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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
吸血鬼の女王編

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EP370 超越者の戦い⑦


 エーデ・スヴァル・ベラを撃退したクウは、一気に疲れが押し寄せたかのような感覚を覚えた。「意思干渉」による意思次元攻撃に加え、二度の強力な世界侵食イクセーザも使用している。お陰で意思力をかなり消耗してしまい、扱える霊力も激減していた。

 初めてとも言える強力な因果干渉を操る敵に対し、クウは余裕ではいられなかった。想像したことが現実になるという恐ろしいまでの力の前では、殆どの超越者が敗北を味わうことになるだろう。今回はクウの《月界眼》で相手の因果干渉を封じられたからこそ撃退できたのだ。



(流石に《月界眼》だけじゃなく《双刻》まで使ったらこうなるか……)



 クウの世界侵食イクセーザは運命の流れを作り出すというものだ。「意思干渉」によって意思次元すら侵食し、思いのままに世界の流れを作り変える。確率ゼロの可能性すらも現実にする能力。

 作り出す運命の流れの変化が大きいほど、クウに負担がかかる。まして自身とエーデ・スヴァル・ベラの運命を二つに分離させ、更に二つの運命を同時に実現するなど発動できたこと自体が奇跡のようなものだ。 数秒しか発動できないクウの世界侵食イクセーザは、代わりにかなりの回数を発動できるという利点がある。小さな運命の流れを作る程度なら、一回の戦闘で十度以上の世界侵食イクセーザを発動することが出来る。そして強い運命変更をするたびにクウの意思力を大きく消費し、発動限界回数は減っていく。

 言い換えれば、今回は二度の《月界眼》発動が限界となるほどの力を使った。

 負担が大きすぎて、頭痛が酷い。正直、天使翼の維持だけで精一杯だった。



「……ぐっ! あの超越者、《双刻》でも倒せないか。対邪神用の技だったんだけどな。やっぱり未完成のままでは……でも、《双刻》でもこれなら、次の段階は――」



 現在開発中の奥義とも呼べる技はクウに対する負担が大きすぎる。完成すれば単純な威力で《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》の十五倍にも匹敵する一方、まるで使いこなせない技だ。

 しかし、エーデ・スヴァル・ベラは例え未完成だとしてもこの技が必要だったと言える。隙の大きな《素戔嗚スサノオ之太刀のたち》では倒せないので、運命の流れを作ることで必中となる《双刻》を使うしかなかった。

 想像が攻撃になるエーデ・スヴァル・ベラは、端的に言って隙が無い。更に「感覚消失」の特性によって情報次元の攻撃では倒せないと言っても過言ではない。クウのような意思次元攻撃が必須となる。更に、世界侵食イクセーザ《無敵モード》中なら、想うだけで超越者の霊力体すら爆散させることが出来るのだ。

 攻守ともに超越者としても群を抜いている能力と言える。

 今回はクウが《月界眼》で互いの運命を選り分けたからこそ、エーデ・スヴァル・ベラの想像はクウに直接的影響を及ぼさなかったという経緯があるので、もしもクウ以外が相手をしていたら間違いなく負けていただろう。最悪の場合は消滅していた可能性もある。実際、天妖猫メロと天星狼テスタを同時に相手して完封していたのだから間違いない。

 権能の性能を鑑みれば、エーデ・スヴァル・ベラを倒しきれなかったのは痛い。



「アイツがまた現れて【レム・クリフィト】の都市を攻撃したら、時空間結界なんか関係なく滅びるぞ……せめてオメガは倒さないと……くっ」



 クウは「魔眼」を発動させようとしたが、すぐに激痛が走って中断する。どうやら、想像以上に魂への負担がかかっていたらしい。そもそも、運命を分岐させて二つの出来事を同時にこなすなど、無茶にも程がある能力だ。



(あ、やばい)



 そう思ったときには既に翼の維持も出来なくなっていた。

 霊力とオーラで構成された天使翼が崩れ、クウは意識を朦朧とさせながら落下する。エーデ・スヴァル・ベラによってテスタの《星天夜結界シエレトワール》は破られているのだ。このまま落下すれば間違いなく地面に激突する。

