EP362 反撃
セリアにトドメを刺す寸前でやってきたクウを見て、ダリオンは全身から冷や汗を流す。色々と因縁を持つ相手がすぐそこにいたからである。
【砂漠の帝国】で初めて出会い、以前は【レム・クリフィト】で変装も見破られた。また、今の堕天使としてのステータスは、クウをコピーしたことで得たものである。
どんなに楽観視してもダリオンではクウに勝てない。
ダリオン自身がそれを理解していたので、彼はすぐに行動へと移った。
「少しでも動けば俺の後ろにいるヴァンパイアどもが―――」
そう言いながら刀身の消えた剣を捨てて、ナイフを取り出そうとしたダリオン。
しかし、身体がバラバラになりそうなほどの衝撃と共に吹き飛ばされ、最後まで言いきることはできなかった。激しく壁に打ち付けられ、内臓にまで及んだダメージを自覚しながらダリオンはクウの言葉を聞く。
「で? どうなるって?」
痛む身体に耐えつつ目を開くと、先程までダリオンがいた場所でクウが拳を振り抜いていた。幻術による知覚阻害のせいで、ダリオンは攻撃される瞬間を察知できなかったのである。
堕天使化と同時に受けた呪いによってダリオンはスキルを保有しない。よってダメージを軽減させる気系や魔素系のスキルも保有しておらず、全てのエネルギーを体一つで受け止めることになった。如何に熾天使級天使のステータスをコピーしているとは言え、超越者の攻撃は耐え切れない。
ダリオンは大量に吐血した。
「ごふっ……」
今の一撃はダリオンの内臓を痛めつけ、捻じ込まれた気によって体中の骨まで粉砕された。もはや物理的に動くことが出来ない状態である。
そしてクウは動けなくなったダリオンから目を離し、《幻葬眼》によってセリアの致命傷を幻想に変える。これによって傷は無くなり、失われた血も元に戻った。一命をとりとめたセリアは、因果操作による結果のずれに対応できず、気絶する。
「部下を死なせるわけにはいかないからな。生きていてよかった」
如何に因果を操作したとしても、死を無かったことにはできない。正確には、魂の行方までも因果によって操ることは出来ないのだ。
死を覆すならば、魂を操作するような相応の能力が必要になる。ちなみに、『死霊使い』オリヴィアの【英霊師団降臨】は情報次元のコピーをしているだけなので、本人が生き返っているわけではない。
死と魂という現象を操り、覆すことが出来るのはエヴァンにおいて破壊神デウセクセスのみだ。
「さてと、俺も一部隊を預かる隊長になったわけだし、部下の尻拭いはしないといけないよな」
そしてクウはダリオンの方へと向き直り、神刀・虚月を取り出して構えた。自然な動作で倒れるダリオンの元へと近づいていき、目にも留まらぬ速さで居合する。
呆気ない。
あまりにも呆気なく、『仮面』のダリオン・メルクはこの世での生を失ったのだった。
◆ ◆ ◆
ヴァンパイアたちが救出され、ダリオンが殺される瞬間は超越者たちの戦場でも映されていた。オメガは以前に炎帝鳥アスキオンを潰されたことでクウを知っていたが、まさか【アドラー】に乗り込んでくるとは思っていなかった。
「防衛戦力にしていると思ったのだがな……我の読み違えか」
ダリオンが死んだことを気に留める様子もなく冷静な分析をするオメガ。表情から察するに、悲しむ様子も怒る様子もない。
これまでの傾向として、魔王アリアやリグレットは【レム・クリフィト】の防衛に重点を置いていた。今回のように吸血鬼の女王レミリア・セイレムが人質となっていれば、考えられるパターンは二つである。
一つ目は、アリアとリグレットが耐えている間に部下がレミリア達を救出すること。そして、クウは【レム・クリフィト】防衛のために待機している可能性が高かった。
二つ目はクウも含めて戦場に出てくる可能性である。レミリアが人質となって動けないのはアリアとリグレットだけであり、クウからすれば彼女は人質にならない。つまり、クウだけは何の制限もなく戦うことが出来るのだ。ここで無理に人質を殺せば、制限のなくなったアリアとリグレットが参戦可能となる。
