EP34 伯爵家と護衛依頼⑥
クウを応接間に待たせて、主人であるテドラ・レットル・ラグエーテル伯爵を呼びに執務室へと向かったヴェンスは、その扉をノックする。中から「入れ」と聞こえてきたので扉を開け、デスクで書類を片付けている主人の前に立って口を開いた。
「例の冒険者がお見えになりました。応接間にてお待ちになっておられます」
その言葉にピタリと筆を止めてテドラはヴェンスを見上げる。
「例の冒険者というと、確かクウ・アカツキといったか? もうここに来ているのか? 出来るだけ早くとは言ったがまさか今日来るとは思わなかったな」
「マルクに手配させたのですが、予想外なほど素直にここまで来たそうです。今から彼と面会いたしますか?」
「そうだな……」
テドラは少しの間だけ思案する。
今まさに処理している書類も重要なものだが、クウという冒険者がヴェンスの予想通り、虚空迷宮の特殊効果を無効化する手段を持っているのだとすれば、下手に待たせて機嫌を損ねるのは拙い。迷宮攻略を進める上でクウの力を利用できるのならば、今デスクに並んでいるどんな書類よりも優先するべきだろうと結論付けた。
「いきなり呼びつけて待たせ続けるのは良くないだろう。もしかしたら頼みごとをするかもしれんのだ。第一印象は良い方がいい。すぐに会うことにしよう」
「はっ、ではこちらに」
「うむ」
テドラは椅子から立ち上がり、先を行くヴェンスについて応接間へと歩みを進める。歩きながら服装に歪みがないかチェックし、座っている内についてしまった皺を直していく。如何に面会相手が平民とは言えど、貴族としてそれなりの身形をしていなければ示しがつかないのだ。この作業も本来は御付きのメイドの仕事になるのだが、テドラに関してはこれぐらいは自分ですることの方が多い。
長年住んでいる屋敷の通路を右へ左へと進み、階段を降りて一階の応接間へとたどり着く。ヴェンスが扉を数回ノックして中にいるクウへと言葉を告げた。
「クウ様、主人を連れて参りました」
そう言って扉を開き、ヴェンスは側に控える。主人であるテドラよりも先に応接間に入るなど有り得ないので、テドラは促されるままに部屋へと足を踏み入れた。
先に目に映ったのは、右手に持ったカップを置いて立ち上がる少年の姿。長めの黒髪に黒目で、顔立ちはまだ幼く見える。身長も低いので女の子とも間違えそうな容姿だ。服装は黒いコートに茶色いブーツという全身黒ずくめの怪しい姿だ。貴族社会では、黒は闇に紛れる暗殺者の色と相場が決まっている。相手は冒険者と判っていても反射的に警戒してしまうのだった。
観察するような視線を向けるテドラに対して、クウは意外さを感じていた。クウの想像していた貴族は、全身に煌めく様な貴金属を身に着けた悪趣味な姿だ。しかしテドラの服装は高級品だというのは分かるものの、目がチカチカしそうな装飾はない。だが、派手すぎない庭や応接間の内装を思い返してテドラの姿にも納得するのだった。
数十秒にも感じた一瞬の間にお互い観察を済ませて、テドラはクウの向かい側に移動し、ソファに腰を掛ける。沈み込んだテドラの体をソファが適度に押し返したところで執事のヴェンスが部屋に入ってきた。ヴェンスは主人であるテドラの分の紅茶をカップに注ぎ、テーブルに置く。テドラはその紅茶を優雅に手に取って香りを楽しみ、ふと立ったままのクウに視線を向けた。
「どうしたのかね? 座りたまえ」
「では失礼して」
一応身分も歳も目上の人だと理解しているので、クウもそれなりに礼儀に気を遣う。そうはいっても、ルメリオス王国式の礼儀など知るはずもないので、最低限のものでしかない。
クウがソファに腰を下ろしたのを見計らって紅茶を一口含み、カップをテーブルに戻してからクウの方に視線を向けて話を切り出した。
