EP35 伯爵家と護衛依頼⑦
「ちょっと待て……じゃなくて、待ってください」
「父上!」
テドラの提案を聞いてクウとフィリアリアは同時に立ち上がる。だがテドラ本人は至極落ち着いた様子でクウとフィリアリアを交互に見つめ返した。
「何か問題でもあるのかね?」
「大アリです」
「まったく問題ありません。是非そうしましょう!」
「え?」
「あっ」
正反対の言葉を同時に言い放ち、2人は一瞬硬直する。
自分の詳しい能力や加護を知られたくないクウはできるだけソロで活動したいと考えている。幸いにもソロで迷宮攻略可能なスキル構成であるため、今までも苦労しなかったし、これからもしないだろうと思っている。強いて言えば、クウは1対多の戦闘が苦手なのだがこれまでは魔法で何とかしてきた。フィリアリアの広範囲魔法攻撃は魅力的だが、どうしても必要だとは感じていないのだ。
一方のフィリアリアはクウと共に迷宮攻略をしたいと思っている。それは《虚の瞳》による幻覚無効化能力を求めている訳ではなく、純粋にクウという人物と攻略したいという願いがあったからだ。
無茶な攻略を決行して窮地に立たされた時に颯爽と現れて助けてくれただけでなく、自分の我儘のためにスキルをある程度明かしてまで依頼を受けて30階層まで連れて行ってくれた存在。その道中もクウの圧倒的な戦闘力と魔法センスに魅了され続けていた。恋の始まりとも言うべきこの気持ちの名をフィリアリアはまだ知らない。
「おい……フィリアリア、俺はスキルを出来るだけ明かしたくないからパーティを組まないと言ったはずだぞ?」
「うぅ、ですがクウさんは30階層まで私を連れて行ってくれたではありませんか」
「それは依頼だからだろう。それにあの時はパーティらしい連携もしてないだろ? どちらかと言えば俺がほとんど処理していた気がするが?」
「それは……」
「まぁまぁ2人共。とにかく一度座りたまえ」
立ち上がったまま口論を始める2人を見かねて、テドラは座り直すように呼び掛ける。クウとフィリアリアもテドラの存在を忘れて言い合いになりかけていたことに気付いて、気まずそうにソファに腰を下ろした。
「クウ、どうしてもパーティを組むのは嫌なのかね? フィリアリアの方は寧ろ乗り気であるように見えるのだがね」
少し間をおいてから、テドラは改めてクウに質問する。その目はしっかりとクウを見据えており、余興や冗談で提案している訳ではないことを暗に語っていた。それに気づいているクウもテドラと目を合わせて正面から受け返した。
「俺は……まぁいろいろ事情があって修行ついでに迷宮を攻略するつもりです。それに俺は探し物をしているので、この街だけに留まっている訳ではありません。先ほど言った事情のせいでステータスも明かせないのでソロで活動するのが理想的なんですよ」
「そうかね」
あくまでもソロで居続けると言い張るクウに、テドラも手を顎に当てて思案する。テドラとしては今後の都合のために、クウという有望な冒険者と繋がりを持ちたいと思っている。だが、クウ自身は仕官するつもりはなさそうだ。だとすれば、娘であるフィリアリアとパーティを組ませれば間接的な関係を持てると考えているのだ。
チラリと娘のフィリアリアの方へと目を向けると、頑なまでにパーティを拒否するクウの態度を見て落ち込んでいるようだ。長年に渡って伯爵を務め、そして父でもあるテドラにフィリアリアの抱く気持ちに気が付かないはずがない。
色仕掛け
テドラにとってフィリアリアのクウに対する感情は好都合だった。
娘としてしまった約束のせいで公爵家との婚姻の件は不本意ながら諦めざるを得ないだろう。だがその婚姻破棄をしてでも利益になりえる存在が目の前にいるのだから、これを逃すつもりはなかった。
「クウ、君とフィリアリアでパーティを組んで欲しいとは言ったが、少し言い方を変えよう。娘を守ってくれないか?」
「……どういうことです?」
クウはテドラに不信の目を向けながら聞き返す。
「何、フィリアリアとの約束で30階層を突破し、貴族の身分を捨てて冒険者として生きるのならば公爵家のご子息との結婚をなかったことにしていいと言ったのだ。そして実際にフィリアリアはそれを成し遂げた。つまり娘は貴族ではなくなったのだよ。この家には住まわせられない」
