EP369 超越者の戦い⑥
身体がバラバラになりそうな大嵐が止むと、クウはすぐに体勢を整えた。あまりの暴風に上下左右の感覚すら失っていたが、風さえ止めば数秒で復帰できる。大嵐はクウとエーデ・スヴァル・ベラの周囲のみに展開されたある種の結界のようなものだったらしく、アリアたちの方には被害がなかった。それだけは幸いだったと言えるだろう。
「ちっくしょ……普通に強すぎるだろ……」
肩で息をしながらクウは愚痴を漏らす。
岩すら砕く荒波に揉まれ、万物を引きちぎる暴風の中に晒されていたのだ。しかも、それは一体の超越者が想像した現象に過ぎず、しかもダメージを意図した想像でもなかった。ただ、苦しみを嵐のように表現したことで発生した世界でしかない。
クウはそれに巻き込まれただけでかなりの疲労を積み上げることになった。
だが、意識を集中させたクウはエーデ・スヴァル・ベラの存在感がまるで異なっていることに気付く。
「……重い」
それが最も適切な表現だろう。
ただ、空気が重いのだ。
フワフワと宙に浮く半透明な巨大生物から放たれる圧は、これまでとは一線を画するレベルである。それは意志力の問題では無く、単純に潜在力が圧倒的過ぎるからだ。まるで真なる神を目の前で見ているかのような、強すぎる存在感がそこにあった。
次の瞬間、エーデ・スヴァル・ベラはクウの真横に瞬間移動し、長い触手を渾身の力で叩き付ける。咄嗟に気と魔素を張ったクウだが、抵抗もなく破られて直撃を受けた。
「ぐ……自身が俺の側にいる状況を想像したか!」
エーデ・スヴァル・ベラは確かにクウへの因果干渉を行うことが出来なくなっている。それはクウが互いの運命を完全に分割したからだ。星の反対側にある川が互いに干渉できないように、二人の運命は交錯することがない。
だが、自身への因果干渉は十分に可能だ。
エーデ・スヴァル・ベラはクウを直接戦闘で叩き潰すことに決めたのである。想像によって瞬間移動を発動し、自身を最強と定義づけることで気や魔素の防御すら意に介さない。
虚数次元から引き出した余剰エネルギーを活用することで、力技による突破を実現しているのだ。如何に精巧な気と魔素の操作であっても、その一万倍のエネルギーをぶつけられたなら為す術もなく破られる。
今のエーデ・スヴァル・ベラは無敵なのだ。
「消えろっ!」
クウは奥底にある恐怖を投げ捨て、《魔神の矢》を放つ。矢の形をした無数の消滅エネルギーが飛来し、エーデ・スヴァル・ベラの巨体を撃ち抜こうとした。
しかし、消滅エネルギーはエーデ・スヴァル・ベラの体表に触れた瞬間に霧散してしまう。半透明なその身に纏う圧倒的霊力のお陰で消滅エネルギーすらも無効化しているのだ。消滅エネルギーは情報次元を消し飛ばす概念攻撃だが、その大元となるのは霊力である。圧倒的な密度を誇る霊力の壁にぶつかれば、霧散してしまうのも仕方ない。
クウは強く歯を鳴らしつつも攻撃を続ける。
「《虚無創世》!」
それはクウの持つ直接攻撃では最も強力な一撃だ。現在はエーデ・スヴァル・ベラに対する因果干渉を封じてしまっているので、メインはやはり月属性になる。
一点に臨界圧縮した霊力は密度無限大の極小空間を作り、その破裂から一種の異世界が生成される。「月(「夜王」)」の性質によって界を固定し、ビックバンの再現をするのだ。そして重力の圧縮によって世界を元の一点に押しつぶし、そのまま虚数次元へと葬り去る。
直径五百メートルを超える暗黒の球体がエーデ・スヴァル・ベラを飲み込んだ。だが、一秒もしない内に空間は破られてしまう。それも想像を使ったのではなく、単に霊力を膨大に放出することで界を破壊したのだ。
更に特性「水霊」によって水を操り、まるで津波のような大量の大波を作り出す。これ程の水もエーデ・スヴァル・ベラが纏う過剰なエネルギーによって想像から捻りだせるものだ。
