EP377 変異進化
カーバンクル・リベリオンから逃げ切ったセイジたちは、【ソリア】の宿で反省会を開いていた。既にギルドには報告済みであり、ギルドでは相手は竜種ではなかったことに驚かれた。
今回の依頼では情報収集が最低限の達成条件だったので、依頼失敗とは見做されない。しかし、無様に逃げ帰ったのは事実であり、強くなったと思っていた勇者たちの気持ちは沈んだままだった。
「ごめん清二。私たちが足を引っ張って……」
「ホントにごめんなさい清二君」
気力系スキル《覇気》によって完封されてしまったリコとエリカはセイジよりもずっと落ち込んでいた。セイジの足手纏いにならないように努力してきたにもかかわらず、今回も足手まといにしかならなかったのだ。
そもそも、自身を鍛えるために挑んでいる運命迷宮はリコとエリカのせいで攻略を断念しているという側面が既にある。圧倒的な実力を持つセイジに追いつくべく頑張っている一方で、全く追いつけていない現実もあるのだ。
今回はそれをまざまざと見せつけられる結果となり、二人は気落ちしていたのである。
「大丈夫だよ二人とも。前にも言ったけど、僕にとって二人が生きていることが一番大事なんだ。だから絶対に無理しちゃいけない。僕が理子と絵梨香と一緒にいるのは、二人に実力があるからじゃないよ。ただ、大切だからさ」
「清二……」
「ありがとう……ございます……」
この世界はゲームではないのだ。
少し前にクウと再会し、目の前で精霊王が殺されたことでセイジはそれを自覚した。甘い気持ちでいると、精霊王と同じようにリコとエリカも死んでしまうかもしれない。そう思ったからこそ、《仙力》が危険な力と知りつつ極めるために努力した。
セイジは二人を守るために、そしていつか地球へと帰還し、元の生活に戻るために戦っていた。
「二人とも……僕はスキルポイントを使おうと思う。二人とまた実力が開くから、迷宮攻略で溜まったポイントは使うのを躊躇っていたんだ。でも、やっぱりそれじゃいけない」
「……うん。私たちは清二を怖がったりしないよ」
「私たちにとっても清二君は大切なんです……でも、無理だけはしないでください」
「ありがとう。覚悟を決めていたけど、二人に言われると気が楽になるよ。溜りに溜まって千ポイントを超えているし、ここで一気に消費しようか」
セイジは大きく縦に頷いて、ステータス画面を開く。そして開示状態に変えてからスキルポイントの操作を始めた。リコとエリカもセイジのステータス画面を見ながら、どうなっていくのかを見守る。
現在のセイジはLv172と運命迷宮に入る前から変わっておらず、スキルレベルも伸び悩んでいる。手っ取り早く強さを手に入れるには、スキルポイントを使うのが効率的だ。それをこの世界の住人に言えば声を揃えて『ズルい』と言い張ることだろう。しかし、これこそが《光神の加護》を持つ勇者の特権なのだから、セイジは躊躇うことなく使う。
「やっぱり《融合》を生かしたいね。《魔導》と混ぜるために特殊属性を全部取ろうと思う」
「清二は既に《時空間魔法》を持っていたわよね。残りは《結界魔法》《召喚魔法》《付与魔法》《回復魔法》の四つね」
「あ、だったら《魔法反射》もどうですか? これも魔法系スキルのようですし」
「全部取ってもスキルポイントには余裕があるね。そうしようか」
セイジは画面を操作して《結界魔法》《召喚魔法》《付与魔法》《回復魔法》《魔法反射》を取得する。そして即座に【固有能力】の《融合》を発動させ、所持している魔法系スキルを全て合成した。
バチバチと嫌な音を立てながら文字列が走り、ステータス画面にノイズが走る。これは以前に《魔力支配》《気力支配》《罠感知》を合成したときと同じエフェクトである。
つまり、イリーガルスキルの発現を示していた。
「出た……《魔神》か。それっぽいスキルが出たね」
「なんか魔法系の最終形態って感じね。でも悪神の名前を冠するなんて嫌なスキルね」
「魔神ファウストですね。もしかしたら他にも神の名を冠するスキルがあるのでしょうか?」
「ありそうだね。特に武神テラなら武術系の最終系じゃないかな?」
エリカの漏らした言葉に一理あると感じたのか、セイジはふと《魔闘剣術》に触れてみる。するとスキルポイントの効果でさらなる進化先が提示された。
「これは……《剣仙術》? てっきり《武神》とかになると思ったんだけど」
《仙力》スキルを得たことで選択肢に入った進化先らしい。《魔闘剣術》はエクストラスキルではないので、まだ進化先があるだろうとセイジも思っていた。しかしここで変異進化が入り、《剣仙術》となるとは思いもしなかったので、かなり驚く。
