EP366 超越者の戦い③
短距離転移を多用したアリアの激しい攻めを捌きつつ、オメガは大量の霊力を権能に注ぎ込む。更には空間中に自身の意思を侵食させて、世界すらも味方につけた。
「世界侵食をする気か! させない!」
「ふん、もう遅い」
アリアは神槍インフェリクスで突きを放つも、オメガは容易に回避する。単純な武術の技量ではオメガに負けているので、これは仕方ない。そこで短距離転移で背後に回り、奇襲をかけようとしたのだが、オメガの世界侵食の方が早かった。
「魔神よ来たれ! 《終焉の審判》!」
オメガの足元に巨大な黒い渦が出現する。これまでの腕や足を出していた渦とは比較にならない、巨大すぎる渦だった。
アリアとリグレットはオメガの世界侵食を何度も見ているので、すぐに下がる。オメガが世界侵食を使用した以上、ラプラスの討伐を諦めざるを得ない。寧ろ、自分たちの心配をしなくてはならないほどだ。
巨大な黒い渦から黒紫のオーラが噴き出て禍々しい気配が出現する。そして渦の中から全身が黒紫の人型が出現した。オメガの左側に並び立ち、徐々に安定していく。
「さぁ、今より十五分は蹂躙の時となる……」
オメガの隣に出現した人型は、まるでオーラで構成されているようだった。正確には、オメガの霊力と気の塊であり、権能によって形を与えられた「魔神体」なのだ。「顕現」によって空間へと形を持って出現し、「誓約」によって力を得る。
この魔神と侵食空間が結んだ契約は『裁き』の権利だ。
世界侵食の空間中では常に上位者として君臨し、敵となる者を裁く権利を与えられたのである。つまり、この魔神は最強となったのだ。
「行け、魔神アラストルよ!」
魔神アラストルはオメガによって「顕現」させられた準超越者でしかない。しかし、「誓約」の力によって一時的に超越者をも超える概念を集約している。
魔王オメガの敵となる存在を悪と定義し、裁きを実行する最悪の魔神を召喚すること。
それがオメガの切り札《終焉の審判》だった。
「このタイミングでアレを出してきたか! ともかく耐えるぞリグレット。私たちでは相性が悪い」
「分かっているさ」
リグレットはそう言うと《神意の右手》を発動し、束縛の呪印術式を書き込み始めた。呪縛の術式が魔神アラストルを縛り、動けないようにする。
しかし、魔神アラストルは一瞬でそれを引きちぎった。
「やっぱりだめだね……」
何度も見ている世界侵食なので、魔神アラストルに呪縛が効かないことは分かっている。世界との契約によって、この場は魔神アラストルの支配下に置かれているのだ。情報次元に割り込みをかけたところで、結局は魔神アラストルの有利なように状況が傾く。
今、この空間は魔神アラストル専用の神界と言っても過言ではないのだ。
「分かっていたが無駄のようだな。回避に専念するぞリグレット!」
「了解だよ。展開……転移札、結界札」
アリアはいつでも能力発動できるように特異粒子を散布し、リグレットは自身の武装である札を展開していく。二人とも魔神アラストルを倒すのは難しいと自覚しているので、《終焉の審判》の発動限界である十五分をどうにか耐えきることにしたのだ。
魔神アラストルは、オメガの敵であるアリアとリグレットを見定め、一歩を踏みだす。足元には黒紫の足場が自動生成され、空中での移動も問題なかった。
そして次の瞬間、アリアとリグレットは同時に転移した。
「ほう……避けたか。何度も見ているだけはある」
オメガは二人の反応を見てそう呟く。
事実、もしも転移しなければ二人は身体を両断されていただろう。先程まで二人がいた場所には魔神アラストルが黒紫の剣を振り抜いていたのだから。
空間を切り裂くように斬撃の跡が残り、数秒で消える。
まるで転移でも使ったかのような移動だったが、魔神アラストルはただ速く動いただけだった。つまり、超越者の目から見ても転移を思わせるほどの高速移動を可能としているのである。
「相変わらず速い……」
アリアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ呟く。
魔神アラストルの強さはシンプルであり、アリアとリグレットでは勝てない。何故なら、絶対者という概念を保有しているので、百の力には百五十の力で迎え撃ち、千の力には千五百の力で対抗してくるからだ。つまり、必ず魔神アラストルを上回ることは出来ないのである。
