EP364 超越者の戦い①
バハムートから放たれた核融合弾頭の爆発でアリアとリグレットは大きく吹き飛ばされていた。半径数十キロを破壊し尽くす威力なので、直撃を受けたアリアはかなりのダメージを負っている。
「ぐっ……」
「大丈夫かいアリア?」
「再生はした。それよりも拙いぞ。あの威力の攻撃を無差別にされたら、この辺り一帯は何もない更地になる」
「少なくとも、僕たちだけで対処するのは辛そうだね」
準超越者に至ったバハムートの能力はそれだけ厄介だった。無限にも等しいエネルギーに加え、あらゆる物理法則を操ることが出来る。破壊作業にのみ注視すれば、超越者すら超える可能性もあるほどだ。
そもそも、バハムートは『四つの力』と呼ばれる物理法則を全て操ることが出来る。
まず、特性「量子化」「元素変換」によってエネルギーを量子として扱い、原子核を分解合成することを可能としている。ここに、原子核にある陽子同士の斥力に打ち勝って結合する『強い力』がグルーオンという素粒子を介して発現しているのだ。この『強い力』は名前の通り、かなり強い。具体的には電磁気力の百倍程あるとされている。
もう一つ、これらの特性から『弱い力』というものも操れる。これは名前の通り弱い力なのだが、実質的には電磁気力と大差ない。ただ、力の働く距離が異常に短いので、弱く見えるのだ。ウィークボソンと呼ばれる素粒子を介して発現し、ベータ崩壊に強く関わっているとされる。このベータ崩壊とは、ざっくり説明すると中性子が陽子に変化したり、陽子が中性子に変化することだ。一般的に良く考えられるベータマイナス崩壊――中性子が陽子になる崩壊――では、中性子がボソンを受け取ることで電子と反電子ニュートリノを放出しながら陽子に変化する。
三つ目は特性「電磁支配」によって扱う『電磁気力』だ。これは電子を扱う能力である。正確には光子によって『電磁気力』は作用しているのだが、能力として扱う場合は電子を考えた方が分かりやすい。ちなみに、電磁波は光のことである。
最後の力は特性「重力支配」によって扱う『重力』だ。重力子によって作用しているとされており、四つの力の中では最も弱い。事実、『強い力』や『電磁気力』で結合している人間の体が、地球の『重力』によって潰れたりはしない。直径にして一万キロを超えている球体の重力でさえ、この二つの力には勝てないのだから、重力の弱さが理解できる。
ともかく、これら四つの力を操ることの出来るバハムートは、全ての物理法則を網羅しているといっても過言ではない。その気になれば星を壊すことすら不可能ではないだろう。
「アリア、召喚しよう」
「仕方ないか」
このままでは不利だと悟ったアリアとリグレットは、神獣を召喚することに決める。二人は右手の甲に記されている魔法陣へと霊力を流し込み、通信を起動させた。
「聞こえるかメロ」
『なんじゃ? 儂に何か用か?』
「召喚するから出てこい」
『ふむ。また魔王オメガか?』
「そうだ。今回は総力戦でな。お前にも戦ってもらう」
『いいじゃろう。召喚するがいい』
アリアがリグレットの方を見ると、そちらも連絡は終わったらしい。天星狼テスタも快く召喚に応じてくれるとのことだった。
そして二人は右手を天に掲げ、再び霊力を流し込む。すると、右手の魔法陣が拡大して空中に映され、二体の超越者が現れた。
”ふむ。久しぶりの地上よな。何とも荒れた地じゃが”
”戦場ですか。随分と酷いものですね。後で修復してくださいねアリア”
魔法神アルファウの神獣である天妖猫のメロ。大きさは普通の猫より二回りほど大きな程度だが、秘めた力は膨大である。二つに分かれた尾が特徴だ。ちなみに、好きなものは酒と油っこいものである。
そしてもう一体は創造神レイクレリアの神獣である天星狼テスタだ。背に翼の生えた純白の狼で、大きさは五メートルを超えている。好きなものは自然であり、荒れた風景を見ると我慢ならない質である。
