EP359 救出作戦①
オメガの周囲で渦まく黒から、何かが飛び出した。
アリアとリグレットはすぐに回避して跳び下がる。見れば、黒い渦から出てきているのは黒紫の大きな腕だった。拳を固めた腕が、まるで殴打するかのように飛び出してきたのである。
「ふむ、やはり我の《黒き魔神の腕》程度では捉えられぬか」
そう言うと、オメガは黒い渦を消した。それと同時に黒紫の巨大な腕も消える。今のは軽いあいさつ程度であり、オメガ自身も攻撃が当たるとは考えていない。
遊びはまだまだこれからなのだ。
「ククク……まずはいつも通り、簡単な遊びから興じようではないか!」
「貴様の遊びに付き合っている暇はない。容赦なく叩き潰す!」
オメガとアリアは互いに向かい合い、その魂から力を引き出す。莫大な霊力と気が噴出し、中間地点で激しくぶつかり合った。
「広がれ【神聖第五元素】!」
「この地に終焉を、【怨讐焉魔王】!」
まずはアリアが特異粒子を広範囲に散布した。自身の持つ最速を以て粒子を撒き散らし、一瞬にして戦場を掌握する。この特異粒子はアリアの意思力に反応して変異し、望みの現象を引き起こすのだ。つまり、アリアの領域内では、どんな現象すらもアリアの意のままになるのである。
これが領域型現象系最強の【神聖第五元素】である。
「死ね」
神槍インフェリクスを構えたアリアは短距離転移でオメガの右上に移動し、不治の呪いを宿す一撃を以て頭部を穿とうとした。
だが、その一撃は黒い渦から出現した黒紫の掌に受け止められる。
「甘いぞアリアよ! その程度の体裁きは百年以上前に見切っている!」
するとアリア頭上に巨大な黒い渦が出現し、音速を越える速度で何かが飛び出してきた。アリアは回避のために再び短距離転移を利用する。
見ると、黒い渦から出てきていたのは巨大な黒紫の足だった。
「ククク。《黒き魔神の墜脚》は回避不可能な速度と範囲を持つはずなのだがな……やはり貴様には効かぬか」
「攻撃を見切っているのは私も同じだ。その技は何百年も前から見ている」
これでもアリアとオメガは何百年と戦い続けているのだ。お互いの手札は知り尽くしているし、お互いの呼吸すらも理解している。
長く戦いすぎて決着がつかない領域にまで至っていたのだ。
それに、オメガの不死性も強すぎる。時間停止して神槍インフェリクスで頭部を破壊したとしても、瞬間再生されてしまうのだ。不治の呪いすらも意味をなさないのである。
だからこそ余計に決着が突かないのだ。
「このままでは埒が明かぬのは既知の事実。ならば新しい手札を切るのが当然だろう?」
オメガはそう言って背後にいる白衣の男へと目配せする。その男、ラプラスは頷くと能力でゴーレムの一体を出現させた。
それは小さな小型のゴーレムで戦闘力は皆無である。なら何が出来るのかといえば、空間中に映像を投影することが出来た。それによってオメガの背後に巨大な映像が映し出される。
映っているのは、捕らわれている吸血鬼の女王、レミリア・セイレムと配下のヴァンパイアたち数名だった。
「この人質……貴様らには見捨てられるかな?」
「ちっ……分かってはいたが、このタイミングで札を切るのか」
「ククク……我が同士フローリアは消滅させられてしまったのでな。こちらも手段を択ばないことにしたのだよ」
「戯けが。貴様が手段を選ばないのは昔からだろう?」
「そうだったかな? ククク」
しかし、現実問題としてレミリアが人質に取られているのはキツイ。アリアにとって義妹であり、それなりの情もある。世界と天秤にかけても見捨てるのは難しいほどに。
天使となっても心を捨てることは出来ないのだ。
寧ろ、超越者にとっては心のあり方こそが力なのだから。
「……要求は何だ?」
「貴様らの死だよ。反逆の娘と愚かなる吸血鬼よ!」
アリアとリグレットの頭上に二つの黒い渦が出現し、音速を越えて黒紫の足が降ってきた。強烈すぎる踏みつけを喰らい、二人は地面に打ち付けられる。
だが、攻撃はこれで終わらない。
