EP360 救出作戦②
四つの影が【アドラー】の街並みを駆け抜ける。虚ろな表情の魔人たちが生活する中で、その四人だけは明確な生命の波動を放ちつつ通りを走っていた。しかし、意思なき魔人たちは走り抜ける四人に気を留めることなく『生活』する。
クウ、レーヴォルフ、ミラ、セリアは難なく城へと辿り着くことが出来た。
そしてクウが消滅エネルギーで壁を消し去り、音もなく中へと侵入する。
「マップは持ったな? それぞれ、担当の場所を頼むぞ」
クウは小声で最終確認をする。
そして三人は同時に頷き、そのままそれぞれが担当する部屋に向かって走っていった。クウが即席で作った見取り図を渡してあるので、迷うこともないだろう。
セリアも途中までは一緒だったレーヴォルフと別れてからは、地図と睨めっこしながら目的の場所へと向かっていた。
「え~っと。今はここだから……次は右ね」
迷子にならないよう、地図を追いながら駆け足を続ける。セリアは突発的な出来事に弱いが、基本的には正確に任務をこなせるタイプだ。明確な作戦の流れがあれば、潜入だろうと殲滅だろうと問題なくこなせる。しかし、急な変化が起こるすぐにパニックになるので、優秀な指揮官の下に就くことが多かった。
彼女は下っ端として優秀だが、指揮官には向かないタイプということである。
今回も、与えられた地図に従って迅速に部屋の発見に至ったのだった。
「この部屋ね」
セリアが見つけたのは何の変哲もない木の扉だった。特に仕掛けが施されているようにも見えないし、魔力を感知しても魔法陣が仕掛けられているようにも見えない。
何とも拍子抜けな普通の扉だった。
首を傾げながらもセリアは扉を開ける。
すると、確かに中には五人ほどのヴァンパイアが閉じ込められていた。
「む!? 何者!?」
「ちょっと待って。私はあなたたちを助けに来ただけよ? 訳あって所属は言えないけど、【レム・クリフィト】の軍の者だと思って」
「まさか……同盟国の助けか!」
「ええ、そういうこと」
ヴァンパイアたちは特に拘束された様子もなく、普通に部屋の中に閉じ込められていた。鎖どころか縄で縛られてもおらず、この部屋も鍵すら掛けられていなかったのだから異常である。
セリアは本当に捕まっているのか疑ったほどだ。
「一応……聞くけど、あなたたちは【アドラー】に捕まったのよね? 随分と開放的な牢屋だけど」
疑いの目を向けるのは尤もだ。
ヴァンパイアの一人がそんな表情をしながらセリアに説明する。
「確かに、物理的には我らを縛り付けるものなどない。だが、我らが下手な行動を起こせば女王陛下に危害を加えると言われたのだ……女王陛下がどこにいるか分からない以上、我らは動くことが出来ない。『試しに逃げてみればどうなるか分かる』などと言って部屋の鍵まで解放されたのだ。奴らは本気だと悟ったよ……」
身体ではなく心を縛る。
その手法を以てヴァンパイアを押さえつけていたらしい。
セリアはそれを知って【アドラー】のやり方に憤慨した。
「相変わらず汚い奴らね! 大丈夫よ、私たちの隊長が何とかしてくれるわ。だから逃げましょう」
「いや、しかし……」
「問題ないわ。私たちは同時救出作戦を遂行中だもの。私の仲間が他の部屋で捕まっているヴァンパイアたちの所に行っているハズよ。それに今は魔王オメガも他の四天王もいない。だからチャンスなの」
「何!?」
「真か?」
「いや、しかし小娘の言葉など……」
ヴァンパイアたちも魔王オメガが城を空けているという言葉を聞いて傾き始めたらしい。そこでセリアはダメ押しとばかりに口を開いた。
「どちらにせよ。既に作戦は始まっているわ。レミリア女王陛下を無事に助けたいなら、迅速な行動こそが大切よ?」
「………分かった」
流石にそれを聞いて決断したらしい。代表らしきヴァンパイアが答えた。
