EP392 ユナの冒険⑤
~武装迷宮九十階層~
ユナは密かに武装迷宮の攻略を進め、あっという間に九十階層へと辿り着いていた。かかった時間は二か月ほどである。武具の献上を《無尽の武器庫》で簡単にクリアできるからこその速さだった。
迷路で多少迷うこともあったが、武装迷宮は元から七十一階層まで地図が出来上がっている。実を言えば、迷う要素が生まれるのは七十二階層からなのだ。
「よし、次はボスだね」
ユナは目の前の大扉を眺めながら呟く。
描かれているのは金箔で装飾された獅子の姿だ。背中から二つの雷が放電されており、翼のようになっている。これが九十階層のボスなのだろうと予想できた。
「ホントは迷宮もクリアしたかったんだけど……九十階層のボスを倒して終わりかな」
本当は九十階層で終わりであることを知らないユナは溜息を吐いた。
実は、神託によって魔族領への進軍が決まったのだ。およそ二か月前に魔族の砦を落とすようにと神託が降り、そこから準備を進めて明日が遂に出陣となる。
【ルメリオス王国】の騎士団、【ユグドラシル】の精霊部隊、ドワーフたちからは武器防具を集め、冒険者ギルドからもSランク冒険者を中心とした部隊が派遣されることになった。これらの準備編成によって、これだけの時間がかかったのである。
尤も、ユナにとっては幸運だったが。
ともかく、気合を入れて大扉を開いた。金属が擦れる音がして開かれると、奥には遺跡のような巨大空間が広がっていた。
「わー、すごい」
ユナは中に入りつつ、周囲を観察する。
まず、床には石が敷かれており、幾つもの柱が立っている。それぞれの柱は全て彫刻が施され、主に動物や植物が彫られていた。また、今にも動きそうな鎧兜も大量に立っている。実はゴーレムだというオチを警戒したのだが、ユナが触れても動くことはなかった。
この遺跡の奥には出口のようなものがあり、奥から差し込む日の光が光源となっている。
ユナはそれに導かれるようにして歩いていき、出口を通って外に出た。
するとそこには、広大な草原が広がっていた。
「フィールドフロア? 今までのボスと全然違う……」
基本的にボスは円形のフロアで戦うことになる。水中の魔物が相手だったり、柔らかい土が必要な魔物が相手だったりする場合は別だが、それが基本だ。
しかし、ここのフロアだけは今までと全く違う。
入っていきなり遺跡があり、そこを抜けると大草原となる。
こんなことは初めてだった。
「地下にこんな大空間が広がっていたら崩れそうだけど……まぁ、迷宮だもんね」
色々と言いたいことはあるが、まずはボス探しだ。
ユナは周囲を見渡す。
先ほど出て来た遺跡は高さだけで数百メートルもありそうな巨大さであり、目印として有効だろう。少し離れても元の場所に戻るのは難しくない。
そして、よく見れば今いる所から遠くに見える場所でも似たような遺跡がある。まずはそこに行ってみるべきかと考えた。
だが、その行動は遮られる。
”ようやく来たか! 嬉しいぞ挑戦者よ!”
雷鳴の如き声が響き渡り、ユナは思わず飛び上がる。そして即座に振り返り、先ほど出て来た遺跡の上を見上げた。
すると、そこには大扉に描かれていた、あの獅子がいたのである。
ユナは咄嗟に居合の構えを取りつつ跳び下がった。獅子から感じ取れる強さはこれまでの比ではなく、命をかけなければならないとすら思える。
何より、言葉を話す魔物など危険な香りしかしない。
(いきなり強くなりすぎだと思うんだけど……)
八十階層までに出会った全てのボスと、目の前の獅子が正面からぶつかった場合、余裕で獅子が勝利することだろう。
遺跡の上で寛いでいる獅子が腰を上げると、バチバチと音を立てて雷が走った。そして次の瞬間にはその場から消え去り、ユナの目の前に出現する。
(ヤバ―――)
反射的に居合を放ち、攻撃する。並みの魔物ならば一撃で首が飛ばされるほどの速さだ。元から《抜刀術》スキルには攻撃力と攻撃速度を上昇させる効果がある上に、ユナは《神速》スキルまで持っている。
その一撃は音すら置き去りにし、獅子の顔を傷つけようとした。
しかし、その一撃は届かない。
”ふん。遅い攻撃だな”
「…………え?」
刀は獅子の数センチ手前で停止してしまう。それは壁に弾かれたような感覚ではなく、強い力で押し返されているような不思議な感触だった。
”この俺にここまで近づいたことは褒めてやろう。実力は充分のようだな”
これ以上は刀が進まないと諦め、ユナは再び跳び下がりつつ刀を鞘に納める。
想像より遥かに獅子の能力は高い事が証明され、ユナは逃げることも視野に入れ始めた。
しかし、これは神の用意した試練でしかない。
獅子を倒す必要はなく、獅子の出す課題をクリアすれば良いだけなのだ。
”まぁ、待つのだ挑戦者よ。俺はお前の倒すべき敵ではない。まずは闘気を抑えよ”
「……ちょっと信じられないかな?」
”ふむ……仕方ないな。ならばそのままでよい。俺の話を聞け。初めての挑戦者で舞い上がってしまったことは謝罪しよう”
視界から消えるような移動は、獅子が調子に乗って、ついやってしまったに過ぎない。別にユナを驚かしたり攻撃したりする意図はなかった。
”俺は天雷獅子。『極雷王』ハルシオンだ! お前に試練を与える神獣であるぞ!”