「罰を与えよ、【氷炎地獄】」
「意のままに動け、【甲機巧創奏者】」
「蘇れ、【英霊師団降臨】」
ザドヘルの権能によって大地は焦土に変わった。燃え盛る紅蓮が空間を支配し、地上の熱量を無限大に増幅させる。権能【氷炎地獄】の持つ振動加速能力による力だった。
ラプラスは長年の研究によって生み出したバハムートを投入した。そしてスキル《廃撃砲》によってプラズマ砲を発射していく。地上を焦がす膨大な熱量のせいでプラズマ砲の効果が下がっているのだが、それに関しては連携不足としか言いようがない。
オリヴィアは権能【英霊師団降臨】によって情報次元から死者の記録を引き出す。それを元に再構築して加護を与え、不死の英雄を引きずり出した。その数は百を超え、英霊となってアリアとリグレットが落下した付近を攻撃し始める。
「ククク……ハハハハッ! どこまで耐えられるかな?」
オメガは攻撃を部下たちに任せつつ炎熱地獄へと変わった地上に目を遣る。アリアとリグレットは超越者なのでこの程度では死なないだろう。しかし、こうして一方的に痛め続ければいずれは力尽きるはずである。
精神が死ぬまで、この一方的な暴力を続けるつもりだった。
◆ ◆ ◆
少しだけ時は遡る。
薄暗く淀んだ国【アドラー】で、四人の人物が小声で会話していた。人、竜人、そして魔人が二人という実に奇妙な組み合わせである。
勿論、クウ、レーヴォルフ、ミラ、セリアだった。
「ここが【アドラー】だ」
予め設置しておいた転移魔法陣によって一瞬で移動を完了した四人。初めて【アドラー】を見たレーヴォルフ、ミラ、セリアは興味津々で窓の外を覗いている。
不気味なほど静かな街並みと、虚ろな目で生活する意思のない魔人たち。ミラとセリアは教科書でこの事実を知っているが、実際に見ると想像以上に不気味だった。
「嫌な空気」
「命の気配がしないわね……まるで死者の街みたい」
ミラとセリアの感想は尤もだ。
しかし、だからといって怖がっている暇もない。魔王オメガや四天王たちが出陣したあと、確実にレミリアたちを救出しなければならないからである。
まずはこの国に潜む超越者たちの気配が消えるまで身を潜めておかなければならない。
「レーヴォルフは大丈夫だと思うけど……ミラ、セリアは可能な限り気配を消すように。一応、この家には気配を誤魔化す幻術結界が張っていあるから問題ないとは思うけどな。ともかく、まだ家から出ないように気を付けろ」
家を出たところで感知はされないだろうが、念のためだ。
何かの間違いが起こって救出作戦が失敗するのだけは防がなければならない。【アドラー】の感知結界の内、追跡用の空間結界は、侵入察知用の防壁結界に引っかからなければ機能しないので、転移で侵入すれば捕捉はされない。しかし、超越者の知覚能力を最大に駆使すれば、一キロ四方の気配を察知することも可能なのだ。油断だけは出来ない。
クウの言葉に生唾を飲み込んだミラとセリアは、なぜか音を立てないようにぎこちなく歩きながら近くの椅子に座った。そして自分たちの武器を取り出し、チェックし始める。
「レーヴォルフも今は休んでいいぞ」
「ならそうするよ」
そしてレーヴォルフも同様に近くの椅子に座り、手持ちのアイテム袋から小説を取り出して読み始めた。流石の余裕である。
一方、クウは魔王オメガたちがいつ出陣するのかを監視するため、《真理の瞳》を発動させた。勿論、対象は窓から見える黒い魔王城である。
(情報次元にアクセス開始……結界の解析……完了)
城に張られている監視防止用の結界を一瞬ですり抜け、内部の情報を視始めた。余程舐めているのか、それとも大昔から更新していないのか、ザルにも程があるほどの結界構成である。
(強い固有情報次元が四つ。魔王オメガ、『氷炎』ザドヘル、『人形師』ラプラス、『死霊使い』オリヴィアだな。『仮面』のダリオンは見当たらないか……)