「清二はそれも取るの?」
「うん。そうしようと思う」
「大丈夫ですか? 《仙力》のように危険は……」
「ちゃんと使いこなしてみせるさ。そのためにも……やっぱり解析系の能力を手に入れた方がいいね。ステータス画面のスキル説明では不十分だし」
スキルポイントを消費して《剣仙術》を手に入れたセイジは、次に情報系スキルを探す。そしてオーソドックスに《看破》を取得した。さらにスキルポイントを注ぎ込んでスキルレベルも最大にする。
運命迷宮の強い魔物を倒すことでスキルポイントが相当溜まっているからこその贅沢な使い方だった。ポイントはレベルアップで手に入るほか、強力な魔物を倒すことでも手に入る。最近はレベルが上がらなくなったので、スキルポイントはもっぱら魔物討伐で得ていた。
「よし、《看破》はちょっと高かったけど、《鑑定》と《解析》の二つを含んでいるみたいだからね。これで僕も敵のステータスを見ることが出来る。ちょっと楽しみだよ」
「うぅ……私のアイデンティティが一つ失われた気分です」
「大丈夫よ絵梨香。私なんてセイジが《魔導》を習得したときからアイデンティティを失っているもの」
「理子ちゃん……」
これだけセイジがスキルを取得すると、リコとエリカはセイジの劣化版のようになってしまう。勿論、そのことでセイジは二人を蔑ろにはしないが、二人としては少しだけ悲しい気持ちになった。
暗い表情を見せる二人にセイジは慌てて弁明する。
「そ、そんなことないよ! スキルの有無にかかわらず、僕にとって二人は大切なんだ。それに僕が上位のスキルを持っているからって二人がいらないわけじゃないよ。僕は理子とも絵梨香とも一緒にいたいと思っている」
「正面から言われると恥ずかしいわね……」
「いつもの三割増しでカッコよく見えます」
「あはは……でも、僕には二人が必要ってことは事実だよ。偽りようのない本心さ」
「分かったわ。なら、今度でいいから一緒に買い物行きましょう。それでチャラにしてあげる」
「あ、ズルいです。私も!」
「分かったよ。それぐらいなら幾らでも」
そう言って頷くと、リコとエリカは二人でハイタッチしながら喜ぶ。いわゆるデートの約束を取り付けたに等しいのだ。嬉しくないはずがない。
機嫌を良くしたリコは弾んだ口調のまま再びセイジのステータス画面を覗き込む。
「清二~。他には何か取らないの?」
「そうだね……取りあえずは進化を見てみようと思うよ。さっきの《剣仙術》みたいなことが起こるかもしれないからね」
セイジは試しに先ほど取ったばかりの《看破》に触れる。すると、やはりというべきか、変異した進化先が表示された。
「《霊眼》? なんだか毛色が変わったね」
「これも取るの?」
「理子ちゃん……聞かなくても分かるでしょう?」
「あー、そうね」
言われるまでもなくセイジは進化させる気満々だった。即座に《霊眼》を取得する。画面にあった《看破 Lv10》は《霊眼》に置き換えられ、スキルが無事に進化したことを示していた。
ただ、その際に異常なノイズが走ったので、これもイリーガルスキルなのだろうと予想できた。
そして続いて《明鏡止水》と《超回復》にも触れて進化できないか確かめるが、こちらは進化不可能らしく、特に何も表示されなかった。
「これで終わりかな? 結構スキルポイントも余っているし、どうしようか……」
残るスキルポイントは三百以上。
他にも色々とスキルを取ることが出来そうである。あまり取り過ぎても使いこなせないので、この辺りはよく考えなければならない。
だが、セイジはふと【魂源能力】に目を付けた。
《聖光崩魔剣》。
特別な性質を持つ魔剣を自在に作り出し、操ることの出来るスキルである。実はあまり使っていないスキルだ。しかし、セイジはこのスキルも進化できるのではないかと考えた。
画面に手を触れると、案の定、進化可能と提示される。
「あ、これも進化できたんだ」
「これって【魂源能力】よね。清二はあんまり使ってないみたいだけど」
「聖剣がありますからね。ユーリスさんの《樹木魔法》に比べたら使う機会は少ないと思いますよ。これも進化できるみたいですが、やるのですか?」
「うん。この際だから進化させようかと思ってるよ。どうせなら、進化させてから使いこなそうと思う。今回は進化先が表示されていないから、どんなスキルになるのか楽しみだよ」
「そうね。進化したら使い勝手が上がるかもしれないし!」
「私も良いと思いますよ」
「じゃあ」