 しかし、クウは落下途中で抱き留められ、地面まで落ちることはなかった。

 助け出したのはベリアルである。



「大丈夫かしらマスター?」


「……無理」


「マスターからの霊力供給が無くなったから、私も下手に瘴気を消費すると消えてしまいそうよ。でもあちらも勝負はついたわ」



 もう一つの戦場はファルバッサのお陰でかなり有利に進んでいた。世界侵食イクセーザ王竜の庭園ロイヤルガーデン》によって法則系能力は封じられ、ザドヘルとバハムートは能力を発揮できずに戦線を離脱。法則系に有利な現象系能力者の魔王オメガとオリヴィアがザドヘルとラプラスを守りながら耐えている状態だった。

 この空間において強者という概念を得た魔神アラストルはアリアとリグレット、メロ、テスタ、ファルバッサを同時に相手にしており、流石に防戦を強いられていた。もはやオリヴィアの死霊など、熱の法則を奪い取った法王竜ロイヤルドラゴンと重力の法則を奪い取った法王竜ロイヤルドラゴンだけで対処できてしまっている状態である。

 ここまでくればオメガも苦渋の決断を下すしかなかった。



「撤退だ……」



 一度はアリアとリグレットを追い詰める所まで進めることが出来た。自身の契約する裏世界の超越者たちの中でも最強格と言えるエーデ・スヴァル・ベラまでも召喚し、五百年以上の戦いに終止符を打つことが出来ると確信までしたのだ。

 しかし、クウの登場によって状況は一変する。

 あのエーデ・スヴァル・ベラが撃退され、しかも無理やり契約を破壊して裏世界へと逃げ帰ってしまった。今はその影響もあって別の超越者すら召喚不可能であり、これ以上は不利になる一方である。



「ラプラス、オリヴィア……転移による撤退は可能か?」


「無理ですね。時空間系の法則も奪われ、周囲に結界が張られています」


「私も同様です。私自身は現象系能力とはいえ、死霊たちの能力はただのスキルですから」


「なら、仕方ない。我が身を切ることにしよう」



 時空の法王竜ロイヤルドラゴンのせいでバハムートは特性「時空支配」を失い、オリヴィアの死霊の中にも《時空間魔法》を使用できる個体はいない。更に法王竜ロイヤルドラゴンによって逃走防止用の次元結界まで張られているのだ。

 だからこそ、オメガは身を切ることにする。

 それも文字通り。



「《絶対誓約アブソリュート・オース》」



 オメガは能力を発動すると同時に自身の左腕を斬り落とした。これまで全くダメージを与えることが出来なかったオメガの左腕は消滅し、再生する様子もない。

 それを見たアリア、リグレット、メロ、テスタ、ファルバッサは警戒心を強めて様子を見た。特性「誓約」を持つ魔王オメガが自身の腕を消滅させるということには一つの意味がある。

 犠牲術式サクリファイスとも呼ばれる霊力以外の対価を必要とする術だ。オメガ自身の左腕という対価を支払うことで、何かしらの効果を発揮するのだと思われた。これまで全くダメージを受けなかった魔王オメガが腕を失ってまで術を発動させた意味は大きい。

 真っ先にアリアが忠告の言葉を発する。



「気を付けろ。何をしてくるか分からんぞ」



 言われずとも分かっているのか、返事をすることなく警戒を続ける。

 すると次の瞬間、法王竜ロイヤルドラゴンの一体が前触れもなく消滅した。まるでオメガの左腕と同期したかのように、霊力が分解されて消え去ったのである。勿論、消滅したのは時空の法王竜ロイヤルドラゴンだ。

 つまり、これによって周囲を覆っていた次元結界も消え去り、バハムートは「時空支配」を取り戻したことになる。



「ラプラス! 転移せよ!」


「仰せのままに」



 攻撃に備えて受けの態勢を取っていたアリアたちは、法王竜ロイヤルドラゴンが消滅した驚きも相まって反応できず、転移を許してしまう。

 恐らくは自身の肉体の一部を犠牲として下位存在を消滅させる犠牲術式。

 法王竜ロイヤルドラゴンは準超越者という位置づけなので、超越者であるオメガからすれば腕一本を犠牲に倒せる程度でしかない。



「……まさか一瞬で逃げられるとはな」


「うん、まぁ……僕も予想外だったよ」


「追うか?」


「いや、恐らく【アドラー】に行ってももぬけの殻さ。わざわざ追跡可能な場所に逃げるなんて有り得ない。犠牲術式を使ったからにはオメガでも回復に時間がかかるだろう。しばらくは姿すら見せないかもしれないね。どこか分からない場所に潜んでいると睨んでいるよ」


