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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
吸血鬼の女王編
358/566

EP357 誘拐

前回、ユナのオーラを深紅と書いていましたが、正確には黄金です。

ミレイナと混じってました。すみません


 その日、ヴァンパイアの国【ナイトメア】は最悪の形で一日が始まった。巨大な天蓋によって都市全体を覆われているので、ヴァンパイアにとっての一日の始まりも朝からである。そしてその早朝、凄まじい轟音と共にドーム防壁が吹き飛んだのだ。

 ヴァンパイアにとってドーム防壁は外部の吹雪や日光、そして魔物から自分たちを守るための物だ。それが吹き飛び、あまつさえ崩れて破片が落ちて来たとなれば混乱もする。

 女王レミリア・セイレムの住む宮殿にも大きな破片が落下し、かなりの損傷を受けた。



「何事なの!?」


「今調べます!」



 丁度ベッドから起きたばかりだったレミリアは近くの侍女に聞くが、そんな急に分かるはずもない。侍女の一人は急いで部屋を飛び出し、調査を開始した。

 ふとレミリアが窓から外を見ると、ドーム防壁が破壊されて朝日が差し込んでいる。ヴァンパイアの苦手な日光のせいで、逃げる人々も普段の力を出せないようだった。

 夜は三割増しのステータスとなる代わりに、日光の下では三割減となる。この差は非常に大きい。合計すれば六割分もステータスが減ってしまうのだから。

 そこでレミリアは自らに与えられた能力を使うことにした。



「覆い尽くして《夜結界》」



 レミリアを中心として空間結界が構築され、内部環境を夜に変える。天上には月や星が浮かび、本物と遜色ない夜がそこにはあった。

 これがレミリア・セイレムに与えられた【固有能力】である。創造の天使であり超越者でもあるリグレットから加護を貰うことで、【固有能力】に目覚めたのだ。これによってヴァンパイアから真祖へと進化を果たし、スキル《不老》までも獲得している。

 これでもポテンシャル上はレミリアがヴァンパイア最強なのだ。勿論、実戦の上ではレミリアよりも上の者は存在しているが。



「一体どうしたというの……?」



 ドーム防壁は普通に頑丈な上、魔術的防御も施されている。魔物の攻撃や多少の災害で壊れるようなことはない。まして、大きく崩れるほどのことは滅多に起こらない。

 だからこそ、ドーム防壁が崩れる様は異常だった。

 レミリアは目を凝らしてドームの外を見る。

 すると、幾つもの黒い影が見えた。《夜結界》のせいで詳細は見えないが、恐らくあれが原因だろうと予測できる。すると同時に、レミリアの部屋へと部下が入ってきた。



「陛下! ご無事で!?」


「大丈夫。それで外はどうなっているの?」


「はっ! 外部に黒い影を多数観測しました!」


「それはここからも見える。アレは一体何なの?」


「申し訳ございません……そこまでは……」



 まだドーム防壁が破壊されて数分しか経っていない。詳細を掴むのは無理な話だった。しかし、続いて別の者がレミリアの部屋へとノックもなく飛び込み、一同を驚かせる。

 息を切らしているそのヴァンパイアを見て一瞬停止するも、すぐに周囲の者が武器を構えて叫んだ。



「貴様! ここを何処と心得る!」


「お待ちください! それどころでは―――」


「黙れ! 陛下、この者を処断する許可を!」


「本当に待って下さい! それよりも―――」



 それを聞いてレミリアは溜息を吐く。

 この緊急事態に身内で争ってどうするのだと言いたい。確かに女王である自分の部屋へとノックもなく入ってきたなら、通常は処刑である。しかし、今は緊急事態だ。それ相応の理由があると考えるべきである。