仮にも神の名を冠する以上、並み大抵では倒せない。形式上は準超越者だが、その実は世界を味方にした世界侵食の顕現なのである。
そしてまた魔神アラストルは視界から消え、リグレットの背後へと回り込んだ。背後で振り下ろされる黒紫の剣に気付くも、リグレットは避けることが出来ない。しかし、そこにアリアが割り込んで神槍インフェリクスで受け止めた。
激しい衝突音がして、黒と黒紫の気が弾ける。
「助かったよアリア」
「ああ、問題ない。お互いに気を付けるぞ」
「分かっている……よっ!」
リグレットが左後ろに結界札を展開すると、丁度そこに黒紫の剣が振り下ろされた。激しい気によって空間が歪み、魔神アラストルの姿すら揺らいでいる。魔神の移動経路には気の残滓が残り、それを頼りにリグレットとアリアは次の移動経路を予測する。
ただ、直角移動などの予測不可能な行動もとるので、完全な予測には至らない。
「くっ……空間湾曲!」
「情報強化っ!」
アリアとリグレットは共同で回避と防御を続ける。
空間湾曲を使えば魔神アラストルの動きを無理やり捻じ曲げることが出来るはずだが、魔神は湾曲した空間すらも打ち破る。それを防ぐにはリグレットが情報強化によって補整するしかない。
つまり、百の力で曲げた空間を百五十の力で魔神が破ってくるならば、その瞬間にリグレットが更に百の力を上乗せするのだ。僅かな一瞬を逃せば、魔神は三百の力で対抗してくる。
絶対に気を抜くことは許されない。
基本的に、魔神アラストルは一.五倍の力で対抗してくる。理論上、二人ならば上回ることは出来るのだ。
「結界札!」
「二重結界化!」
そしてどうしても防ぎきれない攻撃はリグレットが結界札を展開し、アリアはその特性をコピーして即座に二重化する。魔神アラストルもその結界を破るのに僅かな時間を要するので、その間に回避するのだ。
縦横無尽に移動し、目にも留まらぬ無双の剣を振るう魔神アラストルは、正直に言えばアリアとリグレットの苦手なタイプである。元々、アリアは武術の才能が殆どなく、五百年以上の研鑽によってどうにか形にした程度のものだ。また、当然ながらリグレットは研究者なので武の方面には疎い。
だからこそ、魔神アラストルは超越者二人を相手に圧倒出来るのである。
そして魔王オメガは余裕を取り戻し、その間に戦力を整える。
「ラプラスにオリヴィアよ、今の内に回復せよ。我はザドヘルを少し助けてやる」
そう言ってオメガが視線を向けた先には、天妖猫メロと天星狼テスタを相手に苦戦するザドヘルの姿があった。権能【氷炎地獄】は領域型法則系の能力なので、一対多において有用である。しかし、瘴気を操るメロと、宇宙の神秘を操るテスタも同様に領域型能力であり、広範囲で乱戦が繰り広げられていた。
メロの放つ妖魔を次々と燃やし凍らせ、テスタの放つ核融合攻撃には鎮静系の能力をぶつけて相殺する。しかし、元から《超新星大爆発》の影響でダメージを負っていたザドヘルは、防戦すら危うい状況だった。
そこでオメガは世界侵食に回している霊力を一時的に絞り、少しばかり時間を掛けて大量の霊力を集める。そして天に向かって右手を掲げ、巨大な魔法陣を展開した。
「姿を顕せ《神格降臨》」
魔王オメガは光神シンの加護によって裏世界と接続が可能である。そして「誓約」の特性を利用し、裏世界そのものと契約を結んでいるのだ。裏世界の支配者たる光神シンの加護を持つ魔王オメガだからこそ出来る一方的な契約。
それによって裏世界に住む超越者は強制的に呼び出され、魔王オメガの配下として戦わされる。
天空で展開された巨大魔法陣は莫大な霊力を受けて裏世界と接続する。エネルギーの余波で黒い雷を放ちつつ、異次元の扉が開かれた。
”キィィィイイン……ィィィィイイン……”
笛の音のような高音が鳴り響き、魔法陣から半透明の巨大な何かが出現する。数百メートルはあるゼリー状の物体で、ユラユラと常に形を変えていた。最も姿の近い生物を挙げるならば、それはクラゲだろう。事実、触手のようなものまで備えている。
半透明の体は透けて内部が見えており、心臓のような器官がドクドクと鼓動しているのも分かる。一応は生物として分類できるようだ。
”む? なんじゃアレは?”