「突然呼び出してすまないな。知っていると思うが、私はこの【ヘルシア】を治める王国貴族の一員であり、国王から伯爵の地位を賜ったテドラ・レットル・ラグエーテルだ。まずは歓迎しよう」
「お気遣い感謝します。俺はクウ・アカツキといいます。Aランク冒険者です」
クウの丁寧な口調に、テドラはともかくヴェンスは非常に驚いていた。先ほど自分と会話していたときからは想像もできないような弁えた口調だったからだ。2人は共に、クウがそれなりの教育を受けた者なのだと確信する。もちろん一人称が『俺』だったりと中途半端な敬語ではあるが、その辺の冒険者がこれほどの言葉遣いを出来るはずがないのだ。
「それで俺が呼ばれたのは虚空迷宮の攻略の件だと聞いているのですが……?」
クウの口調に一瞬だけ呆気にとられたテドラだが、すぐに本来の目的を思い出して口を開く。
「そうだ。君を呼んだのは迷宮攻略を異常な速度でこなしていることについてもだが、我が娘のフィリアリアの件もあるのだ」
「フィリアリアの?」
その言葉にクウは眉を顰めるが、慌ててテドラは捕捉する。
「そんなに警戒することはない。ただ、フィリアリアの30階層突破を手助けしたのは君だと聞いてね。そしてギルドマスターのブランとの一件やこの街に来てからの情報をある程度調べさせてもらった結果、私は君に聞きたいことができたのだよ」
「聞きたいこと……ですか?」
「うむ。単刀直入に言うと、君はもしや虚空迷宮の特殊効果である幻覚を無効化する手段を持っているのではないかね? そしてそれは自分だけでなく他人にも効果があるのではないかね?」
この質問には、表情こそ動かさないものの、さすがのクウも内心で動揺していた。
(まさかこれほど早くにバレるとはな。そのためにソロで活動していたが、フィリアリアに手を貸したのが拙かったか。所詮は情報速度の遅い世界だと侮っていたな。意外に聡いらしい)
聞こえないように舌打ちを打つクウに構わずテドラは話を続ける。
「君のスキルなのか、魔法道具なのか、魔法なのか、はたまた何かの裏技なのかは知らないが、20階層を突破したばかりのフィリアリアたちが数日で30階層までたどり着き、そしてそれを助けたのが君だという情報を聞けば嫌でも推理できることだ。いや、これはもう確信と言っても過言ではない」
「買いかぶり過ぎですよ。俺の精神値は5000を超えています。30階層程度で躓く俺ではありません。依頼をしてきたフィリアリアたちの手を引きながら突破する程度は造作もないことです」
《虚の瞳》を明かすぐらいならステータス値の一部を公開した方がマシだと判断したクウは、咄嗟に適当な言い訳を並べるが、テドラはそれを聞いてニヤリと口元を歪めた。
「ほう、そうかね。ではここにフィリアリアを呼んで聞いてみようか。どのようにして虚空迷宮の20階層から30階層までを踏破したのかをね」
「なっ!」
「ヴェンス、フィリアリアをここに」
「はっ」
絶句するクウをよそに、ヴェンスは主に命じられたままに、応接間を後にしてフィリアリアを呼びに行く。適当に言ったことで自分の首を絞めることになったクウは、ただフィリアリアが空気を読んでくれることを願うばかりだった。
「フィリアリア、参りました」
クウが紅茶を啜る音のみが響く中、応接間をノックして入ってきたのは午前中に別れたばかりのフィリアリアだ。フィリアリアにしても理由を聞かされずに応接間に呼ばれたため、そこにいたクウを見て思わず1歩後ずさった。
「な、何故クウさんが……? それに父上、これは一体?」
「フィリアリア、それよりもこっちに来て座りなさい。彼に失礼だ」
「は、はい。申し訳ありません」
