EP374 ワンパン
クウはSSランク冒険者セラフォル・ブラックローズから勝負を挑まれた。それはベリアルをかけた戦いであり、セラフォルは相手が子供であっても容赦しないと決める。身長の低さからクウを子供だと認識していたのだ。
しかしこれは男として引けない戦い。
セラフォルは惚れたベリアルを手にするため、全力を出す。
「《守護法衣》」
得意の《結界魔法 Lv10》によって防壁を纏う。セラフォルの体表に沿って展開された防御フィールドであり、あらゆる衝撃を無効化する空間遮断型の障壁でもある。自身の肉体を一つの界として定義することで、界の遮断による完全防御を成立させたのだ。
破るにはより強力なエネルギーで強引に破壊するか、《時空間魔法》を使うしかない。
つまり、クウからすれば問題なく壊せる防御だった。
「フフフフ。どうだい? 僕の防壁の前には君の攻撃など――」
「取りあえず飛んでけ」
「ぐほっ!?」
気を纏わせた右手がセラフォルの鳩尾に突き刺さり、弧を描いて宙を舞う。結界など紙切れのように消し飛ばすさまは、見ていて清々しいほどだった。
ドシャリと音を立ててセラフォルは地面に落ちる。所詮はステータスに縛られた存在であり、超越者のクウには手も足も出なかった。
「ふぅ」
「容赦ないのね」
「ウザかったからな」
久しぶりに腹が立ったので、割と容赦なく攻撃を叩き込んだ。勿論、手加減はしている。しかし一撃で気絶するぐらいには強烈なのをお見舞いしたつもりだった。
ベリアルから容赦ないと言われても仕方ないだろう。
「マスター。その男はどうするの?」
「取りあえず利用ぐらいはする予定だな。SS級の冒険者だし」
「何か頼み事でもするつもり?」
「ああ、ちょっと情報を貰おうと思ってる。オメガたちの居場所を探すヒントになるかもしれないし」
「所詮は一般人よ? 期待できないわ」
「いや、そうでもない」
クウがハッキリと否定したことでベリアルは首を傾げる。
そこでまだ知識のないベリアルに向けて丁寧に説明を始めた。
「いいか、冒険者ギルドってのは意外と大きな組織だ。情報伝達も速いし、独自の権力も持っていると言っていい。全国展開しているだけあって、情報網は非常に優秀だ」
「具体的にどのぐらいかしら?」
「単純な規模なら俺の第零部隊よりも遥かに上だ。なにせ、ある程度の街に行けば確実にギルドの支部があるぐらいだからな。どこにでも根を張っている分、情報面では強い。多分、国よりも大量の情報を持っているだろうな」
冒険者ギルドにおいて最も重要なのは情報だ。依頼でも、情報があるからこそ発行される。例えば討伐依頼であったとしても、どの魔物がどこにどれだけいるのかをしっかり把握しなければならない。危険地帯にも常にアンテナを張っているので、人族領のことなら冒険者ギルドが一番分かっている。
そして高位の冒険者であるほど、多くの機密情報が与えられるようになるのだ。
「こいつはSSランクだ。つまりかなり貴重な情報を持っている。オメガたちが人族領にいるとすれば、どこかで異変が起こっていてもおかしくない。それを虱潰しにしていけば、いつかは発見できるだろうさ。まぁ、俺が幻術で洗脳して情報を引き出してもいいんだけど……ちょっと倫理的にな」
その気になれば、能力を使って幾らでも情報を吐き出させることは出来る。幻術を使えば街に潜入しても指名手配犯だとバレないし、今なら人族最強と言われるレイン・ブラックローズを相手にしても楽々幻術をかけることも出来る。
しかし、そこまでしてオメガの手がかりを得たいかと言えば首を傾げることになるだろう。
確実にオメガの居場所が分かるわけでもなければ緊急案件でもない。取りあえずは精霊王フローリアを倒したので、邪神カグラと光神シンを降臨させる計画は大方潰れているのだ。焦る必要もないだろうと判断したのである。
クウだって人を人と思わないほど冷酷ではない。
「取りあえず起こして色々聞いてみるか」
「偶には穏便に済ませるのも良いわね」
「まぁ、ベリアルの場合はデビューが精霊王殺害だったからな」
