EP396 ユナの冒険⑨
砦は一瞬で騒然となった。そして次の瞬間には戦闘が始まり、大音欄に陥る。砦の南北からアント系とスパイダー系の魔物が大量に攻め寄せてきたからである。
少数の見張り役が早期発見したので警報代わりの爆発音は鳴らすことが出来た。本当は鐘の音で襲撃を知らせることになっているのだが、本当の緊急時は爆発音で知らせている。
眠っていた騎士、精霊部隊、冒険者たちは飛び起きて迎撃のために武器を手に取った。
それは勇者エイスケとシュウも同じである。
「な、何事!?」
「おちついてくださいエイスケさん。襲撃です。ユナちゃんと合流するために行きましょう」
「う、うむ。その通りだ」
二人はすぐに準備してユナの寝室へと向かう。彼女は士官用の一人部屋を当てられているので、二人とは別室となっている。既にユナが砦屋上にいることを知らない二人は、そちらの部屋を目指した。
そしてエイスケが扉の前に立ち、ノックする。
「ユナ君! 起きているかい!」
当然だが返事はない。
何度も繰り返している内に不審だと思ったのか、シュウはエイスケを押し退けた。
「エイスケさん。扉を開けるので、どいてください」
「む? だがいいのか?」
「緊急なので」
シュウは、部屋の中にユナがいないと殆ど確信していた。理由は、部屋の中から魔力を感知できなかったからである。それを確かめるために、磁力を操って鍵を操作し、無理やり解除した。
そしてすぐにドアノブへと手をかけ、中に入る。
すると、案の定と言うべきか、ユナはいなかった。
「居ませんね。やはり、どこかで既に戦っているみたいだ」
「なんだって!? 早く助けに行くぞシュウ君!」
そう言ったエイスケは駆けだす。シュウも同意見なのか、エイスケをすぐに追いかけた。
(これはピンチのヒロインを助けるイベントに違いない! 待っていたまえユナ君!)
エイスケがそんな不謹慎なことを考えているとは知らずに。
◆ ◆ ◆
竜人の女に襲撃されたユナは、ひとまず対等な戦闘を行うことが出来ていた。理由はやはり、二つの【魂源能力】である。
無数の魔法武器を創造する《天賜武》で次々と武器を入れ替え、《無双》で操り、《陽魔法》の火力で押しつぶす。
まだユナは能力を使いこなしているとは言えないので、圧倒することは出来ない。しかし、デス・ユニバースを相手に対等な戦闘を行うことは出来た。
(投擲速度補正のナイフを創造)
竜人の女が操る糸を掻い潜り、ユナは左手の指で挟むようにしながら三本のナイフを作成する。それに魔素と黄金の気を纏わせて投擲した。
武器に付与された速度補正によって、投げられたナイフは軽く音速を超える。いかにデス・ユニバースと言えど、超越者ではないので音速を超えた攻撃を簡単に回避することなど出来ない。衝撃波が発生したことを表す轟音と共に、女の左肩が腕ごと吹き飛んだ。
(心臓を狙ったのに……外された)
ナイフの二つは避けられ、辛うじて直撃した一つも位置をずらされた。
戦士としての単純な技量、そして経験は相手が確実に上である。才能が天元突破しているユナですら、現状では敵わない。今はスキルの優秀さでカバーしているに過ぎなかった。
通常スキルですら《無双》《魔力支配》《気力支配》《明鏡止水》といったエクストラスキルを所持しており、とどめとばかり【魂源能力】まで保有しているのだ。流石に差があり過ぎた。
これで竜人の女が対等な戦闘を行えているのは、彼女の技量が凄まじいこと、そして種族が最強の死霊と言えるデス・ユニバースだからである。
そしてデス・ユニバースには特徴がある。
【固有能力】の《無限再生》だ。
