攻撃である魔法が必要だ。そこで、彼は自分の二つ名『暗黒』の由来となった《闇魔法》を使う。
「喰らいな! 『《暗黒槍》』」
カインの魔法が闇に紛れて放たれる。この魔法は、「汚染」と「滅び」の特性で対象を攻撃し、脆化させて防御力を下げる魔法だ。出が早く、同時発動や連続発動も可能なカインの得意技だ。
この攻撃はオリヴィア本人よりも、彼女の乗るドラゴンを狙ったものである。
竜鱗の防御を低下させるために、まずはこの魔法を放ったのだ。
十八の黒い槍が同時に放たれ、その殆どがドラゴンに直撃する。オリヴィアは暗闇に紛れる《暗黒槍》に気付いていたのか、魔素障壁で防いだ。
そして直撃したドラゴンもオリヴィアの死霊なのだ。竜鱗は脆化してもすぐに回復する。
「あの男は邪魔ね。やりなさい」
「ガアアアアアアアアアッ!」
青いドラゴンはお返しとばかりに魔力を圧縮して《竜息吹》を放つ。青白い魔力光が眩しいほど周囲を照らし、カインを狙った。
スキルで制御されている程度の攻撃とは言え、《竜息吹》は広範囲で強力な技だ。回避する余裕などない。
「クソが! 『《暗黒防壁》』!」
元から高いステータスを誇る原始竜がデス・ユニバースとして蘇ったのだ。Sランク冒険者のステータス程度で抗えるはずもない。魔法による防御壁を展開しても、ドラゴンの魔力値が相手では圧倒的に足りなかった。
一瞬で光に飲み込まれ、轟音と共に消し飛ばされる。
激しい揺れが生じてブレスは砦ごと抉り、少し離れたところにあった岩場を吹き飛ばした。カインに付いてきた冒険者数名も同時に吹き飛ばされ、死体すら残さず殺される。
しかし、圧倒的だったのはドラゴンだけではない。
「くっ! 誰かこの女を止めろ!」
「無理ですコルバート隊長!」
竜人パルティナも圧倒的な力を振るっていた。気を纏った一撃は容易く盾を破壊し、糸で騎士剣を絡めとられる。一瞬でも目を離せば懐に潜り込まれ、その一撃は鎧すら貫通して衝撃を与える。
ステータス差が激しく、騎士たちはパルティナの動きを追うことすら出来ない。
やはり、ユナだからこそパルティナとまともに戦うことが出来たのだ。
そして精霊部隊が抑えるはずだった鳥人ルワナも、同様だった。
「こ、攻撃が当たらない!」
「こっちは精霊魔法を使っているのよ。どうして……」
「文句を言うな! 範囲攻撃なら避けられない!」
「だが風の防壁で防がれるぞ」
「分かっている……だがやるしかないんだ!」
空中を自在に飛び回るルワナは、《神速》スキルもあってエルフの精霊魔法を容易く回避していた。精密射撃を得意とする精霊魔法は、回避が非常に難しい。しかし、これだけのステータス差があれば可能となる。
更に、空中から降り注ぐ風と光の魔法が精霊部隊を苦しめた。
狙いこそ雑だが、その範囲と数が異常なのだ。ルワナはかつて鳥人の女王であり、殲滅者として恐れられていたことがある。特に見てから魔法を回避できる彼女の反射神経は凄まじい。それに、彼女は異世界から呼び寄せられた死霊であり、生前では更に速度を上げる別種のスキルをも所持していた。しかし、そのスキルはエヴァンに存在しないスキルだったので、死霊として召喚された際、世界との適応で消失している。つまり、これでもマシになっている方なのだ。
「殲滅……します」
無機質なルワナの呟きと共に、無数の光がレーザーとなって降り注いだ。回避不能な光の雨が精霊部隊を蹂躙し、次々と殺害される。
隊長のミミリスは少し離れたところに居たので無事だったが、黙っているわけにはいかない光景だった。
「水の精霊様。アレも捕らえてください!」
すると、ルワナは水球に覆われる。飛来する放出系魔法は回避も簡単だが、実を言うとルワナは座標攻撃に弱い。指定した座標を水で包む精霊魔法ならば、回避されることなく効果を発揮できた。
しかし、だからと言ってルワナを完全に捕獲することなど出来ていない。
圧倒的な魔力から放たれる風が、ルワナを包む水を吹き飛ばしてしまった。
「抑え……きれませんか」
一秒すら捕らえることが出来なかった。そのことでミミリスは唇を噛む。
そして同時に気付いた。
ルワナは一瞬で水球から脱出したにもかかわらず、アリストクレスは大人しく捕らえられたままであることに。ルワナと似たような実力があるならば、脱出も容易いハズだ。
なぜ、何もしないのか疑問に思った。
(一体なぜ……?)
