EP394 ユナの冒険⑦
辺境村に宿泊してから一か月。
遂に魔族の砦へと到着した。壁のような山脈が並ぶ中、砦の部分だけが平坦な地形となっている。平坦と言っても無数の岩が転がっているので、何もない平原というわけではない。
そして砦を攻め落とすために集められた者たちは、その岩に隠れて砦の様子を窺っていた。
「情報収集が終わったようですエイスケ様」
「うむ。ご苦労」
「斥候職の冒険者が集めた情報ですが、聞かれますか?」
「話してくれたまえミミリス君」
エイスケに話を振ったのは今回の部隊を纏める役を請け負ったエルフだった。彼女の名はミミリスと言い、精霊部隊の隊長でもある。
部隊を纏める代表として勇者エイスケとも良く話す仲だった。
「砦の中に感じ取れた魔族は百名を越えています。あの大きさの砦ですから、かなり少ないでしょう」
「幅が数キロはありそうだから当たり前ですな!」
「向こうが籠城戦を選択したとしても問題ないでしょう。なにせ、私たちは千五百名からなる大部隊なのですから」
出陣に時間を掛けただけあって、魔族砦攻略にはかなりの数が動員されている。戦闘に参加する実働部隊だけで千五百名であり、治療、輸送、その他バックアップがメインの人員を含めれば二千名は越えることだろう。
神託が降りたということもあり、それなりに本気なのである。
本当はもっと戦闘員を増やしたいのだが、流石にこれ以上増やすと無駄が生じる。今回の遠征に選ばれたメンバーは、誰もが実力者だ。下手な雑兵を増やすと逆に効率が落ちる。
尤も、SSSランク冒険者レインや【ルメリオス王国】の騎士団長アルフレッドが参加していない時点で『世界最高』の部隊とは言い難いが。
「まずは《炎魔法》の使い手をメインとした爆撃を行います。砦の壁を壊し、一気に内部へと潜入、制圧します。戦闘を行くのは勇者エイスケ様、『戦女神』ユナ様、『雷帝』シュウ様、そしてSランク冒険者の『暗黒』カイン殿が率いる冒険者部隊です。
私たち精霊部隊、そしてコルバート殿が率いる騎士団は後詰として内部の制圧を行います。つまり、エイスケ様の役目は強力な力で正面突破することです」
「うむ。僕に相応しい役目だ。任せてくれたまえ」
一緒に聞いていたユナとシュウは『聖剣のお蔭だろ!』と言いたくなるのを飲み込む。やんわりとした言い方で忠告は続けてきたのだが、ついぞエイスケが聞き入れることはなかった。
「さぁ、やるぞユナ君にシュウ君! 僕たち勇者の勝利は決まっている!」
「そーだねー」
「……はぁ」
ユナは聞き流しつつ《天賜武》で制作した武器をチェックし、シュウは目頭を押さえながら溜息を吐いた。
恐らく、エイスケはこの遠征がどういう意味を持つのか理解していないだろう。
ただ、勇者として力を振るい、その後英雄として凱旋する未来しか見ていない。
これは戦争であり、人を殺す戦いであることを彼だけは認識できていなかった。
そんな不安が残る中、数時間後に作戦は始まる。
◆ ◆ ◆
「これより作戦に入る!」
砦の前に整列した千五百人の遠征部隊に向かって統括役のミミリスが宣言する。エルフらしく、風の精霊魔法で声を拡散することで全員に言葉を伝えていた。
「悪神に仕え、私たちに魔物を送り込む邪悪な魔族を打ち滅ぼす! この遠征はその第一歩となるだろう! 光神シン様も私たちについていらっしゃるのだ。敗北はない!
