EP382 魔物退治
冒険者ギルドとの暫定的な協力関係が結ばれた三日後、クウに対して早速要請があった。それは【アリーターヤ】から北西に十キロほど行った場所にあるゴブリン系集落の殲滅である。
大地の浄化システムが復帰して以降、魔物の発生が起こるようになったので、強力な魔物のみならず、弱い魔物も大量に出現するようになった。それこそ、ゴブリンなどは手早く間引かなければスタンピードが発生する程である。
増えすぎて食料が無くなったゴブリンは、大移動しながら食料のある場所を目指す。人族の街など格好の標的というわけだ。
そういうわけで、クウとベリアルはその場所まで来ていたのである。
「そろそろ見えると思うんだが……」
「森が邪魔ね」
ゴブリン系の魔物は、頭が悪いように見えてそれなりの知能を持っている。それこそ、本能を抑えきれない部分は魔物らしい。しかし、木々を切り倒し、森を開いて小屋を建て、集落を作り、獲物を狩り、乾燥させて保存食にするなどの知恵がある。
ちなみに、なぜゴブリン系がこのような知能を持っているのかは不明であり、魔物学者たちも頭を悩ませていたりする。また、オーク系やコボルト系も似たような知能を有しているため、この三系統の魔物には何か秘密があるのではないかとも言われているが、真相は誰も知らない。
ただ、討伐する際には問題にならないので、クウも知ろうとは思わない。
「お、見えたな」
「あら、結構大きいのね」
「千ぐらいはいそうだ」
ちょっとした高台から見下ろす形でゴブリンの集落を発見する。魔物は上位種に従う傾向にあるので、この規模ならばゴブリンキングは確実に存在するだろう。
下手すればオーガまで進化したゴブリンがいるかもしれない。
オーガ系はゴブリン系列の魔物だが、何故か独立しており、ゴブリンから進化した場合は群れから離れてしまうことが多い。どんなに進化してもCランクが限界のゴブリンに対し、オーガ系は基本種のオーガの時点でランクCの魔物だ。個体によってはランクD程度に落ちるのだが、それでもゴブリン系とオーガ系では隔絶した能力差がある。故に孤立してしまい、群れから離れるのだ。
しかし、オーガに進化してもゴブリンを率いている場合は存在する。
その時はゴブリン集落も非常に大きくなるので、三桁クラスの集落の場合はオーガの存在を疑った方が良い。まして、千体ともなれば殆ど確実だった。
「これはスタンピードを起こすと大変そうだな。しっかり始末しようか」
「そうね。どうするの?」
「誰も見ていないし、能力を使う。開眼、【魔幻朧月夜】」
能力を解放し、魔眼を発動した。
黄金の六芒星がクウの両目に浮かび上がり、見る者を畏怖させる輝きを放つ。
そして今いる高台から、ゴブリン集落全体を見渡した。
「燃えろ」
クウがそう呟いた瞬間、集落全体が燃え上がる。
周囲の森には決して引火することなく、集落だけを燃やし尽くす幻影の炎。だが、焼かれた者は熱を感じてしまうほど、精巧な幻術である。
権能【魔幻朧月夜】による「意思干渉」で、世界が『燃えている』と認識したのだ。そして炎に触れたゴブリン系列の魔物たちも、『燃やされた』と認識することで火傷する。
ちなみに、十キロ離れていようとも、これだけの規模で燃やせば台地に位置する【アリーターヤ】から火災を目撃されてしまう。スキル異常が起こっている中で、これだけの炎が生まれるとすれば色々と疑われるだろう。そこで、クウはしっかりと周囲を別の幻術によって覆い隠していた。
なので外からは集落が燃えていることを認識できないようになっている。
「後は待つだけだな」
「詰まらないわねぇ」
「そんなことより、魔石を集めるのが大変だぞ?」
「それもマスターの能力で何とかならないの?」
「……出来ないこともないか。幻術生物を作ってやらせればなんとか」
「やっぱり暇ねぇ」
「そう言うなよ」
超越者の前ではゴブリン如きなど、千体いても意味がない。
二人は、ゴブリンが焼死するまで待つのだった。
◆ ◆ ◆
大きな袋を抱えたクウはベリアルを伴って【アリーターヤ】へと帰還した。ギルドへと向かい、受付で名刺サイズのカードを渡す。受付嬢はカードを確認すると、クウに向き直って口を開いた。