これによって致命傷ですら修復させてしまう。瞬間的な再生ではないものの、その回復力は非常に厄介だった。現に、竜人の女の左腕は再生されてしまった。
「うわ、反則じゃん」
どの口が言うか、と問い詰めたいセリフだが、ユナの気持ちは誰もが共感できるものだった。いくら魔法があると言っても、千切れた腕を十秒と経たずに再生することは出来ない。一部のスキルは例外としても、普通の人族では有り得ないことだった。
「これが上位の魔族なんだ……強い訳だね」
そして竜人の女がデス・ユニバースだと知らないユナは、強い魔族は全般的にこのような能力者なのだと勘違いする。
確かに魔族領は人族領よりも魔物が強力であり、魔族のレベルも自然と上がる。しかし、ここまで飛び抜けた力を持つ者は殆どいない。まして、天使化したユナとまともに戦える魔族など、超越者を除けば皆無と言える。
竜人の女は魔族という括りでも特別強い部類だが、それはデス・ユニバースだからこそだった。
「こういうのは弱点とかあるのが普通だよね。だったら攻めるよ。《明鏡止水》、アクティブ」
ユナはMPを消費して《明鏡止水》をアクティブ状態にした。何もせずとも力、体力、魔力、精神、俊敏を底上げすることが出来るこのスキルは、MPを消費することで追加能力を得ることが出来る。
使えるようになる追加効果は破砕、金剛硬化、魔力濃密化、精神攻撃無効、自動反応の五つである。これによって攻撃するたびに対象を砕き、あらゆる攻撃を弾き、魔法は強力無比なものへと変貌し、精神攻撃すら寄せ付けない。おまけに死角からの攻撃すら自動的に反応して迎撃してしまう。
天使スペックのユナをこれでもかというほど強化するスキルだった。
「いくよ」
そう告げたユナは、その場から消失する。
次の瞬間には竜人の女の背後に現れ、創造した刀を振るった。竜人の女は咄嗟に気を纏った糸で防ごうとしたが、同じく気を纏っている上に破砕まで付いているユナの攻撃は防げない。背中を切り裂かれ、大量の血を流した。
そのままユナは足払いを仕掛けて竜人の女を転がす。更に足払いで付いた回転の勢いを殺さぬまま宙へと飛び上がり、創造した巨大手裏剣を投擲して両手両足を地面に縫い付けた。
最後に刀を創造し、空中で居合の構えを取る。
(炎、雷、光を纏う。気と破砕も混ぜて、魔力濃密化で底上げ)
それを全て居合の一撃に込めて放った。
相応の強者ならば当たり前のように放てる飛ぶ斬撃。しかし、《明鏡止水》で底上げされ、《魔力支配》と《気力支配》を持つユナが《無双》スキルを以て放ったのならば、威力は別格となる。
激しい閃光が叩き付けられ、砦が真っ二つになった。
当然、竜人の女は蒸発している。
他の騎士や精霊部隊、冒険者たちを巻き込まなかったのは幸運だった。
「よし、倒した!」
一方、ユナは満足げな表情で着地する。
今の一撃は自分の中でもかなり鋭いものだったと分かっているからだろう。さらに、魔法を組み合わせたとはいえ刀で巨大建造物を切ったのだ。武術家として少し誇らしいところもある。
そして流石に今の一撃は目立ったのだろう。
エイスケとシュウもやってきた。
「むむ!? これはまさかユナ君が!?」
「……うわぁ」
二人は綺麗にパックリ割れている砦屋上の地面を見て頬を引き攣らせる。砦と言うだけあってかなりの頑丈さがあるので、このように綺麗な切断面が見えてしまうのは異常だった。
聖剣を最終解放したエイスケならば出来なくはないだろう。
しかし、逆に言えば彼のレベルでなければ出来ないということ。エイスケは気付かなかったが、シュウはユナが力を隠していると察してしまった。
「ユナちゃん、これは―――」
「あ、シュウさんにエイスケさんも来たんだね! 早く敵を討伐しよう!」
