RP355 【アドラー】潜入
この世界に魔人族の国は二つある。
一つは東の国【レム・クリフィト】だ。広大な大地に幾つもの都市を築き、結界防壁に守らせることで魔物からの脅威を防いでいる。各都市は交通網によって連結されており、物流も便利と呼ばれる域に達していた。何より、魔王アリアと錬金術師リグレットという二人の超越者が守護しているのだ。魔王軍も数は少ないが総合戦力は高い。
そして二つ目は西の国【アドラー】である。円形の城壁に囲まれた計画都市であり、都市自体が国となっている。中心に黒い城を構えた不気味な雰囲気が特徴的だ。住人は魂を得られなかった魔人族であり、意思もなくプログラムされた通りに生を全うする。魔王オメガ、『氷炎』ザドヘル、『人形師』ラプラス、『死霊使い』オリヴィアと言う四人の超越者を保有する大戦力の国だ。嘗ては魔王妃アルファもいたのだが、彼女は魔王アリアによって滅せられている。
この二国は何百年と争い続けており、常に【アドラー】が【レム・クリフィト】を攻めたてていた。国力としては【レム・クリフィト】の方が上だが、やはり超越者の数が違う。アリアとリグレットも神獣を召喚すれば数だけは拮抗できるだろう。しかし、拮抗するだけでは意味がない。【レム・クリフィト】には守るべきものが多くあるので、その守護を考えれば攻めに転じるのは難しいのだ。
(ま、それも終わりだけどな)
【レム・クリフィト】は新しい超越者を得た。
長年に渡って戦い続けて来た【アドラー】に一撃を与えるための一手。守護に徹すれば今までも【レム・クリフィト】を守ることが出来ていたのだ。そこに一人の超越者が加われば、攻撃に転じることは十分に可能である。
三対六枚の翼を広げたクウは、幻術で姿気配を消しながら【アドラー】上空に浮かぶ。アリアを説得したことで潜入調査できるようになったクウは、有言実行とばかりにここまでやってきたのである。
(しかし、実際に目で見ると淀んだ街だな)
死者の気配すらする。
それが都市国家【アドラー】である。意志ある存在が極端に少ないので、気配を察することが出来るクウからすれば死者の街を彷彿とさせていた。
意志の密度が低すぎるゆえに、空気も淀んで見える。
(取りあえずは中に入ってみるか)
魔王オメガにとって【アドラー】は守護するべき場所と言うほどでもないのだろう。あくまでも仮の住処であり、破壊されたらされたで諦めの付くものだ。だが、しっかりと感知結界は張られている。しかも防壁系の結界ではなく空間結界だ。不用意に立ち入れば、存在を感知される。
空間結界の面倒な部分は、空間全てを知覚していることだ。結界区域に入ると、どこにいても常時感知されてしまう。防壁型のように、結界部分だけをすり抜ければ良いということではない。
(ま、方法はある)
クウは《真理の瞳》で感知結界の仕組みをある程度理解した。
二つの結界を組み合わせることで、役割分担的な感知をしているのだ。
この結界は外部からの侵入を知覚すると同時に、侵入後の動向も完全に把握する。そして外部から侵入する存在を知覚すれば魔王オメガへと知らされるように仕組まれているのだ。つまり、一つ目の効果は外部からの侵入を知覚する防壁型、そしてもう一つは侵入者を追跡する空間型である。
逆に言えば、初めから内部にいれば問題ないのである。転移などで内部に侵入すれば防壁型結界に知覚されないという仕組みだった。何とも穴だらけである。
(結界は魔法陣で展開しているのか? ……ああ、なるほどね。街並みを一つの魔法陣に組み込んで、二つの結界を広範囲に展開しているのか。うわ、これ侵入を感知する気ないだろ……)
あまりにも杜撰すぎる結界を見てクウは逆に罠を疑う。
この程度なら超越者を相手に通じるはずがない。何かしらの方法で透過できてしまうだろう。例えばクウならば結界自体に「意思干渉」して感知できなかったという結果を引き出せばよい。アリアなら転移で楽々通過できるし、リグレットも結界効果に無効化式を書き込むことで通り抜けられる。
