EP37 そのころの勇者たち
ルメリオス王国の王都近くの森、かつてクウが初めてゴブリンと邂逅したその場所から、金属と金属が打ち合うような音が聞こえていた。不規則に鳴り響く金属音や、魔法と思われる爆発音の合間には、戦闘中と思われる声が聞こえる。
「はあぁぁぁぁっ!」
「グギャ!?」
ゴブリンと相対する黒髪黒目の少年が剣を振り下ろし、左肩から袈裟切りにする。小柄なゴブリンの身体は心臓もろとも引き裂かれて断末魔を上げながら絶命した。
「っ!?」
目の前の敵を倒したことで油断して構えを解いた少年のもとに、森の奥から矢が迫ってくる。反応が遅れた少年は射線から逃れることが出来ず、その矢は目前まで迫って――――
キンッ
甲高い音と共に飛来した矢は少年の目の前で弾かれた。
「油断しないで!」
「わ、悪い。助かった」
矢は少年の背後にいる少女の魔法で弾かれたらしい。この少女も少年と同じ黒髪黒目であり、白いローブ風の服装が黒を映えさせている。
「ゴブリンアーチャーだ! 姿が見えないが森の奥に潜んでいるぞ!」
「私に任せて!」
フルプレートの騎士装備をした男が先ほどの矢を放った魔物を特定すると、先ほどとは別の黒髪黒目の少女が杖を掲げて魔法詠唱を始めた。
「『風よ集え
我が前に顕現する不可視の刃
舞い散りて敵を切り裂け
《風斬撃》』」
少女の詠唱と共に見えない風の刃が3つ同時に出現し、矢が飛んできた方へと飛ばす。
「《風斬撃》! 《風斬撃》! 《風斬撃》!」
攻撃は一回では終わらず、連続して同じ魔法を何度も飛ばしていく。何度目かの魔法の後に、森の奥の方から微かに「グギッ」と呻き声が聞こえてきたところで打ち止めにした。
だが、先ほど少年が油断して矢を受けそうになったこともあって、しばらくは周囲を警戒しながら他のモンスターがいないかを確認する。10秒ほど警戒を続けた後、騎士の姿の男が口を開いた。
「さっきのゴブリンアーチャーで最後のようだ。警戒を解いていいぞ」
「ぷは~。さっきの矢は危なかった」
その言葉を聞いて少年は剣を納めて座り込む。今しがた危うく大けがを負うところだったのだ。緊張が解けて平常に戻った今、改めて先ほどの光景を思い出して身震いする。そんな少年の前に頬を膨らませながら立ちはだかったのは矢から少年を守った方の少女だ。
「本当にそうですよ。もし私の結界が間に合わなかったらどうしたんですか?」
「い、いや。ホントに悪かったって」
慌てて手をパタパタさせながら弁解する少年だが、少女の方はジト目で睨みつけたままだ。このままでは埒が明かないと思った騎士の男が少年に助け船をだす。
「ハハハ。その辺にしておけ。確かに最後の油断はいただけないが、それでも初期に比べれば大きく成長しているぞ? 今回の反省点を次回に生かせばより成長できると思えばいいさ、勇者殿」
「は、はぁ……」
そう、この黒髪黒目の少年少女はルメリオス王国が召喚した勇者パーティの桐嶋清二、青山理子、城崎絵梨香だ。騎士の男はルメリオス王国騎士団の騎士団長アルフレッド・テレリスだった。
「とにかく反省点を簡単に言うぞ?
