EP375 『風花』
セラフォルの無事を確認した三人娘は、ようやくクウとベリアルの存在に気付いた。特にエルフの娘たちはベリアルの美貌に目を奪われ、嫉妬の視線を向ける。
それに気付いたセラフォルは苦笑しながら自己紹介を促した。
「初対面の人にそんな目を向けたらだめだよ。美女には優しくするのが僕の流儀だしね!」
「む……まさか恋敵……?」
「凶悪な胸ですわね……」
「ふーん。セラフォルってあんなのが好みなんだ。……別に私には関係ないけどね!」
「ん? なんか言ったかい?」
『そんなことない』
中々にキャラが濃いメンバーである。
超越者と準超越者であるクウとベリアルには三人の呟きもしっかり聞こえていたので、このパーティの濃さが嫌というほど理解できた。
セラフォルは三人と恋人だと思っていたのだが、まだ付き合ってはいないらしい。鈍感なのか遊び人なのか、三人娘も苦労しているようだった。
そんなところに現れた絶世の美女ベリアル。流れる紫の髪と赤い瞳が特徴的で、スタイルも抜群とくればライバル意識を持っても仕方ない。しかし、ベリアルとしてはセラフォルには全く興味がないので、三人娘も心配する必要はないのだが。
ともかく、三人娘は自己紹介を始めた。
「私はアレーシャ・ブルーコスモスです。セラフォル様とは学園時代からの付き合いよ」
「パース・ヴァイオラベンダーですわ。以前に所属していたパーティでオークの群れに襲われていたところを助けてくださいましたの。当時のメンバーが死んでしまい、どうしようもなくなったところで拾っていただきましたのよ」
「イリーナ・ホワイトリリー。セラフォルとは幼馴染よ。冒険者になるって言うから付き合ってるだけ。べ、別に心配しているわけじゃないわ。ただの腐れ縁よ。勘違いしないことねセラフォル!」
姓名から察するに、三人とも七長老家の出身らしい。セラフォルもブラックローズ家なので、中々に豪華なメンバーだと言えた。エルフ族でも名門と言われる七長老家だけあって、ステータス面も優秀と言っても過言ではない。セラフォルとの出会いはそれぞれだが、揃うべくして揃ったメンバーだと思わされた。
ともかくクウとベリアルも自己紹介をする。
「俺はちょっと名乗れないから少年とでも呼んでくれ。軍に所属している。機密故に詳しいことは言えないが、こっちの部下と一緒に調査任務中だ」
「ベリアルよ。よろしくね?」
「この少年とベリアル殿は僕が気絶していることを助けてもらったのさ。ピルグリム・スパイダーの奇襲を受けてね。いやー、死ぬかと思ったよ」
軽い様子で自分が気絶した理由を語るセラフォルだが、アレーシャ、パース、イリーナはそうもいかない。まさかパーティリーダーが死の危機に瀕していたなどとは思いもしなかったのだ。
拠点に張っていた結界が壊れたことで、危機は察知した。
しかし、まさかSSランク冒険者のセラフォルが死にそうになっていたとは思わなかったのである。
「だ、大丈夫だったんですかセラフォル様!?」
「死にそうだったなんて聞いていませんわ! 敵は何処ですの!? 殲滅します」
「パーティリーダーが死にそうだったなら仇を撃たないとね。別にあんたのためって訳じゃないわ。そんな危険な奴を放っておけないってだけよ。勘違いしないことね」
「あはは……相変わらずイリーナは厳しいな。でも大丈夫だよ。どうやらピルグリム・スパイダーは共喰いで消えたみたいだ。でも、まさかあんな危険な奴がいるなんてね。下手すればSSSランク天災級はあるんじゃないかな? やっぱり異変が起きているみたいだよ」
困ったような表情を浮かべるセラフォルに反応したのはクウだった。
「待てセラフォル。やはり異変が起きているのか?」
「ああ、そうだよ。僕たち『風花』はギルドから異変の調査依頼を受けてね。ここまで来たんだよ。どうやら精霊王様が消えてから、こんな異変が増えているらしい。クウ・アカツキっていう奴は許せないね。是非ともこの手で殺してやりたいよ」
