EP387 調査と思惑
ダレンの説明は簡潔かつ、理解しやすいものだった。
「調査、ですよ」
その言葉でクウは全て理解する。
つまり、各地で魔物が異常発生している事件を解決したいのだと分かった。強力な魔物の出現を探るために、魔族領に近い部分を調査しなければならない。何故なら、魔物は魔族によって送り込まれていると信じているからである。
本当は間違っているのだが、それを知る術はないので仕方ないだろう。
「つまり、魔物の発生について目途を付けたいってことか?」
「スキルの件も困っているのは確かだけど、解決策が全くないんだ。それならば、まずは各地の魔物を先に対処しようということだよ。幸いにも、勇者様方は一部のスキルを使えるようだからね」
「だから例の山脈にある元魔族の砦を取り戻し、そこを拠点として周辺調査をすると?」
「その通り」
理に適っていると言える。
前提が間違っているので、とんでもない誤算を生む依頼になるのは目に見えているが。
しかし、クウはそのことを言及するつもりはない。
「で、遠征とわざわざ書いてあるからには、俺たち以外にもメンバーがいると思っていいのか?」
「勿論。現在は勇者様を三名とも起用することになると思っているよ。残りは未定だけど……近いうちに予定の空いているランクSオーバーの冒険者を二名以上は集めることになるだろうね。更にランクA冒険者も多数呼ぶ予定だよ」
「結構な規模だな」
「およそ二年前にも勇者による遠征が行われたんだけどね。その時は失敗に終わったのさ。ただ、今回は相手に魔族もいないし、戦力的には問題ないと思っているよ。勇者様たちも過去最強と言われているからね。期待しているということさ」
確かにセイジ、レン、アヤトのステータスは非常に高い。常人の二倍であり、更にスキルも充実しているのだ。現在は使えないスキルも存在するが、それでも強い。
弱点があるとすれば、経験の不足だろう。
流石に一年や二年ほど戦った程度では、十年以上も戦いの中で生きている猛者たちに適うわけがない。例えば、SSSランク冒険者レイン・ブラックローズは、二百年以上も修行を積んでいる。
こればかりには敵わない。
だからこそ、勇者に加えて経験豊富なメンバーが組み込まれる。
「引き受けて貰えるよね?」
ダレンは首を傾けながら訪ねる。
禿げた頭部で光が反射し、酷く主張していた。
ベリアルがその光を鬱陶しそうにしつつ、クウに尋ねる。
「引き受けるのマスター?」
「そうだな……」
クウはこの依頼のメリットとデメリットを天秤にかける。
メリットは、単純に勇者と会えることだろう。それに、戦っている場に居合わせることも出来る。スキル異常の原理を解明するチャンスかもしれない。
デメリットはクウとベリアルの存在がバレてしまうことだ。認識を逸らす結界も、セイジたちのように面識の深い人物相手では効きにくい。また、任務前には自己紹介もするので、その時にもどうやって誤魔化すかを考えておかなければならない。
(上手く条件を付けるのが最適か)
この依頼は受けるメリットが大きい。
だが、その時に生じるデメリットに対応するため、クウは幾つかの条件を付けることにする。
「俺たち二人はギルド派遣の特別な協力者ということにして、自由行動と身分の秘匿を認めてくれ。それならば依頼を受けよう」
「それぐらいなら配慮しよう。自由行動ということは、命令系統に組み込まず、独自に動ける権限が欲しいということで構わないね?」
「ああ、俺たちは二人で動く方が好みだ」
「いいだろう」
ダレンとしても、二人の実力は知っているので了承する。これでも、二人は城塞都市周辺で強力な魔物をかなり狩っているのだ。
一応の信用はある。
「残りの戦力が集まり、準備が整うまではいつも通り過ごしてくれ」
「ああ、分かった。なら、適当な狩りの依頼はあるか?」
「ふむ。用意しよう。少し待ちたまえ」
最低でも準備が整うまでに一週間はかかる。
それまで、クウとベリアルも策を練ることにするのだった。
◆ ◆ ◆
その四日後、セイジたち勇者組は【ルメリオス王国】の王城に呼ばれていた。国王ルクセント・レイシア・ルメリオスと対面し、一つの依頼を要請されていたからである。
ただ、今回は非公式の謁見故に、執務室へと呼ばれただけだった。
ここにいるのは、宰相のアトラス、騎士団長アルフレッドだけである。
「忙しい中、呼び出して済まないなセイジ殿、レン殿、アヤト殿」
「いえ、今は僕たちのような一部の人しか強い魔物と戦うことが出来ませんから。それで、今日はどういった用件ですか」
「うむ、詳しい話は後で詰めるが、今は簡単に説明しよう」
ルクセントは一度言葉を切って、セイジたちを見まわしてから再び口を開いた。
「ふ……召喚当初とは比べ物にならないほど、鋭い気配だと見受ける。これならば問題はないだろう。
今まで、君たちは冒険者の一人として真の勇者となるべく修行をしてきたはずだ。数多くの魔物を倒し、経験を積んで光神シン様の使徒として相応しい力を身に着けたのだろう。報告書を読む限りは、そのように感じられる」
「は、はぁ……」
「なんかべた褒めやね」
「セイジ君、レン君も失礼だよ。ちゃんと黙って聞いて」
戸惑うセイジとレンに対し、アヤトが注意を促す。
しかし、ルクセントは首を横に振りながら問題ないと示した。
「いや、そのままで良いとも。我らは頼む立場なのだから。
こうして勇者として成長してくれた君たちになら、安心して依頼することが出来る。
