EP38 聖女のバイト
何事もなく王都へと帰還した3人の勇者たちと騎士団長アルフレッド・テレリスは手に入れた魔物の素材を換金するために冒険者ギルドへと向かう。この世界エヴァンでは珍しい黒髪黒目の少年少女に王国騎士団の団長という奇異なパーティであるため、ギルドに入るなり多くの視線を集めてしまうのは毎度のことであった。しかし、すっかりその視線にも慣れてしまった4人は周囲に構わず受付へと向かう。
「おかえりなさい皆さん。今日はいかがでしたか?」
「うん、ただいまネルさん。依頼も達成したし、レベルも上がったから順調だよ」
まだ王都全体には公表していないが、ギルド内ではセイジとリコとエリカが召喚された勇者であることは知られており、もちろん受付嬢のネルも知っていた。このネルは嘗てクウが初めて依頼を受けたときに精算を担当した受付嬢であり、その後も何度か世話になった。そしてクウの泊まった宿の『赤の鳥』の主人の娘でもあるのだ。
「それはよかったです。えーと……ゴブリン10匹の討伐とコボルト10匹の討伐でしたね。討伐証明部位や各魔物の素材はありますか?」
セイジは軽く頷いて腰に付けたアイテム袋からゴブリンの右耳、魔石やコボルトの右耳、魔石、毛皮をカウンターに並べていく。3人の勇者たちも国王から一人ずつアイテム袋を渡されており、見た目に反して大量の物を持ち歩くことが出来た。
容量は様々だがアイテム袋自体は珍しいものでもないので、ネルも特に驚くことなく素材の鑑定を進めていく。
「えーと……まず依頼報酬はゴブリンとコボルトが1匹につき50Lですので20匹で1,000Lですね。魔石はゴブリンのものが1つ20Lでコボルトのものが1つ30Lですので合計500Lです。コボルトの毛皮は1つ50Lですが、6つほど少し状態が悪いので40Lとさせていただきますので合計440Lです。ということは……」
ネルはパチパチとソロバンのような機械を操作しながら計算をする。手慣れているのか指が若干霞むほどに早い。
「……合計報酬が1,940Lですね」
手早く報酬金額分のお金をまとめてセイジへと手渡す。そのとき少しだけネルの手がセイジに触れて、セイジは少し顔を赤くする。リコやエリカのアプローチに気付かない鈍感さをもつセイジだが、ネルのような美人に属する女性と接することにドキドキしないわけではなかった。
「清二~」
「清二君?」
そんなセイジの両脇からリコとエリカがジト目で睨みつける。そんな二人からの視線と声にセイジは一瞬だけビクッとして慌てて弁解し始める。
「え、えぇと何でもないよ? いや、その『絶対嘘だ』って視線は止めてくれるかな?」
言い訳無用と言わんばかりの視線を投げ続ける2人に、セイジは冷や汗を流しながら弁解をする。そんな様子の3人をアルフレッドもネルも微笑ましいと思いながら傍観を続けた。
「それで今日はこのあとどうなされますか? また別の依頼を受けますか?」
このままでは埒が明かないと思ったネルはセイジに助け船を出すつもりで声をかける。その言葉にようやくリコとエリカはセイジから目を離してネルの方へと向く。セイジもホッとした様子で心の内でネルに感謝の言葉を述べた。
今はまだ昼前であり、確かにネルの言う通りこの後も別の依頼を受けることができる。大抵の冒険者は早めに依頼を終わらせると、その日は宿に帰って休むことが多いが、中には王都内でできる雑用系の依頼をして少しでも稼ごうとする者もいる。ネルとしては勇者と呼ばれる者に雑用系依頼を受けさせたいわけではなかったが、仕事として一応聞いてみたのだった。
「今日はもういいんじゃないか? 目標も達成したし、少し休みたいよ」
「私も今日は止めにしたいかな。今読んでる魔法書の続きが気になっているし」
