EP352 偶然の出会い
~運命迷宮十階層~
順調に運命迷宮を攻略していたユナ、リア、ミレイナは最初のボスフロアへと到達した。事前に調べた情報によると、ここにはイビルプラントという植物系魔物が待ち構えているという。
イビルプラントは蔦の塊のような魔物で、普通は森の中で擬態しながら獲物を待ち構えている。気配駄々洩れな上にゴブリン並みの弱さというどうしようもない魔物だが、一般の村人などからすれば十分な脅威となる。
ただ、こうして迷宮に挑戦する者からすれば大したことのない相手だった。
「私が瞬殺するよ!」
「いや、私が殺る!」
ユナとミレイナが互いに主張する。
どちらが挑んだところで結果に差は出ないだろう。恐らく数秒以内で倒せるからだ。ユナはクウへの愛で遂に超越化し、ミレイナも使いこなしている最中だが【魂源能力】を手に入れた。イビルプラント如きでは逆立ちしても足下にすら及ばない。
「私!」
「いや私だ!」
「私だもーん! だってミレイナちゃんは昨日、私の肉勝手に食べたでしょ!」
「何!? それを言うならユナも私のデザートを食べただろ!」
「む~っ!」
「この……っ!」
魔物の前だというのに余裕である。
ただ、二人から滲み出る気配でイビルプラントもすっかり萎縮しており、大きなフロアの隅で震えていた。実に哀れである。
そして哀れと言えば、二人の間に入ってアワアワしているリアもだ。
こうやって敵を取り合う二人を仲裁するのは何度もやってきたが、毎度の如く疲れるのである。
「はぁ……では私が倒します。『《火炎連槍撃》』」
リアが錫杖を向けると、そこに無数の炎槍が向かって行く。そしてフロアの隅で縮こまっていたイビルプラントを完全に焼き尽くしたのだった。
『あー! ずるい!』
「ズルくありません。早くいきますよ」
こういう時は無理矢理解決するのが一番。
ユナ、ミレイナと共に旅をするうちに、リアもかなり脳筋思考へと偏り始めているらしい。ただ、この二人に対して効果的なのは確かだった。
二人も獲物がいなくなったことで、仕方なく次のフロアへと進んでいく。リアも溜息を吐きながら地下十一階層へと降りていくのだった。
~運命迷宮十一階層~
迷宮は最初のボスを倒してからが本番である。
この言葉は良く言われるのだが、その理由は罠にある。初めの内は僅かに痺れたり、浅い落とし穴だったり、上から泥が落ちてきたりと小さな嫌がらせのようなものばかりだ。だが、次第に殺傷力が上昇していき、地下七十階層を越えると即死トラップすら出現するようになる。
この罠をどれだけ見破り、解除もしくは回避できるかが迷宮において大事なことだ。人外と呼ばれるSランク越えが迷宮に挑戦したがらないのは、この罠が嫌だからである。罠を見破ったり解除するには特別なスキルが必要になることが多いので、強者であるほどそのような特殊スキルは持ち合わせておらず、迷宮攻略を断念する。
しかし、ユナ、リア、ミレイナの三人にとってはあまり関係のない話だった。
「私の出番だな! 《源塞邪龍》!」
ミレイナが前に出て獲得した【魂源能力】を発動させる。
この《源塞邪龍》は破壊と無効化という特性を有しており、ミレイナが放つ波動を浴びると情報次元に作用してあらゆる効果を閉じてしまうのである。加えて破壊効果も有していることから、迷宮の通路に隠されている罠すらも無効化、そして破壊されてしまう。不用意に壊すと発動するタイプだったとしても、先に無効化するので意味がない。
まさに迷宮殺しな能力だった。
「ギギャッ!?」
「ゴブッ……!」
「ギギーーーッ!?」
更に通路の脇から出現した魔物も瞬殺だ。破壊の波動を浴びたことで内部から壊される。この波動は気を張るなどして耐性を高めておけばある程度防げるものだ。下級の魔物には高度なことだが、高位能力者に対しては効かない。その場合は直接殴って波動を撃ち込めば問題ないのだが。