「そうか……俺たちも似たような感じだな。俺たちも異変が起きている場所を探しているんだけど、やっぱりギルドの情報力は侮れないな」
まさか目の前に指名手配犯クウ・アカツキがいるとは思わないセラフォル。クウ自身は冷静を装いつつ、想像以上に恨まれていることを実感していた。
特にエルフ族からすればクウは仇敵そのものだろう。精霊王の消滅によって、全ての精霊も消えてしまったのだ。精霊魔法を使うエルフたちは大きな戦力ダウンとなる。目の前のセラフォル、アレーシャ、パース、イリーナも既に契約していた精霊を失い、今は自身のスキルだけが頼りだ。
元から《結界魔法 Lv10》という高位スキルを身に着けていたセラフォルはともかく、精霊魔法に頼り切っていたエルフたちからすれば片腕をもがれたような思いだろう。
逆に元から精霊と契約できず、自身の力だけを高めていたエルフたちの名声が上がっている。彼らは初めから精霊魔法を持たないので、戦力面ではダメージが低かったのだ。特に『覇者』のレインは今まで以上に名を上げていたりする。
それはともかく、精霊王消滅以外にも各地での異変は冒険者ギルドも察知していた。大地の浄化システムが解放されたことで強力な魔物が発生するようになり、生態系も変化したのである。その混乱もあって環境が乱れ、セラフォルのような高位冒険者が派遣されるようになった。
SSランクパーティ『風花』もギルドから依頼を受けて調査にやって来ていたのである。
「おいセラフォル。ちょっといいか?」
「何かな少年」
「情報提供しろ」
「……それは頂けないね」
「そうよ! 軍に所属しているなんて言ってたけど、私たちに情報提供の義務はないわ。『風花』を……引いてはギルドを舐めないでくれるかしら?」
「気に入らないですわ。貴方たちの見た目から【ルメリオス王国】の関係者だとお見受けしますが……エルフ族の冒険者に情報提供を強要する意味がお分かりなのかしら?」
「どうしてもって言うなら力づくで叩き潰すけどね」
セラフォルを始め、『風花』は当然のように反発を見せた。
そこで、クウは仕方ないと言った様子で溜息を吐きつつ、セラフォルを指さす。
「そこの……セラフォルは俺の部下ベリアルを見た瞬間に結婚を申し込んだんだけど――」
『何ですって!?』
「――そいつはベリアルをかけて俺に決闘を申込み、無様に敗北した訳だ。つまり、俺が勝った以上、何かしらの対価を頂くべきじゃないのかセラフォル?」
クウの言葉を聞いて三人娘はセラフォルを睨みつける。ライバルになると思っていたベリアルに対し、セラフォルが結婚まで迫ったというのだ。聞き捨てならない。
本当ならSSランクのセラフォルが負けたという部分にツッコミを入れる所だが、三人の頭にはそれよりも大事な部分があった。
「どういうことですかセラフォル様?」
「聞いていませんわ! 私だって……うぅ……」
「ふ、不潔よ! 会っていきなり結婚を申し込むなんて有り得ないわ。セラフォルの馬鹿!」
「あ、あははは……え、えっとだね……あー、そのね……」
しどろもどろになるセラフォルを問い詰める三人は無敵だ。SSランクのセラフォルも、全く勝てる気がしない。素直に謝罪するしかなかった。
「す、済まない……」
「そういうわけだ。対価の情報を頂こうか?」
パーティメンバーから迫られ、クウにも理詰めで追い詰められたセラフォル。
もはや謝罪し、情報を吐く以外に道は残されていなかったのだった。
◆ ◆ ◆
運命迷宮を要する迷宮都市【ソリア】。
港町故に潮風が強く、農作物を育てるには不適切なため、様々な食品を輸入している。しかし、その交易ルートに強大な魔物が出現し、流通が止まってしまっていた。大地の浄化システム復帰による混乱はじわりじわりと各地を侵食していたのである。
しかし、運良く【ソリア】には勇者がいた。
