EP361 救出作戦③
レーヴォルフ、ミラ、セリアと別れた後、クウは一人で女王レミリアが一人捕らえられている場所へと向かっていた。やはり彼女を先に助けることが肝となるので、最優先で向かっていたのだ。
(ま、レミリアだけは厳重に隠されているみたいだし、俺が行くしかないよな)
《真理の瞳》でレミリア周辺を調べたところ、どうやら隠し部屋に一人だけ閉じ込められていることが分かった。つまり普通の方法では見つけられないのである。部屋の開錠方法も設定されているようなので、クウが消滅エネルギーを使って壁を破壊することにしたのだ。
この手の隠し部屋は、無理に開けるとアラートが鳴ったり、状況が魔王オメガに伝わったりする可能性が高い。そこで、想定外な侵入方法を考えたのである。
(えっと……確かこの辺りだな)
石造りの暗い廊下を走り抜け、目的の部屋に入る。その部屋は調理場であり、意思なき魔人たちが無言の連携で料理をしていた。どうやら、この城で働いているらしい。
だが、クウはそれに目もくれず奥へと進んで巨大な冷蔵室の前に立った。そして扉を開けて中へと入っていく。中には野菜や肉類が大量に貯蔵されており、およそ五度まで冷やされていた。更に奥には冷凍室まで完備されているようだが、そこには向かわず、野菜が置かれた区域の一角で止まる。
「丁度この下だな」
そう呟いて無造作に小さな《月蝕赫閃光》を放った。赤黒い消滅球が一瞬だけ膨張し、冷蔵室の床を削り取る。すると、冷蔵室を覆っていた断熱素材の下にあるコンクリートのような基礎部分がむき出しになった。
「もう少しか? 《月蝕赫閃光》」
もう一度だけ小さな《月蝕赫閃光》を放ち、コンクリート基礎を削り取る。二度の《月蝕赫閃光》によって六メートルほど掘ると、ようやく貫通して下の部屋に繋がったのだった。
クウはそこへ躊躇いなく飛び降りていく。
音もなく着地すると、そこには鎖で繋がれたレミリア・セイレムがいた。
「貴方は……確かクウ殿? どうやってここまで来たの!?」
「静かに。助けにきたから騒がずついて来てくれ」
「ダメなの! 私が逃げ出したら部下たちが……」
「やはり脅されていたか。まぁ、こんな鎖で縛れるとは思えないしな。ともかく大丈夫だ。そちらにも俺の仲間が向かっている。女王が動かないと部下も動かないぞ?」
やはりレミリアは脅されていたらしい。
他のヴァンパイアとは離して捕らえることで、逃げ出そうという気を削いだのだ。人は見えないものを恐れるので、自分が逃げ出そうとするば仲間が死ぬなどと言われると動けなくなる。個体数が極端に少ないヴァンパイアは仲間意識が強いので、たとえ女王であっても有効的な手法だった。
(鎖には破壊すると術式が起動されるような設定がされているな……)
レミリアを捕えている鎖が無理やり破壊された時、城全体の警報装置が作動するようになっていた。警報に連動してラプラスが作った警備用ゴーレムが起動したりもするらしい。
恐らく逃げ出し辛くなるだろう。
クウからすれば雑魚ゴーレムでも、他の三人にはキツイ可能性が高いからだ。
そこで、鎖に《神象眼》を発動させてから斬った。
「ふっ!」
一声で二度刀を振り、レミリアの両腕に付けられた鎖を切断する。「意思干渉」によって『まだ対象を縛っている』と勘違いした鎖は、警報術式を作動させることなく千切れた。
これにはレミリアも驚く。
「いつの間に刀を取り出したの……?」
「いや、それはどうでもいいだろ。ともかく逃げるぞ女王サマ」
神刀・虚月を鞘に納めて虚空リングへと仕舞ったクウは、レミリアに手を差し出す。一応、彼女も女王なのでクウはそれなりの気を使ったのだ。
戸惑いつつもレミリアはクウの手を取って起き上がる。
「どうやって逃げるの?」
「帰還用の転移魔法陣がある。先にあなただけ送ってもいいけど……」
「ダメ。部下たちを置いてはいけない」
