EP376 強敵
セイジたちSSランクパーティ『ジ・アース』は迷宮都市【ソリア】から東に十キロほどの地点まで歩いて来ていた。地球にいた頃は交通機関を使う距離だったが、今では十キロ程度なら徒歩で十分である。これもステータスのお陰だった。
そして三人は魔物によって破壊された跡を見つける。
「これだね……確かに、光線のようなもので抉られた跡がある」
「でも地面は特に崩れてないわね。街道は滅茶苦茶だけど、ブレスの跡しかないわ」
「地面に降り立たずに空中から攻撃してきたということでしょうか?」
整備されていた街道は見る影もなく壊されていた。隊商の馬車が黒焦げになって放置されており、周囲の木々も大量の倒されている。地面にも焦げ跡が残されていることから、相当な火力だったのだろうと思われた。
その一方、これだけの惨状でありながら、足跡などは残されていない。このことから、エリカは空中から一方的に攻撃してきたのではないかと予想したのだ。
それにはセイジも同意する。
「僕も同じ意見だよ。ただ、ずっと空中にいたなら目撃証言があってもおかしくない。それにもかかわらず、ギルドすら相手の姿を掴めないんだ。相当な隠密能力を持っている可能性が高いね。もしかしたら透明化できる能力があるのかもしれない。気配や魔力には気を付けよう」
リコとエリカは頷き、周囲への警戒を強める。既に別の調査隊が死体を回収しているので、幸いなことに目を背けたくなるような光景ではなかった。三人とも人の死体は慣れないので、こればかりは有り難い。
「すー……はぁぁぁぁ……」
セイジはスキル《仙力》を発動して、外なる気を取り込む。ユナに忠告されて以来、この《仙力》は細心の注意を払って使用してきた。外の気には悪意も含まれているので、無闇に取り込むと悪意に侵されるためである。
だが、逆に使いこなせば別種の力を得ることも出来る。
それは悪意の感知。
外の気を取り込み、それを内の気で中和しつつ悪意を感じ取る。これによって自分たちを狙う存在を感知することが出来るようになるのだ。
情報系スキル《悪意感知》と似ているが、こちらはスキルで勝手に処理してくれる。一方、《仙力》での悪意感知は完全なマニュアル操作なので、一歩間違えれば瘴気に侵されることになる。慎重な仕様が求められる能力だった。
「恐怖が残っている……あとは、それを愉しむ残酷な意志もあるね。これが今回の標的だと思う」
「酷いわね」
「清二君。それを辿れますか?」
「うん。こっちだよ」
殺すことを愉しむ感情を辿って、セイジは二人を案内する。どうやら悪意は街道を外れて森の方へと続いているらしく、木々や草花が焼け焦げた跡もあった。
「木が折れた跡がないね。どれも焼け焦げた跡ばかりだ」
「やっぱり空を飛んでたってこと?」
「僕にも分からないけど……多分、そういうことじゃないかな?」
ギルドで教わった今回の竜の大きさは十メートルから十五メートル。森を通れば必ず木を圧し折ってしまうことだろう。だが、その跡がないので空を飛んだのだと思われる。
感知できる悪意は曖昧なものなので、移動ルートが正確に分かるわけではない。リコの問いにセイジでもハッキリ答えることは出来なかった。
そして空を飛んでいたと言いきれない理由もある。それは破壊の跡が、上空からブレスを撃ち降ろした時に出来る跡ではなかったからである。どちらかと言えば、地面に降り立った状態で放った攻撃に見える。だからこそ、セイジも自信を持てなかったのだ。
(一体どういうことなのかな……)
これが魔物の仕業であることは確定だろう。
少なくとも盗賊如きに作り出せる破壊痕ではない。逆にこれだけの技量があるなら冒険者としても一流になれるのだから。
しかし、どうにも腑に落ちないところがあるのだ。まるで小さな何者かが歩きながら周囲一帯を破壊したかのように見えるのである。焦げ跡も強力な炎属性ならば再現できないこともない。少なくとも巨大な竜種が暴れまわった跡には見えないのだ。
