EP388 ユナの冒険①
はい、唐突ですがユナの話です。
毎度の如く主人公以外の話ですね。可能な限りは圧縮しますけど、ある程度は長くなると思います。これも今回の章で必要な話ですから……
運命迷宮を一度出たユナとミレイナは、【ソリア】で食料品などを買った後、宿を取って休んでいた。超越化したユナはともかく、ミレイナは地獄階層の突破で疲れがたまっている。
すぐにベッドへと倒れこみ、四肢を投げ出していた。
「あ~。ベッドってこんなに快適だったんだな~」
「迷宮ではずっと地面で寝てたからね」
ユナも隣のベッドへと向かい、腰を下ろした。既に超越化しているので、肉体的な疲れとは無縁となっている。ミレイナと違って疲労はなかった。
尤も、精神疲労は別なので、休憩に意味がないわけではないが。
「しかしアレをクリアしてもまだLv200に届かないとはな。私も嫌になってきたぞ」
「うーん……Lv190以降は強い願いが必要になるからね。ただ魔物を倒すだけではレベルアップ出来ないと思うよ」
「強い願い……?」
「うん。私がくーちゃんに会いたい、邪魔する奴は薙ぎ倒してやるって願ったみたいに、強い意志が必要なんだよ。だから、ミレイナちゃんも強い願いを探してみたら?」
「私の願いか……」
ミレイナは仰向けになって天井を眺めつつ、自分の願いを考える。
求めるのは強さだ。
何かを打ち倒したいとか、欲しいとか、そういったものではない。単純に強くありたいと願っている。父親であるシュラムに憧れ、レーヴォルフに師事し、ネメアの高みを見た。それ故に強くあることを求めるのだ。
ミレイナにとって強さは手段ではなく目的。
決して終わることのない目的だ。
(強くなりたいと思うだけではダメなのか……?)
正直、その答えは分からない。幾ら悩んでも、ミレイナはこれといった正解を導き出すことは出来なかった。
そこで、ミレイナは考えることを止める。
思考と考察が得意とは言えないことは自覚しているので、こういうときは幾ら考えても無駄だと悟ったのだ。しかし、それは答え探しを放棄したという意味ではない。
「ユナ、一つ聞いても良いか?」
「んー? いいよー」
「ユナはどんな覚悟で天使になったんだ?」
それは一度聞いてみたかったことでもある。
普段のユナはクウにべったりとくっ付き、昼も夜も寝ても覚めてもクウのことばかりを気にしている。人の愛情はそれぞれなので、ミレイナもそこを指摘するつもりはない。しかし、そんなユナがどのような覚悟を持っているのか、それは気になる話だった。
ユナはベッドに腰かけながら、足をプラプラとさせつつ答える。
「私の望みは一つだけだよ。ただ、くーちゃんと一緒にいたい。世界を越えても、時代が変わっても、生まれ変わったとしても、私はくーちゃんが好きだから。
初めはね、世界を越えるために天使になろうとしたんだよ」
「世界を越える? 異世界に行くということか?」
「うん。私とくーちゃんが異世界人だってことは知ってるよね?」
「ああ。聞いている」
「じゃあ、くーちゃんがこの世界に来て、どんな旅をしてきたかは知ってる?」
「それも聞いた。ユナに会うために全力を尽くしたと言っていたな」
「そうだよ。くーちゃんは私のために超越化した。でも、私はくーちゃんに会うまで超越化できなかった。その理由は簡単だよ。
私が具体的な目標を失っていたから
世界を越えてくーちゃんに会いたいと望んでも、それじゃ足りない。渇望するだけじゃ、願いにはならないの。他人任せな期待が混じった渇望は脆弱。スキルという存在に頼り、ステータスの力に依存しようとするだけでは絶対に無理。
願いっていうのは、きっと自分の意思が伴うものだから」
超越者にとって、ステータスもスキルも枷でしかない。
世界に縛られた自分を越え、意思を貫くために限界を超えることが覚醒の条件。純然たる願いが、その呼び水となる。
クウは【砂漠の帝国】で魔力の殆どを消耗し、全てを賭けて限界を出し切り、ユナと見つけ出すという最終地点を見据えて強い意志を発揮した。ただ、自分の意思のみで限界を突き破り、死すら超越した。
あの時、幻影の黒コートで復活できるからと、適当なことをしていたら超越化に至ることはなかったことだろう。あの道具はあくまでも保険だと考え、自身の意思で乗り越えようと決めた。