「……そう言うと思って俺の部下たちが奔走してる。集合地点まで行けば合流できるはずだ」
この甘さは女王として失格だろう。
ヴァンパイアの女王崇拝は激しく、レミリアのためなら命を投げ出す者ばかりだ。しかし、逆にレミリア自身は部下を切り捨てられない性格をしていた。故に自らが危険と分かっていながらも先に帰還することを拒んだのである。
正直、邪魔なので無理やりでも先に帰還して貰いたい。
しかし、ここで問題なのが帰還用転移魔法陣の繊細さだ。元々、転移という術自体が繊細であり、情報次元だけでなく意思次元にも多少関わってくる代物だ。
転移術とは、世界から観測される対象の位置を誤魔化し、別の位置で再観測させるという術である。そしてその際に情報次元の辻褄合わせによって転移現象が補強される仕組みだ。ここで世界からの再観測が上手く行われないと転移は失敗する。存在そのものが消失するなどということはないが、辻褄合わせとしてどことも分からない場所に再観測される……つまり転移することになるのだ。これが情報次元上における座標計算が重要な理由である。
そして転移対象者が転移に抵抗した場合、対象者の『転移したくない』『この場所に留まりたい』という意思をくみ取って、世界側がその場所に対象者を観測し続ける。つまり、転移失敗となる。
一言で纏めると、レミリアを無理やり帰還させるのは難しいのだ。
これが空間座標を入れ替える『空間相変転』や、空間座標の連続性を操作することで離れた二点を繋げる『次元門』ならば強制的な移動も不可能ではないが。
(こんなことならゲート系の空間移動魔法陣を貰っとけばよかったな……)
しかしそれは今考えたところで遅過ぎる。
それに元から想定していたことでもあるのだ。クウに焦りはない。
「じゃ、集合場所まで連れていく。天井にあけた穴から脱出するぞ」
「分かったの」
「抱えながら上に飛ぶけどいいか?」
「構わないの」
一応はレミリアも女王なので、許可を取ってから横抱きにする。そして翼を出し、入って来たときの大穴を通り抜ける。丁度上は冷蔵室なので少し冷えたが元から寒冷な地域に住むレミリアからすれば大した寒さではない。
文句を言うこともなく冷蔵室を出て、調理場へと辿り着き、そこで降ろそうとした。
だが、レミリアはそれを拒否する。
「抱えていって欲しいの。その方が楽」
「おい」
クウはツッコミを入れつつも仕方ないといった様子でそのまま走る。本来の位階としてはクウの方が上なのだが、相手は女王様なのだ。このぐらいの我儘は聞いても良いという判断である。
そうしてあっという間に集合場所である広間へと辿り着いた。
そこには既にレーヴォルフとミラが揃っており、二十名を超えるヴァンパイアと共に待っていた。
「早いな」
「いや、そうでもないさ。僕たちもさっき到着したところだよ」
クウはレーヴォルフと会話しつつ、レミリアを降ろす。
するとレミリアは部下のヴァンパイアの元へと歩み寄り、ヴァンパイアたちもレミリアを取り囲むようにして再会できたことを喜んだ。
一方、クウとレーヴォルフはミラも交えて少し話し合う。
「上手く連れて来れたようだな。良かった」
「まぁね。ついてこれば女王様に会えるよ、って言ったらすぐだったよ」
「私も同じく」
「……単純と言えばいいのか純粋と言えばいいのか。まぁいいや。ともかく、あとはセリアだけだな。仕事量は変わらないはずだけど、何してんだ?」
「確かに……気配が動かないね。説得に苦労しているのかな?」
レーヴォルフが自慢の《気配察知 Lv10》で探知すると、一か所から動かないセリアの気配を感じ取ることが出来た。弱々しい気配だが、それは《気配遮断》を使っているのだと推測する。
その言葉を聞いてクウも気配を探ってみたが、確かにミラの気配は微かに感じられた。
(……それにしても弱すぎないか? まるで死にかけみたいな気配だぞ?)