「邪魔だああああああああ!」
クウは神速の居合を放ち、それに《神象眼》を乗せる。その「魔眼」に映った斬撃の軌跡に沿って全てが切り裂かれるため、津波の如き大水も真っ二つになる。
ついでに神刀・虚月に月属性を纏わせ、赤黒い斬撃として放った。消滅エネルギーだけでは圧倒的霊力で掻き消されてしまうので、クウは意志力を乗せたのである。そのために最も使い慣れた斬撃という手段を取り、殺意という意思を混ぜ込んだ。
「意思干渉」によって消滅の斬撃は補強され、エーデ・スヴァル・ベラへと向かう。
そして油断していたその巨体を容赦なく切り裂いた。
――エラー。《無敵モード》を破る攻撃を確認。解析中……判明、意思次元を直接攻撃されたことで霊力の壁を突破された。対処法、不明――
エーデ・スヴァル・ベラの世界侵食《無敵モード》は、「次元接続」によってあらゆる次元を並列起動し、凄まじいエネルギーを引き出すことで、時間制限付きとはいえ神の領域に至るという能力だ。
しかし、意思力まで増大する訳ではない。
つまり、この《無敵モード》は強力な意思次元攻撃を無効化することは出来ないのである。神でない超越者の概念攻撃程度なら問題ないが、クウのような能力は想定していなかった。ともかく、存在意義である思考を繰り返すが、解答は見つからない。
意思次元を直接切り裂くとは、それほど異質な出来事なのだ。
そしてクウも意思次元攻撃は通用することを知って決意を固める。
(未完成だが……アレを使うのが最善か……)
正直、クウが思い描いている術は完成度が四分の一以下というものだ。この局面で出すべき技ではないのだが、最も有効な技でもある。
神刀・虚月をゆっくりと鞘に納め、同時に右目を閉じる。
「《月界眼》」
世界は夜へと変貌し、天上には六芒星の浮かぶ深紅の月が輝く。
二度目となる世界侵食を発動し、運命の流れをその手に握った。数秒しか発動できない世界侵食を無駄にするわけにはいかないので、クウは即座に運命の流れを創り上げる。
そして深紅に染まった月が消えると同時にクウは動き出した。
「《双刻》」
そう呟いたクウの姿は、エーデ・スヴァル・ベラの視界から消えた。そして一瞬で下方に出現し、居合の仕草を見せる。そうはさせまいとエーデ・スヴァル・ベラも触手を縦横無尽に動かすが、クウはまるですり抜けるようにして触手攻撃を潜り抜ける。
――氷結世界を想像――
エーデ・スヴァル・ベラは氷に閉ざされた世界を想像し、自身ごとクウを氷の中に閉じ込めた。特性「水霊」を持つエーデ・スヴァル・ベラは氷にも強く、特にダメージを受けることもない。
これでクウは止まったかのように思えた。
しかし、すぐにそうでないことを知る。
クウは巨大な氷の中を問題なく進んでいたのだ。固体となった水の中を問題なく進めるとすれば、それは幻影ということになる。
エーデ・スヴァル・ベラは反対側、つまり上方からもう一つの気配が迫っていることを知覚した。
――下方は幻影の囮。上方の個体が本物と断定――
意思次元とも接続しているので、幻術か本物かは見抜くことが出来る。多少の解析が必要とは言え、クウの得意分野を潰せるのだからかなり有利な条件だ。
上から迫っているクウが本物だと考えたエーデ・スヴァル・ベラは、想像によって空間ごとクウを氷結させてしまった。
『甘いな』
上方から迫っていたクウも氷結を受けなかった。
凍り付いた空間の中を問題なく進み、居合の構えでエーデ・スヴァル・ベラに迫る。そして今の声は上と下の両方のクウが同時に発した言葉。ならば、本物のクウは何処にいるのだろうか。
答えは、両方とも本物である。
――理解不能。解析不能――
上下から同時に神速の居合が放たれ、エーデ・スヴァル・ベラの巨体に二つの大きな傷がつけられる。意思次元攻撃を濃密に纏った一撃は、クラゲのような化け物に確かな大ダメージを与えた。
