EP347 報告会議
夜の世界と満月の輝き。
それがクウの保有する世界侵食である。超越者が己の意思力を世界に侵食されることで、自分のフィールドを創り出す奥義だ。己の内側から外へと能力を発動する意思顕現とはケタが違うほどの効果を発揮する場合すらある。
クウは右目を閉じ、「魔眼」の力を月に投影した。
満月は深紅に染まり、黄金の六芒星が紋章として浮かび上がる。クウの右目と接続したことで、界全体の運命を操るに至ったのだ。
「朽ち果てろ」
光の鎖に縛られたバハムートは運命の流れに従って錆び始めた。生命の鋼という特異金属によって身体が作られているバハムートも、錆には勝てない。いや、本来ならば錆びないようになっているはずなのだが、それを無視して錆びる方向に運命が傾いた。
酸素、水素、窒素、硫黄、リン、ビスマス、ヒ素など、鋼を弱くする物質が自然と含まれていき、表面からボロボロと崩れ始めた。
酸素や水素はともかく、他の物質はある程度のエネルギーがないと鋼に侵入しないものだ。しかし、運命の改変によってその結果へと向かう流れが出来上がってしまったのである。
《超回復》スキルのあるバハムートも、スキルは光の鎖によって封じられている。結果として少しずつ崩壊が進行していた。
「くっ……」
一方、クウにも《月界眼》の限界が訪れる。深紅に染まっていた月は元の色に戻り、六芒星の紋章も消えてなくなった。演算負荷による頭痛で眉を顰めつつ、クウはバハムートを観察する。
「後は待つだけ……か。やはり強力だな」
「これがマスターの本気かしら?」
「世界の運命を流れから書き換える能力だ。普通ならば不自然な現象であっても、その方向に運命が傾くことが正常だという風に書き換える。それによって物理的にあり得ない現象を、普通に変えてしまう能力だ」
「ふふ。恐ろしいわ。私の瘴気も書き換えれば無害に変わるのかしら?」
「瘴気自体を無害に変えるというより、瘴気が運命の流れによって対象を侵食しなくなる感じだな。つまり、死の瘴気は性質をそのままに、侵食しないという結果に置き換わる」
一度書き換わった運命は変えられない。
すでにその運命こそが正常だと世界が判断するからである。修正力など働かず、逆らえぬ世界の流れによって悲運を辿る。不用意に使えば術者であるクウにすら被害をもたらす扱いにくい能力だ。
演算負荷も半端ではなく、一度発動すれば最低でも十秒ほどのインターバルを必要とする。変えた運命の規模によってはインターバルも増えるので、十秒というのは最低限の目安だ。この制限だけでも安易に術を使えないと分かる。
一度塗り変えてしまった運命の流れを戻そうとしても、ある程度の時間を置かなければ不可能だからだ。故に術発動の際には慎重にならなくてはならない。
今回は生命の鋼という特定金属をターゲットにした効果であるため、被害はバハムートだけに限定された。仮に金属全てを対象にしていれば、クウの装備している魔神剣ベリアルも不壊の性質を運命から改変させられて錆びてしまっていたことだろう。他にも、ドーム外壁に使用されている金属も腐食していたはずだ。
解析によって生命の鋼の情報を得ていたのが功を奏したのである。
「これで終わりだな」
クウの言葉にベリアルも頷いた。
だが、次の瞬間、バハムートから無機質な機械音が発声される。
「―――破損率が三十パーセントを越えました。緊急離脱プログラム発動。転移を実行します。情報次元を追跡……完了。転移先を確定しました。時空間への干渉を開始……完了。転移発動まで五秒―――」
その意味を理解するのに時間は必要なかった。
『人形師』ラプラス・アルマは自身の最高傑作に保険をかけていたのである。まだ完全とは言えないバハムートが想定以上の破損を受けた場合、即座に転移によって撤退できるようにしていたのである。恐らくはラプラスが与えた加護の力を利用し、パスを繋いで転移を実行しているのだろう。
これはバハムートの能力ではなく、ラプラスの能力による転移だ。
光の鎖では止められない。
「残り一秒――」
「《虚無創世》!」
クウはバハムートが転移するより先に霊力を込めた《虚無創世》を発動する。一点に収束されたエネルギーが臨界状態へと達することで次元崩壊を起こし、崩壊した空間の境界を再定義することで隔離した小異世界を創り出す術だ。この空間中のエネルギーは全て重力へと変換されていき、界は収縮へと転じて虚数次元へと消え去ってしまう。
外部から見て直径百メートルを超える黒い空間が形成され、バハムートの頭部を飲み込んだ。全長が一キロにも及ぶ巨大竜型のゴーレムに頭部を攻撃する意味があるのかは不明だが、とにかく大きなダメージを与えることを優先したのである。
「逃げたか……」
「そのようねマスター」
最後に《虚無創世》は喰らったようだが、すぐに転移陣が発動して逃げられた。てっきりオリヴィアの死霊と同じく使い捨てだと思っていただけに、一本取られた思いである。
「ま、《月界眼》で腐食の運命を確定させたからな。取りあえずは大丈夫だろ。撃退にも成功したし、【ナイトメア】の内部にいるリグレットと合流するぞ」
「分かったわ。私も外に出ていて構わないかしら?」
「問題ないだろ」