セリアの気配遮断能力を把握しているクウからすれば、この気配は小さすぎる。だからこそ、異変が起きているのではないかと考えた。
そして《真理の瞳》を用いて情報次元を辿り、セリアの居場所を確認する。
残念ながら、クウの悪い考えは当たった。
「ちっ! 奴がこんな場所にいたとはなぁっ!」
情報次元を辿った先にいたのは、かなり危険な状態のセリアと堕天使であり『仮面』の二つ名を冠するダリオン・メルクだった。クウが超越化する前のステータスをコピーしているので、ダリオンは素の戦闘能力がかなり高い。スキルは《千変万化》以外に皆無だが、それでも身体能力はかなり高いのだ。
不意を打たれればセリアでも瀕死に陥る。
そして突然舌打ちしたクウを見てレーヴォルフは目を丸くしていた。
「どうしたんだいクウ?」
「悪いが説明している暇はない。先に転移で帰れ」
クウはそう言って《神象眼》を用い、帰還用魔法陣を投影した。大きめに投影したので、ここにいる全員が一気に帰ることも出来るだろう。
それだけすると、クウは消滅エネルギーで壁を壊しながらどこかへ消えてしまったのだった。
「……拙いことが起こっているようだね。取りあえず隊長命令はこなそうかミラ?」
「分かった」
そしてレーヴォルフとミラはここに集まっているレミリアを含めたヴァンパイアたちと共に転移陣の上に乗る。まだ全員が揃っていないことでレミリアと揉めたりもしたが、後から必ずどうにかすると言いくるめることに成功したのだった。
◆ ◆ ◆
血の海に沈むセリアは、それでもまだ意識を保っていた。《気纏》の力を発動させ、どうにか死を遠ざけていたのである。
胸を貫かれて即死に至らなかったのは、ギリギリで殺気を感じて僅かに心臓からずらしたからだった。それでも致命傷には変わりなく、もはや動くことすら敵わない。
(やられた……)
まさかレミリアに化けているなどとは思わなかった。
『仮面』のダリオン・メルクが変装の達人であることは知っていたが、まさか部下であるはずのヴァンパイアまで騙されているなど予想できるはずもない。現に、解放されたヴァンパイアたちも驚愕の余り動きを止めているほどである。
「き、貴様! 陛下を何処にやった!?」
「ふん。お前たちの女王は元より別の場所に隔離している。こういった薄汚い鼠が紛れ込んでくることを想定してな」
それを聞いてヴァンパイアたちも動くに動けなくなった。捕まっているとは言え、女王が近くにいることで多少は安堵していた部分もあるのだ。しかし、残念ながらそれはダリオンの変装でしかなく、敬愛する女王レミリアは居場所不明のまま。
まさか既にクウが救出しているなどとは思いもしないのだから当然である。
「さて、もう一度大人しくなって貰おうか……愚かな吸血鬼共よ」
ダリオンがそう言うと、ガシャガシャと金属の擦れる音がして、五体の鎧騎士が入ってきた。勿論、『人形師』ラプラスの作ったゴーレムである。
抵抗しないヴァンパイアを次々と押さえつけ、再び鎖へと繋いだ。しかも、簡単には外せないように何重にも巻き付ける。
セリアが解放した初めの五人を含め、ヴァンパイアたちは全員が再び囚われの身となった。そしてダリオンは最後に倒れ伏すセリアへと目を向け、口を開く。
「貴様は見せしめだ。丁度、この部屋は撮影されていてな。魔王を名乗る不遜な貴様らの主へと見せつけるには絶好の機会だ」
そう言ってダリオンは剣を抜き、刃を下にして地面と垂直に掲げた。
「死ぬがいい」
振り下ろされる鋼の剣。
それを察したセリアは死を覚悟した。
(死にたく……ない)
セリアは動かぬ体へと必死に命令を下すも、物理的に不可能だと肉体が判断する。無情にも死は迫り、光を反射する刃が背中から心臓を貫こうとした。
だが次の瞬間、その刃は跡形もなく消える。
「なっ!?」
人を刺し貫く手応えが感じられず、動揺するダリオン。
微かに見えたのはいつか見た消滅の魔術だった。
「ギリギリだったか」
壁の向こう側から声がする。
ダリオンがそちらへと目を向けると、部屋の壁に大きめの穴が開いていた。
《真理の瞳》で標準を合わせ、壁ごと貫いて剣の刃だけを消し去るという絶技を見せつけたのは、因縁を持つ虚空の天使クウ・アカツキだった。
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