ミミリスは水球に包まれたアリストクレスの方を見る。
暗闇に包まれているので注意深くは見ていなかったのだが、改めて見るとアリストクレスもただ捕まっているだけではなかった。呼吸も不可能な水の中で、微かに唇が動いていたのである。
読唇術の使えるミミリスは、遠目からでもその内容が理解できた。
(『――すべて、思うがままに破壊せよ
追憶すら残さぬように
《斬空転嵐》』)
「詠唱!? そんな――っ」
デス・ユニバースは死霊だ。
故に呼吸も必要ない。だから水球に包まれた所で詠唱が止まるはずもない。水が肺に侵入することも厭わず詠唱は続行され、《風魔法》が発動した。
それに気付いたのは僅かに二人。
ミミリスと、《魔力支配》による魔力の感知能力を持つユナである。
ユナは残り少ないMPを絞り出し、《魔障壁》を球状に展開して、更に《魔装甲》まで纏った。
それと同時に、周囲一帯を風の暴虐が破壊する。
パルティナの攻撃で倒れていた騎士たち、ルワナの殲滅を生き残った精霊部隊も突然の暴風に巻き込まれ、凄まじい圧力によって破壊される。
球状に空気を圧縮乱回転させることで、内部を完全破壊する魔法。それが《斬空転嵐》なのだ。
破壊の範囲は直径数十メートル。
砦すら抉り、破壊の限りを尽くして魔法は止まった。
砦の屋上は球状に破壊され、まともに防御できなかった者は体中を切り刻まれる。
「う……」
ユナも気付くと瓦礫の山に埋もれていた。
防御が間に合ったおかげで魔法によるダメージは少ない。しかし、魔力は殆ど空となり、強い倦怠感に襲われていた。
一瞬だけ意識が飛んでいたユナは、目が覚めてすぐに瓦礫を押し退ける。
意識が飛んだことで《魔障壁》と《魔装甲》も解除されたのか、身体にもかなりの傷があった。しかし、お蔭で幾らかはMPも残っている。ただ、そのMP残量では高度な魔法を使うことも出来ない。《天賜武》で武器を作り出せるかどうかも怪しかった。
「痛いなぁ……」
瓦礫から脱出して立ちあがったユナは、周囲を見渡す。
すると、暗闇でも分かるぐらい、周囲に血が飛び散っていた。《斬空転嵐》をまともに喰らえば、体中を切り刻まれる。全身鎧のあった騎士の中には無事な者もいるようだが、軽装だった精霊部隊は今度こそ全滅していた。
いや、よく見ればミミリスだけは生きているらしい。
ギリギリでアリストクレスの詠唱に気付いたおかげか、精霊魔法で水の防壁を発動できたのだ。それで幾らかは軽減され、大ダメージを受けるも生きてはいた。
そしてもう一人、エイスケは無傷だった。
《魔法反射》のお蔭で、あの暴虐を体現した魔法を無傷で乗り切ったのだ。縦横無尽に飛び回る瓦礫がぶつかったせいで完全な無傷とは言えないものの、他の者たちに比べれば無傷と言って良い。
ただ、余りにも凄惨な光景だったからか、腰を抜かしていた。
「シュウさんの姿が見当たらないね……生きてたらいいんだけど……」
砦の屋上は《斬空転嵐》で崩され、幾らかのメンバーは視界の範囲にいない。ただ、生存は絶望的だろうとユナは考えてた。
あの魔法を喰らって生きているのは、防御できた者か幸運な者ぐらいだ。
そして、あとは《無限再生》を持つデス・ユニバースたちだけだろう。
「あら? 生き残っているみたいね」
ドラゴンに乗ったオリヴィアの声が響く。
ユナが見上げると、パルティナ、ルワナ、アリストクレスも再生中だったらしく、三体は瓦礫の上に立ちながら修復されていた。
あの規模で魔法を放てば自爆になるはずだが、《無限再生》のあるデス・ユニバースなら関係ない。むしろ、これが死霊の正しい使い方だとも言える。決して死なず、逆らわない下僕に自爆特攻させる。術者であるオリヴィアは安全な空中で高みの見物。
流石に、ユナは諦めた。
(私じゃ勝てないなぁ……)
次に攻撃を喰らえば、もう防御することはできない。
そして残りのMPでは逃げることも難しいだろう。また、逃走するために必要な天使翼だが、ユナはこれを上手く扱うことが出来ない。
エイスケは役に立たず、他のメンバーも瀕死の重傷、または死亡。
だからユナは、残りMP115を右手の魔法陣に注ぎ込んだ。
「……召喚――」
ユナが右手を掲げると、魔法陣は拡大して複雑な紋章を描く。
そしてそこから出現したのは、オリヴィアと同じく、凄まじい畏怖を放つ獅子だった。
”ようやく俺を呼んだか”
出現したのは天雷獅子ハルシオン。
超越者である。





