EP349 ユーリスの願い
バハムートを撃破したクウは、ベリアルと一人のヴァンパイアと伴って【ナイトメア】の外に出ていた。リグレットは【レム・クリフィト】の国防があるので戻ったが、クウは元から問題解決のために呼ばれている。相手のことを少しでも調べるために、外に出て来たのだった。
「大丈夫かグリン?」
「はいぃ! どうにか!」
そしてクウと共にいるのが【ナイトメア】でも名のある魔導学者グリンファルト・エルメロイである。今回は敵として現れたゴーレムの残骸を調べるために出て来た。
ドーム防壁の頂点付近で暴れていたバハムートの残骸は勿論、実際には目にしていない雑魚の残骸も調べるためである。雑魚の残骸はクウが《真理の瞳》で知覚した情報を元にベリアルが狙撃したので、直接目にすることはなかった。
そこで、それを調べるために外に出て来たのである。
「しかし、もっと早く出るべきだったな。雪のせいで見つからない」
「も、申し訳ございません。この辺りは年中、雪が降る気候なのです。勿論、毎日降っているわけではありませんが」
ここから北西には活動中の火山が存在しており、そこから舞い上がる火山灰が核となって上空の雲で雪が発生する。【ナイトメア】周辺の上空は常に氷点下三十度を下回っているので、雲があれば全て雪となって落ちてくるのだ。
逆に【ナイトメア】の住人は雨を見たことがない。
雪の中に埋もれてしまった残骸を探すのはかなり苦労しそうだった。
「となると、能力で探すしかないな」
クウは瞳に六芒星を浮かべて《真理の瞳》を発動させる。ゴーレムは魔力を動力としているので、その残骸にも魔力残滓が見える。それを辿れば雪の中でも見つけることは可能だ。
情報次元の視界を広げるのは疲れるが、今回は偶然にもすぐ見つかった。
「運がいい。すぐそこの下に埋まっているな」
そして《神象眼》を使い、雪を溶かす。本来なら溶ける気温ではなかったのだが、因果干渉によって現在の条件を無視して結果を創り出したのである。
雪が溶けると、灰色の破片が幾つも見つかる。
「ベリアルの瘴気で倒したから原型がないな」
「それは仕方ないわ。そういう能力だもの」
「ま、そうだな」
クウが破片を拾い上げると、グリンファルトも近寄って残骸を調べ始めた。今回は残骸から魔法要素を調べ尽くし、【ナイトメア】の発展に役立てるのが目的である。
短期間での目的が防衛であることには変わりないが、長期的に見れば『人形師』ラプラスの技術が奪えるのは非常に旨い。
試しにクウも《真理の瞳》で解析をしてみた。
(元素変換による錬成か。結晶構造自体に魔法的な意味を持たせているな。物理的な構造は弱くなる代わりに、魔法的な強化をしているってことか。これなら実質的に強度も靭性も上がる)
他にも目立ったのは元素の中に魔素が混ぜ込まれていた点だ。
原子は陽子、中性子、電子によって形成されているが、原子の性質を司るのは電子だ。電子の数があらゆる性質を決めるのである。色、電気伝導性、磁性、化学反応性……これらは全て電子が司っている。ここに魔素という新しい粒子を混ぜ込むことで、物理法則だけでなく魔法法則を混ぜることが出来る。
結晶構造から魔法的意味を持たせれば、自然と魔法が発動するのだ。
これが人工的な魔法金属の生成法である。
普通は特殊な環境かでしか生成されない魔法金属も、仕組みが分かれば人工的に再現できる。
(ゴーレム自体の仕組みは解析不能か……)
残念ながら、残骸が小さすぎた。
ミクロ的な魔法要素が素材に影響しているように、マクロ的な魔法要素は物質に作用する。ゴーレムを動かすための魔法要素はマクロ的なものであるため、小さな残骸から解析することは出来ない。
やろうと思えば、もっと多くの残骸を集めなくてはならないだろう。
グリンファルトも同様の結論に至ったらしく、幾つかの残骸を調べて立ち上がった。
「ひ、非常に申し訳ないのですが……その、他の残骸も調べたいなーって……」
「分かった。次はこっちだ」
どちらにせよ、【ナイトメア】の危機は去ったのだ。