二人のクウは斬撃を放つと同時に一つに重なり、一人に戻る。
そして一度エーデ・スヴァル・ベラから距離を取った。
「く……はぁ……まだまだ未完成だな……」
クウはこの攻撃を対邪神カグラ、及び対光神シンとして開発している。神を殺すことに重点を置いた攻撃なので、未完成と言えどエーデ・スヴァル・ベラには十分な一撃だ。
いや、正確には二撃か。
この攻撃《双刻》は、《月界眼》によって発動の前準備をする。クウ自身に運命操作を仕掛け、流れを創り上げるのだ。その流れは二つ。自身の可能性を二つに分岐させ、それを同一世界で同時に行う。つまり並行世界の可能性を作り出し、それを同時に実行するのだ。
今のはクウが下から攻撃を仕掛ける可能性、そして上から攻撃を仕掛ける可能性を運命の流れとして創り上げたのである。
ちなみに、エーデ・スヴァル・ベラの因果干渉を防ぐために二人の間の運命を分割したが、それはこの《双刻》のアイデアから来ていたりする。
ただ、同一存在が同一世界に二つも存在する訳にはいかないので、この時のクウは存在が薄れることになる。どちらも本物であり、どちらも本物とは言えない微妙な状態となるのだ。例えるなら、観測されるまで粒子か波動か確定していない電子だろう。これによって、クウはまるで幻影のような状態となるのだ。エーデ・スヴァル・ベラの氷結を透過したのはこのせいである。
神刀・虚月の一撃には当然のように「意思干渉」を纏わせており、つまりは強力な意思次元攻撃を同時に二つも喰らうことになる。意思次元攻撃力としては二撃を合わせて《素戔嗚之太刀》の半分といったところだろう。
未完成ということもあり、神殺しの技としてはまだまだである。
しかし、《素戔嗚之太刀》と異なり、確実に当たるという部分は優秀だ。クウ自身の運命の流れを操っているので、攻撃が当たるところまで確実に現実となるからだ。
――不明、不明。理解不能、理解不能――
神にも匹敵するハズの《無敵モード》が簡単に破られ、エーデ・スヴァル・ベラは動揺する。幾ら思考を巡らせても「完全演算」を活用しても対抗法が思いつかない。
そもそも、意思次元を直接攻撃するなどという反則にも近しい技を防ぐこと自体が不可能に近いのだ。画面を介してゲーム画面に中で戦うことが普通だとすれば、意思次元攻撃はゲームプレイヤーを直接殴ることに等しいのだから。
少なくとも今は絶対に勝てない。
このままでは良くて相打ちが限界である。
そう考えたエーデ・スヴァル・ベラは逃げることに決める。魔王オメガの「誓約」によって縛られている身ではあるが、圧倒的な霊力で概念を押しつぶす《無敵モード》の最中ならば問題ない。力技で無理やり裏世界に帰還することも可能である。
ただ、そのように想像すればよいのだ。
――誓約を強制切断。帰還すべきポイントの心象を固定――
クウは《双刻》発動後の反動で激しい頭痛と凄まじい疲労を覚えており、邪魔をする余裕すらない。隙を突かれないように表情にこそ出さないが、今のクウは動くことすら困難だった。
その間にエーデ・スヴァル・ベラは異世界間転移を発動する。
空間を漂っていた半透明の怪物は消え去り、何事もなかったかのように気配ごと消失した。クウは突然のことで一瞬だけ呆けてしまい、慌ててエーデ・スヴァル・ベラの気配を探る。しかし、疲労した状態ではまともな気配察知すら不可能で、結局エーデ・スヴァル・ベラを見つけることは出来なかった。
「逃げた……のか?」
《真理の瞳》を使うことが出来れば、空間に残る異世界間転移の痕跡を見ることが出来ただろう。しかし、しばらくの間クウは警戒を続け、結局何もなく終わるのだった。
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