光神シン様が使わされた勇者様と共に、悪の根源を絶やすのだ!」
『おおおおおおおおおおおおお!』
「進め! 作戦開始!」
『うおおおおおおおおおおおおおお!』
騎士、精霊部隊、冒険者、そして勇者たちは走って砦へと殺到する。こうしている時点で砦の魔族も異変を察知しているだろう。恐らく魔法による迎撃があるはずだ。
砦の攻略は、とにかく魔法の打ち合いになる。
守る側は近づかれないように魔法で敵を殲滅する。攻める側は魔法で砦を破壊し、内部へと潜入して制圧する。これが基本となる。
今回は攻める側なので、如何に素早く内部へと潜入するかが重要だ。
「うおおお! 最終解放!」
そしてエイスケは躊躇いもなく聖剣を全て解放する。解放自体には時間制限もリスクも存在しないので、わざわざ解放しない理由にはならない。
これによってエイスケはLv200となり、聖剣によって切断強化、飛翔斬撃、《剣術 Lv10》、《剛力 Lv10》《思考加速 Lv10》、《神速 Lv10》、《魔法反射》を得た。
この時点でエイスケのステータスは遠征組で二番目に強い。
勿論、一番は天使化したユナである。
「僕に続け!」
《魔法反射》を得たエイスケは魔法が効かない。故に、砦から魔法を放たれたとしても意味をなさない。それが分かっているので、エイスケは一人だけ突出して前に出た。
Lv200のステータスと《神速 Lv10》によってエイスケに追いつけるのはユナしかいない。
そしてユナはステータスを隠すために手加減している。
つまり、勇者エイスケが先頭に立ち、千五百の部隊を率いている構図が出来上がった。これだけの数で殺到すれば地響きもすさまじく、土煙もひどい。元から足場が良い場所とは言えないので、気を付けないと転んでしまうだろう。
勿論、遠征部隊に選ばれるメンバーにそのような間抜けはいないが。
「魔法だ! 炎球が飛んできたぞ!」
「散開しろ! 回避できるスペースの確保を優先!」
「精霊よ! あの魔法を撃ち落とせ!」
「こっちも魔法を用意だ!」
砦から炎が飛来し、遠征部隊を焼き尽くそうとする。だが、それらはエルフたちの精霊魔法によって撃ち落とされ、また回避されていた。
流石に距離があり過ぎるのだ。遠征部隊に選ばれるレベルの戦士にもなれば、回避は容易い。
そして《魔法反射》を有するエイスケは、自分に直撃する魔法を問答無用で反転させ、砦へと跳ね返していた。
「ふははははは! 効かないな! もっと強い魔法を使ってみるのだ!」
一人だけ突出したエイスケは、砦まで数十メートルという位置に来ている。ここまで近づけば、魔法による集中砲火を浴びることだろう。
しかし、その全てを反射して無効化していた。
遥か後ろで部隊と共に走るユナとシュウは魔法を回避しつつ会話する。
「エイスケさん。楽しそうだねー」
「今の彼は間違いなく人族最強だからね。ズルい能力だよ聖剣は」
「私としてはシュウさんの魔法も結構ズルいと思うけど?」
「俺の魔法は単なる基本の組み合わせだよ」
シュウはそう言って《土魔法》を発動し、掌に鉄球を作り出す。鉄球は形を制御することで球体から弾丸状へと変化させられた。
次に《雷魔法》を発動し、鉄の弾丸に対して電磁操作を実行する。これによって電子スピンの向きを操り、強力な磁石へと変えた。磁石のS極やN極は、元を辿ればこの電子スピンの向きによって決められており、これの向きを一定に揃えることで物質は磁石となる。
普段は向きがランダムなので磁力が相殺されているのだが、シュウは《雷魔法》の特性「磁気」を応用して鉄の弾丸を強力な磁石に変化させたのだ。
「磁力線を設置、対象は砦」
更にシュウは磁界の向きが連続的に変化している筒状の領域を細長く展開し、領域の先を砦の外壁にまで伸ばす。
つまりこれは、磁化させた鉄の弾丸を、磁力の加速台で発射してぶつける魔法だ。
最終的には音速の数倍にもなり、空気摩擦による燃焼でオレンジの軌跡を残しつつ対象に向かって行く。
「『《合成:磁場連結砲》』」
シュウの手の上から砲弾が消失し、磁力のレールに沿って加速する。そして一瞬で砦にぶつかり、その運動エネルギーを炸裂させた。
砦には対魔法の措置が施されているのだが、この《合成:磁場連結砲》の威力は単純な物理現象となる。故に外壁は軽く吹き飛ばされてしまった。
「こんな感じで、俺は電磁気学と物性物理学の基本を利用しているに過ぎない。勇者とは違うってことだよ」
実を言えば、召喚された三人の中でシュウは最も恵まれていなかった。光神シンの勇者でもなく、ユナのように加護もない。
少し強い程度のステータスと幾つかの魔法スキルを持っていただけだ。