しかし、二つ目の予測には大きな欠点があった。それはクウ一人でオメガ、ザドヘル、ラプラス、オリヴィアを相手にしなくてはならず、普通に戦っても不利を強いられることである。だからこそ、オメガは一つ目の行動予測を念頭に置いていた。
その結果、予想は大きく裏切られたが。
「ふふ……よくやったぞクウ!」
「ここからは反撃だね。僕の妹に手を出したことを後悔させてあげよう」
今までは人質のせいで抵抗できなかったアリアとリグレットも、ここからは反撃に出る。一方的に攻撃を加えられた恨みを晴らすかのように、アリアはいきなり世界侵食を使い始めた。
「《無限連鎖反応》」
アリアの意思力が世界に滲みだし、世界そのものが特異粒子を生み出す特性を得た。アリアが放出せずとも空間に特異粒子が満ちていき、無限とも言える現象改変を可能とする。
そこへ更にリグレットが権能【理創具象】で援護した。
「記す、《神意の右手》。粒子生成量を十倍に」
情報次元へと追加情報を書き加え、空間が生成する特異粒子量を十倍にまで引き上げる。これによって事象改変の出力や改変量も十倍となり、アリアにとって有利な世界が出来上がった。
謎の不死性を誇るオメガ以外、つまり、『氷炎』ザドヘル、『人形師』ラプラス、『死霊使い』オリヴィアは拙いと悟った。
「焼き尽くせぇっ!」
粒子の加速や減速を自在に操ることで熱を操作するザドヘルの権能。先手必勝とばかりに空気粒子を異常加速させ、アリアとリグレットを焼き尽くそうとした。
しかし、アリアは冷静に対処する。
「減速しろ」
瞬間的に熱せられた空気は、再び一瞬で冷やされる。
さらに空気の膨張と収縮によって発生した衝撃波をリグレットが書き換え、指向性を与えてザドヘルの方へと飛ばした。不可視の重い衝撃が腹を抉る。
「がっ……!?」
リグレットの改変によって衝撃波は収束され、ザドヘルに血を流させた。超越者の気すらも抜くほどの威力を攻防の余波から作り出す技術はアリアも敵わない。サポートに関しては誰よりも上手かった。
また、アリアは広範囲攻撃によってラプラスのバハムートとオリヴィアの死霊を一掃し、神槍インフェリクスによって刺し貫いていた。不治の呪いによって再生を阻害され、ラプラスとオリヴィアは苦悶の表情を浮かべる。
黒い三叉槍を構えたアリアは、転移で翻弄しながら戦闘能力の低いこの二人にダメージを蓄積させていた。
「散々甚振ってくれた礼だ!」
そして空気を圧縮し、高速回転させながらラプラスとオリヴィアにぶつける。竜巻のように風がうねり、二人の超越者を切り刻んだ。
更にこれだけでは終わらず、アリアは次々と現象改変によって攻撃を加えていく。雷撃、爆炎、氷結、空間攻撃と休む間もない。
その間にリグレットは呪縛術式を書き込んでオメガとザドヘルを抑え込む。
「君たち二人は主戦力だからね。悪いけど、こちらが終わるまでは封じさせてもらうよ」
リグレットはそう言いながら右指を動かし、呪縛術式を常に更新し続けることで超越者の動きすら鎖していた。呪縛術式に加え、魔道具を併用して結界も張る。この結界は境界面の次元をずらすことで内部を異世界化しており、世界を飛び越える攻撃でなければ通らない。
ただ、これだけの結界である以上、制限も存在する。
それはエネルギーの消費量だ。リグレットが供給する霊力をかなりの勢いで消費するのである。自然回復量など軽く上回っているので、リグレットの保有霊力が尽きた時点で結界は消えるのだ。現状、リグレットが一度に扱える霊力の最大値から換算しても、五分が限界である。
「ふむ……この結界は我では突破できぬな」
「申し訳ありません。俺も無理ですね」
オメガもザドヘルも結界は突破不可能だと判断した。
それと同時に、時間経過で解除されることも見抜いていた。だからこそ、落ち着いて結界が消えるのを待つことにする。
一方で直接戦闘タイプではないラプラスとオリヴィアは、本気になった魔王アリアによって追い詰められていた。超越者二人という有利な状況にもかかわらず、こうして逆に追い詰められてしまうのは、やはりアリアが強すぎるからだろう。