「よく来てくれたなメロ、それにテスタ。いまは土煙に包まれているが、今はオメガを中心とした【アドラー】の奴らと交戦中だ。手を貸してもらうぞ」
「ラプラスが遂に出てきてね。バハムートというゴーレムを作り出したんだ。このバハムートが異常に強いから、君たちの手も借りたいんだよ」
これで超越者は四対四の構図になる。バハムートが準超越者なので完全な互角ではないのだが、先程よりは遥かにマシな状態だろう。更に言えば、アリア、メロ、テスタは広範囲攻撃を得意とする能力者なのだから。
「なら、行こうか」
アリアはそう言って土煙を払ってから世界侵食を解除する。
ずっと起動したままだったので、そろそろ限界に近かったのだ。暫く休憩を挟めば再度発動できるのだが、この戦いの間にもう一度発動できるかは不明である。
世界侵食は自身の意思力を世界に溶け込ませるので、想像以上に精神的負担がかかるのだ。それは強力な能力であるほど大きな負担となり、クウに関しては殆ど一瞬しか発動すること出来ない。アリアの世界侵食は割と低燃費な方なのだ。
それでも何十分も発動できるものではないが。
三対六枚の翼を広げるアリアとリグレット、黒い霧のような何かの上に乗るメロ、そして自身の翼で宙に浮くテスタ。対するは四体のバハムートと、その上に乗るオメガ、ザドヘル、ラプラス、オリヴィア。
恐らく、本気で戦えば辺り一帯が再起不能なほど荒れ果てるだろう。
だからこそ、自然破壊を嫌うテスタは先手を打った。
”覆い尽くせ、【天象星道宮】”
テスタが遠吠えすると、周囲数十キロが闇に覆われた。そして夜空を覆う天球には星が瞬き、荒れていた大地は緑豊かな平原となる。幻想的という言葉相応しい光景であり、ここが戦場でなければいつまでも見ていたいと思える風景だった。
心象を結界として投影しているので、ここはある意味で別世界だと言える。広さは無限であることから、クウの使う《黒死結界》にも似ているだろう。
これがテスタの使う特殊結界《星天夜結界》だ。一応、世界侵食を発動するための前準備でもある。
この空間では、幾ら激しい戦闘を行っても外部に影響がなく、超越者でも周囲を気にすることなく戦うことが出来る。八人の超越者が揃っている以上、この配慮は絶対に必要だった。
”思う存分、戦うと良いでしょう”
「ありがとうテスタ。いつも済まないね」
”何、私は自然を愛する者だ。これぐらいは当然というもの”
外部から見た結界の大きさは数十キロだが、内部は無限の広さを持っている。これは界が区切られているからこそ起こる現象だ。
分かりやすく例えるなら、一枚の紙を想像して欲しい。
そこに好きな人物を書き込むと、紙という世界の中にその人物は存在していることになる。そして、紙を丸めて筒にすると、その人物は筒となった紙をグルグル回る形で、無限に移動することが出来る。しかし、それを外から見ると有限の大きさを持った紙の筒でしかない。
これが界を区切るということだ。
他の例えをするなら、ゲームソフトも同じだ。外から見ると小さな記録デバイスだが、内部では広大なゲーム世界が広がっている。
このように内部からの視点と外部からの視点を異なるものにしてしまうのだ。
テスタの《星天夜結界》も同様であり、内部から見ると無限に広がる世界に見える。界を区切っているので、内部の影響が外部に漏れることはないのだ。逆に外部から内部への干渉は可能だが。
「行くぞメロ」
”良かろう。畏怖せよ、【百鬼夜行】”
アリアは特異粒子を散布し、メロは自身の権能を発現させる。
天妖猫メロの能力は、瘴気を操るというものだ。悪意の塊である瘴気を作り出し、妖魔としての形を与え従える。魔神剣ベリアルに宿る疑似精霊ベリアルのような存在を自在に操る能力なのだ。
”あの鋼の竜を葬ってやろう……出てこい、ヤマタノオロチ、デイダラボッチ、ガシャドクロ”
メロの周囲から瘴気が溢れ、集まって三つの巨体を生み出した。真っ黒に染まっていた霧のような瘴気は形を成し、一つは八首大蛇に、一つは一箇目巨神に、そして最後に髑髏巨人へと変化したのだった。