クウはそう言って虚空リングから赤い宝石の付いたペンダントを取り出した。これはリグレットが作りだした通信用の魔道具であり、宝石の内部に立体型魔法陣が埋め込まれている。ちなみに、これは道に転がっている石でも同じ魔道具を作ることが出来る。宝石に魔法陣を組み込んでいるのはリグレットの趣味だ。
魔力を流し、その操作によってチャンネルをリグレットに変える。
これでリグレットが耳に付けているイヤリング型の通信魔道具と接続された。
『おや、クウ君かな?』
「ああ、終わったぞ。倒せはしなかったけど、撤退させた。詳しい話をするから中に入れてくれ」
『わかったよ。すぐに転移ゲートを作成するから待っていてくれ』
それで通信は途切れたのだった。
◆ ◆ ◆
通信を切ったリグレットに、同じ部屋にいた女王レミリア・セイレムが話しかける。
「終わったの兄上?」
「そのようだね。安心して欲しい」
リグレットがそう言ったことで、女王レミリアの側にいた上位ヴァンパイアたちも静かに歓声を上げる。強い力を持つ上位ヴァンパイアの率いる一部隊が全滅する程の相手だったのだ。安心したのだろう。
胸を撫で下ろしたレミリアは再びリグレットに話しかける。
「それで協力してくれた方はどこに?」
「今呼ぶよ。ゲートを繋げるから少し待ってね」
リグレットは、人差し指に霊力を集めつつ能力発動した。
「【理創具象】」
リグレットの権能【理創具象】は情報次元に作用する法則系と現象系の要素を持った能力だ。解釈によっては法則系と因果系と考えることも出来るが、リグレット自身は法則系と現象系の能力だと思っている。
能力の概要は書き込むこと。
情報次元に直接干渉を実行し、実行プログラムを書き換える。それによって物理次元に作用するのだ。リグレットが開発した魔法陣は、そうやって実験的に情報次元を弄りつつ完成させたものである。
つまり、魔法陣の大元は【理創具象】なのだ。
情報次元に新しいプログラムを書き加えていき、クウのいる座標と自分のいる座標を空間的に繋げていく。通常、物理次元は立体空間を連続的に移動することしか出来ないのだが、数値代入によって途中空間を省略し、連続性を書き換えると空間を繋ぐゲートが出来上がる。
空間が歪み、その境界はマーブル状の模様を描いた。
その中から黒髪の少年と紫の似合う美女が現れる。
勿論、クウとベリアルだ。
「お帰り二人とも」
「ゲート助かったぞリグレット」
「便利な能力ね」
クウはゲートを潜り抜けた直後、一瞬で周囲を確かめた。
目の前には会議室のような部屋が広がっており、巨大な円卓に十名以上のヴァンパイアが着席している。その中でリグレットに似た顔立ちの少女がいたので、彼女が女王レミリア・セイレムだろうとあたりを付けた。
クウとベリアルは着席を促されたので、円卓の空いている席に腰を下ろす。
ゲートを作るために立ち上がっていたリグレットも同時に座り、話を再開した。
「さてと、この二人……クウ君とベリアルが今回の敵勢力を撃退してくれた。取りあえずの脅威は去ったと考えて良いみたいだね。詳しい話をお願いできるかな?」
「わかった。リグレットは幻術耐性を低めてくれ」
返事をしたクウは能力で部屋を暗くし、幻術を使って円卓の中央に映像を流す。空間に対する幻術ではなく、個々の精神へと駆けた幻術なので、画面という認識はない。クウが見てきた光景を記憶を元に再現した幻術だった。
この程度なら「魔眼」を使うまでもない。流石に超越者であるリグレットには難しいので、意図的に幻術耐性を下げて貰ったのだった。
クウはそのまま説明を始める。
「さて、今回の敵はこのドラゴンだ。正確には、ドラゴンの形をしたゴーレムだな」
それを聞いてヴァンパイアたちは騒めいた。
理由はその大きさである。【ナイトメア】を覆うドーム防壁が嫌な音を立てるほどの攻撃を放つ敵が、これほどの巨体だったと言うなら納得も出来た。
さらにクウは続ける。
「こいつは【アドラー】の四天王、『人形師』ラプラスの手先だな。かなり手を入れているらしい。加護付きでステータスもかなりのものだった。横にステータスを映しているから分かると思うが、別次元からエネルギーを引き出すことで無限の動力を得ている。まぁ、これだけの巨体を動かすんだから当然だな」
ステータスを見て驚いたのはヴァンパイアたちだ。勿論、女王レミリアも大きく目を見開いている。彼女の銀髪が一瞬だけふわりと揺れたのは気が動転したからだろう。
リグレットさえも難しい顔をしていた。
「うーん。確かに厄介だね。僕たちなら問題なく倒せる相手ではあるけど、こんな風に【ナイトメア】と密着されてしまったら難しいかもしれない。いっそのこと、防壁の破壊も許可しておいた方が良かったかもしれないね。僕が直せるわけだし」
「あー、その許可はもっと早く欲しかったなホント。それなら《虚無創世》を三十発ぐらい撃って討伐出来ていたし」
「それは悪いことをしたね……」
あの恐ろしいバハムートに対して全く脅威を感じていない二人にヴァンパイアたちは今日何度目かもわからない驚きを覚える。超越者を兄に持つレミリアはクウが何者か悟ったようだが、超越者という存在を知らない上位ヴァンパイアたちは理解できない領域の話でしかなかった。
常識を超えた報告会議は深夜まで続くのだった。
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