EP381 ギルドと取引
【アリーターヤ】へと入れたクウたちは、まず冒険者ギルドへと向かった。ちなみに街に入る時には身分証明書が必要なのだが、クウとベリアルは持ってないので税金を払った。基本的に、自分の住む町は市民証で自由に出入りできるのだが、それ以外の街では税金を支払うことになっている。商人なども、それに伴う税金――いわゆる関税――を払うのが一般的だ。冒険者のように、ギルドカードで自由に出入りできる方が特殊なのである。
そして【アリーターヤ】市民たちはスキルが使えないことに気付いていないのか、普通に暮らしていた。
まず第一に、一般生活でスキルを使うことなどほとんどない。スキルというものは基本的に戦闘へと寄っているので、普段の生活では使用する機会がないのだ。なので気付かなくても仕方ないだろう。
だが、戦闘が生活と密着している冒険者はそうもいかない。
冒険者が集まるギルドでは混乱が予想された。
そしてそれは案の定だった。
「これは……また凄い混乱ぶりだね」
セラフォルも思わずそう呟く。
街としてはそれほど大きくないので、ギルドの規模も小さめだ。そのギルドに多数の冒険者が押しかけていたのだから、混雑して当然である。そしてスキルが使えないことについての情報を集めているようだった。
予想通り、ギルドが早急に統計調査をしているようである。
また状況を把握できるまでは危険な依頼も受理していないようだ。
「これ、どうするんだ?」
「僕の権限を使おう。こういうときはSSランクで良かったと思えるからね。取りあえずギルドマスターに会うつもりだよ」
セラフォルはそう言ってギルドカードを取り出した。
人族の中では数えるほどしかいない人外と言われるランクSオーバー。その権力はすさまじく、場合によっては下手な貴族よりも上になる。
混雑する中、セラフォルは躊躇いなく踏み込んでいった。
「すまないね。通してくれ」
「ああ? ……ってセラフォルさんじゃないっすか。どうぞどうぞ」
「先に失礼するよ」
少し強面の冒険者も、セラフォルを優先する。
ギルドでは上位ランクの者に従う風潮があるので、珍しい光景でもなかった。クウにベリアル、そして『風花』の三人娘もセラフォルに続いていき、いとも簡単に受付まで辿り着いた。
そしてエルフの受付嬢にセラフォルは話しかける。
「済まないけど、ギルドマスターと話がしたいんだ。都合を付けられるかな?」
「『風花』のセラフォル様!? と、当然です。すぐに伝えますのでお待ちください!」
雲の上にいる存在とも言えるランクSオーバーを見たからか、少し緊張気味で駆けていく。小さなギルドなのでギルドマスターへの報告もすぐに済んだのか、一分もしない内に戻ってきた。
少し息を切らしながら、受付嬢はギルドマスターの言葉を伝える。
「こ、こちらへどうぞ……執務室でお待ちです……」
「落ち着いて。そんなに急がなくても良いから」
「す、すみません……」
セラフォルに言われて受付嬢は息を整える。そして、ようやく案内を始めた。ギルドの執務室は二階にあるので、階段を登っていく。スキル不全のことで職員が慌ただしく行き来していたが、クウもベリアルも『風花』のメンバーも邪魔にならないように気を付けつつ移動した。
そしてある扉の前で止まり、受付嬢がノックをしてから開く。
中では執務机に座って一人のエルフが待っていた。
若々しい姿をしているが、それはエルフ特有の長い寿命によるもの。実際の年齢は三百を超えているのだろう。
「お待ちしておりました『風花』の方々。そちらの少年と女性は?」
「彼についてはこれから話しますので。取りあえず、僕たちが受けていた依頼の報告を兼ねて、何が起こったかを具体的に説明します」
そう言ってセラフォルは説明を始める。
クウとベリアルに出会ったこと、そして二人がこの辺りの異常調査をしている者であること。そして共にレクス・パピリオ討伐に向かったこと。その途中でセラフォルがスキルを失い、死にかけたこと。
それらを大まかに説明した。
状況を理解したギルドマスターは、クウとベリアルの方へと向き直って挨拶と礼を述べる。