しばらくはクウにも仕事がない状況である。落ち着いたら【レム・クリフィト】に戻って第零部隊のことについても考えなくてはならない。
ただ、今は残骸を見つけることぐらいは問題なかった。
クウ、ベリアル、グリンファルトの三人は、しばらくゴーレムの残骸を見つけては解析を繰り返すことになるのだった。
◆ ◆ ◆
エルフの国【ユグドラシル】ではまさにお葬式ムードが漂っていた。理由は簡単で、精霊王フローリアが消滅したからである。それに伴って全ての精霊が消え去り、大樹ユグドラシルまでも黒く染まって枯れてしまった。
もはや希望はない。
拠り所もない。
魔物が増加に一役買うほどだった。
そんな中で、ユーリスはどうにか大樹ユグドラシルを再生させようと一人で行動していた。
「何も分からないわ……呪いの一種なのかしら? 普通に枯れるのとは全く違うわね」
彼女の自宅は大樹の枝にあったので、調査する拠点には困らない。朝から夕方まで調べ尽くしていた。表面に関しては殆ど何も分からず、次は大樹の内部に入ろうとしていたところである。
信仰の対象として崇めていた大樹に傷を入れるのは嫌だが、調べないことには仕方ない。
黒く染まった大樹は毎日のように崩れてボロボロになりつつあるのだ。時間が惜しい。
「ごめんなさい……」
ユーリスはそう言って《風魔法》を発動させる。そして大樹の表面を切り裂き、内部を切り開いた、すると次の瞬間、黒い霧のようなものが噴き出る。
「きゃっ!?」
驚きで足がもつれ、そのまま転んでしまった。
しかし噴き出たのはベリアルが使用する死の瘴気の残滓だ。触れていたら死に至っていただろう。そこだけはユーリスも幸運だった。
そして一通り瘴気の残滓が噴き出ると、残りはドロリとした液体となって流れ出る。樹液に瘴気が混ざっていたようで、ユーリスは触れないようにその場から離れた。
「危なかったわ……」
迂闊なことをしたと反省する。
そこで注意深く《風魔法》で切り裂いた跡を観察すると、そこから不思議な色の物体が出て来た。黒い瘴気入り樹液に紛れているにもかからわず、瘴気を押し退けるようにして輝く結晶体。形は六方型のよくあるクリスタルであり、虹のように多種の色へと連続的に変化していた。
浄化の力が働いているらしく、クリスタルの周囲では瘴気が浄化されつつある。
「これは……」
不思議に思っていると、再び傷口からもう一つだけクリスタルが現れた。
同じく周囲の瘴気を浄化しており、黒い樹液は消えていく。
ユーリスは不思議とそのクリスタルに引かれた。
「念のために魔法を使った方が良さそうね」
そう言って《風魔法》を使い、二つのクリスタルを取り寄せる。そして大きめのハンカチを取り出し、その上に乗せた。念のため、直接触れることは避けたのである。
その状態でユーリスはクリスタルを調べた。
「《看破》」
情報系の上位スキルである《看破》を使い、クリスタルを調べた。
その結果、ユーリスは目を見開いて驚くことになる。
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天の因子
制作者:光神シン
魂の封印を解き放つ天使の因子。適正によ
っては死に至るが、適合すれば大きな力を
得ることが出来る。
光神シンの加護持ちは適合率百パーセント
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「これ……は……」
ユーリスは思わず手を伸ばし、クリスタルに触れた。それは無意識の行動であり、特に何かを意図したものではない。しかし、このクリスタルの形をした『天の因子』は触れるだけで取り込むことが出来るのを知らなかったことがユーリスの運命を変えた。
指先が少し触れただけ。
たったそれだけで『天の因子』はユーリスに吸い込まれる。
「っ!?」
そしてユーリスに激痛が走った。
痛みに悶える彼女はその場で膝をつき、痙攣する四肢を必死に抑える。しかし痛みは止むどころか増していき、遂には意識も朦朧とし始めた。
(あ……く……私は……光神シン様の力を受け取るに値しないというの……?)