 このままでは埒が明かないので、レミリアは軽く威圧を放ちながら口を開いた。



「黙りなさい。それよりも報告があるなら早く。今は迅速な対応が最優先なのよ?」


『―――っ!?』



 珍しい女王の威圧を身に受けて、二人は一瞬だけ動きを止めた。そして後から入ってきた男が慌てたように再起動して、報告を始める。



「固有の魔術反応をキャッチしました。以前に襲撃をかけられた時の敵です!」


「本当なの!?」


「間違いなく! クウ・アカツキ殿に協力いただき解析した内容と一致します」



 以前の襲撃の際、【レム・クリフィト】から救援を呼ぶことでどうにか耐えきることが出来た。上位ヴァンパイアでは太刀打ちできない強敵ということである。

 クウの報告によれば、敵は『人形師』ラプラス。

 【ナイトメア】だけではどうにもならない相手だった。



「すぐに【レム・クリフィト】へと連絡を入れるから時間を稼いで!」



 敵の正体に気付いたレミリアの行動は早い。イヤリング型の通信魔道具を起動して、兄であるリグレットへと救援を求めることにした。

 だが、魔力を込めるよりも先に大きな地響きに襲われる。

 立っていられないほどの揺れを感じ、誰もが膝をついた。小物類は全て床に落ち、本や書類も大きく散らばる。そして窓ガラスが割れて冷たい外気が侵入してきた。



「大丈夫ですか陛下!?」


「問題ないわ。自衛ぐらいなら出来るもの」



 部屋全体にガラスが飛び散ったとこで、何人かは怪我をしてしまった。急いで治療使用するが、すぐにそれどころではないことを知る。

 ガラスの割れた窓から外を見ると、巨大すぎる鋼の竜が大量に舞い降りていた。そして地上へと到達するたびに凄まじい地響きを立てる。先の大きな揺れは、近くに降りた鋼の竜のせいだと予想できた。



「あ、あれは……まさかバハムート!? あんなに沢山!?」


「拙い! 市民の逃げ場がないぞ!」


「既に避難勧告は出している。だがシェルターもどれだけ持つかは分からん!」


「馬鹿者! それよりも陛下を! 近くにもバハムートがいるぞ!」



 だがその忠告は既に遅い。

 先程からスキル《廃撃砲》によってプラズマを溜めていたバハムートは、そのエネルギーを宮殿に向けて発射したのだった。凄まじい爆発音と共に衝撃と熱が全てを蹂躙する。

 流石にプラズマ砲を直接喰らって無事でいられるほど王宮は頑丈ではない。そのため、王宮にいたヴァンパイアは殆どが生き埋めになってしまったのだった。



「く……不覚ね」



 そしてレミリアも同様に瓦礫の下敷きとなっていた。自動回復系の能力で傷は回復しているが、上からのしかかる瓦礫を除けることは出来ない。もはや救援を待つ他なかった。

 しかし、どうにか《夜結界》の維持だけはしているものの、ほかのヴァンパイアではバハムートに太刀打ちできない。頼れるのは【レム・クリフィト】だけである。

 レミリアはすぐにイヤリング型通信魔道具を起動し、リグレットへと繋いだ。



『レミリアかい?』


「お願い兄上……助けて欲しいの」


『まさかまた襲撃が!?』


「そうなの。だから―――」



 早く来て欲しい。

 そう言い切る前に、レミリアの周囲が魔法陣で覆われた。いや、魔法陣で覆われているのはレミリアの周囲だけでなく、王宮全体である。

 地上に降りた八体のバハムートが円状に並び、それぞれを基点として巨大な魔法陣を描いているのだ。その術式は非常に複雑であり、知識のないレミリアでは何の魔法陣なのか理解できない。

 すぐにこのことをリグレットに伝えようとした。



「兄上! 王宮全体に魔法陣が展開されているの! どうしたらいいの?」



 しかし返答はこない。



「兄上? ……兄上!?」



 通信魔道具自体は動いているが、リグレットと繋がらない。どうやら魔法陣には通信を妨害する術式が混ぜ込まれているらしい。

 実際には、通信阻害、転移阻害、広域結界を含む強制転移魔法陣なのだ。バハムートを利用して王宮全体を転移陣で覆いつくし、レミリア・セイレムを誘拐する。

 それが『人形師』ラプラスの計画である。

 そして数秒後、王宮だった場所には何もない更地だけが残り、バハムートと共に消えてしまった。女王レミリアだけでなく多くの上位ヴァンパイアも強制転移に巻き込まれ【ナイトメア】から姿を消したのである。