「『風花』を助けて頂き感謝します。私は【アリーターヤ】でギルドマスターをしているクシャ・レッドカーネーションです」
「レッドカーネーション? 長老家の?」
「ええ。これでも昔は冒険者として活躍していたのですが、今はギルドマスターをさせて頂いております」
長老家の人物は権力もあるので、冒険者引退後にギルドマスターへと就任することも珍しくない。クシャの場合はレッドカーネーション家に必要な炎精霊に選ばれなかったので、早々に当主の座を諦めて冒険者になったのだ。
エルフの国では、このようなパターンでギルドマスターになる人物も少なくないので、特に咎められることもなかった。長老家といえど、割と緩いのである。
「了解した。こっちはベリアル。俺は都合上、名乗れないので少年とでも呼んでくれ」
「分かりました。では本題に入りましょう。
あなた方の報告でもありましたが、スキルが使えなくなったという事件は多く報告されています。現在の段階では魔法スキルは全く使えないようですね。まぁ《時空間魔法》や《付与魔法》といった特殊属性はまだ不明なのですが。あとは《鑑定》などの情報系スキル、《魔力操作》や《魔力感知》《身体強化》といった魔力系スキルもダメです」
「こちらの把握と大体同じだな。武術系スキルは?」
「それらは問題ないようですね。……ただ、《剣術》の腕が下がった気がする、という報告は受けています。それなりに振れるようですから、気のせいだと思うのですが。《槍術》や《短剣術》《弓術》など、他の武術系スキルでは特に報告されていませんし」
クシャはそう言ったが、クウはそうでないと考える。
恐らく、《剣術》もスキル効果が失われているのだろう。何故なら、武術系スキルはスキル無しの実力より一段階高い状態がスキルとして発現するからだ。例えば、素の実力でレベル5相当だった場合、スキルは《剣術 Lv6》となる。
つまり、スキル効果が失われた場合、剣技が落ちたように感じるはずだ。魔法と違って全く使えないということはないだろうが。
(いま一つ法則性が分からないな……)
流石に情報が少なすぎる。
これではいくら考察を重ねたところで仮定も出来ない。
「使用不可能なスキルのリストは?」
「現在、各地のギルドと協力して作成中です。数時間前の情報ですが、《剛力》などの強化系スキルは使えると分かりました。あとは《鍛冶》《礼儀作法》《舞踊》といった戦闘に関係ないスキルは問題ないようですね。なので、今のところ使えないと判明しているのは先に挙げたスキルです」
「なら、魔物はスキルを使えるのか?」
「……それは未確認ですね。しかしスキルが使えない以上、調査は危険なものですから。それに《鑑定》が使えないのでは、魔物がスキルを使えなくなったのか、初めから持っていなかったのか分かりません」
「魔道具は?」
「それは使えるようですね」
大まかには【レム・クリフィト】の状況と同じらしい。
つまり、これは『世界の情報』に異常が起こっているということだ。魔法道具が使用可能なのは、それが独立しているからだろう。魔道具に込められた魔法陣は、『世界の情報』にある魔法術式を解析することでリグレットが確立した技術だ。よって、『世界の情報』に異常が起こっても、魔法陣の方は正常なままということである。
後はどの範囲まで異常が起こっているかが問題だ。
今はスキルにしか異常が発生していないが、これが種族にまで及ぶと大変だ。人は人でいられなくなるし、エルフはエルフでいられなくなる。また、異常進化した魔物も出現するかもしれない。
『世界の情報』に異常が発生しているというのはそれだけのことなのだ。
「情報提供感謝する。こちらも分かったことがあればギルドにも情報提供しよう」
「それでお願いします」
全ての情報を明かすわけではないが、形式的にそう言ってお礼を述べる。こういうのは建前が重要なのだ。この一言があるだけで、後々動きやすくなったりする。
クシャはクウと話を終えると、再びセラフォルの方へと向き直って口を開いた。
「さて、セラフォル・ブラックローズ殿。これからギルドではランクSオーバーの方に多くの依頼をすることになるでしょう。魔物が活性化し、新種が次々と発見されている現状において、強力な力を持つ冒険者の力が必要になります」