情報収集役であるダリオンは、高確率で外に出ている。その変化能力を利用して敵対勢力の中枢にまで難なく忍び込み、情報を抜き取るのだ。触れるだけで幹部クラスの相手にも変化できる上に、変化の際には記憶すらもコピーする。つまり、幾ら情報を隠しても簡単に抜き取られてしまうのだ。
実に厄介である。
超越者でも見破るのは難しく、クウのように直接的に情報次元を解析できれば何とか看破できる。情報次元が上塗りされている様子を観測できるからだ。しかし、気配や雰囲気、また合言葉などで看破するのは殆ど無理である。
(ま、今は良いか。あとはレミリアたちの場所っと……)
黒い魔王城は既に情報解析によって三次元マップ化されており、クウの頭の中に浮かんでいる。その一角では強烈な反応を示す超越者四人がいる一方、各所で散らばるように細々とした生命反応があった。捕らえられているヴァンパイアである。
ちなみに、この世界のヴァンパイアは不死者ではないのでしっかりと生命反応がするのだ。
(色んなところに散らされているな……まぁ、その方が効率的に捉えることが出来るってことか)
散らばって捕らえられるということは、味方の状況を把握できないということである。仮に『逃げ出そうとすれば仲間が死ぬ』などと伝えられていたとしたら、迂闊に動けないだろう。いや、この場合は『逃げ出そうとしたら女王が死ぬ』とでも伝えてあるに違いない。
女王崇拝で知られるヴァンパイアを拘束するには、下手な鎖よりもこちらの方が有効的である。
(となると、先に女王を見つける方がいいな)
情報次元を探っているクウにとって女王レミリアを見つけることは簡単だ。何故なら、レミリアはリグレットから天使の加護を与えられているからである。リグレットの固有情報次元の固有コードは理解しているので、その加護の繋がりを辿っていけば、簡単に見つけることが出来る。
クウは城の一室に一人で閉じ込められているレミリアを発見した。
こちらも少しは拘束されているようだが、スキルまで封じられているようには見えない。もしかすると、暴れたら部下たちを殺すとでも言いくるめられている可能性がある。
知恵ある生物の想像力と理性、感情を利用した上手い拘束方法だった。
(ま、これで粗方の観測は終了っと)
そしてクウは虚空リングから幾つかの白紙を取り出し、《神象眼》で先程の情報を投影する。これによって城にある各階層の地図は完全に記されてしまった。更にはヴァンパイアたちが囚われている各部屋の情報も完璧である。
それをコピーしてミラ、セリア、レーヴォルフに配った。
「城の地図だ。赤い印はヴァンパイアたちが捕まっている場所だな。八か所ある」
「これ、いつ調べたの?」
「今さっき調べた」
ミラが無表情のまま質問をぶつけたが、クウはしれっと返答するだけだった。もはやセリアとレーヴォルフに関しては諦めたような表情を浮かべている。
クウの能力は何でもありだと思い始めたのだ。
「それで本題は救出作戦だ。その地図には赤い印の他に青い印もあるだろう? そこは城の大広間だから何十人が入っても余裕がある。そこに集合だ。俺が帰還用の転移魔法陣を出すから、それで一気に【レム・クリフィト】まで帰るぞ」
「了解」
「うん、分かった」
「任せなさいよ!」
より作戦らしくなったことでレーヴォルフ、ミラ、セリアは気を引き締める。敵地への直接侵入という最も危険な作戦であり、気は抜けない。確かに作戦実行は魔王オメガたちが出陣して以降だが、城の中にはどんな仕掛けや罠があるのか分からないからである。
少なくともクウの《真理の瞳》では罠などを解析するほど詳しくは視れなかった。流石に演算力オーバーである。
そして改めて気合を入れた数分後、クウの感知が四つの気配を捕えた。
「動いたな」
すぐにクウはアリアへと通信を入れ、魔王オメガを含めた四人の超越者が動き出したことを伝える。そしてレーヴォルフたちの方に振り返り、一言告げた。
「作戦開始だ。いくぞ」
魔王軍第零部隊、初めての作戦開始である。
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