それがクウの超越化に繋がった。
しかし、一方でユナは具体的な願いと意志を持っていなかった。クウに会いたいという渇望は非常に強かったのだが、統一された意思がなかった。
『世界を越える能力が欲しい』『神がクウと会わせてくれるかもしれない』『いつかクウが会いに来てくれるかもしれない』……
渇望の中に期待が入り混じったことで、強い意志の伴う願いにはなり得なかったのだ。
クウが同じ世界に存在していると知っていれば、話は別だったかもしれないが。
「私はくーちゃんのために力を使う。私を探して世界を越えてくれたくーちゃんのために、全ての願いを奉げるの。くーちゃんの障害は薙ぎ払うし、くーちゃんと私の間を阻むものがあれば打ち倒す。
私自身が成し遂げる。
今はそう思ってるよ」
ユナの思いは、クウと再会したことで固まった。
クウと会いたいという渇望でしかなかった意思は一つに定まり、ユナは一つの壁を越えた。それが超越化に繋がったのだ。
話を聞いたミレイナは、難しそうな表情を浮かべる。
「私の強さへの憧れは……渇望でしかないということか」
確かに、ミレイナの心の内には『スキルによって強くなる』という思いが残っている。幾つもの強力なスキルを習得したことで、自然と上限を定めてしまっていたのだ。元々、この世界ではスキルも普通のものなのだから、それも仕方ない部分があるだろう。
だが、今のままでは、スキルを極めることが強さの上限になってしまう。
世界のシステムに頼った渇望など、意思のある願いになり得るはずもない。
願いは自分自身で定めるもの。
憧れ、理想とする強さは自分の意思から出るものでなければならない。
「口で言うのは簡単だが、心の底から願うのは難しいな」
「うん。そうだと思うよ。私も、くーちゃんと再会するまで自覚できなかったから」
「ヒントでも欲しいものだな」
「そうだねぇ……じゃあ、参考になるか分からないけど、私の話をしてあげようか? この世界に召喚されて、天使になって、渇望の中で足掻いていた話を……ね?」
それはミレイナにとって願ってもない提案だった。
ベッドから起き上がり、真剣な眼で頷くのだった。
◆ ◆ ◆
二年前の夏。
学校帰りでユナは召喚されることになった。電車の座席に腰を下ろしていた時、召喚陣が光り輝き、近くにいた二人の他人と共に異世界エヴァンへとやってきたのである。
「え……?」
「ん?」
「ふぁっ!?」
ユナと共に召喚されたのは二人の男だった。
一人は若い見た目であり、本を片手にキョトンとしている。恐らくは大学生だろう。もう一人はあまり清潔感の無い男だった。恐らく三十歳にはなっていない。しかし、ボサボサ髪の眼鏡、さらにジーンズとチェックシャツという典型的なオタク系の見た目であり、初見では仲良くしたいとは思えない雰囲気を発している。
三人が現れたのは【ルメリオス王国】の王城地下にある召喚の間。
何人もの宮廷魔導士、また筆頭宮廷魔導士が魔力を注ぎ込み、召喚陣を起動させたことで、三人は異世界へと呼び出されたのである。
そして過剰な魔力消耗に耐え切れず、生命力すら消費してしまった宮廷魔導士たちは死に至り、召喚陣の上で倒れていた。
召喚していきなり目に入ったのが死体ということもあり、三人とも言葉を失う。
「メレク様! メレク様! ……誰か担架を持って来い!」
控えていた騎士の一人が筆頭宮廷魔導士メレクに近寄り、救護する。それに続いて他の騎士たちも次々と動き始めたが、既に手遅れだった。
過剰な魔力を吸い出され、足りずに生命力まで奪われたメレクたち宮廷魔導士は息を引き取った。
「これ……なに……?」
ユナは戸惑いながらも周囲を観察した。
日本人とは思えない風貌の人たちが騒ぎ、地面には謎の幾何学模様が描かれている。そして本物かどうかは不明だが、死体が幾つも転がっているのだ。どう反応すれば良いのか分からない。
それは大学生の青年と、オタク風の男も同じだったらしく、少し混乱しているように見えた。
「何かのドッキリ番組なのかな? それとも夢?」
「これはまさか召喚? いやいやいや。ラノベじゃあるまい……」
オタク風の男だけは正解を当てていたのだが、あまりにも非現実的すぎて信じられなかった。