ベリアルはただの神剣ではなく、学習する知性体武器だ。様々なことを体験させるのは悪くないので、ここは穏便に済ませることに決める。切羽詰まってない、余裕がある時だからこそできることだった。
クウは月属性の回復術を使い、セラフォルに当てる。最近はほとんど使わなくなっていたが、月属性にも光属性の力が宿っているのだ。当然、回復術も使える。
セラフォルはすぐに目を覚ました。
「……うん?」
「起きたか」
「あー……僕は負けたのかな……?」
「そういうことだ。悪いが、ベリアルは俺のモノなんでな」
起き上がったセラフォルは、どうして自分が負けたのかを思い出していく。結界を得意とする以上、防御には自信があった。しかし、それを一撃で破られ、更に気絶までさせられたのだ。
当然、クウの正体が気になる。
ベリアルの美しさに目を取られて後回しになっていたが、よくよく見ればクウからは強者の気配がした。それは自然と滲み出る隠し切れない雰囲気であり、高位能力者であるセラフォルだからこそ見抜くことの出来る油断ならない鋭さ。
まさか自分と同じ高ランクの冒険者なのかと思い、尋ねる。
「君も冒険者なのかな? まだ言ってなかったけど、僕はSSランクなんだ。その僕を一撃で気絶させるなんて相当な実力者だよ。親戚のレインを思い出すね。ああ、『覇者』のレインって知っているかい? 彼は世界で唯一のSSSランク冒険者なんだけど」
「ああ、よく知ってるよ」
かつては迷宮都市【ヘルシア】で襲われたのだ。
その強さはよく知っている。単純なレベルやスキルは勿論、長年を戦いの中に生きることで培われた戦闘経験は凄まじいの一言だ。応用性の高いスキル《魔力支配》を使いこなし、圧倒的な剣技でどんな敵すらも追い詰める。
誰も追いつけない境地にいるからこその『覇者』。
セラフォルは自分を一撃で昏倒させるとしたら、それに匹敵する実力者だと考えた。また、それほどの実力者なら、名前を聞けば何者か分かると考えたのだ。
「それで君は何者だい?」
その質問に対し、クウは少し困った。
人族領においてクウ・アカツキの名は指名手配犯として知られているのだ。『悪神との繋がり』『リアの誘拐』『精霊王殺害』という三つの大きな罪状が掲げられている以上、本名を名乗るわけにはいかない。流石に同姓同名の他人だと言い張るのは無理があるだろう。
既にある程度の特徴も伝わっているので、名前を聞けばセラフォルもピンときてしまうはずだ。
(よくよく考えれば指名手配されていたな俺って。誤魔化して適当な偽名を名乗るのも設定を作るのが面倒だし、ここはある程度ホントのことを言う作戦で行くか)
穏便に済ませると決めた以上、今更強引な手を使うのは癪だ。そこで、重要な情報を隠しつつ事実を述べて信用を得ることにする。
「俺たちは軍に所属している。ここにいるのも調査任務のようなものだ。訳あって名乗れないから、少年とでも呼んでくれ。こっちはベリアルでいい」
「ベリアルよ。よろしく。悪いけど詮索は控えてね?」
「それならば仕方ない。美女に頼まれて断るなど、紳士としてあるまじき行為だ」
ベリアルにバトンパスすることでセラフォルを誤魔化した。一応は事実だが、怪しい部分は結構ある。そこで美人に弱いというセラフォルの欠点を突くことにしたのだ。
勿論、ベリアルもクウの意思を汲み取って対応する。更には笑顔までつけるサービス精神すら見せた。
完全に騙され、誤魔化されたセラフォルはクウの言葉を鵜呑みにする。
「もしかして【ルメリオス王国】の秘密部隊的なものだったのかな? いや、詮索して欲しくないのだったね……ベリアル殿ほどの美女が所属しているのなら僕も入りたいぐらいだよ!」
「褒めてくれて嬉しいわ……でも、私は身も心もマスターに奉げているの。貴方の気持ちには答えられないわね」
「おいベリアル。誤解を招く言い方は――」
「う、羨ましい! 恵まれているな少年……っ!」
「良い年したエルフが睨むなよ……まったく」