扉を潜り抜けてすぐの所で立ったままになっていたフィリアリアにテドラは自分の隣に座るよう指示をだす。フィリアリア自身も知り合いとはいえ、客であるクウの前で失態を見せてしまったことに顔を赤らめながらテドラの隣のソファへと腰を下ろした。すかさずヴェンスが紅茶をカップに注いでフィリアリアの前に置く。
「さて、彼がいることにフィリアリアも驚いているかもしれないが、そう身を固くする必要はない。何、君が彼とどうやって迷宮攻略したのか気になってね。当事者を呼んで話を聞きたいだけだよ」
なんということはない、と言った様子で紅茶を口に運ぶテドラだが、一方のクウは内心で大量の汗を流しながらひたすらフィリアリアが空気を読んでくれることを願っていた。だが、その淡い期待は簡単に打ち砕かれることになる。
「そうですの? クウさんはスキルで虚空迷宮の効果を無効化できるとおっしゃっていましたので、ただ真っすぐ進むだけで攻略できました。それだけでなく、先頭を突き進んでトラップも魔物も全てクウさんが処理してくださいましたの。私たちがしたことと言えば多少の警戒や30階層のボスを討伐した程度のことです」
「ほほう。彼のスキルでねぇ……」
チラリとクウの方に視線を向けるテドラはフィリアリアの正直さに内心で苦笑していた。クウの方も大きなため息を吐いて、額に手を当てている。フィリアリアはと言えば、そんな様子の父テドラとクウを見て首を傾げるだけだった。
「迷宮効果を消せるスキルとは興味深いものだな、冒険者クウよ」
「…………別に迷宮効果を消している訳ではありませんけどね」
「というと?」
詳細を聞き出そうとするテドラにクウも観念した風に装って話し出した。
「幻覚の上塗りですよ」
「なに?」
「迷宮が幻覚を見せてくるなら、さらに強力な幻覚で正常な景色をみせればいいんです。だから迷宮効果そのものを消している訳ではありませんよ」
「そんな方法が……!?」
テドラはクウの言った方法に驚いているが、これが全ての真実ではない。クウの最大の目的は加護と固有能力を隠すことだ。幻覚を上塗りするという方法自体は闇や光の魔法でも可能だし、フィリアリアにもこれらの属性の魔法は見せているので問題ない。
(フィリアリアには無効化できるスキルとしか言ってないし、魔法もスキルだ。観念した演技をしておけばこのまま誤魔化せるだろう。無効化の方法を話すことになったのは不本意だがな)
「まさか幻覚に対抗するために幻覚を使うなどとはな……さすがに予想外だ。クウはこの方法を公開するつもりはないのかね? なんなら伯爵家が情報料として報酬を出すが」
「公開したところで大した意味はないですよ。そもそも迷宮効果を覆すほどの幻覚をかけるためには相応の精神値が必要になりますからね。ただ幻覚系魔法が使えればいいというものでもありませんよ」
「ふむ…………」
テドラは再び思案する。
クウの言ったことが本当ならば、精神値を5000以上も有しているらしい。一体どれほどのレベルなのか予想もつかないが、だからこそフィリアリアたちを連れて30階層まで到達したのだと理解できた。クウがまだ何かを隠していることは何となく判っているが、強制して聞き出すようなことをして機嫌を損ねれば、虚空迷宮を一気に攻略するチャンスを失うことになるかもしれない。だがここでクウのような人材を野放しにするのは勿体ないとも感じている。是非とも迷宮攻略パーティのようなものを作って欲しいのだ。
そして今の1番の悩みの種であるフィリアリアの件もある。経済状況が思わしくない【ヘルシア】の今を打開するにはフィリアリアを公爵家に嫁がせるのが最も簡単なのだが、その方法は目の前で紅茶を啜るAランク冒険者のせいで打ち砕かれた。
だがここでテドラの頭に名案が浮かんだ。
「冒険者クウに我が娘フィリアリア、お前たちでパーティを組んで虚空迷宮の最下層まで攻略をしてくれないだろうか?」
「は!?」
「え!?」
2人は同時に奇声を上げた。