「楽だねー」
「楽ですねー」
ユナだけでなくリアまでそんなことを言いだす始末である。
ただ、この運命迷宮は各階層が完全な迷路となっている。つまり、頑張って地道に攻略するしかないのだ。虚空迷宮や破壊迷宮のように特殊なスキルがあれば楽に突破できる仕組みではないところが難点である。
この辺りはまだ地図があるので最短距離で進むことが出来ているが。
「ミレイナさん、次の通路を右です」
「わかった」
主にリアが地図を持ち、先頭を行くミレイナへと指示を出す。この迷宮ではリアの《幸運の領域》によって常時回復させなければ長時間潜っていられず、すぐに脱出を余儀なくされる。サポートとはいえ、リアの助けはかなり重要だ。
基本的にリアは戦闘よりもサポートや回復を好む。
彼女は戦える人員と組んでこそ力を発揮するのだ。
そうしてしばらく進んでいると、唐突にユナがストップをかけた。
「ミレイナちゃん止まって」
「む、なんだ?」
「この先に人がいるよ」
超越者となって感知範囲の広がったユナは、気配を探ることでそれを知らせる。ミレイナの《源塞邪龍》は問答無用で人間も破壊するので、こうして事前に知らせることが大事なのだ。
「わかった。慎重に行く」
そう言ったミレイナは《源塞邪龍》の射程を削り、数メートルまでに留めた。出現する魔物を倒すには役立たないが、罠を消すだけなら十分である。
そのまま十分ほど進むと、脇の小部屋から三人の冒険者らしき人が出て来た。どうやら向こうもこちらには気付いているらしく、立ち止まって手招きしてきた。
「どうする?」
「呼んでますね」
「取りあえず行けばいいだろう」
迷宮では冒険者をターゲットにした盗賊行為もある。女三人という絶好のターゲットなので、その辺りにも気を付けていた。そうは言っても、ユナは超越化しているので気にするほどでもないだろうが。
一応は警戒しつつ近寄ると、その三人は何やら安堵しているようだった。
男一人に対して女二人という構成であり、武器や佇まいからするとそれなりの実力者と分かる。
そしてユナはその三人に対してどこか既視感を覚えた。
(あれ……どこかで見たような……)
どうにも思い出せずに首を傾げる。
そこで気のせいだろうと考えて一人納得していると、手を振って招いていた男……いや少年が話しかけて来た。
「済まない。不躾な頼みだとは思っているけど、地図を貸してくれないか? ちょっと迷ってしまって」
それを聞いてユナたちは大量の疑問符を浮かべる。
まさか迷宮に地図もなく挑んだのだろうかと考えていると、少年は苦笑しながら言葉を続けた。
「実は大丈夫だと思って地図を買わずに来てね……あははは……」
「笑い事ではないと思うのですが……」
「あー、はい、その通りです」
リアのツッコミを受けてシュンとする。
だが、この場合はリアが正しい。勿論、迷宮を攻略する最前線では地図など有るはずがない。しかし、普通は刻々と体力が減らされる空間で悠長に地図もなく探索する余裕などないハズだ。それが出来るとすれば超越者のようにHPの心配をしなくても良い立場の者ぐらいである。
一言で言えば、目の前の三人は”アホ”だ。
「や、やっぱり地図は必要だったんですよ理子ちゃん!」
「う……だって大丈夫だと思ったんだもん。実際にHPは大丈夫だったでしょ?」
「でもその代わりに食料が尽きそうだけどね」
「ごめん清二……」
深く反省しているらしい。どうやら冒険者を狙った盗賊という線はなさそうだった。その最たる理由は、ユナが彼らのことを思い出したからである。
(あ、くーちゃんと一緒に召喚された人!)