途端に轟雷が響き渡り、バチバチと白い雷が唸る。静電気でユナは不快感を覚えたが、その圧倒的な力を見ればそれどころではないと思えた。
恐らくは電磁気を操る能力。
先程、ユナの一撃を止めたのも磁力を使った能力なのだろう。まだ【魂源能力】も権能も知らないユナからすれば、恐ろしい《雷魔法》スキル持ちのように思えた。
ただ、今はどうでもいい。
問題にするべきなのは天雷獅子ハルシオンの言葉である。
「試練?」
”その通りだ。お前は迷宮を突破し、遂にここまで来た。そして試練をクリアすれば、新たなる力を得ることになる”
「新しい力? ここって神様が封印されているんじゃないの?」
”なんだそれは? そのようなわけがないだろう。そもそも、神をこのような迷宮如きで封印できるなど、聞いたこともない”
「全然聞いてる話と違うんだけど……」
一応、この世界の常識として神話も頭に入れている。そして迷宮とは善神が封印された場所であると習っているのだ。
ユナも流石に混乱しそうになる。
「ねぇ。光神シン以外の善神は封印されているって聞いたんだけど。違うの?」
”そもそもゼンシンという言葉自体、よく分からんな。それに光神シンは神ではない。アレは神モドキのようなものだ。我が主たちと同列にするな”
「それってどういうこと?」
”………口が滑ったな。試練をクリアすれば少しだけ続きを教えても良かろう”
本当はまだ天使でない者に伝えて良い内容ではなかった。
しかし、それでユナの気を引くことには成功したらしい。
「分かった。いいよ。それで試練って何?」
”何、簡単だ――”
ハルシオンはその場に腰を下ろしつつ、試練の内容を告げる。
”武術系のスキルを十個習得してみせろ。この場でだ。必要ならば魔物も用意してやるぞ。お前の忍耐と根性を試してやる”
ユナはニヤリと笑い、《無尽の武器庫》でまずは槍を現出させたのだった。
◆ ◆ ◆
「簡単だったね」
”なん……だと……”
試練を開始して僅かに数時間後。
ユナは十個の武術系スキルを習得して見せた。元から《抜刀術》と《剣術》は持っていたので、残り八個ではあったが。
「《槍術》《弓術》《棒術》《短剣術》《細剣術》《体術》《斧術》《投擲術》は会得出来たよ。それに、なんか《魔法抜刀術》ってのも習得したし」
”お前、才能あり過ぎだろう! 幾ら何でも数時間で終了など……俺ですら予想できんわ!”
事実、ユナはあっという間に試練を終了させてしまった。ハルシオンが出現させた魔物を相手に、ユナは次々と武器を変更して戦い続ける。
加護のお陰で体力値が異常に高いユナだからこそ出来た方法によって、合計十個を全て習得して見せたのである。ちなみに、戦っている内に《抜刀術 Lv8》は《魔法抜刀術 Lv10》へと成長進化した。
出現した魔物が強かったのも理由の一つだが、何よりユナが才能に満ち溢れていたことが一番の要因となっている。
「こんなことで良かったの……?」
”馬鹿者! 普通は年単位で時間がかかることだぞ! そもそも、武術系スキルは武器を振り回せば手に入るわけではない。修行を積み、実戦レベルになって初めてスキル化するのだ。それも、武器を極めるという意思がなければ意味がない。
これは武術系に限らず、魔法系、心身強化系、その他スキル全てに適応される事実だ
だから俺も驚いている”
「そうなんだ」
実を言えば、少し心得がある程度ではスキルとして習得されない。生まれ持ってのスキルは別だが、後天的に習得する場合はかなりの修行が必要になる。
だからこそ、解放によって強力なスキルを一時的に扱えるエイスケの聖剣エクシスタは凄いのだ。
”まぁ、よかろう。俺も予想外のことで驚いてしまったが、試練を乗り越えたことに変わりはないのだ。約束通り、この先へと進む権利を与えよう”
そしてハルシオンは四つの足でしっかりと大地を踏みしめ、大きく息を吸い込んだ。
ユナは咄嗟に耳を塞ぐ。
”グオオオオオオオオオオオオオオッ!”