「う~ん。私は回復魔法の練習をしたかったのですが……」
三者三様ではあるが、追加の依頼は受けない方針のようだ。エリカは回復魔法を練習したいと言っているが、練習には怪我人が必要になる。このパーティの場合は前衛のセイジが傷を負う確率が高かったので、初めこそ練習台には困らなかったのだが、戦いが上手くなるうちに怪我をすることも少なくなり、なかなか回復魔法を練習することができなかったのだ。つまり、練習にはセイジが怪我をする必要があり……
「いや、僕はわざわざ痛い思いをするのは嫌だぞ?」
当然こうなる訳である。
エリカはシュンとしているが、誰も回復魔法の練習のために怪我をしたいとは思わない。地球でも治療の練習だと言って医者が友人にナイフを渡そうものなら通報されるだろう。
「どうしても……?」
「ぼ、僕だって休みたいし……」
依頼を受けなくても、アルフレッドと手合わせするという手段もある。技術もステータスも及ばないセイジは確実にボロボロにされるため、回復魔法のいい練習台になるのだが、それでもセイジはエリカの要求を拒んだ。例え上目使いで頼まれたとしても嫌なものは嫌なのだ。
頑なに拒み続けてそろそろ心が痛くなり始めたセイジに、またもや助け船をだしたのは受付嬢のネルだった。
「回復魔法の練習で困っているのでしたら、ギルドでバイトしませんか?」
「ギルドで……」
「バイト……?」
セイジとエリカはネルの言葉にクエスチョンマークを浮かべる。アルフレッドは「なるほど」と頷いているので分かっているようだが、リコも理解できていならしい。要領を得ていない3人の勇者を見て、ネルも説明を始める。
「はい、ギルドの医務バイトです。これからの時間は依頼を終えた冒険者がたくさん帰ってきます。すると依頼中に怪我をして帰ってくる冒険者もたくさんいるという訳です。その方たちを相手に回復魔法を使ってくだされば、練習にも儲けにもなります。収入の3割を後でギルドに納めてくだされば場所をお貸しすることが出来るのですが、いかがですか?」
練習にもなってお金も貰える。
この魅力的な案を聞いた時、エリカの返事は既に決まっていた。
「やります。やらせてください!」
◆◆◆
「クソ……まさかゴブリンごときの矢を受けるとはな……」
「大丈夫か? まだ出血が止まらないのか?」
「ああ、ポーションも尽きちまってたからな」
王都近くでビッグボア5匹の討伐依頼を受けた2人のDランク冒険者が依頼を終えて帰ってきた。だが帰る途中で油断していたところをゴブリンに襲われて、1人が右肩にアーチャーの矢を受けてしまったのだ。依頼の帰りでポーションを切らしていたため、簡単に傷を縛る程度しか出来ていなかった。
「ん? あの人だかりは何だ?」
「さあな、それより早く報酬を貰おう。傷が痛ぇよ」
「そうだな、悪い。今日の報酬でポーションを買えばその傷もすぐ治るさ」
ギルドの左奥の謎の人だかりは気になったが、今はそれよりも傷の治療だ。依頼の報酬を貰おうと受付へと向かう。冒険者2人が向かってきていると気づいたその受付嬢も営業スマイルを浮かべて迎えた。
「お疲れ様です。負傷なされたのですか?」
「ああ、想定外の魔物に奇襲を受けてな。さっさと報酬を受け取ってポーションを買いに行きたいから清算を急いでくれるか?」
「はい、わかりました。それと、今ちょうどギルドで回復魔法使いが格安で治療してくれていますので、利用なされてはいかがですか?」
「「何?」」
ギルド嬢の予想外の言葉に声を揃える2人。そんな2人の様子に、受付嬢はクスリと笑って左奥の人だかりの方へと目を向ける。その人だかりはよく見ると、皆どこか怪我をしている者ばかりであり、たまに淡い光が輝いたと思うと歓声が広がっている。