勇者セイジ、リコ、エリカは修行のために運命迷宮を訪れていた。これはセイジが新しい能力を試すために修行場として選んだのであり、ユナ達と鉢合わせたのは全くの偶然である。
しかし、偶然であることをユナたちが知るはずもない。
一応は変装魔道具を使用しているのでバレることはないのだが、気をつけるべき相手だった。
ユナは警戒しながら答える。
「それで、要するに迷子になったから脱出するルートを知りたいってことかな?」
「あー、まぁ、その通りだよ」
「じゃあ、私たちが地図で案内してあげるから、迷宮の対処を担当してくれない? それなら等価交換でルートを教えてあげるよ」
「そんなことならお安い御用だ。いいよね理子も絵梨香も!」
「勿論よ!」
「はい、大丈夫です」
その返事が聞けたことでユナは満足する。
クウから情報を得ているので、勇者は一応敵だ。心は折ったと聞いていたが、どうやら復活して修行に打ち込んでいるらしい。この低い階層では実力を見るのも難しいだろうが、自分たちの能力を見せるよりは遥かにマシだろう。
特にミレイナの《源塞邪龍》は秘匿するべき能力だ。
情報系スキル対策の魔道具も貰っているので、《看破》以下なら問題なく防げる。要は、能力を直接見せなければ良いのだ。
リアの使っている《幸運の領域》については仕方ないが、それは目に見えるスキルではないので気にしなくても大丈夫だろう。ユナはそう算段を付けた。
「じゃあ、リアちゃんは今まで通り、案内をお願いね」
「はい、わかりました」
「それとそっちの三人は魔物と罠の対処をよろしく」
「ああ、任せてくれ」
セイジを中心にして三人は頷き、前に出る。そしてユナたちは後ろに下がり、リアが地図を両手に持ちながら案内を始めた。
「まずはこのまま進んでください。次の分岐点で右です」
「行くよ二人とも」
「ええ!」
「はい!」
まだ殺傷力がないとは言え、通路をどんどん進んでいくセイジ。ユナはセイジが罠を感知できるスキル持ちだと予想する。見た目は剣士だが、かなり万能な能力持ちなのだと予想した。
しかし、少し経ってユナにとって予想外なことが起こる。
唐突にセイジが剣を抜き、何か不思議な力を纏わせ始めた。魔素に気と基礎の力を十分に扱うことの出来るユナですら不思議と思わせるエネルギー。気にも似ているが、密度というよりも質が異なる。
通常の気が水だとすれば、この力はまるで溶けた鉄だった。
そんな異質な力を纏った剣が地面に突き刺される。すると罠を発動させる魔法陣が浮かび上がり、それが砕け散った。これにはユナも驚く。
(有り得ない。普通の気や魔素で魔法陣を破壊するなんて……まさか概念攻撃にまで進化しているとでも?)
魔法陣とは、ある意味で情報次元と同じである。魔法発動が情報次元で演算しているコードを、目に見える形にしたのが魔法陣だ。それを破壊するとなると、概念攻撃が必要になる。
通常は解除コードを逆算してぶつけるのだが、概念攻撃ならば力技で破壊することも可能だ。
しかし、一般人が概念攻撃に至るとは考え辛い。
何か特殊な能力と思った方がいいだろう。剣に纏わせる能力など聞いていないので、それを見極めるために警戒心を強める。
だが、その揺らぎが伝わってしまったのだろう。セイジは振り返って苦笑しながら口を開いた。
「今の技、気になるのかな?」
魔法陣の破壊に異常性を覚えたのはユナぐらいだろう。リアやミレイナには知識がないからだ。まさか自分の警戒が伝わってしまうとは思わず、これには驚かされた。
一応、ユナは超越化している。
意志の力を完全に開放しているので、気配操作はお手の物だ。それを見破ったのだから、セイジの実力はかなりのものと言えるだろう。
更に警戒を強めるユナに対し、セイジは意外にも能力を明かした。
「これは《仙力》というものだよ。特殊なスキルでね」
「ふふん。セイジには魔法も全く効かないわ! それに《仙力》を張り巡らせれば、感情の察知や危機感知も余裕なのよ!」
「ああやって魔法陣を破壊することも出来るのですよ」
馬鹿で良かった。
ユナは素直にそう思った。
高位能力者にとって自分の能力を知られることは敗北と直結する。恐らくはユナたちを格下だと侮っているからこその対応だろう。まさか能力を自慢されるとは思わなかった。
しかし、ユナは好都合だと考える。
(ふふ……弱いふりして情報を搾り取ってやろーっと)
ユナはそんなこと考えるのだった。
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