EP354 反撃のために
クウは自身が受け持つ魔王軍第零部隊を鍛えながら、ある計画を練っていた。それは今後のためにも必要な計画だが、単独で実行に移すのは良くない。最低限、魔王アリアに一言あるべき事案だった。
そこで魔王軍本部基地地下四階にある第零部隊のフロアから出てアリアが仕事をする議会堂へと向かい、気配を辿って執務室の前へとやってきた。
ノックをすると中から返事が返ってくる。
「入って良いぞクウ」
「じゃ、失礼して」
どうやらアリアも気配でクウがやってきたことに気付いていたらしい。クウは遠慮なく中に入り、音もなく部屋を進んでアリアの前に立った。
「どうした急に? 第零部隊の増員は少し待って欲しいのだがな」
「いや、その件じゃない。ちょっと一つ言っておきたいことがあってな」
「なんだ?」
怪訝な表情を浮かべるアリアに、クウは頭を掻きながら答える。
「いや、実は一度【アドラー】に行っておこうと思って」
「……何?」
「この前の【ナイトメア】襲撃もあるし、第零部隊の運用のためにも事前情報が欲しい。だからまずは俺が単独で潜入してみることにした。最低限、俺の眼で【アドラー】の様子を見ておきたい」
これはかなり危険なことだ。
向こうには超越者が四人も揃っており、更に魔王オメガは裏世界から超越者を呼び寄せることすら出来る。クウが天竜ファルバッサを召喚したとしても戦力的には圧倒的に不利だ。下手すればクウが消滅させられるということも考えられる。
「あまり許可できない事案だな」
アリアの答えは当然だった。
今は戦力を蓄える時期であり、最優先は天使を揃えることである。そうすれば戦力で圧倒出来るので、【アドラー】を確実に消滅させることが可能となるのだ。
今は慌てる時ではない。それがアリアの本心である。
「俺の能力なら潜入向けだけど?」
「いや、それでもリスクは避けたい。何より、魔王オメガは能力が厄介すぎる」
「……アリアがそう評価するなんてな。権能【怨讐焉魔王】はそんなに厄介なのか?」
「ああ、まだ奴の能力は説明したことがなかったな。まぁ、私が話すよりも実際に見た方が分かりやすいだろう。映像で直接見せてやる」
アリアがそう言って指を鳴らすと、部屋が暗くなり、目の前に画面が現れた。権能【神聖第五元素】によって現象改変が行われ、アリアの記憶データから映像を映し出した。
どうやら情報次元の補正を与えて俯瞰視点になっているらしく、向かう合う魔王アリアと魔王オメガがハッキリと映し出されている。人の記憶など曖昧なものだが、こうやって情報次元補正を与えれば完璧になるのだ。
そして向かい合った二人は互いに言葉を交わす。
『いい加減にして欲しいものだな。これ以上私の国にちょっかいを出されると面倒だ』
『ククク……我に逆らうか』
『逆らう? おかしなことを言うものだな。本来の理に逆らっているのは貴様だ』
『言うではないか我が子よ』
『貴様の子と呼ばれる筋合いはない!』
アリアはそう言って右腕を振った。すると、無数の雷が空間中を走り、魔王オメガを蹂躙する。既に空間中には特異粒子が散布されており、アリアの意思一つでどんな現象でも引き起こせる状態だった。
だが、雷を喰らったオメガは無傷で立っている。
如何に超越者と言えど、アレが直撃したら無傷ではいられない。アリアの攻撃は情報次元の改変という概念攻撃なので、超越者にもダメージを与えることが出来るのだ。それを全くの無傷でやり過ごしたのだから、その異常さが分かる。
『やはり効かないか』
『無駄よ無駄……我にダメージを与えることは敵わぬ』
毎回、アリアは魔王オメガにダメージを与えることが出来ない。正確には一定以下のダメージを完全に無効化しているのだ。ダメージを与えるには魔王オメガを一撃で消し飛ばすだけの威力が必要になる。
ただ、消し飛ばしたところでオメガは復活するのだが。
魔王オメガを倒すことは出来ても、殺すことは出来ない。これは数百年の戦闘で経験してきたことだ。耐久限界を超える攻撃で一気に消滅させると倒せるのだが、またどこか知らない場所で復活して再び【レム・クリフィト】を襲ってくるのである。