”新手のようですね。とても大きい”
クラゲのような新手は、半透明の触手を伸ばしていき、ザドヘルへと触れた。すると、見る見るうちにザドヘルの傷が癒され、更には霊力も落ち着いていく。
これにはメロとテスタも驚いた。
”回復じゃと!? しかも意志力まで癒しているように見える……いや、違うか……?”
”厄介ですね……私も初めて見るタイプです。回復とは少し異なるようですね”
本来、超越者は個にして完成した存在だ。意志力こそが存在そのものであり、それを元にして霊力に形を付けているに過ぎない。自身の体である霊力体を滅ぼされても、意思さえあれば復活できるのだ。
だが、何度もダメージを受けることで精神が摩耗すると、意思力が弱まり、回復が難しくなる。それは他者によって回復を促される場合も同様だった。
結局、超越者は意志力がなくては回復も出来ないのである。
しかし、あのクラゲのような新手はそれを覆した。ザドヘルの消耗した意志力までも回復させ……いや、むしろ超越者という存在を外から補強したようにも見える。それが結果的に回復効果になったという方が正しいだろう。
長く超越者を遣っているメロとテスタはそのように結論付けた。
”まずはあの変な化け物から始末する”
”分かっています。私がやってみましょう。手始めに重力で押しつぶします”
テスタは権能【天象星道宮】によって重力を操り、空間ごと押しつぶす。流石にブラックホールが生成する程ではないが、巨大な恒星が持つ重力に匹敵するだけの力場をかけた。
超越者と言えど、喰らえば簡単に押しつぶされる。
半透明の化け物も一瞬だけ潰されかけた。
”……ィィィイイン!”
しかし、再び笛の音を思わせる響きが鳴り、重力の暴威を消し去った。
そして逆にテスタが酷い重圧を受ける。
”くぅ……な……なぜです”
テスタは全方向から押し潰されるような感覚を覚えた。それはまるで自分が発動した重力攻撃であり、一方で半透明の化け物はもはや全く重力を感じていないように見える。
(ま、まさか攻撃を概念的に反射したとでも……!?)
ともかく、テスタはすぐに逆方向の力をかけて重力を相殺した。
異変はメロも感じていたらしく、慎重に半透明の化け物を観察しながらテスタへと話しかける。
”何が起こった? 儂には能力を反射したように見えたが?”
”ええ、そのようです。概念的に反射させることが可能なようですね。しかし、回復に反射……どうにも統一感のない能力です。超越者なのは視てわかりますが、能力は一つが基本です。恐らくは、大元となる能力を応用しているのでしょう。見た目に反して知能も高いように思えます”
”そうじゃろうの。儂も同意見じゃな”
見た目は巨大な浮遊する半透明の謎生物である。
しかし、保有する能力と知性はかなりのモノだと予想できた。全く予測も出来ない能力を持っていることも含めれば、いきなり不利になったといっても過言ではない。特に、攻撃が反射されるとなっては迂闊に攻撃することも出来ないのだ。
だが、悠長に様子を見るということ自体が悪手だったと知ることになる。
”キィィィィイン……”
次の瞬間、テスタの張っている《星天夜結界》が上塗りされ、世界は深海へと変貌してしまったのだ。急激にかかった水圧と水の粘性によってメロとテスタは動きが鈍る。
(そんな馬鹿な! 私の世界が奪われた……!?)