クリスタルの正体は光神シンが権能【伊弉諾】によって作り出した因子の塊だ。天使化に必要な因子を固めたものであり、誰でも簡単に意志力封印を解除することが出来る。しかし、ある程度の適性がなければ死に至るという側面もあった。
適正と言っても、生まれながらの性質ではない。
それは『天の因子』が魂の封印を無理やり解除する際に走る激痛に耐えられるだけの意思だ。
光神シンの加護があれば、激痛も中和してくれる。しかし、そうでない者は魂を弄られる痛みに耐え切らなければならないのである。
(フローリアが死んで大樹も枯れてしまった……光神シン様に仕える者として役に立てなかった罰なのかしら……)
光神シンから賜ったとされる大樹ユグドラシルは枯れ果て、その使いである精霊王フローリアも死んだ。エルフたちは混乱の中にあり、女王である自身は何もできない。
無力感でいっぱいだった。
(このまま死んでしまおうかしら)
そんな思いすら過る。
無力な自分は無様に死ぬのが相応しい。そんなことさえ考えてしまった。段々と痛みで身体も心も麻痺し始め、ユーリスはその場からピクリとも動かなくなる。精神から衰弱したことで、身体が自ら死へと降り始めたのだ。
しかし、それと同時に魂の内側から疑念が沸き起こる。
――それでいいのか?
このまま死んでも良いのか。
何もできないまま、無能な者として死んでよいのか。
せめて精霊王フローリアと大樹を死に追いやったクウ・アカツキに一矢報いるべきではないか。
どうやって。
――その力は取り込んだ。
ユーリスが吸収したのは罰を与えるモノではない。新たなる力を魂から開花させる因子だ。するべきことをするための材料は初めから揃っていたのである。
ならばどうすれば良いのか。
――これが試練ならば、乗り越えるべき。
それが答えだ。
ユーリスが魂の奥底で叫んだ正しい解答。
意志力封印は解除され、スキルは最適化され、新しい種として生まれ変わった。
神種ハイエルフとして。
「私は光神シン様に仕える者よ! 仇を成す輩は許さないわ!」
ユーリスの周囲から魔力が溢れ、周囲で植物が芽吹いた。黒く染まった大樹ユグドラシルの残骸から次々と新しい植物が芽を出し、瘴気が全て吸収される。
吸収された瘴気は養分に変換され、植物の成長に使われる。
害あるものすら養分に変えてしまう能力。
それこそがユーリスの発現した【魂源能力】だった。
フラリと起き上がったユーリスは、『ステータス』と呟いて自身を調べる。
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ユーリス・ユグドラシル 483歳
種族 神種ハイエルフ
Lv 164
HP:28,492/28,492
MP:33,818/33,818
力 :21,383
体力 :19,834
魔力 :35,712
精神 :33,213
俊敏 :22,482
器用 :29,847
運 :48
【魂源能力】
《樹木魔法》
【通常能力】
《森羅万象》
《風魔法 Lv8》
《魔力支配》
《極魔 Lv9》
《MP自動回復 Lv10》
【称号】
《エルフの女王》《到達者》《極めし者》
《天の因子を受け入れし者》
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《樹木魔法》
樹木属性の魔法。
植物を従えることの出来る特異な魔法。養分
を強制的に奪い取り、成長させることが出来
る。魔力もしくは生命力を糧として成長する
危険な植物を操る。
特性「植物」「吸収」「変換」を持つ。
ここで、特性「植物」は「花」「実」「根」
の複合特性である。
ユーリスの《樹木魔法》は概念効果に片足を入れている。死の瘴気すらも糧として「吸収」することで、汚染されて枯れてしまった大樹を浄化することに成功した。
一度死に至った大樹は、ユーリスの力によって転生する。
「私の魔力を全て使ってでも……再生して見せるわ!」
スキル《極魔 Lv9》も発動し、極限まで効果を底上げする。まだ未熟な《樹木魔法》だったが、ユーリスの願いを反映して、魔力の限り大樹を浄化した。
瘴気を養分へと変換し、大樹そのものすら養分とする。
そして新たな芽から、新しい大樹へと成長させるのだ。
大樹ユグドラシルから生まれた新生樹ユグドラシル。
女王の願いがエルフたちに再び希望をもたらしたのだった。
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