迷惑極まりない能力だった。
『いつも通り貴様を消滅させる。それで終わりだ』
『ククク。我は何度倒されようと復活する。無駄なことだ。諦めて我が軍門に降るがよい。貴様のような実力者なら光神シン様も邪神カグラ様も認めてくださるだろう』
『余計なお世話だ。死ね』
アリアはそう言って空間ごと削り取る。オメガは当然のように回避したが、間に合わずに右腕を持っていかれた。しかし一瞬で修復する。
主に空間系の能力で攻撃を仕掛け、アリアはオメガを追い詰めていった。空間を切り裂き、空間を穿ち、時には空間ごと次元の狭間に送り込む。更に短距離転移を多用して黒い三又槍を振るい、オメガの頭部を破壊した。
『次元消失』
オメガはどんなダメージも一瞬で再生させるが、再生には僅かなタイムラグがある。空間攻撃による欠損を与えてしまえば、その隙を突くことも出来るのだ。
そしてアリアはオメガを次元の狭間へと飲み込み、空間ごとすり潰す。
『……これで今回も倒せたか』
戦場はいつの間にか空中へと移っており、眼下ではリグレットが『死霊使い』オリヴィアの死霊を次々と葬っていた。
そこで映像は途絶え、部屋は元に戻る。オメガの能力を映像で見たクウは首を傾げた。
「何だアレは?」
「正体不明な能力だ。仕組みがサッパリ理解できない」
「俺もだ。魔王オメガの分体は見たことあるけど、あんなことが出来そうな能力じゃなかった」
クウは嘗て見たオメガの能力を思い出す。あれは分身体だったが、本体もそう変わらないだろう。
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オメガ (分体) 1487歳
種族 超越神種天魔
「意思生命体」「天使」「魔素支配」
権能 【怨讐焉魔王】
「魔神体」「顕現」「誓約」
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あの権能でダメージを無効化したり、意思の消耗なく無限に復活したりということは出来そうにない。何かしらのカラクリはあると思っているのだが、想像も出来ない話だった。
こういうわけで、アリアはクウが潜入することに否定的なのである。
「だからクウ。あまり慌てるな」
「なるほど……だがいつかは対処法も知らないといけないわけだ。一応は考えておくべきだな」
「それはリグレットが考えている。お前は大人しくしておけ」
「そうか、まぁそれでも俺は行くつもりだけど」
「今の話の流れでどうやったらそんな結論が出るんだ!?」
思わず執務机に両手をついて立ち上がるアリア。想定外の回答に口調も荒くなる。しかし、クウはそんなアリアを落ち着かせながら答えた。
「まぁ、話を聞け。俺は第零部隊を運用するにあたって、【アドラー】を探らせることも視野に入れている。というか、俺たち超越者が直接侵入するよりも遥かに上手く情報を集められるだろうな。少なくとも、意志ある魔人族を保護するための情報は」
「まぁ、そうだな。【アドラー】ではごく稀に意志ある魔人が生まれている。だが、その殆どは魂のない人形のような存在だ。その中から見つけるのは至難と言えるな」
「ああ、だから早めに見つけて保護したい。そうすれば、【アドラー】で暴れても気兼ねする必要が無くなるからな。いつまでも【アドラー】側が攻めてくるのを待つ必要はない。こちらから仕掛けることが出来るように準備するべきだろ?」
「一理あるな……」
魔人は光神シンが作り出した、本来はエヴァンに存在しない種族だ。そのため魂が適応できず、意思のない抜け殻の人形として生まれて来ることが多い。意志ある魔人から生まれた子供は適応力が受け継がれるので意志ある魔人として生まれるのだが、意思なき魔人ばかりの【アドラー】はそうもいかない。殆どすべてが意思のない魔人なので、突然変異として生まれてくる意志ある魔人が稀にいる程度なのだ。
