EP358 不利な条件
【レム・クリフィト】の首都【クリフィト】にある魔王軍基地本部でクウ、アリア、リグレットが集まっていた。数十分前にヴァンパイアの国【ナイトメア】が襲撃され、女王レミリアを含めた多くのヴァンパイアが誘拐されてしまったからである。
「想像以上に拙い状況だ」
アリアの言葉にクウもリグレットも頷く。
恐らく、【アドラー】はレミリアたちを人質として攻めてくるだろう。ほかのヴァンパイアはともかく、レミリアに関しては充分に人質となり得る。【レム・クリフィト】全ての住人とレミリア一人を天秤にかけるならば、どちらを選択するべきなのかは簡単に分かる。
しかし、単純な損得で動かないのが人間の感情である。
天使となったアリアやリグレットも機械ではない。一つの生命として感情を有している。二人にとって義妹であり実妹であるレミリアの命を盾にされるというのは実に効果的だ。
「防衛はどうする? 【アドラー】はすぐに来るぞ?」
「分かっているさ。一応、対策はしている……リグレット」
「ああ、大丈夫だよ」
リグレットは何処からともなく資料を取り出し、クウへと手渡した。受け取ったクウは思考の加速を使いながら数秒で内容を理解する。
「なるほど。特殊な次元結界を張るわけか」
「そうだよ。空間ごと遮断する次元結界を全ての都市に張り巡らせる。エネルギー源は僕が担当しよう。そしてアリアが結界の柱となる」
つまり、結界の鍵にもなるということだ。
展開される次元結界を解くには、アリアとリグレットを倒すしかない。仮にレミリアを人質にされて、攻撃を封じられてしまったとしても、アリアとリグレットが耐える限りは結界も維持されるのだ。
恐らく、一方的に攻撃を加えられることになるだろう。
しかし、それで終わるわけではない。
「二人が頑張って耐えている間に、俺がヴァンパイアを救出する。そういうことか?」
「その通りだ」
「なら丁度いい。この前、向こうに転移魔法陣を設置してきたところだからな。行くだけならすぐだ。アリアとリグレットが【アドラー】の超越者を引き付けておいてくれれば……十分に可能だな」
問題は帰りだが、それもリグレットに帰還用の魔法陣を予め組んでもらい、クウがそれを記憶しておけば問題ない。《神象眼》による魔法陣投影を使えば、一瞬で複雑な魔法陣も描けるからだ。
そしてレミリアたちヴァンパイアを取り戻せば、反撃開始である。
「これで方針も決まったな。リグレットはすぐに帰還用魔法陣を作れ。あとは次元結界の起動用意もな。クウはすぐに第零部隊の方を用意しろ。先に潜り込んで、【アドラー】の出方を探っておけ」
クウとリグレットは頷き、早速動き出す。
まず、帰還用の魔法陣をリグレットが書き始めた。転移魔法陣なのでかなり複雑だが、プロフェッショナルであるリグレットは迷うことすらなくサラサラと書いていく。一分もしない内に魔法陣が出来上がった。
「これで完成だよ。魔法陣の範囲を転移させる術式だからね。状況に応じて拡大してくれないかな?」
「分かった……よし、記憶した」
クウは「意思干渉」の応用で魂へと直接記憶する。これで寸分違わず完璧に記憶したので、間違いなく再現することが出来る。
そしてリグレットは次元結界を発動する魔道具の調整に、クウは第零部隊を動かすために基地の地下四階まで移動し始めた。
区画移動用のエレベーターにのって地下四階に行き、パスコードを入力して入る。まだ出来たばかりの新設部隊だが、施設は充実しているのだ。重要な情報を扱ったりするので、厳重なのは当然である。クウは複雑な通路を通り、メンバーの揃っている実働部隊の部屋へと入った。
するとそこでは、いつも通りレーヴォルフ、ミラ、セリアが寛いでいる。レーヴォルフは何かの小説を読んでいるようだが、ミラはいつも通りボーっとして、セリアは携帯ゲーム機で遊んでいた。実にフリーダムな部隊である。
「おいこら仕事だ。働け」
「セーブポイントまで待ってよ~」
「ダメだセリア。割と重要案件だから。【アドラー】が攻めてくるぞ」
ちょっとこれは怠け過ぎではないかと思ったが、仕事以外では緩い部隊なので仕方ない。基本的に、第零部隊は常に仕事があるわけではない。そして仕事がない時は好きにしてよいことになっているのだ。結果として緩くなってしまったのは御愛嬌ということである。
ただ、今回の案件は本当の意味で国家の危機だ。
遊んでいられない。
流石に【アドラー】が攻めてくると聞いて真面目になったのか、三人は真剣な表情でクウの方を見る。そしてクウは今回の事件について簡単に説明し始めた。
「同盟国【ナイトメア】が襲撃され、女王レミリア・セイレム以下十名以上が攫われた。【アドラー】はそれを人質として利用しつつ攻めてくると思われる。で、レミリア女王は魔王アリアと第七部隊隊長リグレットの縁者にあたる。つまり、人質作戦は超有効的ってことだ」
「質問いいかな?」
「なんだレーヴォルフ?」
「僕たちの役目は?」
「勿論、誘拐されたレミリア女王たちの救出だ。つまり、これから【アドラー】に乗り込む」
それを聞いてミラとセリアはとても驚いた表情になった。これまで【レム・クリフィト】は防戦一方であり、こちらから【アドラー】へと乗り込んだことはなかった。そして、初めて【アドラー】へと行くのが自分たちだというのだ。驚かないはずがない。
だが、驚く三人の中で一番早く復活したミラは首を傾げながらクウに尋ねる。
「でも、どうやって?」
「ん? ああ、言ってなかったっけ……この前、俺が一人で【アドラー】に乗り込んだ時、転移魔法陣を設置してきたんだよ。だからいつでも簡単に乗り込めるぞ」