故に、シュウは工夫することを覚えた。
特に《雷魔法》については考察を重ね、『雷帝』と呼ばれるに至ったのである。
「むむ! シュウ君に先を越されるとは! 僕も勇者として負けてられない!」
そして先を走っていたエイスケも、シュウの《合成:磁場連結砲》が砦の壁を破壊したのを見た。そして負けられないとばかりに聖剣を掲げる。
「これが勇者の一撃だ!」
無駄な叫び声をあげて振り下ろし、飛翔斬撃を放つ。
この斬撃はエイスケの魔力によって発動されているので、Lv200状態ならば凄まじい威力になる。地面を削りながら斬撃は真っすぐ進み、砦の壁を切り裂いた。
そこに遠征部隊の魔法使いが次々と魔法を打ち込み、特に炎属性による爆発で砦の壁は崩されていく。
エイスケやシュウのお蔭でかなり崩れていたというのも理由の一つだが、やはり数の力は偉大だった。砦を守っている魔族の十倍を超える数で圧倒しようとしているのだから当然だが。
「覚悟しろ魔族ども!」
そう叫びながらエイスケは砦へと侵入した。
崩れた砦の壁付近はかなりの瓦礫があったはずだが、聖剣を解放したエイスケならば軽く跳ぶだけで無視できてしまう。そして着地後、エイスケは目の前にいた魔族の男に聖剣を突きつけつつ宣言した。
「ふ……邪悪な魔族どもめ! 大人しく降伏するがいい」
「……」
しかし、この砦を守っているのは【アドラー】の意思なき魔人だ。エイスケの問いに答えられる訳がない。
黙り続けている魔人の男を見て、エイスケは勘違いをした。
「その沈黙は抵抗の意思だと判断する。覚悟し―――ぬわっ!?」
聖剣を掲げ、攻撃に入ろうとしたエイスケは魔人から不意打ちを受けた。武器として持っていた槍で突かれたのである。
意思のない魔人と会話など出来るはずもなく、エイスケはただ倒すべき敵として見られているだけだ。故に会話の途中であっても、隙があれば攻撃される。
流石に聖剣を解放しているだけあって回避できたものの、エイスケは冷や汗を流した。
「き、汚いぞ魔人め! そこは正々堂々と勝負するところだろう! もう怒ったぞ!」
そういったエイスケはステータスとスキルに身を任せた一撃を放ち、魔人の男を真っ二つにする。大量の血が噴き出し、二つに分離した死体がドシャリと音を立てた。
「ふ……この勇者に敵う者無し!」
精神値が高いお蔭でグロテスクな光景に対しても耐性がある。戦闘で興奮していることもあり、今は魔人を殺したことに対する精神的な苦痛すらも感じなかった。
そして砦の外壁が崩された音を聞きつけたのか、多くの魔人が集まってきた。
エイスケを包囲して、魔法を放つ。
炎弾、水弾、風刃、土砲、雷撃、影槍がエイスケに襲いかかるが、《魔法反射》で全て跳ね返す。跳ね返った魔法が炸裂し、周囲を大きく破壊した。
そして崩れた瓦礫は《魔法反射》で弾けないので、他の魔人たちと共にエイスケは埋もれてしまう。
「ぬ、ぬわあああああああああっ!?」
ステータス値が高いお蔭で死にはしないが、割と痛い。そして微妙な態勢で瓦礫に挟まったからか、上手く抜け出せなかった。
そんな時、ユナとシュウもようやくやってくる。
「なんか爆発したと思ったら魔人がいっぱい倒れてるね。うわー。ホントに目が黒い」
「文献の通りみたいだね。エイスケさんはこれを一人で倒したのか……」
「でもなんか自爆っぽい?」
「自爆?」
「うん。なんかそこの瓦礫に埋まってるし」
《気力支配》スキルを持つユナは、エイスケが埋まっている場所を気配で特定した。
そしてシュウに目配せする。
何をするべきか理解したシュウはすぐに《雷魔法》を発動させた。
「ほら、大丈夫ですかエイスケさん」
「う……済まないシュウ君」
シュウは瓦礫を磁化させることで浮遊させ、除去したのである。強烈な電磁場をかけたのだが、《魔法反射》のあるエイスケには効かないので安心だ。
そこへSランク冒険者『暗黒』のカインを始めとした冒険者組も到着する。
「おー、こりゃすげーな。流石は勇者サマってか? 魔人どもが全員くたばってやがるぜ」
「全員じゃないよカインさん。まだ砦には三十六人残ってるから」
「ほー。『戦女神』ちゃんは気配を探るのも得意なのか。じゃ、俺たちも仕事するぜ。魔人の討伐だ! いくぞ野郎ども!」
『おおおおおおっ!』
冒険者たちはカインを先頭にして砦の中へと散らばっていく。やがて後詰の騎士団と精霊部隊も到着し、砦をあっという間に制圧していく。
元から千五百名からなる大部隊だったのだ。
数時間もしない内に、砦は人族のものとなったのだった。
エイスケをアホっぽくするのが意外と難しいです……