セリアが部屋を出ると、それに続いて五人のヴァンパイアも外に出る。流石に迅速な行動が大切だと理解したらしい。長きを生きるヴァンパイアの彼らからすれば、所詮は小娘の戯言だと思うのが普通だ。別にセリアを侮っているわけではないが、歳を重ねた者に特有の頑固さもあるのがヴァンパイアだからである。
しかし、今は女王と引き離され、かなり余裕を失っていた。
そのお陰もあって、縋るようにセリアに従ったのである。あまり揉めることなく逃げるように説得できたのは、ある意味で運が良かった。
「じゃあ、私が担当しているもう一つの部屋に行くわ。その後で集合場所まで案内するから、私を見失わないようについて来てほしい」
セリアが小声で忠告すると、五人のヴァンパイアたちは一斉に頷く。
そしてすぐに移動を開始した。セリアの案内で右へ左へと速足で通路を進んでいき、数分後にはもう一つの部屋の前に辿り着く。
だが、この部屋は先程と異なり、かなり厳重な扉となっていた。
金属製であることに加えて五つの鍵が付いている。これでは破ることも出来ないだろう。前の部屋との違いに首を傾げるも、寧ろこの扱いが普通だと判断して納得する。
「鍵は……溶かした方が早いわね」
そしてセリアは自分の専用魔道具を起動する。炎属性を補助する腕輪を起動し、蛇の形をした高温の炎を作り出した。炎の蛇はセリアの意思に沿って鍵に巻き付き、あっという間に赤熱させる。
三十秒もすると、鍵は溶け落ちてしまった。
「よし」
あまりの力技を見て後ろでヴァンパイアたちは頬を引き攣らせていたのだが、セリアはそれに気付くことなく鋼鉄製の重い扉を開ける。キリキリと金属が擦れる音がして、扉が開いた。
それと同時に、なぜ厳重に閉じられていたのか悟る。
『陛下!?』
セリアより先に五人のヴァンパイアがそう叫んだ。
なんとこの部屋には女王レミリアが鎖で繋がれて拘束されていたのである。また、女王だけでなく他にも数人のヴァンパイアが同じく拘束されていた。さらに猿轡まで噛まされており、かなり痛い痛しい。
セリアを置いてヴァンパイアたちが次々と中に入る。
「陛下、今助けます」
そう言って一人がレミリアへと近づいた。
しかし次の瞬間、彼は背中から剣で貫かれた。
更に他の四人も一瞬で切り裂かれ、血を流しながら倒れる。見れば犯人は全身鎧で身を包んだ騎士。恐らくは部屋に侵入したものを狩る存在なのだろう。
入り口付近にいたセリアは、鎧甲冑の騎士が一瞬でヴァンパイアたちを倒してしまったその瞬間を眼にして驚いた。何故なら全く気配がしなかったからである。
(何者!?)
これでもセリアは魔王軍第零部隊に選ばれた人材であり、気配の感知は得意だ。そのセリアでもまったくもって感知できなかったのが鎧騎士なのである。
そして鎧騎士は血を流して倒れるヴァンパイアたちにトドメを刺そうと剣を振り上げた。
「拙いわ!」
セリアは一瞬で炎の蛇を発動し、鎧騎士を縛り上げる。高熱の蛇によって鎧騎士は動きを止められ、更に鎧は赤熱し始めた。しかし、鎧騎士はそれでも苦しみの声一つ上げずに抵抗する。
「な、何なのよコイツ!? 熱くないの!?」
金属が赤熱する温度は摂氏五百度を超える。
そんな状態の鎧を着ていれば、たとえ痛みが遮断されていたとしても肉体の損傷で動きが鈍るはずだ。しかし、どういうわけか鎧騎士は全く動きが鈍らず、力ずくで炎の蛇を取り除こうともがく。
だが、その間に負傷したヴァンパイアたちは這いずりながら部屋の端へと避難することに成功した。そして重傷者である、初めに貫かれたヴァンパイアに治療し始めた。流石に回復系の魔法使いはいないらしく、最低限の治療として止血だけしている。しかし、早めに治療できる者を呼んだ方が良いだろう。
(だからコイツは速攻で倒すわ!)