ちなみに、『氷炎』『人形師』『死霊使い』『仮面』と呼ばれる四天王は稀に生まれた意志ある魔人を魔王オメガが配下にしたのだ。
ともかく、現状では【アドラー】に攻め込めるほど【レム・クリフィト】に余裕はない。人形でしかない意思なき魔人と異なり、【レム・クリフィト】には意思のある魔人ばかりが住むからだ。守らなければならない対象である。
そして【アドラー】にも意思のない魔人がいないことはない。
ごく僅かだが、確実にいるだろう。彼らを保護しなければ【アドラー】で暴れるのは難しい。そうやって事前準備を整えるのは重要である。
「だから俺は下見をするつもりだ。流石に【アドラー】の本陣に向かうつもりはない。街並みを視察して、結界や感知システムを調べる」
「ホントに大丈夫なのか?」
「おいおい忘れたのか? 俺はリグレットの監視を抜けられるほどの幻術使いだぞ?」
「……そう言えばお前の能力は幻術がメインだったな。滅茶苦茶な因果干渉ばかりするから忘れていた」
「おい」
最近は応用技ばかりを試しているので忘れがちだが、クウの能力は幻術が元になっている。他者や世界そのものに幻術を見せ、「意思干渉」によってそれが本物であると認めさせる。つまり観測によって本来実在しえない現象を現実に変えるという能力だ。量子力学のコペンハーゲン解釈にも似ている。
元は幻術能力なので、クウはそちらの方面にも強い。
だからこそ、潜入向けとも言えるのだ。
「ともかく、第零部隊の試験運用にも関わる。俺は【アドラー】に行くからな」
「分かった。許可する。その代わり必ず戻ってこい」
「当たり前だ。戻らなかったらユナが来そうだからな」
「ふっ……違いない」
そしてクウはアリアの執務室を出る。これから【アドラー】へと向かうのだが、特に準備は必要ない。武器を含めた物資は虚空リングに入れているので、クウはいつでも準備万端なのだ。
「さて、行くか」
天使の反撃が始まる。
◆ ◆ ◆
魔人の国【アドラー】は常に薄暗い空気に包まれている。魂のない人形が徘徊する都市国家であり、意思なき魔人たちはただ生きているだけという状態だ。生まれ、育ち、働き、生殖し、次代へと繋げる。この一連の流れを作業のようにこなすだけの人形である。自然と薄暗い空気に包まれるのも納得できるというものだ。
そんな都市国家【アドラー】から少し南へと下った渓谷。
嘗ての地殻変動で発生した広く深い渓谷で、二人の男が話し合っていた。一人は鋭い目をした高身長の男。長い黒髪を後ろで縛り、佇まいからは覇気が滲み出ている。もう一人は白衣を纏った白髪の男。だが、その白髪は歳によるものではなく生まれつきの色だ。白衣も含めて全身が白い魔人である。
「これでどうでしょう魔王様?」
「ふむ。ようやくか。遂に使いこなしたということだなラプラス?」
「ええ。これで我が権能【甲機巧創奏者】も完成です」
そう話し合う二人の前には巨大な鋼のドラゴン。生命の鋼と呼ばれる特殊金属を利用したゴーレムだった。
魔王オメガと『人形師』ラプラスは次の計画のために準備をしていたのである。
「【砂漠の帝国】を利用した計画が使えなくなった以上、次はお前の番だ。ダリオンのような失敗はしてくれるなよ?」
「当然ですよ魔王様。あの出来損ないとは違います」
クツクツと笑うラプラスはサッと手を動かす。
すると機甲竜王はムクリと起き上がり、全長一キロにも及ぶ威容を見せつけた。更にそれだけでは終わらず、渓谷全体が揺れて二体目、三体目のバハムートが動き出す。
そう、ラプラスはバハムートの量産を完成させていた。
「私はバハムートを完全に能力内へと取り込みました。これでいつでも取り出せます。オリヴィアのようにいちいち情報次元へとアクセスして死霊を引きずり下ろす必要もありません。望むままに、何体でも呼び出せるようになりましたから」
「流石だ。バハムートの能力も問題ないな?」
「はい、抜かりなく」
魔王と『人形師』は怪しく嗤い合うのだった。
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