EP356 ストーカー?
~運命迷宮三十階層~
三度目となるボスフロア。ここではスカルナイトとスカルメイジが二体同時に出現する。前衛後衛が優れたスケルトンだ。スカルナイトもスカルメイジもステータスとしては大したことがない一方、スキル構成は非常に優秀であり、油断しているとあっという間に敗北する。
攻略の基本は倍の人数で挑み、先にスカルメイジを倒すことだ。そうすれば、残るスカルナイトを集中して倒すことで、楽に攻略できる。もしくは《炎魔法》や《光魔法》や《回復魔法》の浄化系魔術を使うことである。
ユナ、リア、ミレイナの場合は後者の方法が選択できた。
「《赫陽玉》」
「《流星》」
ユナの放つ小さな太陽がスカルナイトを一撃で溶かし、リアの《流星》がスカルメイジを穴だらけにする。僅か数秒で勝負は決した。
迷宮は試練を与える場であるが、強さに関してはリアも十分に満たしている。さらに超越者ユナがいるのだから、フロアボス程度では相手にならない。
「うん、終わったね」
武器すら抜かずに勝負を終えたことで、ユナは詰まらなそうにする。だが、この中で一番つまらない思いをしたのはミレイナだろう。ただ見ていただけで終わったのだから。
「これ、私が来た意味あるのか? これならクウと模擬戦をした方が為になるんだが」
「いいのいいの! こういうのも経験だよ! たとえ格下でも実戦経験ってのは大事だからね!」
そんなことを笑顔で言うユナだが、それは本心からの言葉ではない。
ここでミレイナが帰ってしまうと、彼女にクウを独り占めされてしまうのだ。それだけは絶対に阻止しなくてはならない。そういう意図があっての言葉である。
ならば攻略はリアとミレイナだけで良いかといえば、そうもいかない。何となく、リアとミレイナの組み合わせは不安だ。押しに弱いリアは、恐らくミレイナのすること言うことに逆らわないだろう。そうなると、アホの子ミレイナが何をやらかすか分かったものではない。
そういう意味で、ユナはストッパー役でもある。
ユナはこれでも多くの実戦を経験し、さらに戦争も体験している。普段こそアレだが、意外にしっかりしているのだ。
(さて、そろそろいいかな?)
だからこそ油断しない。
常に神経を張り巡らせ、勝利した後ですら次の戦いに備えている。そのユナが背後から付けている三人に気付かないはずがなかった。
「《天照之太刀》」
一瞬で神魔刀・緋那汰を顕現した。
ユナは振り向くと同時に神速の抜刀術を放つ。神魔刀・緋那汰の耐熱性能を利用した一撃。刀身を熱によって伸ばし、視界の範囲全てを射程に収める規格外の居合切りだ。対象は超高熱によって切り裂かれ、その余波だけで火災が起こる。
《天照之太刀》は三十階層の扉を焼き切った。
「うわっ!」
「な、何なのよっ!?」
「きゃあっ!」
そして同時に三人分の声が聞こえる。
ユナは気配を読んでいたので知っていたが、リアとミレイナは驚愕の声をあげた。
「あなたがたは……確か以前の……」
「ああ、迷宮で会った三人組だな。もしかして後をつけていたのか?」
キン……と小さな金属音が鳴る。
ユナが刀を鞘に納めたのだ。
そしてすぐにユナは三人を問い詰めた。
「じゃ、なんで私たちを追跡していたのか教えて貰おうかな? あ、偶然だとかは無しだよ? あなたたちが四階層ほど前から私たちの後方にいたのは知っているからね」
『う……』
用意していた言い訳を封じられて黙り込む三人。
勇者パーティことセイジ、リコ、エリカは、ユナの言った通り、ずっと後をつけていたのだ。見つかってしまった以上、言い逃れはできない。
それでも黙り続ける三人を見て、ユナは溜息を吐きながら口を開いた。
「これは大スキャンダルだよね……まさか勇者さんが女性パーティをストーカーしていたなんて。もしかしてこのまま口では言えない『あんなこと』や『こんなこと』をされていたのかしらねぇ?」
