EP385 異物
クウはベリアルを魔神剣ベリアルに戻して、一気に人族領へと向かった。音速を軽く超える速度で飛翔できるので、数千キロという超距離であっても数時間で到着する。
疲れ、空腹とは無縁の超越者ならば、休みなしに飛び続けられるので、移動は簡単だった。
それでも転移系が欲しいと思うあたり、クウも少し欲張りである。いや、隣の芝生は青く見えるという奴だろう。能力の幅広さに関してはアリアやファルバッサが確実に上なのだから、少し羨ましいと思っても仕方ない。
超越者にすら致命傷を与える「意思干渉」も、アリアたちからすれば羨ましいのは同じだが。
「さて、この辺で良いか」
クウは白銀の翼を消して、音もなく地上に降り立つ。重力すら操るクウにとって、この程度は造作もないことだ。
そして虚空リングから魔神剣ベリアルを取り出し、そこからベリアルを顕現させた。
「思ったより早かったわねマスター。それとも、まだここは人の国じゃないの?」
「いや、ここは【ルメリオス王国】の東大平原だ。穿った言い方をすれば、何もないところだな」
「……その割には、遠くに城塞都市が見えるみたいだけど?」
「対魔族のために建設中の城塞都市だ。一年前は何もない場所だったな。一年でアレだけの都市を築きげるんだから、ドワーフの技術は凄い。《土魔法》を特殊な用途で使うことで、建設に役立てているって話だからな。建設機械なんてものもあるみたいだけど」
クウが初めて神種と戦った場所も、ここから近い。
神種トレント、ボロロートスが猛威を振るっていたのは、ここから少し南へといった場所になる。今は辺境村も解体されて、城塞都市へと統合されていた。
拠点防衛戦すら想定した、戦争のための都市。
人、エルフ、ドワーフが足並みをそろえて出資を行い、建設している。人族領で信仰されている光神シンからのお告げで、すっかり戦争ムードになっているのだ。
ただ、『聖なる光の石板』によってお告げを行っていたのは精霊王フローリアである。
今は消滅しているので、これ以上は余計なことをされる心配もない。
逆に、お告げを取り消す方法も存在しないが。
「勇者組はあの城塞都市を主な拠点にしているそうだ。この辺は昔から魔族領や、人魔境界山脈の強い魔物が紛れてくることもあるからな。その対策で常駐しているらしい」
「それなら、あの都市を壊せば万事解決?」
「考えが物騒すぎるわ! あれも人間が努力した産物なわけだし、可能な限りは残してやるぞ」
それに、天使とは勝手に人の歴史へと介入して良いわけではない。
戦争も歴史の一つであり、種が滅びることも世界の流れだ。
今回は光神シンや邪神カグラの思惑が絡んでいるからこそ、超越天使が出張ってくるのである。そうでなければ、戦争のために拠点を作っていたとしても放置である。
精々、人々が争わないように瘴気を浄化するのが天使の担うべき本来の仕事だ。結果として世界が荒廃し、人という種が亡びたのならば、世界を再生するのも神と天使の仕事である。
「桐島たちが犯人だって決まったわけじゃない。取りあえずは観察するぞ」
「面白くないわね……」
瘴気の塊だけあって、ベリアルの思考は結構過激だ。
それが本心なのか冗談なのかは不明だが。
「いつも通り、認識を誤魔化して入るぞ」
「了解よマスター」
二人は城塞都市の城壁門に向かって歩き始めるのだった。
◆ ◆ ◆
城塞都市の入口で税金を払ったクウとベリアルは、いとも簡単に中へと入ることができた。そして建設中の街並みを眺めながら、冒険者ギルドを探していく。
「最前線を意識しているだけあって、軍事関連の施設が多いな」
「鍛冶屋、武器防具屋、魔法道具屋、薬屋。見渡す限り、その手の店ばかりね」
「多少の娯楽もあるみたいだけど、メインはそっちだな」
城塞都市に入る商人たちも、鉱石や薬草類、魔物素材などを大量に持ち込んでいる。更に、城塞都市周辺で手に入った強力な魔物素材を仕入れ、西側へと持ち帰っているようだ。
「それにしてもマスター」
「どうした?」
「私たち、注目されているみたいだけど大丈夫かしら?」
「お前が美人だからだろ?」
「それって目立たない?」
「問題ないな。お前のことはあまり記憶に残らないように結界を張ってるから。凄い美人だったって記憶は残るけど、どんな顔だったかは思い出せない仕組みになっている。「意思干渉」の応用だな。