テドラの言葉にフィリアリアはハッと顔を上げる。
「そして冒険者になるにしても彼女を一人で外に放りだすのは忍びないのだよ。だからフィリアリアとパーティを組んでくれると嬉しいし安心できる」
「それならフィリアリアの護衛が居たでしょう? ステラという女騎士が。それにメイドを2人加えてパーティを組んでいたではないですか。そういう理由なら俺じゃなくていいハズです」
「ステラ、アンジェリカ、レティスだったか……? 彼女たちは確かにフィリアリアの護衛であり、世話係なのだが、あくまでも私の使用人なのだよ。貴族でなくなるフィリアリアのために動かすわけにはいかないのだ」
「なるほどね」
クウがフィリアリアに目を向けると、フィリアリアは目を伏せながら頷く。
(このことについては本当らしいな。だがこいつの言葉のどこかに嘘が混じっている。どれだ? フィリアリアを心配する言葉自体が嘘なのか、それとも他に……?)
クウの考えた通り、テドラ自身にフィリアリアを心配する気持ちはほとんどない。政略結婚としての使い方ができないならば、別の使い方をする。ただ【ヘルシア】という街と住民の利益のためならば、実の子にさえも無情になれるのだ。
「それで、フィリアリアを娘として心配しているから俺に任せたいということですか?」
「ああ、その通りだ」
「断ることは?」
「そもそも君のせいでフィリアリアは30階層までたどり着くことになったのだ。最後まで責任を取りたまえ。なんなら妻にしてしまってもいい」
「いや、待……てください!」
「えぇ……うぅぁう……!!」
テドラの言葉に敬語を忘れそうなるクウと顔を真っ赤にするフィリアリア。
(クウさんと……結婚!? 嫌……ではないですね。寧ろ嬉し……い? のでしょうか)
(うわぁ……これは本気で言っているな。なんでまた伯爵はあっさりとフィリアリアを俺に渡そうとするんだ? 心配しているというのは嘘で確定だ。だが妻にしていいという部分は嘘じゃない。とすればまだフィリアリアを何かしらのカードとして利用しているということか。そして俺のことも利用するつもりのようだな)
煙が出そうなほどに顔を赤らめてブツブツと何か言っているフィリアリアを横目にしながら、クウはテドラの目的について考察していく。
テドラの言葉の中に嘘が混じっていると分かった理由、それはクウのスキルである《看破Lv7》が嘘を文字通り見破るからだ。ただし、どの言葉が嘘なのかは曖昧にしか分からないので、先ほどの質問で確信を得たのだった。
(断るのは簡単だが、このままだとフィリアリアも可哀想だよな。どうも俺は困っている女の子に弱いような気がする。絶対にあいつのせいだろうな。だがこのまま伯爵に利用されるのも面白くないんだよなぁ)
あれよこれよと考えている間にもテドラは得意げにフィリアリアをクウに推している。クウは話半分ぐらいにしか聞こえていなのだが、もう一人の当事者のフィリアリアはすでにショート寸前である。
「――――どうだね? 冒険者クウよ」
「そう言えば、フィリアリアは公爵家から婚姻の申し込みが来ていると聞きましたが、先方は婚姻破棄に納得しているのですか?」
「そのことなら問題はないよ」
「理由を聞いても?」
「私がフィリアリアと例の約束をする時に、契約の魔法が掛かった書類にサインしたからだよ。公爵家もフィリアリアが30階層を突破できるとは思わなかったからか、契約に了承したのだ。この契約は破られると破った者の魂が削り取られることになる恐ろしいものだからね。無理やりでも納得するしかないのだよ」
「そんなのがあるんですね」
「ああ、アルテナ――――私の正妻だよ――――が持ってきたものだったがね」
まるで悪魔の契約書のようだと感じるクウ。
魂を削り取られるということは、単純にHPが減るのではなく寿命が縮むことになる。運が悪ければ、HPやMPの最大値が削られることもある恐ろしいものなのだ。
(待てよ? そんな便利な物があるなら、うまく使えば全てが丸く収まるんじゃないか?)