「気を付けようリコ、エリカ。敵はもしかしたら竜じゃないのかもしれない」
「そうなの……?」
「大質量の魔物が移動した跡がありませんからね。空を飛んだと言えばそれまでですけど、注意はした方がいいと思います」
「エリカもそう言うなら……」
元は隠密性の高い竜種だと思っていたが、そうでない可能性が浮上した。
森の中を進んでいくと直線上に炭化した木々がちらほらと見え始め、ますます相手が巨大竜種である可能性が減っていく。もしも上空からブレスを放ったとすれば、着弾点から放射状に気が薙ぎ倒されるはずだ。しかし、この辺りの木々は直線状に炭化したまま並んでいる。これは地上で横向きに攻撃が放たれたということを意味している。
「ん……?」
「どうしたの清二?」
「理子、それに絵梨香もこれを見てくれ」
セイジは一つの焼け焦げた木を示す。
よく見ると、焼けたばかりなのか熱を持っていた。
「近いね。気を付け――」
しかし、セイジが忠告を出す前に事態は動き出す。
まるで重力が何倍にも膨れ上がったかのような重圧が周囲を支配し、リコやエリカだけでなく、セイジすらも思わず膝をついた。
「く……」
「な、なによ……」
「ひっ……!」
根源から恐怖を沸き立たせるような重い気配。セイジには覚えのあるスキルだった。
「《覇気》……」
意思を乗せることで放つ威圧にも似た力だ。《咆哮》や《威圧》スキルの上位に位置しており、セイジも取得している。今は《仙力》に統合されているのでステータス上では見えないが。
スキルがなくとも威圧は放てるが、やはりスキルとして使用すると威力が段違いとなる。ましてや最高位に位置する《覇気》スキルともなれば、セイジですら恐怖を感じるほどだ。
そしてセイジは同時に自分たちを殺そうとする悪意を感知する。
「っ! 絵梨香! 結界を!」
「い、いやぁ……」
「絵梨香! くっ!」
あまりの恐怖でエリカは魔法を発動する余裕もない。仕方なく、セイジが《時空間魔法》で空間遮断系の防壁を張る。それと同時に、激しい光が直撃した。
凄まじい熱量で周囲を焼き尽くし、一瞬で木々を炭化させる。空間遮断防壁を張っていたので、セイジたちは多少熱い程度で済んだ。
「理子、絵梨香! 標的だよ。気を付けて」
「無理よ清二! こんなの無理無理!」
「ダメです。死んじゃいますよ清二君!」
「二人……とも?」
やはり《覇気》が発動しているからだろう。そして《覇気》のレベルも高いようだ。そうでなければリコとエリカが二人とも動けなくなるようなことなどない。
そもそも、セイジですらかなり足が震えている。
死を感じるほどの気配が濃密に放たれているため、本能的に畏怖しているのだ。
基本的に気力系スキル《覇気》《威圧》《咆哮》は気合で何とかするものである。《気纏》以外で特に対抗できるスキルはなく、強いて言うなら《覇気》《威圧》《咆哮》のどれかで相殺するのが限界だろう。意思の力を発するのが本質であるため、同じく意思の力で対抗しなくてはならないのだ。
《仙力》を使うセイジはともかく、リコとエリカでは抵抗できない。
(仕方ない)
セイジは転移で帰還することに決める。
これだけの重圧が圧し掛かる中、リコとエリカはもう戦えない。一時撤退するのが最善だ。だが、せめて情報だけでも持ち帰ろうと、セイジは風の魔法で周囲の土煙を払う。そして空間遮断壁越しに、光の一撃を放った存在へと目を向けた。
するとそこにいたは小さな黒い小動物。
恐らく、膝ぐらいまでの大きさだろう。全身が黒く、体中に刻まれた深紅の模様が特徴的だった。
「竜種じゃない……リス……?」
見た目はリスだろう。体とほぼ同じ大きさの尻尾からそれを連想させる。そしてもう一つ注目するべき点は、額にある深紅の宝石だった。体に刻まれている紋様と同じ色であり、不気味な光を発している。
そしてエリカは恐怖で震える中、反射的に《鑑定》を発動させた。
―――――――――――――――――――
――― 0歳
種族 カーバンクル・リベリオン ♂
Lv???