俺にも、指名手配犯だって気付かれないような意識操作結界を張ってるわけだし」
「それなら、こうやって注目される分には問題ないのね?」
「そういうこと」
道行く人々がベリアルに目を奪われつつも、二人はそれを無視して歩いていく。
人々も、通り過ぎる二人の姿を、次の瞬間には忘れていく。
実に便利な能力だった。
「それにしても……魔法道具の品薄が凄いな。スキル不全のせいか」
「魔道具だけは動くみたいね」
「残念ながら、こっちの魔道具は【レム・クリフィト】に遠く及ばない。戦闘に使えるものは殆どないだろうなぁ。気休めにしかならないだろうさ」
魔法道具とは、魔法システムそのものを体系化して魔法陣に書き起こし、《付与魔法》で道具に定着させたものである。元はリグレットが開発したものであり、嘗て彼が人族領を訪れた際、その技術を伝え歩いた。
故に人族領でも、錬金術の祖はリグレット・セイレムだと認識されている。
そしてスキルが使えない現在において、魔法道具は貴重だ。
多くの冒険者が買い求めたおかげで品薄状態になり、価格もひどく高騰している。
「特に結界系の魔法道具はほとんど品切れ状態か。ま、仕方ないな」
「魔物のせいで碌に旅も出来ない状態だもの。当然ね」
そしてスキル不全で最も困ったのは商人たちだ。
冒険者の戦闘力が大幅に低下し、一部の者たちしか魔物に対抗できなくなった。結果として護衛依頼を受注してくれる冒険者も減ったので、下手に街の外へと行くことも出来ないのである。
ランクSオーバーの冒険者たちが全力で駆除しても、圧倒的に足りない。
だからこそ、結界系の魔道具が飛ぶように売れるのである。
「人間がどれだけ魔法に頼り切っているかよくわかる光景だな」
「それは仕方ないわ。今まで当たり前に使えていた力なのよ?」
「ま、それもそうか」
魔法は正体不明の力というわけではない。
この世界において、一般的に知られた力だった。急に使えなくなった割に、よく対応した方だと思うべきである。
これも冒険者ギルドが早急な対策を練ったからでもある。
即座に各地と情報を共有し、魔物への対抗策を打ち立てたところは称賛するべきだろう。民間への対応は、やはり国家よりもギルドの方が早い現状なのだ。
故に、クウもギルドを頼ったのだが。
「ある意味、魔法に頼らない技術力を持ったドワーフ族は強いな。まさか磁石を開発しているとは思わなかった。お陰で電気やモーターに近い部品まであるみたいだ。重機モドキのお陰でこの城塞都市も開発が続けられているわけだし、意外と捨てたものじゃない。
この際、科学の方面も発達して欲しいな。
ただでさえ、文明力が極低下しているんだから」
邪神カグラによる呪いのせいで、この世界固有の種族は文明力が異常なほど低下している。リグレットのようにステータスの縛りから抜け出さなくては、中々技術が発達しない。
その点、ドワーフたちは理論ではなく経験則からこれらを創り出した。
種族特性で鉱石を理解できなければ、磁石生成も不可能だっただろう。
「だったら、今回の事件は放置するの?」
「そんなわけないだろ。ちゃんと解決するさ」
どちらにせよ、全ての原因は光神シンと邪神カグラにある。
今回の事件はしっかり解決するつもりだった。
荒療治だと考えるにしても、規模が大きすぎる。
「しばらくは、勇者たちの側で状況観察だな。俺たちがあいつらを観察していることはバレないように、慎重な動きで行くぞ。俺の解析を使うにしても、ある程度は時間がかかる」
「そう……私はマスターに従うだけ。任せるわ」
二人はそんなことを語りつつ、冒険者ギルドへと入っていったのだった。
◆ ◆ ◆
一方、【レム・クリフィト】ではアリアとリグレットが対応に追われていた。
この国は魔道具が非常に発達している上に、市民たちは普段の生活で魔法を使うことがない。職業軍人と一般市民がハッキリと分かれているので、一般市民は戦闘を行うことが殆どないからだ。
そして軍人たちも初めはスキルが使えないことに戸惑ったが、すぐに代用の魔道具が配布されたことで落ち着きを見せた。
お陰で、各都市の防衛にも支障はない。
しかし、問題は別の所にあった。
「アリア。【砂漠の帝国】への派遣は終わったそうだよ」