まるで入ってくださいとでも誘っているかのような感知結界だった。
(まぁいい。流石に俺の「意思干渉」は撥ね退けられないだろ)
結界は魔法陣によって発動されている。それはつまり、超越者の能力でないことを意味している。これが超越者の能力によって発動されている結界ならば警戒は必須だが、そうでないならばクウの能力で問題なく通過できるはずだ。
クウは幻術を纏いつつゆっくりと降下していき、【アドラー】を囲う城壁の上に立った。城壁のすぐ内側から地中を含めて球状に結界が設置されており、触れただけで感知される仕組みとなっている。
そこでクウは《神象眼》を発動し、結界自体に『何も感知していない』と錯覚させた。世界すら錯覚させるクウの能力にかかれば余裕ということである。そのままスルリと侵入者感知用防壁型結界を通り抜け、内部へと侵入して見せた。
音もなく街の中へと降り立ち、周囲を確認する。
「この辺りは街のはずれだな……まぁ、城壁付近だから当然か」
レンガ造りの家が並び、道は整然として、更に緑も植えられている。街としてみるならば整った素晴らしい計画都市という感想が出てくる。しかし活気はなく、死者の街という印象も同時に与えることだろう。
「これは酷いものだな」
ある意味、心霊スポットにでも来たような気分である。
何もないからこそ、人は想像を働かせてしまう。それがないものをあるように見せかけ、神秘として体現することもある。俗にいう幽霊だ。
権能【魔幻朧月夜】を得たクウは、心霊現象も人の意思が作り出す幻想の一種なのではないかと思う。別にエヴァンだけが特別なのではなく、地球にも意志の力と言うのはあった。超常の力は全て突出した人の意思から弾き出された結果なのだろう。地球にも気という概念はあったので、あながち間違いではない可能性が高い。
それはともかく、何も感じないというのは総じて不気味だということだ。
【アドラー】の異質さは超越者でなくとも肌で分かることだろう。
「道に魔法的処理がされているな。これが魔法陣の魔術回路になっている訳か。建物の配置にも意味を持たせることで術式を複雑化させ、色々な効果を混ぜ込んでいる。これだけ凝っていたら追跡魔術も優秀だろうな……まぁ、最初に感知結界に引っかかっておかないと起動しない仕組みってのが残念だけど」
しかしそれは仕方ないだろう。
追跡魔術を常時発動にすると、【アドラー】に住む人々を全て追いかけることになる。外部から侵入者があったとしても情報量の多さで追跡の意味がなくなってしまう。木を隠すなら森、の状態になるのだ。
そういうわけでこのような二重結界の仕組みになっている。
細かく術式を組み合わせれば効率的な結界術も組めるはずなのだが、どうやら【アドラー】はそれを怠っているらしい。もしくは、それだけの知識を持つ人材がいないのだろう。魔法陣を編み出したリグレット・セイレムはあれで天才の部類なのだから。魔法陣と言うのは言語学、数学、哲学を組み合わせた高等技術でもあるのだ。
言語学で魔術要素の文法を抜き取り、その文法を定義として数学に組み込む。あとは哲学的解釈で魔法的な意味を付与するということが必要になる。他にも魔法効果を効率的に出力するためには物理学や化学の分野も必要になってくるだろう。魔法陣とは想像以上にインテリ技術なのだ。
「んー。この感じなら、こちらが魔法陣を設置してもバレる心配はなさそうだな」
クウが第零部隊を運用するにあたって【アドラー】へと潜入は必須と考えている。その際に必要となるのが潜入ルートだ。クウのように結界を通過できるならまだしも、普通ではあの結界を気付かれずに通り抜けることは出来ない。
そこで、クウは都市の内部に転移用魔法陣を仕組もうと考えたのだ。これは【アドラー】の術式防御が予想外にザルだったからこそ出来ることであり、本当は《神象眼》でもっと細工するつもりだった。しかし、この様子なら楽が出来そうである。