「協力者様ですね。ご用件は?」
「要請は完遂した。これがゴブリン集落で手にいれた魔石だ。千個ぐらいある」
クウは机の上にドンと袋を乗せる。
受付嬢は驚きながらもクウにカードを返し、袋を開けて確認を始めた。
ちなみにこのカードは、ギルドと協力関係にあることを示す証明証である。ギルド員ではないが、一時的にギルドと協力関係にある場合に発行される。効果は一時的なものであり、協力関係が終了すると効果を失うものだ。
余程特殊な事情でない限りは発行されないカードだが、全国のギルドで利用できるので、その点ではギルドカードとほとんど同じ効果を持っている。
ただし、街に入る時は税金を払わなければならないし、ギルドと提携している店で割引サービスを受けることも出来ない。
本当にギルドとの関係を示すだけのカードだ。
しかし、クウにとっては十分である。
これがあるだけで、全国のギルドから情報を得ることが出来るのだ。ただし、対価として相応の働きをしなければならないが。協力関係と言っても一方的ではなく、しっかりとギブアンドテイクの関係が働いているのである。
今回の場合、クウは情報を貰うためにゴブリン集落を消した。
「先にギルドマスターの所へどうぞ。その間にこちらの処理をしておきます」
「わかった。行こうベリアル」
「ええ」
「では、こちらの者が案内しますので」
受付嬢はそう言ってもう一人の受付嬢を引っ張ってくる。
クウもベリアルもギルドマスターの執務室は知っているが、規則なので案内が必要なのだ。二人は案内されてギルドマスターのクシャ・レッドカーネーションのいる部屋へと通された。
書類仕事をしていたクシャは、クウとベリアルが入ってきたことで驚く。
「どうされましたか。まさかもう、要請を完了されたのですか?」
「今、下で魔石を確認して貰っている。それより情報をくれ」
「嘘というわけでもないでしょうし、いいでしょう。何をお望みですか?」
「これまでの環境とは全く変わってしまった場所……特に最近変化してしまった場所の情報だな。最近の定義は二か月以内で頼む」
「その話でしたら、初めの契約でも聞いていましたからね。念のために調べておきましたよ」
クシャはそう言って、引き出しから資料を取り出す。
一枚に紙に整理してまとめられているので読みやすい。受け取ったクウも、すぐに内容を理解できた。
「仮称・滅びの森……森林の一部が急激に枯れ始め、悍ましい雰囲気に包まれた。アンデッドが発生している可能性があるってわけか」
「ええ。どうでしょう?」
「感謝する。十分すぎる情報だ」
「向かうのですか?」
「それが本来の仕事だからな。本当にただのアンデッドならば討伐もしておく。最低でも情報は持ち帰ろう。それでどうだ?」
「では、それでお願いします。討伐完了、または十分な情報の提供で、こちらも新しい情報を教えましょう」
「契約成立、だな」
急激に枯れてしまった森。
つまり生命力が失われたということだ。『死霊使い』オリヴィアの可能性が浮かんだのは間違いない。確実ではないだろうが、行ってみる価値はある。
「行くぞベリアル」
「了解よマスター」
「この時間から行かれるのですか?」
「野宿は慣れてる。問題ない」
クウはそう言ってギルドマスターの部屋を出た。
野宿になれているのは事実だが、本当のところは宿に泊まることで記録を残したくないだけだ。何があるか分からないので、可能な限り足跡は残さないに限る。
幻術で焼却した森も、後で《幻葬眼》を使い、焼け跡を消したほどだ。
また、超越者と準超越者であるクウとベリアルならば、睡眠も食事も不要なので、金を払って宿に泊まる意味もない。ある程度は持っているとは言え、お金も有限なのだ。街の出入りで税金を支払わなければならない以上、節約も必要である。
なので、すぐに滅びの森へと向かうことにしたのだった。
◆ ◆ ◆
クウとベリアルが滅びの森と呼ばれる場所に辿り着いたのは夜だった。【ユグドラシル】は南部を中心として森林地帯が多く、街道も森を縫うようにして張り巡らされている。森を切り開くのは一苦労だし、未知の魔物が生息している場合も珍しくない。
生活圏は森を避けるのが通例だった。
