EP373 プロポーズ
クウとベリアルは気絶していたエルフの男が目覚めるまで待つことにした。流石に放置は良心が痛むので、気まぐれに助けたのである。
ベリアルが瘴気でピルグリムスパイダーの死骸を消し去っている間に、クウはその男の側に座って《真理の瞳》による解析をかけた。
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セラフォル・ブラックローズ 201歳
種族 エルフ ♂
Lv131
【通常能力】
《細剣術 Lv8》
《結界魔法 Lv10》
《魔纏 Lv5》
《気配察知 Lv7》
《MP自動回復 Lv8》
《極魔 Lv6》
【称号】
《天才》《絶世の美男子》《極めし者》
《到達者》《絶界》
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超越者であるクウからすれば、一般人のステータス値など意味のないものだ。余計な情報はカットしてスキル構成と称号は表示する。ステータス値もレベルが判明すればある程度は予測できるので、多少のずれは誤差だと考えることにしたのだ。
ちなみに、称号はその人物の生き様を表しているので、人となりを知る時には重宝する。
(驚いたな。《結界魔法》をカンストしているのか)
魔力質を上昇させる《極魔》スキルもあるので、どちらかと言えば魔法よりだろう。しかし、物理面もしっかりと抑えているようだ。レベルも百を超えているので、高い方である。
そしてクウがもう一つ気になったのは彼の名前だった。
(セラフォル・ブラックローズ……ブラックローズってことは『覇者』のレインと同じか。称号にも《天才》ってあるぐらいだし、優秀なのは確かだな)
エルフの名門ブラックローズ家は闇属性の精霊を象徴としていた一族だ。精霊が消滅したので、既に精霊魔法を使うことは出来ない。しかし、名門には変わりなく、精霊魔法以外の能力も優れている。ブラックローズ家は《細剣術》を得意としており、昔にクウも戦ったSSSランク冒険者『覇者』のレインも《細剣術 Lv10》を習得していた。
ただ、セラフォルは《結界魔法》を最大まで極めているようだが。
「そう言えば……こいつの称号《絶界》ってどこかで聞いたな」
反芻するようにしてクウはポツリと呟いた。
この言葉を目にしたのはエヴァンへと召喚されて間もなくだった。【ルメリオス王国】の書物庫で資料を呼んでいた時、この単語を目にしたのである。記憶を辿ればすぐに答えは見つかり、セラフォルが何者なのかを悟った。
「そうか、コイツはSSランク冒険者『絶界』のセラフォル。どこかで聞いたことがあると思ったらSランクオーバーの冒険者だったか」
クウは有名な冒険者のリストにも目を通していたので、セラフォルの名前も頭の片隅で覚えていた。掲載されていたのは名前と二つ名だけなので戦闘スタイルすら不明だったが、これで《結界魔法》の使い手であることが理解できた。
『絶界』もそこから来ているのだろう。
ピルグリムスパイダーの糸で雁字搦めにされていた光景からは想像も出来ないが、事実らしい。クウの《真理の瞳》を欺けるとは思えないので、残念ながら本人なのだろう。
すると、クウの呟きに反応したのか、セラフォルは呻きながら目を覚ました。
「う……うぅ……あれ?」
「お、目覚めたか」
セラフォルは記憶があいまいなのか、ボーっとした表情で周囲を見渡す。称号にもある通り、《絶世の美男子》というのは間違っていないようだ。寝起きの姿にも気品がある。
どうやらクウに気付いたらしく、すぐに質問を浴びせた。
「済まない。僕は何故ここで寝ていたのだろうか?」
「さぁな。ただ、俺たちはここで寝ていたお前を見て介抱しただけだ。寧ろこちらが聞きたい」
原因は知っているが、あえて知らないふりをする。ピルグリムスパイダーを殲滅したなどと言えば、クウの素性を問われると考えたからだ。しかし、善意の第三者という立場なら、それほど深く聞かれまいと思ったので、このように嘘を吐いたのである。
