EP372 数の暴力
【レム・クリフィト】と【アドラー】の国境で起こった超越者たちの戦いは、凄まじい傷跡を残して終結した。結局、大混戦の中で消滅した超越者はおらず、魔王オメガを始めとした【アドラー】の超越者四人は姿をくらませたのである。
意思力の過剰行使で気絶したクウは、翌日に回復して自身の率いる魔王軍第零部隊を動かした。【アドラー】に設置した転移魔法陣によって部下のレーヴォルフ、ミラ、セリアを送り込むも、超越者の痕跡は得られなかったのである。
どこかで何かを企んでいそうな不気味さがあった。
今は病み上がりのクウですら、各地を飛び回って超越者の気配を探っているほどである。尤も、一日寝て意思力さえ回復すれば問題はないので、普通に元気だったりするのだが。
そして現在、魔族領を探し尽くしたので人族領まで赴いていた。精霊王フローリアが拠点としていたエルフの国【ユグドラシル】ならば緊急用拠点があるのではないかと考え、やってきたのである。
「この辺りも違ったようだな」
「そうね。魔物しかいないわ」
クウはベリアルを顕現させて【ユグドラシル】の南部にある渓谷へと来ていた。険しい地形であるため、滅多に人は近寄らず、隠し拠点を作るには打ってつけの場所である。しかし、超越者の放つ圧倒的な気配は全く感じ取れず、ただ魔物が襲ってきただけだった。
大地の浄化システムが復活したので、人族領でも魔物が増え始めているのである。
先ほども渓谷に出現するグランドホークという鳥の魔物をクウが切り捨て、ベリアルが死の矢で撃ち抜いて全滅させたところだった。
グランドホークの死体が谷へと落ちていくのを眺めながらベリアルが口を開く。
「めぼしい場所は全部探したのよね? 次はどうするのマスター?」
「うーん……どうしよう」
「まだ考えてなかったのかしら?」
「ああ、アレだけ探していなかったら確実に【ユグドラシル】にいるだろうって思ってたからな。それに気配を隠すだけならまだしも、俺の《真理の瞳》なら超越者の痕跡を直接見ることが出来る。見逃すなんて有りえないはずだ」
超越者は『世界の情報』から逸脱して独立した情報次元を有しているので、存在するだけで情報次元に違和感が生じる。情報次元を直接見ることが出来る《真理の瞳》なら、見逃すことはないハズだった。
勿論、クウの力も万能ではあるが全能ではない。上手く感知を誤魔化す能力がある可能性は否めないので、絶対に見逃しがないとは言い切れない部分もあるにはあるのだ。
どうするべきかと考え込んでいると、再びクウとベリアルを狙って魔物が迫る。翼を広げると五メートルにもなるグランドホークが襲いかかってきた。
クウは気配で察していたので、「魔眼」を発動させつつ一瞥する。
「切り裂け」
言葉と一緒に《神象眼》を発動させ、切断という幻想を現実にする。斬られたと錯覚したグランドホークは、因果の力で結果だけを引き寄せられ、実際に身体が切り裂かれる。空中で真っ二つになったグランドホークは血を撒き散らしつつ渓谷の下へと墜落していったのだった。
「落ち着いて考え事も出来ないな」
「気を散らすほどの敵でもないでしょうに……」
「それはそれ、これはこれだ」
そう言いつつ、再び迫ってきた別のグランドホークも《神象眼》で始末する。やはり魔物が増えているのか、襲われる頻度も高くなっていた。一年前に人族領を旅していた感覚では、魔物は数が少なく、生息地にも偏りがある。
しかし、大地の浄化システムが復活したことで、全体的に満遍なく魔物が発生するようになり始めていた。ちなみに、瘴気から魔物が生まれる瞬間は誰も見ていない場所で行われるので、街中で魔物が誕生することはない。
「人族領も全体的に魔物の強さが上がってきたな。魔王への不安もあるし、それが瘴気の発生を手助けしているってことか?」