「ようやくか……」
魔王アリア、そして魔王軍第七部隊隊長リグレット・セイレムは各地の状況が記された書類を捌いていた。
その中でも、対応が最も遅れていたのは【砂漠の帝国】である。
簒奪の皇帝レイヒムが引き起こした事件で、あの国は一度崩壊している。そして、丁度再建中だったところで今回の事件が起きたのだ。砂漠という厳しい土地柄、魔法のない生活は難しい。
そこで、【レム・クリフィト】は支援部隊として魔王軍第六部隊の隊長リリス・アリリアスを送り込んだ。彼女の部隊は物資支援や回復支援、情報支援を行う部隊であり、災害救助も担当している。
同盟国として彼女とその部隊を送るのは最善手といえた。
「取りあえずは一度落ち着いたわけだし、神界を開いてみるかい?」
「ああ、すぐにいけるか?」
「勿論さ」
リグレットはそう言って右手を差し出す。
同じくアリアも右手を伸ばし、リグレットに重ねた。
二人が同時に霊力を流し込むと、右手の甲に描かれた魔法陣が共鳴し始める。そして時空間に作用をもたらし、二人を真っ白な世界へと導いた。
神々と邂逅することのできる特殊空間、神界。
そこで待ち構えていたのは二人の主神である魔法神アルファウと創造神レイクレリアだった。
「ようやく来たねアリア」
「ああ、私の国も落ち着いたのでな。聞きたいことは分かっているな?」
「勿論だよ。ま、答えになるかは分からないけどね」
少年の姿をしている魔法神アルファウは、その能力で空間を作り変える。そして四人が寛ぐことの出来る空間を顕現させた。
魔法神アルファウの持つ能力は構築だ。
それは物質の構築、システムの構築、法則の構築と多岐にわたる。魔素というシステム、魔法というシステムを構築したのも、彼の能力があってこそだった。
「ささ、座って」
アルファウはソファに座り、レイクレリアは気怠そうに体を横たえる。
対面するソファにアリアとリグレットも腰を下ろした。
そして、早速とばかりにアリアが尋ねる。
「今回のスキル異常について、教えて欲しい」
「うん、いいよ。とはいっても、僕たちだって分かっていることは少ない。ある日突然、スキルシステムが変異した……より正確には、崩されたって言い方が正しいかな?」
「崩された?」
アリアは首を傾げる。
それに対して答えたのは、怠そうにしている緑髪の女神レイクレリアだった。
「スキルシステムは『世界の情報』に組み込まれているわ。何者かが、情報次元に異物を設置したことで、原形を保てなくなった……ってところかしら? これはあくまでもイメージだけど……」
「いや、理解できた。では、その異物を取り除けば良いのではないか?」
「それはアステラルが試したわ。スキル関連は彼の管理だから。でも、異物は取り除いた瞬間に新しく生成されるみたいね。どうやら、どこかに核となる何かが存在しているみたい」
レイクレリアは大きく溜息を吐いた。
どこか、と言葉を濁しているが、神が関与できない場所にある核など限られている。賢いリグレットはすぐに気づいた。
「なるほど。地上、というわけだね」
「流石リグレットね。私の天使なだけあって賢いわ」
「ま、そういうことだよ。その証拠に、僕が構築した魔法システム自体は機能している。魔法陣はちゃんと働いているでしょ?」
「確かにそうだったね」
魔法陣を世にもたらしたリグレットは深く頷いた。
今更だが、スキルシステムと魔法システムは別物だ。
世界自体に魔法のシステムが構築されているのだが、スキルはその魔法システムを簡単に利用するためのショートカットキーのようなものである。
「スキル異常については僕たちも困っているんだ。異常の核になっている異物を早く取り除いて欲しいね」
「その異物自体は判明しているのか?」
「勿論。そのぐらいはね」
魔法神アルファウは、一拍おいてから再び口を開いた。
「異物は勇者の武器と鎧。正確には、その武器と鎧を形成している指輪型の道具だね。情報次元に干渉するシステムを組み込んだ異物そのものだよ」
クウとベリアルが同じ答えに行きついていた頃、アリアとリグレットも同様に今回の原因を突き止めていたのだった。
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