「そうか。そうなると難しいな」



 ここで倒せなかったのはかなり痛い。

 勿論、総合的な被害としては向こうの方が上だ。しかし、結局は超越者四体を野放しにしてしまった訳であり、国という守るべき場所のあるアリアとリグレットからすれば相当な痛手だ。次も後手に回ってしまうからである。



”さて、そろそろ我は帰還させてもらう。人族領の浄化システムが復帰したのでな。まだ迷宮の浄化システムを調整中なのだ”


”儂も戻らせて貰うぞ。あのオリヴィアとかいう女子おなごのせいで瘴気がかなり散布されていたからの。こちらも調整が必要じゃろうて”


”私もです。宜しいですか?”


「分かった。今日は助かった。本来の仕事に戻ってくれ」



 魔王オメガも完全に撤退したと判断して、アリアは神獣たちに帰還を促す。そしてファルバッサ、メロ、テスタの三体は巨大な魔法陣を展開して各自の迷宮へと戻って行った。

 特に、精霊王が消滅したことで人族領は大地の浄化システムが復帰し、浄化の全てを迷宮で行っていたときとは状況が変化している。ファルバッサはその再調整で意外と忙しいのだ。これまでは迷宮による瘴気の浄化を最大出力で行っても、瘴気を完全に除去できるわけではなかったので長く迷宮を離れたところで問題はなかった。しかし、今は大地の浄化もあるので、迷宮では適度に瘴気を放出するようにと調整を施さなければならない。世界を進ませるにはある程度の悪意も必要だからだ。

 悪意も善意も人の感情であり、そのバランスが大切なのである。

 ともかく、戦いは終わりだ。

 三体が帰還したのを確認して、アリアとリグレットはクウを探す。すると探すまでもなくベリアルがクウを連れてきた。かなり疲労しており、今にも意識を失いそうにしているのを見て二人とも驚く。



「大丈夫かクウ!」


「相当な激戦みたいだったね」


「まぁ……な。未完成の技を無理やり使った」


「無茶をしたものだ……」



 クウの開発している技はアリアも認知している。以前、アリアの目の前で使ったところ、《双刻》を一度発動しただけで動けなくなるほど消耗したのだ。

 今回は寧ろ上手くいった方である。

 熾天使セラフィム級の超越者が真の神格を討伐しようとしているのだから当然の負担かもしれないが。



「ともかく……俺は……休む」


「マスターを連れ帰る程度には瘴気も残っているわ。安心しなさい」


「頼む、ベリアル」



 その言葉を最後にクウは眠り始めた。

 肩を貸していたベリアルはそのままクウを背負う。

 完全に眠り始めたクウを見て、アリアも【レム・クリフィト】へと帰ることに決めた。



「クウもこの様子だ。無理して【アドラー】へと向かわず戻ろう。それにリグレットが言った通り、どうせ【アドラー】に行っても無駄骨になるだけだ」


「僕も賛成だよ」



 アリア、リグレット、ベリアル、クウは【レム・クリフィト】へと転移していったのだった。









 少し中途半端かもしれませんが、これで『吸血鬼の女王編』は終了です。今回、何が苦しかったかと言えば、章のタイトルが全く浮かばなかったことです。苦渋の策で吸血鬼を押し出しましたけど、メインは超越者どうしの戦いですからね。

 女王レミリアさんは人質になって貰っただけでした。

 それとそれぞれの世界侵食イクセーザも遠慮なく出しましたからね。考える側の私としては滅茶苦茶楽しかったです。ずっとストックしてきた能力の内容も大放出できてスッキリした気分ですね。


 さて、次からは再び勇者と絡ませていきます。いよいよ終盤に差し掛かり、世界の根幹にも関わる事件も発生。

 『聖剣と聖鎧編』をお楽しみに。


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