そうこうしている内に事態は進み、死体となった宮廷魔導士たちが運び出されていく。そして召喚の責任者として立ち会っていた軍務大臣クリスティス・パリア・フリージアが茫然とする三人の前に来て、事情説明を始めた。
「バタバタとして申し訳ない。こちらとしても予想外なことが起こっているのだ。赦して欲しい」
「は、はぁ……?」
急な謝罪で大学生の青年が困惑しつつ返す。
「私は【ルメリオス王国】の軍務大臣、クリスティス・パリア・フリージアという。勇者様方には無様な所を見せてしまった。
ともかく、私について来てほしい。まずは部屋に案内しよう」
しかし、そう言われて付いていくほど楽観はしていない。
ユナと大学生の青年は警戒し、オタク風の男ですら不審な目を向けていた。なにせ、自分たちを勇者だと宣い、付いて来いというのだ。怪しすぎる。
三人が警戒していると、それが伝わったのかクリスティスも苦笑しつつ再び口を開いた。
「まずは色々と説明をする。だから部屋を移りたいのだ。あなた方も戸惑っているだろう?」
そう言われると頷くしかない。
怪しい相手とは言え、説明は欲しいのだ。
三人はクリスティスの後に続き、王城の応接室まで通されるのだった。
◆ ◆ ◆
応接間に通された三人は、クリスティスを正面にしてソファに座っていた。目の前には湯気が立ち昇る紅茶も置かれて、すっかり話し合いの雰囲気が出来上がっている。
部屋の中には数人の騎士が立っているほか、クリスティスの部下も記録係としてこの場にいた。
(あの剣……本物?)
ユナは騎士が腰に付けている剣を見て首を傾げる。
あの重厚感から見て、本物の剣ではないかと予想していたのだ。
「さて、少しは話し合える場所が整ったな。改めて自己紹介しよう。私はクリスティス・パリア・フリージアという。【ルメリオス王国】で軍務大臣の地位に付いている。主な仕事は騎士の統括、騎士養成学校の運営などだ。
あなた方も名前を教えてくれないか?」
取りあえず自己紹介ということなので、まずは大学生の青年が口を開く。
「九条修……大学生」
「私は朱月優奈。高校生だよ」
「ぼ、僕は大山英介。フ、フリーターです」
「……? 済まないが、大学生、高校生、フリーターとは何だろうか? 良ければ教えてくれないか?」
そうやって問い返すクリスティスにユナたちは驚く。
何故その程度のことも知らないのかと逆に問い返したくなったが、一応は丁寧に説明する。クリスティスも納得したのか、感心しながら復唱していた。
「なるほど、専門的な教育機関か。それと不特定職業者。ふむ、興味深いが、まずは色々とこちらの事情を説明させて貰おう。あなた方も混乱しているようなのでね」
ユナたちにとって、事情説明は何よりも欲しい。
城を移動する内に、ドッキリ企画では無いかもしれないと思い始めていたからだ。流石に、企画でこんな規模の城を用意するなど有り得ない。流石に異常だと気付いていた。
「ここはあなた方からすれば異世界と言われる場所だ。そして、この国は人間の集まる【ルメリオス王国】になる。あなた方は勇者として光神シン様に選ばれ、私たちの国へと召喚されたということだ」
そんな言葉から始まり、クリスティスは現在の状況を説明していく。
光神シンについての神話、現在の魔族と人族の関係、そして魔王の存在、最後に勇者の役目を。
「そういうわけで、あなた方には魔王を討伐して欲しい」
「……と言われましてもね」
大学生のシュウはあまり肯定的ではない。
そもそも、このような話は怪しすぎるのだ。
「何か証拠のようなものはありませんか? 正直、そんなことを言われても困るのですが」
「分かっております。まず、『ステータス』と呟いてください。それが証拠になりますから」
「はぁ……? ステータス」
シュウが呟くと、目の前にウィンドウが出現し、自分の能力が記されていた。
何が書いてあるのかはユナにもエイスケにも分からないので、自分で試してみることにする。
「ステータス……でいいのかな?」
「スティタスッ!」
困惑気味のユナに対し、エイスケは張り切った口調でステータス画面を開く。
すると、ゲーム画面のような不思議な光景が現れたのだった。