「ええ。僕も理解していますよ」
「恐らく、強力な魔法武器を持つ冒険者にも声がかかるのでしょうが、あなたがたには魔物討伐を今まで以上にやって頂くことになるでしょう。勿論、ギルドでも全力の支援をしますが、危険なことに変わりありません」
「それが義務ですからね。仕方ないでしょう。引き受けますよ。アレーシャもパースもイリーナも構わないね?」
「勿論よ」
「当然ですわ」
「いいわ。別にあなたに言われたからって訳じゃないから。仕事だからよ。勘違いしないことね」
「ありがとうございます」
クシャは四人に礼を述べる。
事実、スキルが使えない状態で魔物討伐を頼めるのは、本当に高位の冒険者ぐらいしかいない。素の能力で相手を圧倒出来るランクSオーバーなら、魔法が封じられても魔物に対抗できると考えたのだ。
「『絶界』セラフォル殿を始め、ランクSS冒険者は『滅光』フェイク殿、『鬼神』ベルザード殿、『魔導剣』セイジ殿、『爆撃姫』リコ殿、『要塞姫』エリカ殿にも協力いただく予定です。ただし、『爆撃姫』殿や『要塞姫』殿は魔法スキルが使えない現状、頼むことが出来ないかもしれませんが。
そしてランクS冒険者では『剣王』ユークリッド殿、『女帝』エステル殿、『妖刀』クロウリー殿に協力要請を。
当然、ランクSSS冒険者である『覇者』レイン殿にも協力いただきます」
「ランクSオーバーでも魔法に頼り切っている人が多いからね。『聖域』のルリーちゃんとか、『迅雷』『氷結』兄弟は無理か……まぁ、《結界魔法》頼みの僕が言うのもアレかな」
「いえ、セラフォル殿は細剣の腕がありますので。しかし、こればかりは難しいかと。『聖域』ルリー殿、『迅雷』ヴォルト殿、『氷結』ブライ殿は精霊魔法も失っておられますから、Sランクとしての活動も困難だと聞いております」
やはり魔法は強力なので、単純な武術だけでSランクになるのは難しい。『覇者』『滅光』『鬼神』『剣王』『女帝』『妖刀』と呼ばれる冒険者は、魔法武器を使っているとは言え、己の武術の身で駆け上がった希少な者たちだった。
勿論、結界属性使いのセラフォルも《細剣術》をある程度は極めているので、《結界魔法》がなくとも十分に戦える。
伊達にSSランクでいる訳ではないのだ。
「そう言えば勇者君もいるんだったね。『魔導剣』セイジだったか? 光神シン様の使いだし、実力も充分と考えていいのかな?」
「直接見たわけではないので分かりかねますね。ですが、多彩な能力を持っているとか」
「『魔導剣』って言うぐらいだから、本来の力は発揮できないだろうね。本当の意味で今まで通り戦えるとすれば、『鬼神』に『剣王』に『女帝』、そして『妖刀』ぐらいかな?」
「その四人は武術系スキルの一点突破ですからね。これでも『鬼神』殿は見たことがあるのですが、アレは同じ人族なのかと疑いましたよ……」
今出て来た冒険者たちの名はクウも知っていた。かつて【ルメリオス王国】王城にある資料庫で見たことがある。
当時はまだ弱かったので、人族領における強者……つまり自分を楽に殺せる存在を警戒するためにも覚えておいたのだ。《虚神の加護》という爆弾を抱えての生活は中々にヒヤッとするものだったのである。
今では全く気にならないので、単なる知識でしかないが。
「そちらの少年もベリアル殿も腕に自信があるのでしたら、幾らか協力して頂けませんか?」
「俺は構わない。その代わり、環境に異常が発見された地域なんかの情報が欲しい」
「いいでしょう。優先してお渡しします。報酬はどういたしますか?」
「情報でいい。金は受け取ったっていう記録が残るからな。こういう任務についている以上、そういった記録に残る事態は避けたい」
「理解しました。相応の情報を提供させていただきます」
本来なら少し疑わしいと思うところだが、この緊急事態でクシャも疑うことをしなかった。
結果として、クウは冒険者ギルドによる情報網を手に入れたのだった。
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