クウは心の内で悪い顔をしながら、表面は平静を装って先ほど思いついたことを提案する。
「少しいいですか? もしその契約書で俺の示す契約内容を飲んでくださるのでしたら、フィリアリアとパーティを組む件を了承してもいいですよ」
「本当かね?」
「本当ですか!?」
フィリアリアは両手をテーブルについてガバッと身を起こす。テドラもフィリアリアほどではないが、身を乗り出して返事をした。クウは内心で「やはり親子なんだな」と苦笑しながら2人を宥める。柄にもなく興奮してしまったフィリアリアは恥ずかしそうに再び腰を下ろした。
「それで、どうですか?」
「ふむ、条件にもよるが、契約書は今あったはずだ。ヴェンス!」
「はっ、ただいま」
すっかり存在が空気になっていたヴェンスは、腰を深く折ってから応接間を出ていく。契約の魔法が付与された契約書を取りに行ったのだろう。
「それで君の示す条件はなんだね?」
「その前に質問ですが、フィリアリアは貴族でなくなったとしても、親子としてはどうなるんですか?」
「…………それはラグエーテル家の当主である私の裁定に委ねられる。貴族でなくなると同時に親子の縁を切ることもできるが、そうしないこともできる」
「なるほど」
クウは《看破Lv7》で嘘ではないことを確認する。そしてもう一度、条件に穴がないかをチェックし、ついでに考え込むふりをして少しだけ時間を稼いでおく。
「条件の1つ目は俺のことを公爵家に間接的にも直接的にも伝えないことです。要らぬちょっかいを受けたくないからですね」
「いいだろう。先方には誤魔化しておくことを約束する」
「2つ目は突然フィリアリアを貴族に戻したりしないことです。フィリアリアは貴族の身分を捨てると言いましたが、捨てた後に元に戻さないという約束はなかったのでここで追加しておきます」
「構わん。もとより戻すつもりはない」
「3つ目は俺の邪魔をしないことです」
「構わないが、その条件にはルメリオス王国に不利な、または犯罪に準じる行為については除くというのを付け加えてくれ」
「わかりました。それで最後の条件はさっきの質問に関係のあることですが――――」
最後の条件を言おうとしたクウを遮って扉をノックする音が聞こえてきた。契約書を取りに行ったヴェンスが戻ってきたのだろう。テドラが入室の許可を出すと、ペンとインク瓶と1枚の紙が入った黒いトレーを両手に持ったヴェンスが入ってきた。
(最後の条件を口にする前に戻ってきてくれたな。時間稼ぎした甲斐があった)
ヴェンスは両手に持った黒いトレーをテーブルに降ろし、契約書を広げ、ペンとインク瓶をクウの前に置く。最後の条件を言いかけたところでヴェンスが入ってきたため、テドラが改めて聞こうとクウの方に目を向けるが、クウは既にペンを片手に契約書を書き始めていた。それを見てテドラも、どうせすぐに分かることだと聞き出すことを諦める。
(そうやって最後の条件を俺の口から聞かないことが運の尽きだな)
クウはほくそ笑みながら契約書にペンを走らせた。
次は12:00に投稿ですかね