基本的に嘘はつかないようにしていたクウだが、超越者となった今なら嘘を見破るスキルも通用しなくなっているので真顔で嘘を吐く。クウの固有情報次元は『世界の情報』から逸脱しているため、【通常スキル】による特殊効果は通用しなくなっているのだ。
「それじゃ、目も覚めたようだし」
そう言ってクウは立ちあがり、ピルグリムスパイダーの死骸を始末しているベリアルのもとへと向かおうとする。しかし、セラフォルは慌ててクウを呼び止めた。
「済まないが待ってくれ! 是非ともお礼がしたい……そうだ、確か僕は不意打ちで恐ろしい蜘蛛の大軍に襲われて気絶したんだ。何故助かったのかは分からないけど、解放してくれた君にはお礼をしたい」
「いや、それぐらいでお礼をする必要はないよ」
「借りはしっかり返したいのさ。それが僕の流儀だ。それに僕は高ランクの冒険者でね。稼ぎもあるから遠慮することはないよ」
ピルグリムスパイダーが増殖したのはクウとベリアルが不用意にグランドホークを倒してしまったからであり、ある意味で原因だ。勿論、故意ではなかった。しかし、それで人が巻き込まれるならば助けるのが普通だろう。
ただ、クウはそれを口にすることなく断り続ける。
しかしセラフォルも強情だった。
「いや、ホントに要らないんだけど?」
「しかし何かお礼をしなければ気が済まない。君は命の恩人なのだから」
「そうは言ってもな……」
「さぁ、さぁ! 遠慮せずに!」
そもそも、クウ自身も欲しいものは特にない。お金を貰っても特に使い道はないし、武器は神装があるので不要だ。防具もクウには必要なく、食べ物類も食えたら何でもいいと思っているクウには魅力的に感じない。
催促されても逆に困るのだ。
そんな時、無事にピルグリムスパイダーの死骸を処理したベリアルが戻ってくる。
「どうかしたのマスター? あら、そのエルフも目を覚ましたようね」
とても険しい場所を歩く装備とは思えない姿で登場するベリアル。しかし紫のドレスには汚れ一つ付着しておらず、足取りも貴族のように優雅だった。深紅の瞳が情熱的であり、見る者すべてを虜にする美しさがある。
セラフォルは思わず見とれてしまった。
「………宝石だ」
「はい?」
「惚れた」
「え? おい……」
スッと立ち上がったセラフォルは引き寄せられるようにしてベリアルの側へと寄っていき、跪いて両手を伸ばす。そしてキリリと表情を引き締めつつ口を開いた。
「結婚してください!」
「お断りよ」
イケメンスマイル付きのプロポーズを即座に断るベリアル。考える素振りすら見せずに笑顔で斬ってみせた。
これにはセラフォルもその場で固まる。
ベリアルはそんな彼の側を通り抜け、クウの側へと向かった。
「始末はしておいたわ」
「悪いなベリアル。ところでそいつはいいのか?」
「興味ないわね」
追撃の言葉が刺さったのか、セラフォルは胸を抑えて蹲った。
「ふふ……これでも顔には自信があったんだけどね……数えきれないほど女の子をフッてきた僕も、フラれたのは初めてだよ」
確かにセラフォルは称号を得るほどに美形だ。顔のパーツも黄金比が保たれており、あらゆる女性を魅了してきたのだろうと予想できる。彼自身にも自信があったのだろう。
しかし相手が悪すぎた。
人間の美醜には興味がないベリアルからすれば、セラフォルはどうでも良い存在だ。例えば、同種の犬を五匹並べられたところで、どれがイケメンだとか不細工だとかにはあまり興味がないだろう。ペットとしてなら多少の興味もあるかもしれないが、少なくとも恋愛としての感情は浮かばないはずだ。
ベリアルのセラフォルに対する感情もこれと同等なのである。
「ねぇ、マスター? 誰なの?」
「SSランク冒険者。一般人基準なら強い方だな。能力を確認したけど、普通に優秀な冒険者ってイメージだったよ。まぁ、称号を見る限り、世界に認められたイケメンってことだろうな。そうじゃなきゃ《絶世の美男子》なんて付けられるはずないし」