セイジはそう言ってスキルポイントを二百五十も注ぎ、変異進化させる。【魂源能力】とは魂の力を表出させたものであり、一部『世界の情報』からも外れている。そしてスキル保有者の魂と密接な関係を持っている。
そのスキルを変異させたらどうなるのか。
答えは魂にダメージが入る、である。
「ぐっ……がぁ……」
「清二!?」
「大丈夫ですか清二君!」
スキルが改変されると同時に魂へとダメージが入り、セイジは全身に激痛を覚えた。ステータス画面は砂嵐のようにノイズが走っており、異常事態であることは一目で分かった。
リコとエリカの二人は即座に光属性による回復を行うが、まるで効果は見られない。
「な、なんで!?」
「諦めたらだめです理子ちゃん」
二人はMPを使いきる勢いで魔法を行使する。先程の和気あいあいとした空気から一変して、二人の間には緊張が走っていた。
だが、セイジの苦痛は思いのほかすぐに終わりを告げる。時間にして僅か二十秒足らずでスキルの変異は安定したのだった。ステータス画面のノイズも綺麗に消え去り、完全なステータスが表示される。
「だ、大丈夫なの清二!?」
「うん……ビックリしたけど、今は全然大丈夫みたいだね」
「心臓が止まるかと思いました……」
「絵梨香も心配させてごめんね」
泣きそうになっているリコとエリカを見て、流石にセイジも気まずいそうな表情を浮かべる。
そして誤魔化すように変化したステータスを確かめた。
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セイジ・キリシマ 18歳
種族 神種人 ♂
Lv172
HP:17,510/17,510
MP:17,421/17,421
力 :17,452
体力 :17,421
魔力 :17,698
精神 :17,369
俊敏 :17,036
器用 :16,907
運 :40
スキルポイント:63
【魂源能力】
《聖魔乖星崩界剣》 New
【固有能力】
《融合》
【通常能力】
《剣仙術》 New
《霊眼》 New
《魔神》 New
《仙力》
《明鏡止水》
《超回復》
【加護】
《光神の加護》
【称号】
《異世界人》《光の勇者》《スキルホルダー》
《到達者》《真なる勇者》《魔導剣》
《天の因子を受け入れし者》《逸脱者》
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《聖魔乖星崩界剣》(イリーガルスキル)
可能性という性質を秘めた剣を作り出す。
剣に関する一つの情報世界にアクセスする
ことで、数多の伝承すら再現する。
《剣仙術》(イリーガルスキル)
仙気を纏う究極剣術。《仙力》と呼応して
発現するスキルであり、剣の概念を拡張す
る事を可能としている。
《霊眼》(イリーガルスキル)
見えざるものを見る魔眼系スキル。《仙力》
と呼応して発現するスキルであり、対象の
気や魔力の流れを黙視することが出来るよ
うになる。
他にも聖気や瘴気を見分けることすら可能
となり、果てには対象の心すら見分ける。
副次的作用として対象の情報を読み解くこ
とも出来る。
《魔神》(イリーガルスキル)
基本七属性、特殊属性五種、《魔法反射》
のスキルを統合した魔法スキル。イメージ
のままに魔法を発動させることを可能とし
ており、このスキル保有者は魔法によるダ
メージを完全無効化する。
また、無効化だけでなく制御剥奪も可能で
ある。つまり他者が放った魔法の制御を奪
い取ることができる。
「うわぁ……」
「あー……」
「これはちょっと……」
魔改造し過ぎたかもしれない。
先のことも忘れて、三人はステータス画面に引いていたのだった。
アリウス(alius)はラテン語です。英語ではother(別の)に近い意味ですね。
そしてカリブルヌスはエクスカリバーの語源です。
つまり、アリウス・カリブルヌス=別のエクスカリバー
変異したという意味の他に、エクスカリバーの伝承にもかけています。エクスカリバーはカリバーン、キャリバーン、コールブランド、カラドボルグ、エスカリボーのように伝承されるにあたって様々な言語に訳され、その度に呼び方が変わってきました。《聖魔乖星崩界剣》はそういったあらゆる伝承を統合して、可能性の聖剣を作り出すことを可能とした能力です。
つまりは『別の』可能性すら体現するということです。原典だけでなく、後に修正された剣の伝承すらも取り込んでしまうため、このように名付けました。
私としては今回のネーミングを結構気に入っています。
評価、感想をお待ちしております