まずはセイジ殿だが剣の鋭さはかなり良くなった。しかしさっきも言った通り、最後の油断はいただけない。敵を倒してしばらくは周囲を警戒することを心がけるように。戦闘終了は周囲の敵が完全にいなくなってからだ。
次にリコ殿だが、MP量に任せて魔法をドカドカと打ち込み過ぎだ。いくら下級の魔法だとしてもあんなに連続して撃てば、すぐにMPが枯渇することになる。特に魔法使いは強敵とやり合う時ほどMP管理が重要になってくるのだ。必要な時に必要な威力の魔法を必要なだけ撃てるようにすることだ。
最後にエリカ殿は特に言うことはない。よくぞセイジ殿をゴブリンアーチャーから守ってくれた。欲を言えば、エリカ殿は完全に補助タイプの魔法使いだから戦闘には直接参加しないことを生かして簡単な戦闘指示を出せると尚よいだろう」
『はい!』
アルフレッドの助言に元気よく返事する3人。
召喚当初は真剣など見たこともなかったセイジも、戦うという行為が初めてだったリコとエリカも彼の指南を受けて、1か月にも及ぶ城内でのトレーニングをこなしてきた。体力づくりの他に、慣れない剣を振ったり魔法の勉強をしたり、一般常識を学んだりと地味で辛い日々を過ごしたが、こうして実践に出て初めて基礎の大切さが理解できた。
実戦に基づいた朱月流抜刀術を会得しているクウはともかく、一般的な日本人が武器を持たされたところでいきなり戦闘行為を十全に行うことは難しい。今でこそまともに戦闘しているが、セイジが初めてモンスターと邂逅したときは、腰が引けて府抜けた剣しか振ることが出来なかったのだ。ゲームのような世界だが、ここは現実だと実感させられた瞬間だった。冒険者ギルドで登録をして依頼を受けながら魔物を相手とした実践訓練をここ2週間で繰り返している。
「反省点を理解出来たらステータスを確認しておけ。常に自分の能力と力量を把握しておくことは非常に重要だからな」
3人はアルフレッドの言葉に頷いて、心の内で「ステータス」と唱えた。
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セイジ・キリシマ 17歳
種族 人 ♂
Lv21
HP:1,095/1,231
MP:1,033/1,198
力 :1,018
体力 :1,013
魔力 :1,004
精神 :987
俊敏 :1,021
器用 :995
運 :40
【固有能力】
《光の聖剣》
【通常能力】
《剣術 Lv4》 Lv3UP
《光魔法Lv3》
《炎魔法Lv2》 Lv1UP
《雷魔法Lv2》 Lv1UP
《闇耐性Lv3》
【加護】
《光神の加護》
【称号】
《異世界人》《光の勇者》
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リコ・アオヤマ 17歳
種族 人 ♀
Lv20
HP:651/651
MP:514/2,058
力 :389
体力 :402
魔力 :1,542
精神 :1,431
俊敏 :549
器用 :531
運 :28
【通常能力】
《光魔法Lv3》 Lv2UP
《炎魔法Lv3》 Lv2UP
《水魔法Lv2》 Lv1UP
《風魔法Lv3》 Lv2UP
《土魔法Lv2》 Lv1UP
《MP自動回復Lv3》 Lv2UP
【称号】
《異世界人》《希望の魔導士》
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エリカ・シロサキ 16歳
種族 人 ♀
Lv18
HP:689/689
MP:613/1,568
力 :328
体力 :355
魔力 :741
精神 :1,763
俊敏 :503
器用 :491
運 :25
【通常能力】
《光魔法Lv2》 Lv1UP
《結界魔法Lv4》 Lv3UP
《付与魔法Lv2》 Lv1UP
《回復魔法Lv3》 Lv2UP
《状態異常耐性Lv1》
《鑑定Lv4》 Lv3UP
【称号】
《異世界人》《守護の聖女》
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「やった! 力が1,000を超えたよ!」
「清二、ホントに?」
「清二君、わたしにも見せてください」
「ああ、ほら」
加護を受けた勇者だけあって、通常の人とは隔絶した成長率を見せるセイジのステータス。全てのステータスが、そのレベルでの平均値の2倍はあるのだ。そして一部のステータスではあるが、リコとエリカも圧倒的なスペックを誇っている。後は経験さえ積めば、強大な戦力になることは間違いなかった。
「うわっ、相変わらず清二のステータスはチートよね」
「そうですね。それよりも力が1,000を超えたということは……」
「うん……聖剣と聖鎧を装備できるようになったよ」
聖剣・聖鎧とは、光神教が保持する勇者専用の装備であり、光の勇者の称号と一定以上の力がなければ装備不可という代物だ。その代わり、装備者に強大な力をもたらす切り札となりえる。勇者として召喚されたが、力の値が足りずに装備できなかったため、今までは一般的な騎士剣と簡単な鎧装備で戦ってきた。もちろんこれらの装備も宮廷鍛冶師ドランの作品であり、性能は十分ではあるが。
「セイジ殿、これで第一目標は達成だな」
「はい、おかげさまで」
セイジたち勇者パーティの第一目標として、勇者の専用装備を身に着けられるだけのステータスを手に入れるというのが挙げられた。何故なら、魔物や魔王から人族を救うために召喚された勇者を国民に披露するにあたって、聖剣と聖鎧を装備する必要があったからだ。例え国王が異界から呼び出した勇者だと言って、一般的な装備を着けた状態でお披露目するよりも、聖剣・聖鎧を纏っていた方がありがたみがあるだろう。
国王は大々的に勇者専用装備の授与式を行って、国民へのお披露目と景気づけを兼ねたパレードを開催するつもりでいたのだった。
「では今日はもう切り上げて国王様に報告に行くとしよう。ゴブリンの剥ぎ取りをしてくれ。と言ってもゴブリン素材は魔石程度しかないがな」
「大丈夫ですよ。何度もやっているので慣れました」
「私もできるわ!」
「うぅ……。私はまだ苦手です。直接ナイフで切り裂く感覚が慣れません……」
討伐証明部位の右耳と素材の魔石を剥ぎ取った4人は王都へと帰還した。