弄り甲斐のある相手を得たとばかりにベリアルは引っ掻き回し、クウはそれに溜息を吐く。瘴気で身体を構成することで顕現しているが、ベリアルの本体は剣なのだ。身も心もクウに奉げているという表現は実際に正しい。ただ、何も知らない人から見れば誤解を招く表現である。
勿論、ベリアルはわざとやっていた。
随分とクウの性格を引き継いできたものである。
ベリアルに対して惚れたセラフォルは、悔しさを滲ませてクウを睨みつけていた。ランクSS冒険者の気迫が乗っているので、並みの人なら気絶していることだろう。クウも超越者だから平然としているが、かなりの威圧が漏れ出ていた。
だが、ここで気を緩めていたクウは近づいてくる三つの気配を察知する。そして同時にベリアルとセラフォルに対して忠告した。
「警戒しろ。何かが近づいてきている。数は三つだ」
「あら。本当みたいね」
恐らくは人型。
かなりの速度なので、走っているのだろう。人、エルフ、ドワーフという可能性もあるが、このような奥地の渓谷に誰かがやって来るとは考えにくい。それも徒歩の速度ではなく気迫を感じられるほどの速さだ。魔物と考えるのが妥当だろう。
クウはオーガか何かだと考えた。
一撃で消し飛ばすべく、右手に闇魔法の球体を作り出す。特性「滅び」を帯びているので、直撃すれば一瞬で肉体を崩壊させられることだろう。一応はセラフォルの目があるので、一般的な術を用意しておいたのだ。流石に消滅エネルギーを見せるのは良くないと思ったのである。
しかし、セラフォルが手で制しつつそれを止めた。
「待ってくれ。恐らく僕のパーティメンバーだよ。結界で拠点を作っていたんだけど、僕が気絶したことで壊れたみたいだ。異変だと考えて探しに来てくれたみたいだね」
「あー、俺が気絶させたから……じゃないな。そういえば見つけた時には既に気絶していたか」
クウは黒い球体を消して三つの反応がやって来るのを待つ。
十秒もしない内に三つの影が飛び出して、セラフォルへと駆け寄った。
「セラフォル様あああああ! ご無事ですかああああああ!? 結界が消えた時は心臓が止まるかと思いました!」
「ハッキリと感じられるセラフォル様の香り! 癒されますわ!」
「ちょっと心配かけるんじゃないわよ……まぁ、無事でよかったけどね。勘違いするんじゃないわよ。別にあんたが心配だったわけじゃないんだから」
「あはは……ごめんね」
エルフの娘に囲まれて苦笑いを浮かべるセラフォル。
どうやらこの三人娘がパーティメンバーのようだ。クウが解析をかけると、セラフォルまでとは言わないが、それなりの実力者ではあるらしい。Aランクと言ったところだろう。
一応、Aランクは最低でもLv50はある。人族領の弱い魔物でLv50になるまで潜在力封印を解放するのはかなりの至難だ。魔族領では弱い方として分類されるレベルでも、人族領ではかなりの実力者と認識されるのである。
ちなみにSランクオーバーはLv100越えの人外だ。Aランクは幅広いので、同じAランクだとしても実力が拮抗するとは限らない。また、冒険者ランクは単純な強さだけでなく、ギルドへの貢献度が重要だ。逆にLv50を超えてもBランクから上がれない者もいる。
つまり、この三人娘も実力としてはAランク級だが、実際のランクは不明なのだ。
「賑やかな連中だな」
「ふふ……そうね」
パーティメンバーであり恋人でもあるらしい。セラフォルは三人の頭を撫でながら、心配をかけたことで謝っていた。
「てか、恋人いるのにベリアルに結婚を申し込んだんだな」
「あれが俗にいう女の敵って奴かしら?」
「あのエルフ娘たちはまんざらでもなさそうだし、一応は大切にされてるんじゃね?」
「愛って難しいわね。マスターとユナみたいな関係とは少し違うのかしら?」
「俺とユナも特殊だと思ってるけど、あいつらもあいつらで特殊だからな? 勘違いするなよ?」
場所を弁えずに甘い空気を放つセラフォルと三人娘に呆れた視線を送るクウとベリアルだった。
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