「ふぅん」
「ホントに興味なさげだな」
「だって……ねぇ」
クウとベリアルがコッソリ情報交換している間にセラフォルも立ち直ったらしい。これまで告白される側だった彼が、人生で初めてのプロポーズをしたのだ。それを一刀両断されたのだからダメージは大きく、表情はまだ沈んで見える。
しかし、その目は諦めていなかった。
「くっ……まさかこの僕が……いや、だからこそ恋は燃えるというもの! 必ずこの方を僕のものにしてみせる!」
「どうやっても私は貴方のモノになるつもりなんてないわよ?」
「ぐっはぁっ!? 真っ直ぐな言葉が心に刺さる!? でも僕は諦めない!」
「諦めなさいよ……」
「待っていてください! 僕は絶対に貴女を振り向かせてみますから!」
そこまで言い切るセラフォルに対し、ベリアルは困ったような表情を浮かべた。彼女の感覚としては犬から告白されたようなものであり、扱いに困るというのが正直なところ。
そこで、ベリアルは大胆な行動に出た。
「嫌よ。私には一生を捧げると誓った人がいるもの」
ベリアルはそんなことを言いつつクウの後ろに隠れる。本来は剣であるベリアルにとって、所有者のクウは一生を捧げると誓った相手と言って過言ではない。嘘ではないが、この状況では正確に伝わらない言葉を以てセラフォルを諦めさせようとしたのだ。
すると、クウは慌てたように小声でベリアルを諫める。
「おい馬鹿。あんまりくっつくと後でユナに何されるか分からんぞ! 今は超越化しているから俺でも止めきれないからな?」
「勿論分かっているわよ。だから触れてはいないでしょ? 隠れているだけよ。それに私はマスターの剣なのだから、決して離れるつもりはないわ。それに私の本体とマスターは常に密着しているようなものでしょ?」
「確かにそうだけどさぁ……」
最近はベリアルをずっと顕現させているので、学習を繰り返して強かになりつつある。彼女も間違ったことは言ってないのでクウも言い返しにくい。仕方なく、クウも諦めることにした。
そもそも、ベリアルの人格はクウの「意思干渉」によって形成されたものだ。自然とクウの性格を継承しているので、どことない強かさを感じさせるのは当然と言える。そのことはクウ自身が良く理解しているので、素直に諦めることにしたのだ。
ベリアルの持つ性格の悪さはクウ自身のモノでもある。だからこそ、否定することは自身を拒むことに他ならない。ここは受け入れるのが吉である。たとえ言い返したとしても、確実にブーメランとなって返ってくるのだから。
それはともかく、ベリアルの発言を聞いたセラフォルは目を見開いてショックの言葉を口にした。
「ば、馬鹿な……エルフの至宝とも呼ばれた僕が、そこの小さな子供に負けるなんて……」
「おいこらぶっ飛ばすぞ」
「抑えてマスター」
「止めるなベリアル。アイツ殴れない」
「でも背が低いのは事実でしょう?」
「うぐ……」
少し気にしている部分を突かれたクウは胸を抑える。童顔であり、さらに身長も百六十前半なので、どうしても子供に見えてしまうのだ。日本でも中学生とよく間違えられたほどである。まして、高身長でがっしりとした体格の者が多いこの世界基準なら、子供と言われても仕方ないのである。
更に言えば、超越者となったクウには成長など訪れない。永遠にこの姿となる。
今にも殴りかかりそうなクウをベリアルが必死に止め、それを見たセラフォルは仲睦まじい姿を見せてつけられていると錯覚する。
だからこそ、こうなったのは仕方ないことなのかもしれない。
「決闘だ少年! 僕が勝ったら彼女は頂く!」
「上等だ。格の違いを思い知れ。あと絶対殴る」
既に勝敗が決まっている決闘が行われることになったのだった。
偶にはほのぼの回。
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