これもエルフという種族が、全体的に数の少ない種だからできることである。人と同じレベルの人口だったならば、森を切り開かなくては住む場所にも困っていたことだろう。森の恵みを受け取ることはあれど、住むことはないのである。
滅びの森も、そういった理由で避けられている森の一つだった。
「ほー。噂通り枯れてるな」
「瘴気も感じるわね。でも濃度は低めかしら?」
「お前の使う死の瘴気が強すぎるだけだ。普通の人間からすると、これでも充分強い部類だぞ」
漂っているのはあくまでも残滓としての瘴気だ。これを放っている本体はもっと強力だと考えた方がいいだろう。
だが、どちらにせよ、瘴気の強さはクウが期待しているほどではなかった。
「やっぱり、この程度だとオリヴィアがいる可能性は低いな。アイツの使役するデス・ユニバースはもっと強烈な瘴気を放つだろうし」
「準超越者級の私にも劣る程度だもの。当然ね」
「いや、どちらにせよお前は規格外だよ」
ベリアルは美女の姿を模っているが、本質は死の瘴気の塊でしかない。疑似精霊というシステムが組み込まれることで、ある種の人工知能を得た状態なのだ。元が神剣なので相応の能力を持っている一方、魂を持たない存在なので準超越者止まりというわけである。
ただ、魔神剣ベリアルの能力によって死を司る疑似能力者となっているが。
「ま、ともかく進んでみよう。どうせリッチクラスのアンデッドがいるだけだろうし」
「それよりマスターが月属性でエリア浄化した方が早いんじゃないかしら?」
「一応は調査依頼だからな。確認しておかないとダメだろ」
「そういうものかしら?」
「そういうもんだ。それに、この程度なら《真理の瞳》で解析するより、直接行った方が楽だし」
「ぶっちゃけたものね」
「期待外れだったからな」
クウはそう言って滅びの森へと踏み込んでいく。概念効果もない、ただの瘴気が漂う盛程度なら、結界すら必要ない。軽い足取りで奥へと進む。
ベリアルも同様であり、露出の少ないバトルドレスを纏ってクウに付き従った。
ちなみに、ベリアルも準超越者なので、服装は思いのままに変化させられる。流石に仕事中は男を誘惑するドレス姿ではなく、戦闘にも適した格好をしていた。なお、今の服装はアリアの戦闘服を元にしている。
「配下のアンデッドは気配なし……単騎で存在する特異進化タイプか?」
「それだったら、そこそこ強い瘴気を放っている点にも納得できるわね」
「前に戦ったキングダム・スケルトン・ロードとまではいかずとも、ロイヤル・スケルトン・ナイトやインペリアル・デスぐらいの奴はいそうだな」
「強かったの?」
「当時の俺からすればな。今戦えば圧勝できる」
以前に戦ったのは、人魔境界山脈でスケルトンの領域を通った時だ。
当時は【魂源能力】すら扱いきれていなかったので、苦戦したのを覚えている。勿論、今戦えば余裕で勝てるが。
そして漂う瘴気の感覚から察するに、キングダム・スケルトン・ロードにも劣る。
つまり、当然の如くデス・ユニバースはいない。
言い換えればオリヴィアも関係ない。
浄化システムが戻ったことで発生した自然現象に過ぎなかった。
「……いた」
遂にクウの感知範囲で敵を捉える。
気配は薄く、魔素は濃い。
恐らく幽体系の不死属魔物なのだろう。
「向こうも俺たちに気付いているみたいだ。こっちに向かってきている」
「ふふ。都合がいいわね」
クウは虚空リングから神刀・虚月を取り出し、右手をつかにかける。そして霊力を流し込み、光系の属性を纏わせた。
そして集中するように目を閉じ、こちらへ向かいつつも揺れ動く対象を標的化する。
「ふっ!」
一息で距離を詰める踏み込みと共に、一閃。
音すら置き去りにする超越者の身体能力によって、今回の標的だった不死属幽体系魔物であるアザゼート・ホロウは消滅した。基本的に幽体系は物理無効なのだが、光を纏わせれば一撃である。
不定形の白い塊は無残に散り、ポトリと魔石だけが落ちた。
「任務完了っと」
期待外れだったことに溜息を吐きつつ、クウは魔石を拾い上げるのだった。
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