「精霊王の死もあるんじゃないかしら? 結局、公表されたのでしょう? まぁ、流石に精霊たちが一匹もいなくなったら隠し切れないでしょうけど」
「間接的には俺たちも原因ってことか。儘ならんとはこのことだな」
「人間なんて目先の小さなことでも一喜一憂するもの。精霊王の消滅なんて大ニュースなら尚更よ」
「なんにせよ、少しぐらいは魔物も討伐してやるか。丁度、結構な数がお出ましのようだ」
クウが感知を広げていると、渓谷の下から大量の魔物が登ってくるのを見つけた。どうやら先に倒したグランドホークの血に反応したらしい。死体が落ちた渓谷の下や、まだ死体が残っているクウとベリアルの周囲は餌場だと認識したのである。
崖の上にいたクウは魔神剣ベリアルを抜き、瘴気を纏わせる。魔物の死体など必要ではないので、死の瘴気によって欠片も残さず消滅させることにしたのだ。ちなみに、死の瘴気は物質に触れると対消滅を起こして無害化するので、無闇に放たなければ特に害はない。
渓谷から上がってきた魔物は巨大な蜘蛛だった。
「こいつは……」
解析をかけつつ、クウは瘴気を放って巨大蜘蛛を殺し尽くす。まだまだ数はいるので、殺しても殺しても湧き上がってきた。ベリアルも瘴気の矢を撃って直線状の蜘蛛を殺し尽くす。
《真理の瞳》によって即座に情報を得たクウは、剣を振りつつベリアルに話しかけた。
「ピルグリムスパイダー。血液に反応して大移動し、少量の摂取で大量の子を放出する魔物だな。どうやら渓谷に落ちたグランドホークの血で増殖したらしい。一度増えると周囲の食料を狩りつくすまで増え、最終的には共喰いまでするそうだ。人族基準ならSSSランクの上から二つ目、天災級ってところだな。状況によっては災禍級認定もあり得る面倒臭さだ」
「血液を求めて大地を巡るから巡礼者ってわけね。ピルグリムスパイダーの体液も血液だと認識しているみたいだし、瘴気で殺すのはベストの選択かしら?」
「後は俺の消滅もな」
クウはそう言って《月蝕赫閃光》を放ち、情報次元を消し飛ばすことでピルグリムスパイダーを消滅させる。ドーム状に広がった赤黒い球体は一気に収縮し、跡には何も残らない。
しかしピルグリムスパイダーの数は次々と増えていた。
「渓谷に落ちたグランドホークは十体以上いたよな。ってことは、かなり面倒なことになりそうだ」
巨体を誇るグランドホークは血液量も多く、ピルグリムスパイダーの増殖には最適な死体が沢山あるという状況。流石のクウもこれは予想していなかったので、面倒だという気持ちが湧き上がっていた。
ピルグリムスパイダーの生態として特徴的なのは、繁殖力である。
コップ一杯分の血液からピルグリムスパイダーの卵が百も生じる。卵は数秒で孵化する上に、生まれた子蜘蛛どうしの共喰いによって血液を摂取し、あっという間に成体へと至るのだ。百の卵から十体の成体が生じるとすれば、無限増殖にも等しい。
しかし、ピルグリムスパイダーは頭が悪い。近くに血の気配がなくなると、共喰いを始めるのだ。いずれは卵を産むための魔力も尽きてただの殺し合いとなり、勝手に全滅するのである。その中で生き残る数体が進化してある程度の知性を獲得し、別の餌を求めて散っていくのである。
今回も偶然グランドホークの死体を見つけたピルグリムスパイダーの進化個体が原因で発生した大増殖だった。
「ねぇ、マスター」
「なんだベリアル」
「飽きたわ」
「そう言われてもな……」
数の暴力とも言えるピルグリムスパイダーだが、個体としては貧弱だ。生まれた瞬間に襲ってくるので、どの個体もLv1だからである。当然、クウとベリアルにとっては雑魚でしかない。あまり血を撒き散らさない倒し方に限定しても余裕で対処できていた。
しかし、かなり離れた場所で這い上がってきたピルグリムスパイダーがその辺りに落ちていたグランドホークの死体を漁ったせいで爆発的に数が増えてしまい、終わりのない作業をさせられているかのような気分になってきたのである。