HP:???/???
MP:???/???
力 :???
体力 :???
魔力 :???
精神 :???
俊敏 :???
器用 :???
運 :???
【通常能力】
(鑑定不能)
【称号】
《希少存在》《幸運を呼ぶ者》
《悪逆》《残虐な者》《非情な心》
―――――――――――――――――――
「カーバンクル……リベリオン……?」
能力差があり過ぎるせいでステータス値やスキルは把握できない。しかし、種族は確認できた。それを聞いたセイジは驚く。
「やっぱりドラゴンじゃなかったのか! それにカーバンクルって言ったら額の宝石が高密度魔力集積体になるって聞いたことがある。あの光攻撃はそれか!」
カーバンクル種は額の宝石で魔力を圧縮することが出来る。これは種族としての特性であり、スキルには表示されない。これによって放つ魔法が自然と収束され、高威力最適化されるのだ。今回の光魔法も収束と位相調整を自動で行い、破壊力のある光線として射出しているからこそ、まるで竜種のブレスを思わせる一撃と化していたのである。
ともかく、ここは転移で離脱するのが優先だ。残念ながらセイジの腕では転移系の魔法を一瞬で発動することが出来ない。そこで、カーバンクル・リベリオンの隙を作る必要がある。
「『《雷光》』」
落雷を発生させる魔法がカーバンクル・リベリオンを襲う。魔法系最上位スキル《魔導》は基本七属性を自在に操るので、特に詠唱もなく思いのままに現象を発生させる。雷撃を受ければ神経への作用で必ず隙が出来るので、セイジは《時空間魔法》の用意を始めた。
しかし、天から降ってきた雷撃はカーバンクル・リベリオンに触れた瞬間、上空へと跳ね返される。
「なっ!?」
想定していた隙がなくなり、驚いたセイジは逆に隙を突かれた。
カーバンクル・リベリオンはその場で消える。そして次の瞬間にはセイジたちの右側へと回り込んでいた。転移でも何でもない、ただの移動。セイジですら気配の痕跡で移動したのが理解できたのみである。
当然、反応など出来るはずがない。
「理子、絵梨香!」
時空間属性による防壁は間に合わない。出来るとすれば、自身が盾になってリコとエリカを守るだけだ。咄嗟のことで身体が動き。セイジは二人を庇うようにして前に出る。
その瞬間、激しい閃光に包まれた。
額の宝石で収束した熱線が放たれ、セイジに直撃したのである。纏っていた《仙力》のお陰でエネルギーは受け流され、背後にいたリコとエリカに被害はない。しかし、セイジは全身に火傷を負っていた。
「清二!?」
「嫌ああああっ!」
リコとエリカは同時に悲鳴を上げる。
しかし《超再生》を持つセイジはすぐに復帰して《仙力》の防壁を張った。すると一秒もしない内に次の光線が放たれ、周囲を焼き焦がす。内なる気、外なる気、魔素を混ぜ合わせた仙気の防壁が光を散らし、光線を防ぐ。
《仙力》は内気と外気を混ぜることで攻防を概念化させる。これによって情報次元の光へと干渉し、散らしてしまったのだ。
「……《転移》」
魔力をこれでもかというほど注ぎ込んで無理やり魔法を発動させる。
勇者たちは圧倒的な力の前に敗北を喫したのだった。
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