それを聞いた三人は呆れたような表情を浮かべた。
「何というか……相変わらず自由だね君は」
「サラッと怖いこと言った。その見た目に反するそのギャップが流石隊長」
「【アドラー】に一人で乗り込んで余裕とか……隊長って結構凄い?」
「お前ら何気に失礼だな」
クウが元々幼い顔立ちなので、隊長と言われても威厳がない。そのせいで部下たちも割と普通に接して来ていた。尤も、舐められているわけではないのでクウも放置しているが。
「ともかく、第零部隊の初実戦だ。気合入れろよ?」
『了解』
クウは《神象眼》で床に【アドラー】と繋がる対の転移魔法陣を投影する。
【レム・クリフィト】初の裏部隊が動こうとしていたのだった。
◆ ◆ ◆
レミリアが誘拐されてから数時間後、【クリフィト】で待機していたアリアは通信魔道具によってクウから連絡を受けていた。
「そうか、奴らは【アドラー】を出たんだな?」
『ああ、既に第零部隊で【アドラー】に侵入しているからな。間違いない』
「出て来たのは誰だ?」
『魔王オメガ、あとはオリヴィアもいたな。残り二人は見たことないけど、多分ザドヘルとラプラスって奴だろう。超越者全員でやるみたいだな』
「分かった。連絡感謝する」
アリアはそう言って通信を切断した。
そこへ側にいたリグレットが話しかける。
「来たんだね?」
「ああ、今は耐えるときだ。覚悟は出来ている」
「次元結界は予定通り、君を人柱として成り立たせている。だから君が消滅しない限り、民たちは守られる仕組みだよ」
「ありがとうリグレット」
「なに、愛する君の頼みだ。尤も、僕としてはあまり賛成したくない案だったけどね」
「仕方ないだろう。お前よりも私の方が強い。それにクウを表に出すわけにはいかない。なら、私が結界の人柱となるのが最善だ」
「それは分かっているんだけどね……」
夫として、妻を危険に晒すのは賛成しかねる事態だ。しかし、自分の我儘を通すわけにもいかない。今回は【レム・クリフィト】という国が掛かっている。アリアと自分で積み上げてきた全てであり、守るべきものだ。
相手が超越者である以上、自分たち二人がどうしても負担を追わなければならない。
そしてリグレットよりもアリアの方が実力が上という事実もある。そうなると、必然的にアリアの方が危険度の高い仕事をすることになるのだ。これは建国した当初から変わりない。
「ともかく時間がない。転移するぞ」
「分かったよ」
アリアは能力を発動させ、自分とリグレットを同時に転移させる。転移先は国境付近上空だ。幾ら次元結界があると言っても、超越者同士の戦いを都市の付近でしたくない。下手すれば自然環境にも影響を与えてしまうからである。
【アドラー】から一直線に【クリフィト】へと向かったときに通るはずのルートで待ち伏せし、迎え撃つことにしたのだ。
「リグレット。気配は解放しておけ。恐らく、奴らは私たちを優先して潰すはずだ」
「そうだね。仮にルートが外れていたとしても、僕たちの気配を察知して向かってくるだろうし」
二人は天使の翼を解放し、普段は抑えている超越者としての圧倒的気配を身に纏う。普通の者なら気配に触れるだけで膝をついてしまうような圧倒的畏怖。生命としての頂点に君臨する超越者の存在感によって周囲の魔物たちは一斉に逃げ始めた。
それと同時に、アリアとリグレットは四つの巨大な気配を知覚する。
何百年と戦い続けた宿敵の気配。
二人に分からないはずがない。
「どうやら、向こうもやる気のようだ。やはり狙いは僕たちのようだね」
「ああ、耐えろよリグレット。奴は恐らく……レミリアを手札に使ってくる」
「可能な限り抑えるさ。クウ君を信じてね」
リグレットは落ち着いた様子を保っているが、内心では不安なハズだ。レミリアはリグレットが加護まで与えた実妹であり、【ナイトメア】の防衛システムもリグレットが色々と梃入れしている。それほどまでに大事にしていたレミリアが攫われているのだから、本当は気が気でないはずだ。
アリアは可能な限り、リグレットの負担を抑えようと決意する。
超越者にとって意志の力こそが耐久力だ。精神的に弱っていると、あっという間に消滅させられてしまうことになる。
徐々に強くなる気配を感じながら、アリアは意志を固めた。
「来るぞ……」
アリアは神装である黒い三又槍……神槍インフェリクスを異空間から取り出した。霊力を込めた状態で相手を傷つけると、治癒阻害の呪いを与えることが出来る。超越者であったとしても、意思の力で呪いを打ち破らなければ傷が修復しないのだ。
さらに服装も戦闘用のバトルドレスに換装し、完全に戦闘準備を整える。黒を基調とした緩やかな造りとなっており、槍を振るう際にも邪魔にはならない。彼女の金髪も良く映える魔王としての戦闘姿だった。
「待っていたぞ魔王オメガ」
「ふむ。随分とせっかちだな。余裕がないように見えるぞ魔王アリア?」
悠然と現れた魔王オメガはザドヘル、ラプラス、オリヴィアを従えてアリアの正面で止まる。オメガは光神シンの熾天使級天使でもあるので、背中からは白い翼が六枚も見えていた。
ザドヘル、ラプラス、オリヴィアは天使ではないので天使翼は持っておらず、ラプラスの飛行型ゴーレムに乗っている。
三人の部下を従えた魔王オメガは宣言する。
「さて、一方的な戦争を始めようか」
オメガの周囲が黒く渦巻いた。
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