四つの目を持つピルグリムスパイダーたちは、次の獲物をクウとベリアルに定めてひたすら襲ってくる。既に別の場所では共喰いも始まっており、混沌とした戦場へと変貌していた。更には蜘蛛特有の糸も無数に飛び交い、粘着性のある蜘蛛糸が頻繁に飛んでくるのだ。その度に消滅エネルギー、または死の瘴気で消し飛ばすのは面倒な作業である。
ベリアルが飽きるのも無理はなかった。
そもそも、クウですら飽きているのだから。
「うーん。いっそのこと《月界眼》で死の運命を辿らせようか? 超越者ならまだしも、相手が魔物なら勝手に自滅してくれるだろうし」
「そうねぇ。お願いしようかしら」
「よし、《月界眼》」
クウは意志力を侵食させて夜の空間を作り上げる。天には満月の月が光り輝き、世界を唯一照らす存在として君臨していた。そして右目を閉じると、月は深紅に染まり、六芒星の紋章が浮かび上がる。
ピルグリムスパイダー種全体に死の運命が決定付けられた。
運命のままに『生』という現象は『死』に変換される。過程などすっ飛ばして死の結果だけがピルグリムスパイダーに襲いかかり、全ての個体が変死を遂げた。
巨大な蜘蛛が眠るようにして死ぬ光景は、なかなかに不気味である。
「終わったか……痛っ」
「ええ、面倒だったわね」
「まさか魔物如きに世界侵食を使わされるとはな」
不本意ではあったが、楽なので仕方ない。《月界眼》使用後の頭痛で頭を抑えていたクウは「魔眼」を解除しつつ回復に努めた。
相変わらず数秒の発動が限界であり、発動の度に酷い頭痛に襲われる。特に今回は『死』という強力な結果を引き寄せたので、負担は大きかった。基本的に生物の運命の終着点は死だが、その途中を全て飛ばしてしまうのはかなり難易度が高い。
まだ先の長い川に突如として底なしの滝を作るようなものだ。
「それにしても壮観ね。巨大な蜘蛛が無数に転がっている景色なんて滅多に見られるものじゃないわ」
「見て楽しいものでもないけどな」
少し回復したクウは消滅エネルギーを使って周囲を軽く掃除し、気配を探って生き残りがいないか念のために調べる。すると、少し離れたところに生命の反応があった。それも、魔物や動物ではなく人のようである。
もしやピルグリムスパイダーの暴走に巻き込まれたのではないかと考え、様子を見に行くことに決めた。
「ベリアル、あっちの方に誰かが倒れているみたいだ。念のために確認しよう。多分ピルグリムスパイダーに襲われた冒険者かなんかだろ。放置するのもアレだし、怪我していたら回復ぐらいはしてやった方が良さそうだな」
「そうね。事故とは言えピルグリムスパイダーが増殖したのは私たちが原因だもの。どうせ魔王も見つからないし、その程度なら良いんじゃないかしら?」
クウは基本的に冷めた性格をしているが、倒れた人を助けるぐらいの常識は持っている。それは超越化してからも変わらないので、確認してみることにした。気配の様子から見ると生きてはいるようだが、気絶しているらしい。
軽い駆け足で向かって行くと、ピルグリムスパイダーの糸で簀巻きにされている何者かが地面に転がっていた。やはり気を失っているらしく、ピクリともしない。尤も、意識があったとしても動けないレベルで糸を巻き付けられていたが。
「……やっぱり巻き込まれたみたいだな」
「そうね。とても愉快な姿だけど」
近寄ってみると、どうやら倒れているのはエルフの男らしい。整った顔立ちをしているので、かなり女性受けするだろう。
間抜けな姿で気絶しているのを見れば幻滅するかもしれないが。
「取りあえず助けてやるか」
男は気絶しているのでクウは《幻葬眼》を使い、糸を無かったことにする。そして月属性で簡単に回復させるのだった。
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