間違いなく半透明の化け物がやったことだろう。
テスタは驚愕して再び《星天夜結界》を発動しようとするが、どうしても世界を掌握することが出来ない。それだけ半透明の化け物が持つ力が強大だということだろう。
その上、急に深海となったことでペースを崩されたアリアとリグレットは、魔神アラストルの猛攻を躱し切ることが出来なかった。アリアは背中を大きくえぐられ、リグレットは右腕を肩ごと吹き飛ばされる。世界を味方にしている以上、この深海の中でも魔神アラストルは力を発揮できる。そのため、動揺もなく淡々と二人を追い詰めていた。
クラゲのような化け物一体が出現しただけで形成が一気に傾き、アリアたちを不利を強いられる。
そして更に状況は不利な方向へと加速する。
「ようやく回復できました」
「凄いわね……意思力もかなり戻ったみたいだわ」
半透明の化け物は、触手を伸ばしてラプラスとオリヴィアにも触れ、回復していたのである。これによって魔王オメガ、魔神アラストル、ザドヘル、ラプラス、オリヴィア、そして半透明の化け物が完全な状態に戻ったのである。
一方でアリア、リグレット、メロ、テスタはそれなりに消耗しており、数の上でも勝負の行方は明らか。更には空間も掌握されたので逃げることすら難しい。
「早く来てくれ……クウ」
アリアはここにはいない切り札とも言える超越者の名を呼ぶのだった。
新しい超越者も登場。
そろそろネタがないですね。オメガが召喚する超越者は割とその場その場で考えているので……
ただ、今回は皆さんが引くほどチートな奴です。詳細はまた明日……
また、「次元支配」と「時空支配」の違いについて質問があったので述べさせていただきます。
以下は感想欄に書いた返信のコピーです。
まず、世界を四つの次元で構成されているというのがこの物語上での設定です。
①意識や全ての思考、意思を司る魂の根底とも言える意思次元
②世界全体を構成するコードであり、多くのシステムを司る情報次元
③実際に存在し、目で見ている物理次元
④余剰エネルギーを捨てたり、不足エネルギーを回収することで様々な矛盾を解消する虚数次元
特性「次元支配」はこの四つの次元を全て操るポテンシャルを有しています。しかし基本的には情報次元と物理次元の二つを操るにとどめており、残りの意思次元や虚数次元は別の特別な特性が必要になるというわけです。
以前に、世界をオンラインゲームで例えたことがありました。
意思次元はゲームプレイヤーであり、情報次元はゲーム世界を構成するコード、物理次元は画面に見えている部分ですね。虚数次元はコンピュータが取り入れている電力と、放出する熱でしょう。
そして「次元支配」が意思次元に関わる時、それは家を出て自分以外のゲームプレイヤーを探すことが出来るという能力を指します。ですが、他のゲームプレイヤーを見つけるには、その人がどこにいるのかを知らなければなりません。先に述べた特別な特性とは、この他のゲームプレイヤーを見つけ出せるという能力にあたりますね。
また虚数次元でも同様のことを言えます。コンピュータに大量の電力を取り入れたところで、その電力を上手に使えるかどうかは別です。
例えばキャラをコンピュータのスペックを超えるほど倍速にするチートを使った場合、その処理に電力が必要となるのですが、電力を上手く使うためにコンピュータの方をアップデートしなければ処理落ちしてしまいます。
つまり器が足りていないという状態ですね。
ここで十分な受け皿を作る特性が必要になるというわけです。
長く話しましたが、「次元支配」では情報次元と物理次元を操ることが出来ると考えてください。そして特別な特性があれば意思次元や虚数次元も操ることが可能です。
そして「時空支配」ですが、こちらは物理次元に特化しています。
つまり、上位と下位の関係で言うならば「次元支配」が上です。下位の特性として「時空支配」があります。
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