それぞれの大きさは五十メートルを超えており、禍々しい気を発している。
”行け”
メロの指示に従って三体の巨大妖魔はバハムートに向かって行く。瘴気を足場として空中を移動しているのを見ると、かなり異様だった。
そしてヤマタノオロチ、デイダラボッチ、ガシャドクロが向かってくるのを見たオリヴィアが、自身の配下であるフォールン・デッド・カオスを差し向ける。同じく瘴気を操る巨人なので、足止めにはピッタリだと判断したのだ。
フォールン・デッド・カオスは背中を変化させて翼に変える。死霊の集合体であるフォールン・デッド・カオスは、自身を構成する死体を組み替えることで見た目を変化させることが出来るのだ。そして翼を広げて空中へと飛び上がり、三体の巨大妖魔の前に立ち塞がる。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
フォールン・デッド・カオスは悍ましい咆哮と共に無数のスキルを放った。肉体を構成する数百もの死霊から放たれたスキルが三体の妖魔に殺到する。
しかし、妖魔は無傷だった。
当然である。この三体はメロが特別に作り出した準超越者級の化け物なのだから。
そして反撃とばかりにデイダラボッチが両腕を天に掲げた。すると瘴気が収束し、無数の剣となって展開される。一つ一つが瘴気から構成されている以上、掠るだけで毒となる。その剣が千どころか、万単位で上空に浮かんでいるのだ。
どうなるかは予想できる。
「ウオオオオオ……」
デイダラボッチは唸りながら両腕を同時に振り下ろした。すると上空に浮かぶ無数の剣はフォールン・デッド・カオスを目指して一斉に降り注ぐ。すぐに瘴気による防御が展開されるも、軽く貫いてしまった。死霊で身体が構成されているフォールン・デッド・カオスは、よく見ると体表に死者が浮かんでいる。その体表に剣が突き刺さったのだから、呻き声は聞くに堪えないほど酷いモノだった。
『ウゴオオォォ……アアアァァァ……』
『ウアアァァアァアァアァァァァァ……アアァ……』
『ギィィィィイイイ……オオオォオォオウウゥゥゥ……』
このままではフォールン・デッド・カオスが負けてしまうだろう。そこでラプラスはバハムートを援護として送った。フォールン・デッド・カオスが《無限超再生》を有していることを逆手に取り、破壊の力で三体の妖魔を粉砕しようとする。
「ふむ、《電磁加速砲》です」
すると、四体のバハムートは首をまっすぐに伸ばして発射台を設定し、標準を妖魔に合わせる。バハムート一体に付き一匹の妖魔を狙えるので、余った一発は首の多いヤマタノオロチへと向けられた。
そしてバハムートの口内がバチバチと白い火花を上げて高音を響かせる。
胸部で生成された核融合弾頭弾がローレンツ力によって電子加速され、音速の数十倍という領域に達して放たれた。空気のプラズマ化によってオレンジの軌跡を残しつつ、一直線に三体の妖魔へと向かう。
核融合弾頭が着弾と同時に炸裂し、水素原子の核融合によって膨大な熱と圧力を生じさせた。それが四つの大爆発となって周囲を破壊し尽くす。
緑の平原は、再び焼け野原へと変わるのだった。
一応載せておきます
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メロ 1938歳
種族 超越天妖猫
「意思生命体」「神獣」「魔素支配」
「変身」「瘴気知覚」
権能 【百鬼夜行】
「瘴気」「概念生成」「顕現」
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テスタ 1669歳
種族 超越天星狼
「意思生命体」「神獣」「魔素支配」
「完全五感」
権能 【天象星道宮】
「恒星」「力場」「夜」
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