「この辺りから大通りになるみたいだな。ちゃんと商店街もあるし、娯楽の店もある。でも会話なくプログラムされたロボットみたいに淡々と生活しているってのは見てて気持ち悪い」
開けた通りに出たクウは、音もなく生活する意思なき魔人たちを見て不気味に思う。確かに生物としてそこに存在しているが、それは生命としてプログラムされた『生きる』ことと『子孫を残す』ことからくる本能に準じているに過ぎない。その過程として半ば文化的生活をしているだけなのだ。そこに進歩はなく、与えられた生活を守りながら日々を過ごしている。寿命で肉体が崩壊するまで、こうして過ごしていくのだろう。
まるで危険性のないアンデッドである。
「……ま、適当な家でいいか」
クウはそう言って目の前に会った家の中へと勝手に入る。意志なき魔人は気配が感じ取れないので、魔力感知だけが頼りだ。家には三人の魔人がいるということだけ分かっていたが、クウは躊躇いなく侵入した。
扉を開けると、そこはすぐにリビングダイニングキッチンとなっていた。みるとリビングでは父、母、子と思われる三人の魔人が座っている。身動ぎもせずに椅子に座ったままの魔人を見て、本当にロボットのようだと思ってしまったのは仕方ないだろう。
どうやら必要のない時は動かないように出来ているらしい。
実に効率的だった。
「悪いけど……この家は勝手に使わせて貰う。消えろ」
クウはそう言うと、月属性の消滅エネルギーを放って三人を消し飛ばした。巻き込まれて椅子や机も消えてしまったが、そこはどうでもいい。
(人型だけあって微妙な罪悪感が湧くな……)
魂を持たない人形なので、殺したという言い方は当てはまらない。ただ、感情面はそうではなかった。クウも明らかに敵として出て来た人型を切るのは躊躇うことなく出来るが、流石に無抵抗の相手を殺そうと思うほど狂ってはいない。
ともかく、住人を消去したクウは家をくまなく探して他に意思なき魔人が住んでいないか確かめた。そしてあの三人以外にはいなかったことを確認すると、リビングに戻って魔法陣を設置し始める。
とはいっても、クウの場合はかなり簡単だ。
「えっと……確かこんな感じだったか、《神象眼》」
予めリグレットが作成した転移用魔法陣を投影し、床に定着させる。「意思次元」を操るようになってから魂に記憶する術を覚えたので、細かい造詣すらも容易に記憶できるのだ。そのお陰で、魔法陣を設置するだけなら一瞬である。
一応、クウも魔法陣の勉強はしているのだ。しかし、その奥は深く、数か月ほど学んだ程度で習得できるようなものではない。数学に関してはある程度納めていたのでどうにかなったが、それを組み合わせて魔法陣を作成するとなると、また別のコツがいるのだ。
(まったく……魔法陣を開発したリグレットは改めて天才だって分かるな)
一度話を聞いたが、リグレットは迷宮にある罠の魔法陣を解析することで、魔法陣と言う概念を学問にしたらしい。それは恐ろしく時間のかかるものであり、まず形にするだけで百年以上もかかったのだという。だが、そうやって迷宮……創造迷宮を攻略しながら魔法陣を解析する内に地下九十階層にまで至り、天使化することになったという話だ。
加護の力が天使化の運命に近づけているのではないかと疑うほどの偶然である。そうでなければ本来、学者肌であるリグレットが迷宮の深くにまで挑むはずがない。
「………よし、これで完成か」
クウは記憶にある魔法陣の投影を完了し、念のため間違いがないか確かめる。そして軽く魔力を流して起動することを確かめると、隠蔽用の幻術結界を施した。
これで転移した途端に気付かれる心配もないだろう。
「任務完了っと。おもったより早く終わったな。いったん帰るとするか」
そう呟いて魔法陣の上に乗り、【レム・クリフィト】へと帰還するのだった。
評価、感想をお待ちしております