空気が弾けるような咆哮が放たれる。
それと同時にハルシオンの目の前で空間が歪み、金色の光を放つゲートが出現した。
”これが迷宮の地下百階層へと進むゲートだ”
「え? 九十一階層じゃないの?」
”ああ。実はここから遠くに見えるあの遺跡……あそこに九十一階層への階段がある。だが、それは俺の試練を無視しようとした者のために用意されたトラップ階層だ。強力すぎる魔物、即死が当たり前のトラップ、奇々怪々な迷路で挑む者を苦しめるだろう。何より、九十九階層を乗り越えて地下に進むと、再び九十一階層へとループする仕様になっているのだ。
絶望してしまうだろう?”
「うわー、酷いかも」
”そして俺の試練を乗り越えたのならば、お前には力を得る資格があるということになる。結局のところ、迷宮は九十階層で終了というわけだ”
意外な事実にユナは驚いていた。
少し疑っていたのだが、やはりハルシオンにユナを傷つける意思はないらしい。そして神が封じられているというのも真っ赤な嘘だということが分かった。
ならば、得られる力とやらを確かめるためにも、先へ進むしかない。
「じゃあ、私は行くよ」
”ああ、行け”
ユナは恐る恐る、黄金の光を放つゲートに手を触れる。まるで水面に触れたかのように波紋が広がり、キラキラとした粒子が舞う。
意を決して飛び込むと、そこには洋風な部屋が広がっていた。
木の机を囲むように革張りのソファが複数置かれ、そこにはお菓子とお茶が用意されている。そしてソファの一つには、青髪の偉丈夫が座っていた。
「おう、来たか」
「……誰?」
「ま、それはちゃんと言ってやるから座れ。ゆっくり話をしようじゃねぇかユナ・アカツキ」
「私の名前を知ってるの?」
そのことでユナは少し警戒する。
しかし、ここで立ち止まっていても始まらない。仕方なく、言われたようにソファへと向かい、対面する位置で腰を下ろした。
「少し話が長くなるかもしれねぇからな。茶と菓子でも食いながら寛いでくれ」
「……じゃあ、遠慮なく」
ユナはカップに入れらた紅茶を一口含み、落ち着く。良い香りが吹き抜け、ユナは瞬間的にリラックスしてしまった。恐ろしいまでの効能である。
「寛いでくれたみたいだから、自己紹介だ。俺は武装神アステラル。お前たちの間で武神テラなんて呼ばれている神だ」
「じゃあ、私の加護は?」
「勿論、俺のだ。ただし、今のユナに与えているのは仮の加護だけどな」
そして武装神アステラルはユナに対して一通りの説明をする。迷宮へは力と情報を制限することでギリギリ顕現している状態なので、詳しい話は出来ない。
しかし【固有能力】と加護の関係、そして天使についてはある程度説明を終えた。
「ざっとこんな感じだな。つーわけで、俺の天使になって欲しい」
「んー……天使になったらくーちゃんに会えるの?」
「くーちゃんが誰かは知らんが……元の世界の奴か?」
「うん」
「いずれ会えるぞ。寧ろ、天使にならないなら異世界の人物に会うのは難しいかもしれないな」
アステラルの言う『いずれ』とは超越化を指している。魂が世界から独立し、超越者となれば世界を越えるのも楽になる。そうすれば、ユナはクウにも会えるのだ。
詳細は説明されなかったが、ユナにとってはそれが最も重要だった。
「天使になる! すぐにならせて!」
「おう。ただ、天使になるなら俺の雑用係をして貰うからな。俺たちが地上に直接手を出せない以上、天使に頼らなきゃならん。そこは良いな?」
「うん。私にとってはくーちゃんに会えることが一番重要だから」
「なら、真名の加護をやる。利き手を出せ」
ユナはアステラルの言葉に従い、右手を差し出す。そこにアステラルも手を重ね、自分の力を送り込んだ。無事に契約は終了し、ユナは進化を経て武装の天使となる。
最後にユナの右手に魔法陣が浮かび上がった。
「魔法陣のことは後で説明してやる。ステータスを開いてみろ」
「うん。ステータス」
ユナがステータスを開くと、驚愕する程の変貌を遂げていた。