「まさか……あれが……?」
「はい、基本料金が小銀貨1枚で、傷の大きさによって多少変動するようです。MPが尽きた時点で終了らしいので早めに行くことをお勧めします」
「分かった。小銀貨1枚ぐらいなら今持ってる。おい、先にあっち行ってこい。精算の方は俺がやっておくから」
「す、すまん」
怪我を負った方の男は恐る恐る人だかりの方へと向かう。遠目では分からなかったが、屈強な冒険者たちに囲まれて治療の魔法を行っているのは一人の少女だった。白いローブを着てフードを被っているので顔は良く見えないが、フードの端から黒い髪が見える。珍しい黒髪という外見だけでなく、14歳ほどと思しき若さで回復魔法を使っていることに男は衝撃を受けた。
ともかく治療を受けようとしたが、どこから並べばいいのか分からない。そこで左腕に切り傷を負った近くの男に聞いてみることにした。
「ちょっとすまない」
「あっ? 何だよ? 治療を受けたいならあそこから順番に並べよ」
「あ、ああ」
聞きたいことを聞く前に答えが聞けたので素直に言われた所に行って並ぶ。大体10人ほど前に並んでいるらしく、このままでは回復魔法の少女のMPが持つのか疑問だ。回復魔法と言えば回復属性、光属性という珍しい魔法属性を持つ者にしか出来ないので希少だ。水魔法でも簡単な治療は出来るらしいが、回復や光の属性には大きく劣る。少女の魔法は淡い光を発していることから回復属性か光属性の魔法だった。そしてこの2属性の魔法は消費MPが大きいことで知られている。普通は5人も治療できればいい方だ。
だが、少女は男の予想に反して次々と治療を行いながらも疲れた様子はない。どういうことかと疑問を浮かべていると、遂に自分の番が来た。
「次の方」
「ああ、頼む」
「えーと、その肩の傷ですね?
『癒しの加護
傷つきし者に力を与えたまえ
その御前に愛なる力を現したまえ
我は癒す
その傷口を
《治癒》』」
少女の詠唱と共に肩の傷があっという間に塞がっていく。かなりの出力のようだが、やはり少女は汗一つ流さずに魔法を行使していることに男は驚きを隠せない。
「はい、終わりました。代金は小銀貨1枚になります」
「こいつは驚いた。これほどの使い手なら小銀貨1枚ではもったいないぐらいだな」
「うーん。そうでしょうか?」
首を傾げる少女に男は懐から小銀貨を取り出して渡す。少女はそれを受け取って腰に付けた袋に収納した。そのときチラリと見えた少女の顔に男は衝撃を受けた。この世界では珍しい黒髪だけでなく、瞳の色も黒だったのだ。黒髪黒目の美少女というだけでなく、治療魔法を使いこなしていることに再び驚き、一体何者なのかと男は考える。
「あの~。次の方もいるのでそろそろ……」
「ああ、すまない」
思考に没頭してしまいかけていた男は、後ろに並んでいた少年冒険者に軽く会釈してその場から去ろうとする。だが、やはり何者なのか気になった男は失礼と思いながら少女に尋ねた。
「なぁ、別に答えたくなかったらいいんだが、あんたの名前は?」
「え? 私ですか?」
いきなりのことで驚いたようだが、少女は口元を微笑ませて答える。
「私はエリカ。エリカ・シロサキといいます」
「うおおっ! エリカちゃんというのか!」
「すげぇ回復魔法だな! ぜひうちのパーティに入ってくれ!」
「はっ、あんたのとこみたいなむさ苦しい所にこんな少女を放り込むなんてありえないよ。あたしらのパーティ『青乙女』に来な。優遇するよ!」
「この娘はオレの嫁に……」
「警備員さん! ここに犯罪者が!」
「黙れ! 俺は変態紳士だ!」
その日、ギルドでは聖女が傷ついた冒険者を癒してくれたという噂が立ったという。