冒険者ギルドはすぐに指名依頼を出し、ランクSSパーティ『ジ・アース』に魔物の討伐を命じる。当然の如く、セイジたちは承諾したのだった。
「討伐対象は不明……か。初めてだね」
「すみません。行商の方も全滅してしまったので、目撃証言がないのです。ただ、残された惨状から竜種のブレスに似た形跡を発見しました。直線上に地面が抉れていたので、間違いありません」
「竜種……か……」
「ハッキリとは言えませんが、可能性は高いかと」
受付嬢から説明を聞いたセイジは唸る。
勇者として召喚されて以来、実はまだ竜種と戦ったことがない。強力な魔物であり、一国の軍隊すら滅ぼしかねないとも言われているので、かなり警戒していた。
同様にリコとエリカも心配そうにしている。
「大丈夫なのセイジ?」
「危なくありませんか?」
「でも引けないよ。こいつを討伐しない限り、【ソリア】の人たちは安心できない。それに物資だって届かなくなるんだから」
運命迷宮での修練はセイジたちの力になっていた。レベルは勿論、普段は滅多に目に出来ないような強敵とも沢山戦えたのだ。戦闘経験としても旨味が多かったと言えるだろう。
だからこそ、魔物の最高峰とも言われる竜種と戦ってみたいという気持ちすらあったのである。セイジとしては、自分の力がどこまで通用するのか確かめてみたかった。
「ブレス攻撃を使うとしたら、確実に真竜以上だね。破壊の規模から竜種の大きさは推定できるかな?」
「はい。しかし、竜種はデータが少ないので、鵜呑みにしない方がよろしいかと思います」
「それでも、参考までに教えてくれないか?」
「わかりました。少し待って下さい」
受付嬢は手元の資料を捲り、今回の依頼に関するデータを探す。専門家による竜種の大きさ推定も完了しているので、その項目を開く。
「えー……すみません。見つかりました。推定十五メートルですね。これは頭から尻尾までの長さですので、翼を広げた横幅は二十メートル。確実にLv100は越えているとのことです」
「それは……やっぱり強いのかな?」
「何言ってるのよ清二。ドラゴンよドラゴン! 強いに決まってるでしょ?」
「油断はいけませんよ清二君」
「はは……ごめん、そうだね」
リコとエリカに続いて受付嬢も同意する。
「はい。基本的に魔物は人族よりも遥かに基礎ステータスが高いですからね。自分よりレベルが低かったとしても油断できません。特に竜種は基礎ステータスがとても高く、かつては軍が出動しても大きな被害をもたらしたとか……」
「やっぱり強いね……」
「今回も軍の出動が国からも示唆されています。同時に、各ギルド支部へとランクSオーバー冒険者の位置把握を通達しているところです」
「想像以上に大きい事件になっているみたいだね」
「はい」
セイジは知らなかったが、竜種というのはそれだけ強大なのだ。平均すると百年に一度の割合で真竜が出現するのだが、その度に大きな被害がもたらされる。人族が総力を挙げて討伐するのが竜という魔物なのである。
しかし、今回に限っては軍がすぐには動き出せない理由もあった。
「【ソリア】近辺に出没した魔物ですが、竜と確定した訳ではありません。何故なら、その姿を見た者が誰もいないからです。被害の様子から竜と推察されているにすぎません。ギルドとしては隠密性に優れた種だと考えています」
「分かった。僕たちも気を付けるよ」
「最悪の場合は調査だけでも依頼達成となります。竜と思われる魔物が持つ能力、大きさ、そして可能ならば巣の位置を特定してください。くれぐれも無茶は控えるようにお願いします」
「勿論だよ」
「任せなさい!」
「絶対に帰ってきますよ!」
セイジ、リコ、エリカの三人は同時に頷いて返事をする。
勇者たちは初の竜討伐だと意気込みつつギルドを出たのだった。
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