ところが、ユナもエイスケとシュウが来たことに気付き、言葉を重ねてしまったので、シュウは聞きだす機会を失う。
「なんか魔族が来てるみたいだよ。凄く強かった」
「なんだってユナ君!?」
「そうか。魔物が大量に来ているみたいだから予想はしていたけど、やっぱり……」
今、三人がいるのは砦の中央付近屋上だ。
しかし、南端と北端付近では魔物との戦闘が激しい。数が多いので後退しながら迎撃しているらしく、この中央付近にやって来るのも時間の問題だろうとシュウは考えていた。
そこで追及は後回しにすると決める。
「ユナちゃん、エイスケさん。俺たちも迎撃しよう。多分、数が多いから少しでも戦力が必要なハズ」
「そうだね」
「うむ。シュウ君の言った通りだ。僕たち勇者も役目を果たすのだ!」
ユナとしてはさっさと魔族領に向かいたいので、戦いの混乱に乗じて姿をくらますつもりだった。無理やり振り切ることも出来なくはないが、内密に去る方がいいに決まっている。
幸いにも《気力支配》のお蔭で気配操作は万全だ。
しかし、物事はそう上手く進まない。
デス・ユニバースが倒されたことは、術者であるオリヴィアには筒抜けだ。更に、ユナが放った雷光の一撃は、遠くからでもはっきり見ることが出来る規模だったので、エイスケやシュウでなくともユナの位置を把握することが出来る。
それつまり、超越者オリヴィアを呼び寄せることになってしまった。
「あらあら。デス・ユニバース一体でも充分かと思えば、簡単に倒してくれちゃったわね。本当なら倒せないはずなのだけど……まさか蒸発させられるとは思わなかったわ」
上空から聞こえた、そんな言葉。
ハッとした三人はすぐに見上げて声の主を発見する。
それは青い竜鱗に覆われたドラゴンに乗る一人の魔人の姿。ブロンドの髪が月光で煌めき、特徴的な赤い瞳が輝く。滲み出る気配は凄まじく、膝を着いてしまいそうな程だった。
生命としての格が別次元の存在、超越者。
『死霊使い』オリヴィア・エイクシルが現れたのである。
「あの竜人、パルティナ・ハーヴェと言ってね。竜人族ではトップクラスの実力者だったそうよ。それを私の死霊術で強化したのだけど……倒すなんて凄いわね」
竜人族の長シュラム・ハーヴェの妻にしてミレイナの母親。かつては竜人最強の一角とまで言われたのがパルティナだ。ユナはエクストラスキルの強化によってステータス差を埋め、強力な【魂源能力】で倒すことに成功したが、普通ならば勝てるはずがない相手だった。
オリヴィアはユナが天使化していることを知らないので、充分だと信じていたのである。
まさか天使として覚醒しているとは知らず、予想外の結果となったが。
しかし、だからこそオリヴィアは自ら姿を現したのだ。
「魔人族だと!? 何者だ!」
「あら、あなたが勇者君かしら? それなら名乗らなければならないわね。私は四天王の一人、『死霊使い』オリヴィアよ。よろしくね」
「四天王だと!?」
それを聞いたエイスケは即座に聖剣を最大解放した。強制的にLv200となったおかげで、オリヴィアからの圧にも耐性が生じる。お蔭で膝を着くことなく剣を構えることが出来た。
同じく天使化しているユナは警戒しつつ刀を構える。しかし、シュウはオリヴィアの放つ覇気に押されていた。如何に召喚者といえど、彼はまだ普通の範疇なのだ。仕方ないと言えば仕方ない。
(こ、これはきっと四天王を倒しユナ君に惚れられるイベントに違いない! いや、もしかしたらオリヴィアが改心して僕のハーレム要員になるイベントか? フフフフフ)
そんな場違いで勘違いだらけのことを考えていたエイスケはだらしないニヤケ顔を隠すことなく、無謀にもオリヴィアに剣を向けたのだった。