「ちょっ! 違っ!?」
「私たちはそんなことしないわよーーっ!」
「ホントです信じてください!」
一人の女冒険者がそんなことを世間に言ったところで、勇者の信用は揺らがない。寧ろ、勇者を陥れようとしているとして罰せられるのはユナの方だろう。
だが、セイジたちはそこまで頭が回らなかったのか、必死で言い訳を始めた。その上、なぜユナがセイジたちを勇者と断定できたのかすら疑問に思わない。
これはつまり、彼らに疚しい部分があると自覚している証拠である。
「ど・う・し・よ・っ・か・なー?」
そんな三人をとても良い笑顔で追い詰めるユナ。
これ以上に無く生き生きとしている。
対する勇者たちは今にも土下座しそうな勢いだ。頑丈なことで有名なボスフロアの扉が焼き切られ、切り口が今も融解しているのだ。恐ろしさ二倍である。
そんなユナに対して、リアは背後から服の端を掴みつつ声をかけた。
「お姉様。そのぐらいにしてあげてください」
「うにゅ……リアちゃんの頼みなら仕方ないね~。じゃあ、許してあげるよ。もぅ、リアちゃんったら可愛すぎ! 服の端を掴んで上目遣いとか反則だよ!」
「ひゃ!? く、くっ付かないでください!」
「あ~。癒されるぅ~」
「あうぅ……」
なんだこのコントは……
セイジたちは正直にそう思った。ユナに追い詰められているかと思えば、知らぬ間に百合百合しい展開になっている。確かに美少女二人が戯れているのは視覚的に良い光景だが、とんでもないシリアスブレイカーだった。
なにせ、ミレイナすら呆れているのだから。
「その辺にしておけユナ、そしてリア。呆れられているぞ」
「ふふ……じゃあ、続きは帰ってからね」
「帰ってからもやめてください……」
怪しい笑顔のユナと、若干息の切れているリア。
どう見ても危ない光景である。
そこで珍しくミレイナがまとめ役を買って出た。
「それで……その三人はどうする? ずっと背後を取り続けていたということは敵か?」
「取りあえずは敵じゃないかな~?」
「そうか……まぁユナが言うのなら信用しよう」
ミレイナも気を緩めて戦闘態勢を解いた。いつでも《塞源邪龍》を発動できる用意をしていたのだが、それも解除する。
紆余曲折あったものの、ようやく話し合える状態になった。
まずは後をつけていたセイジたちから謝罪する。
「いや、その済まない。紛らわしい真似をして」
「ごめん」
「すみません……」
勇者たちは素直に謝罪する。
そしてセイジが追跡していた理由も話し始めた。
「その、この前会ったときに見せた僕の《仙力》……それに凄く警戒の目を向けていたみたいだから、何か疚しいことでもあるのかと思って……」
それを聞いたユナは素直に驚く。
確かに警戒していたが、その時は表情にも気配にも出さなかった。どういったカラクリで見抜かれたのかは不明だが、これは驚くべきことである。流石のユナも、女の勘で見抜かれたとは思いもしなかった。
そこでユナは即席で理由を考える。
《仙力》に関する情報はクウに聞いてある程度の予測を付けた。ならば、それを元にして適当な言い訳をすればよい。これでもユナは頭が回る方なのだ。
「理由はね、《仙力》が危険だからだよ」
「危険? いや、危険な力というのは理解しているよ」
「じゃあ、力の反動が自分に返ってきていることは気付いているかな?」
「……え?」
「気付いてないみたいだね……」
ユナはやれやれといった様子を演技しつつ、黄金の気を纏わせた。揺らぎつつもピッタリと均等に体全体を纏い、力強さすら感じる。
そしてユナは言葉を続けた。
「これが《気纏》だよ。で、《仙力》っていうのは、自身の体内で生成する気に外気から吸収した気を混ぜているんだよね?」