遂に、冒険者ではなく勇者としての活動をして貰うことになった! そのことを心に留めて欲しいのだ」
それを聞いた三人は驚いた。
勇者としての活動、それは魔族への対処に他ならない。現在の魔物退治は、勇者としてというより冒険者の一人として活動している状態に近い。
セイジ、レン、アヤトは共に気を引き締める。
「それは、戦争……ですか?」
「そうではないぞセイジ殿。今回は魔物の各地で起こっている大量発生、異常種発見への対処をして欲しい。恐らくは魔族の動きが活発になっているのだろうと予想している。故に、人と魔を分ける山脈へと赴き、そこにある砦を調査して欲しいのだ」
砦のことは三人とも知っている。
一回目に召喚された勇者たちが挑み、魔族から奪い取ったという砦だ。しかし、強力な魔物によって再び落とされてしまい、現在は魔物の住処になっていると思われている。
一度目の勇者は二人が死んでしまい、残るもう一人――ユナ――は魔族の側に寝返った。
そういう風に学んでいる。
「セイジ殿、レン殿、アヤト殿……三人には他の冒険者や我が国の騎士、【ユグドラシル】の精霊部隊と協力し、あの砦を手に入れて欲しい。そして調査をして欲しいのだ。
魔物の事件を解決するカギは、あの場所にあると考えている。どうか、それを見つけて欲しい」
つまりは勇者として初めてとも言える仕事になる。
ルクセントは簡単な説明しかしなかったのだが、危険も多い任務だ。砦を巣食っている魔物がどれぐらいの強さなのかハッキリしていないし、魔族の介入がある可能性もある。
しかし、勇者として召喚された以上、断ることも出来ない依頼だ。
いや、断ろうと思えば断ることも出来るのだろうが、勇者としての存在意義を失ってしまう。一応、魔王を倒した暁に、地球へと送還されるという説明を受けているので、これは避けられない関門だと思った方がいい。
セイジもレンもアヤトもそう考えた。
「わかりました」
三人の中で最も勇者としての期間が長いセイジが代表して答える。
レンとアヤトにも異存はなかった。
すると、ルクセントも安心したような表情を浮かべる。
「良かった。宜しく頼む。詳しい話はアルフレッド・テレリス騎士団長から説明があるだろう。あとで話し合って欲しい」
「王の言った通り、今回の任務は私も同行する。久しぶりだな。気を引き締めていこう」
アルフレッドは勇者たちを世話していた期間もある。そういった点から、ある種の弟子のように感じている部分があった。久しぶりに共闘できることを少し楽しみにしていたのである。
そしてアルフレッドを師匠のように感じていたセイジ、レン、アヤトたちも同意した。
「はい、久しぶりですがお願いします」
「前とは違うってところを見せなあかんな」
「うん。腕が鳴るね。よろしくアルフレッドさん」
こうして、【ルメリオス王国】での遠征部隊は結成されたのだった。
◆ ◆ ◆
某所にて、長身の男が岩の上に腰を下ろしていた。
長い髪を後ろで縛り、風に揺られている。彼の瞳は遠くを見渡していた。
しかし、その瞳は赤く、眼球は黒く染まっている。魔人族の証を持つ彼の正体は、魔王オメガだった。
「オメガ様」
そんなオメガの背後から近づき、膝を着いて呼びかけたのはオリヴィア・エイクシル。『死霊使い』と呼ばれる超越者の一人である。
「条件は整ったかオリヴィア?」
「はい。人族はあの砦へと進軍するようです。鳥の死霊を各地に放ち、確認しました。勇者たちの出陣も決まっております」
「思ったよりも簡単に事が進んだ。これは幸運と言わざるを得ないな」
【レム・クリフィト】との戦いに敗れたオメガたちは、身を隠して次の作戦を練っていた。もはや【レム・クリフィト】は力押しで潰せる相手ではないと分かったので、一からやり直す必要が生まれたのである。
精霊王フローリアも失い、戦力は大幅にダウンしている。
このままでは人族と魔族の戦争も引き起こせない可能性があるのだ。そして戦争が起こらなければ負の意思が集まらず、光神シンと邪神カグラを降臨させる条件も整わない。
だから、オメガは人族を強化することを考えた。
力を持てば、人はそれを利用しようとする。
勇者に力を与えることで、戦争を誘発しようとした。
「勇者共があの砦に来るならば都合がいい。例の死霊を使え。あの場所ならば、違和感もないだろうからな」
「かしこまりました。当日は私も向かい、観察しましょう」
「頼むぞオリヴィア。上手く演出しろ」
「勿論でございますオメガ様」
オリヴィアは跪いたまま一礼する。
そして立ち上がり、その場所を去って行った。人魔境界に存在する砦を利用し、ちょっとした茶番劇を演出する。その過程で勇者は新しい力を得るのだ。
「さて、そろそろ我の左腕も再生したな」
以前の戦いでオメガは《絶対誓約》を使用し、代償として左腕を支払った。この術は一定の代償を払うことで、同等の対価を得るというものであり、相手の術を破壊したりするときに利用できる。
ファルバッサの世界侵食《王竜の庭園》を無理やり破るために、左腕を犠牲として払ったのだが、幾ら超越者でも犠牲術式で失った体を再生させるには時間が必要となる。
それが「誓約」として刻み込まれているからだ。
オメガもあれから暫くは左腕のないまま過ごし、最近になってようやく復活した。
「戦闘にはまだ差し支えそうだが……問題はあるまい」
左手を握ったり開いたりしながら感触を確かめ、そう呟くのだった。
今日はクリスマスイブですね。
え? 恋人?
何言っているんですか。キリストさんに謝りなさい←リア充を僻む人の典型的なセリフ
 