セリアは部屋の温度が急上昇するのもお構いなく、大量の炎の蛇で鎧騎士を縛り上げる。そして一気に千度を突破させ、ドロドロに溶かしてしまった。
なかなかに残酷な殺し方だったが、ただ不思議そうにセリアは首を傾げる。
「変ね……」
この鎧騎士は死に際にも違和感があった。
何故なら、あれほどの高温で焼いておきながら、肉が焼ける独特の匂いがしなかったのである。超高温で溶かす以上、異臭を覚悟していたのだが、拍子抜けだった。
これではまるで、鎧の中身が空洞だったと言っているようなものである。
(まさか本当に空洞だったのかしらね? そう言えば四天王にはゴーレム使いがいるって話を聞いたこともあるし)
その予想を証明するかのように、ドロドロに溶けた鎧はペシャンコに潰れていた。それに、ゴーレムだとすれば、初めにセリアが気配を察知できなかったのも納得できる。
「ま、女王様を捕える部屋だったわけだし、それぐらいの防衛戦力はあるわよね。それにしては雑魚だったけど」
多少の疑問を残しつつ、まずは囚われているレミリアたちの拘束を解くのだった。
◆ ◆ ◆
【アドラー】と【レム・クリフィト】の国境近くで戦っていた……いや、一方的な蹂躙を受けていたアリアとリグレットは、捕らわれのレミリアを映している映像に変化があったのを悟った。
セリアたちが乗り込んだのである。
しかし次の瞬間、映像がブレてセリアの連れて来たヴァンパイアたちが切り裂かれる。あの鎧騎士の正体は『人形師』ラプラスのゴーレムであると同時に、この映像を撮影しているゴーレムでもあったのだ。
「ふん……鼠が我の城に入り込んでいるようだな」
鎧騎士が炎の蛇によって拘束され、映像が真っ赤に染まり始める。しかし、それでも魔王オメガは余裕を崩さなかった。
そんなオメガに対し、ボロボロのアリアは疑問をぶつける。
「随分と余裕だな。悪いが人質は奪い返させて貰った。映像の通りな……ここからは私たちも反撃できる」
「かなり嬲ってくれたからね。僕も本気で反撃させて貰うよ?」
二人は気力を取り戻したかのように意志力を張り巡らせ、一瞬で傷を修復する。ボロボロになっていたアリアのバトルドレスやリグレットのスーツも霊力を使って綺麗に修復した。
まさに仕切り直しである。
しかし、魔王オメガどころか、ザドヘルもラプラスもオリヴィアも余裕を崩さない。まるで、まだそちらに主導権があるかのような余裕ぶりである。
そんな彼らを見てアリアとリグレットが怪訝な表情を浮かべていると、オメガは鼻で笑いつつ答えた。
「愚かなものだ。我が人質奪還を予想していなかったとでも思ったか?」
「……何?」
「ふむ……映像担当のゴーレムは壊れたか。ラプラス、もう一つの映像に切り替えよ」
「ええ、承りました」
ラプラスは自身の権能【甲機巧創奏者】で映像を映すゴーレムを操作し、暗くなった画面を切り替える。すると、レミリアを捕えていたあの部屋を映す別視点の映像が現れた。どうやら天井の隅に仕掛けられていたらしく、部屋全体がハッキリと見える。
そして映像では、女王レミリアが手刀によってセリアの胸を貫いていた。
「は……?」
「馬鹿な!? どうして……レミリア!」
有り得ないはずの映像が映し出され、アリアもリグレットも動揺する。いや、血の繋がった肉親である分、リグレットの動揺の方が大きかっただろう。
オメガは笑い声を上げながら口を開いた。
「ハハハハハハッ! 間抜けなことだ。我を侮るなということだ! これで分かっただろう? まだ主導権はこちらにあるのだよ」
そして次の瞬間、映像に移っていたレミリアは、最後の四天王『仮面』のダリオン・メルクの姿に変化したのだった。
汚い、ダリオン!
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