「な、なんで気付いて……」
「ふふん! 私ぐらいになると気付けるんだよ!」
嘘である。
情報系最上位スキル《森羅万象》と同等の効果を持った魔道具を使っただけだ。
「で、外の気には悪意なんかも含まれているからね。下手したら侵食されるよ?」
「そうなのか!?」
「ちょっと清二! それ大丈夫なの!?」
「なんで言ってくれなかったんですか!」
「いや、僕も初めて知ったよ……」
このリスクについてはステータスの説明文に記されていない。故に気付かなかったのだろう。スキルというものは総じて説明文が意地悪だ。スキルの本質に関しては記されていないことが多く、その本質に気付けた一部の者が使いこなすことで高位能力者へと至れる。
スキル頼みでは剣は上達しない。己を鍛え、剣に向き合うことで次の段階に至れる。
スキル頼みでは魔法は上達しない。魔の法則を理解し、属性に宿る力を理解することで次へと到達する。
これはどのスキルにも当てはまるのだ。
「スキル説明文なんて上っ面のことしか書いてないよ。本当に能力を使いこなすなら、自分で解析して本質を掴むしかない。よかったね、瘴気で狂う前に気付けて」
恐ろしいことをサラリと告げるユナに対して、セイジは顔を青くする。自分たちがどれだけスキルに頼って来たのかを理解したからだろう。それと同時に、この世界をゲームか何かと勘違いしていたと思わされた。
スキルは自分自身に作用しているのだ。
それはリスクも同様であり、命が掛かっているといっても過言ではない。
「これで私が警戒した理由も分かった?」
最後にそう言ってユナは気を解除する。
ユナの言葉は、まさしくスキル《気纏》を理解しているからこその言葉だ。気とはどこからやって来るのか、そして気とは何かを知っている。だからこそ、スキル《仙力》の効果やリスクが把握できたのだとセイジたちは悟った。
実際は解析魔道具を使った上にクウに相談したからこそ知っているのだが、それは勇者たちの与り知らぬ真実である。
「―――じゃあ、僕たちに教えてくれないかな? スキルの本質を」
「へ……?」
だがユナでもこの返しは予測不可能だった。
まさかセイジが自身の未熟さを自覚し、目の前の少女を師と仰ぐとは思いもしなかったのだ。気の抜けた返事をしたあと、ようやく事態を理解してユナは慌てる。
「いや、なんでそうなるの!?」
「僕は《仙力》を使いこなしたい。いずれくる戦いのために必要な力だから……そのためには君の言った通り、スキルの本質を知ることが重要なんだ。だから教えて欲しい」
「やだよ! だって面倒だもん!」
「え? そんな理由!?」
だがその理由は重要である。
ユナにとって運命迷宮は即座に攻略するべきものだ。そして一刻も早くクウに会いたい。これこそがユナの最優先事項なのである。
律儀に仕事はキッチリとこなす。だが、目的のために全力を尽くす。この辺りに関してはクウにそっくりだった。血は繋がっていないが姉弟であり、親友であり、婚約者であったということだろう。
だからセイジに構っている余裕などなかった。
これは仕事には含まれない事項であり、寧ろ敵に強化――つまりは仕事を増やす要因にすらなりかねない。ならばこそ、教えを与えるハズなどない。
「絶対に嫌!」
「そこをなんとか!」
「私はあなたに構っていられないの!」
「少しだけ! 少しだけでいいから!」
ダメだと悟ったユナは、身を翻してリアとミレイナの腕をつかむ。
「逃げるよ」
「待ってくれ!」
こうして、セイジはユナを追いかけることになった。
傍から見たら嫌がる少女を追いたてる変態である。
余談だが、このあと鬼と化したリコとエリカに問い詰められたという。
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