ラプラスがバハムートを顕現させても、オリヴィアが死霊を海辺の砂の如く召喚しても、アリアの放つ《虚無創世》が葬り去る。訓練としてクウと何度か模擬戦をしているので、自身の能力によって《虚無創世》を再現してしまったのだ。
今では広範囲に空間ごと削り取る便利技としてかなり愛用している。寧ろ、空間系の制御を加えることでオリジナルよりも強化しているほどだ。
異界化した空間を重力で押しつぶす際、超越者は自身の存在力によって生き残る。だが、受けるダメージは凄まじく、二人はかなり疲弊していた。何度も再生したことで意志力を消耗してしまったのである。まだ魂の消滅には届かないが、権能を使うだけでも気怠さが出てくる程度には消耗していた。
「ぐ……これ程とは驚きですね」
「元々、私たちの能力は超越者同士の戦いで不利なのは分かっているでしょう? オメガ様が結界を出られるまでは耐えるしかないわ」
「では、数十秒だけお任せしてよろしいですか? そろそろ、バハムートにも経験値が溜まります。それを最適化すればかなりの戦力になりますので」
「良いでしょう」
ラプラスは一体のバハムートを呼び寄せ、その上に乗って最適化を開始する。最適化情報は全てのバハムートで共有され、強くなって生まれ変わるのだ。まだ発展途上であるバハムートが準超越者クラスに至れば、かなりの戦力になる。
そう思ったからこそ、オリヴィアもラプラスの盾になることを了承したのである。
「ここで切り札を斬らせて貰うわ。《冥府顕在》!」
オリヴィアは意志力を世界に広げ、世界侵食を行う。アリアとオリヴィアの世界侵食がぶつかり合うことで境界面が揺らぐ。残念ながらオリヴィアは意志力を消耗していたので、本来の範囲よりも大幅に狭い世界侵食となってしまった。
だが、これは消耗していたから範囲が縮小してしまっただけではないだろう。二人以上の超越者が同時に世界侵食をした場合、意思力の強さによって侵食範囲に差が生まれる。つまり、アリアの意思力がオリヴィアよりも優れている証拠だった。
「くっ……忌々しい!」
こうもまざまざと力の差を見せつけられると腹が立つ。
しかし、そんなことで心を乱している余裕はない。すぐにオリヴィアは能力を行使した。
「《永劫輪廻不死降臨》!」
死者の情報を常にコピー・ペーストすることで、消滅させられても即時再生するように設定した空間を作り出す。更には死者を融合することで強力な死の巨人を生み出した。
フォールン・デッド・カオス。
数百体の死霊を組み合わせ、全てのスキルを融合した死の巨人である。周囲に瘴気を撒き散らし、更に空気中の瘴気濃度によって強化される。また、瘴気を従え、自動で攻撃や防御をしてくれるのだ。再生力も超越者に並ぶほどあるので、一撃で吹き飛ばさなければ消滅させることが出来ない。
それが数十体も現れたのである。
しかし、アリアも黙って見ていたわけではない。
「核融合……」
左手を天に掲げて作っていたのは巨大な火の玉である。
より正確に言えば、水素を過剰に圧縮加熱した核融合の球体、つまり太陽と同等のプラズマ球だった。大きさとしては直径数百メートルにも及び、気による防御がなければすぐに発火してしまう。
そして疑似太陽から発せられる有害な紫外線が細胞を破壊するのだ。
勿論、死霊とて例外ではない。情報次元からのコピーであるからこそ、生物としての形を忠実に再現しているのだから、有害な光線によって死に至るほどのダメージを受ける。
フォールン・デッド・カオスは内包している《気力支配》によって気を纏い、どうにかダメージを抑え込んだ。
「リグレットがオメガとザドヘルを抑え込めるのも残り二分なのでな。ここで決めさせて貰う」
「ふふ……良いことを聞いたわ。流石に貴方を倒せるとは思っていないけど、耐えるぐらいはしてみせる。オメガ様を失望させないようにね!」
瘴気と炎がぶつかり始めたのだった。
ダリオンはここで消えます。
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