 残っているのは破壊され尽くした都市と、茫然とする市民たちだけだった。








 ◆ ◆ ◆







 通信が強制的に遮断されたリグレットは少し焦っていた。これでも魔法術式のスペシャリストであるリグレットは通信が妨害されたことにも気付いている。レミリアが助けを求めていたことを加味すると、【アドラー】が何かしらの手を出してきたと考えるべきだ。



「もう少しクウ君を留まらせておくべきだったね……」



 ドーム防壁があるから大丈夫だと高を括っていた過去の自分を殴り飛ばしたいほどである。だが、それよりも先にするべきなのは【ナイトメア】の確認だ。

 リグレットは珍しく慌てていた。

 そしていつもなら一言アリアに告げてから行動するのだが、今回ばかりはすぐに行動に移る。



「記せ【理創具象ヘルメス】」



 リグレットは空間中に幾つもの文字や紋章を描き、情報次元へと干渉する。そして座標連結による空間連続性を無視した転移ゲートを形成した。

 そしてゲートを潜り抜けると、そこには【ナイトメア】の王宮になる……はずだった。



「これは……一体!?」



 普段は冷静なリグレットも、これには驚きを隠せなかった。

 宮殿があった場所は綺麗な更地となっており、ドーム防壁も完膚なきまでに崩されて天上からは日の光が差し込んでいる。周囲の街並みも破壊され、高温で焼かれたような跡もあった。

 住民の気配は感じられるものの、肝心のレミリアの気配は感じられない。



「く……仕方ない」



 リグレットは再び人差し指で空中に文字を記し始めた。情報次元へと干渉して過去の記録を閲覧し、動画として再生するのである。過去情報の再現をスクリーンに投影する形で情報次元に書き込み、何があったのかを把握した。

 映像で暴れる巨大な鋼の竜、そして複雑怪奇な魔法陣。

 専門家であるリグレットは、その魔法陣が何を意味しているのかを理解する。



「これは転移……こんな広範囲に展開する技術が【アドラー】にあったとはね。となると、レミリアたちは誘拐されたと見て間違いなさそうかな? とても厄介だね」



 静かな口調の裏腹で、リグレットはかなり怒っていた。

 賢いリグレットは、なぜ【ナイトメア】が襲撃されてレミリアが攫われたのか簡単に予測できる。恐らくはリグレットに対する人質だろう。自分とレミリアの関係が【アドラー】にバレた理由は不明だが、情報防御やこちらの警戒心が薄かったことが今回の結果を招いた。その不甲斐なさに怒っているのである。



「転移先の座標は【アドラー】の西部か……あの辺りは広い草原になっていたハズだね。つまり、元から宮殿ごと転移させる予定だったということかな? してやられたものだよ」



 【レム・クリフィト】の情弱は遥か昔からだ。対して【アドラー】は『仮面』のダリオン・メルクによる情報取集があるので、圧倒的に情報量で負けている。こちらが幾ら秘匿しても、一定以下の情報はすべて漏れ出してしまうのだ。

 完璧な変装能力、さらに記憶の模倣能力であるダリオンの《千変万化ジョーカー》はこれ以上に無く厄介だった。

 彼に漏れていない情報となると、超越者同士のみで確認しあっているレベルのモノだけだろう。最低限、魔王軍第零部隊はまだ知られていないはずだ。あの部隊は魔王アリア、リグレット、クウの間のみで情報共有しており、部隊員の情報秘匿もクウとリグレットによって完璧に行われているからである。



「ふふ……早速、クウ君に活躍してもらうかもしれないね」



 リグレットはイヤリング型通信魔道具を起動したのだった。








女王誘拐

今回の章のメインです。ずっと吸血の女王編というタイトルに合わない内容でしたが、ここからが本番です。


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