EP346 鋼の竜
クウとベリアルはその巨大さに驚きを隠せなかった。
上空から見下ろしているので全体を把握できているが、近くで見たら鉄の塊にしか見えないだろう。いや、ソレを構成しているのは鉄ではなく生命の鋼という特異な金属なので、鉄の塊という表現は正しくないのだが。
それはともかく、全長一キロもの巨大なドラゴン型ゴーレムがソレの正体だ。
クウは即座に心当たりを口にする。
「『人形師』ラプラス……」
ゴーレムと言えば人形である。
その連想から【アドラー】の四天王ラプラスを思い浮かべるのは間違いではない。そのことを確信に変えるために、クウは「魔眼」で解析を始めた。
その間、ソレがドーム防壁を破壊しないように、ベリアルが時間を稼ぐ。
「五分だベリアル」
「任せなさいマスター!」
黒い矢を引き絞り、ベリアルは死を放った。
破滅の瘴気を固めた一撃は音速を越えてそのドラゴンへと直撃する。情報次元を殺す概念の死がソレを蝕んだ。しかし、ソレは気にも留めずに防壁を破壊しようとしている。
魂のないゴーレムの癖に気を纏っており、元々の質量もあって一撃の威力は凄まじい。防壁が破壊され、ドームが崩れるのも時間の問題だろう。
仮にドームが破壊されると、大きな問題となる。ソレが暴れているのはドームの頂点付近なのだが、そこが崩れると【ナイトメア】のド真ん中に生命の鋼のドラゴンが落下することになるのだ。【ナイトメア】の中心部には女王の住まう宮殿があるので、非常にまずい。
ベリアルは鋼のドラゴンを止めるために更なる攻撃を加える。
「これならどうかしら? 《ブリューナク》!」
死の瘴気を高密度に固めて貫通力を挙げた一撃。
確かにソレを貫くことは出来た。
しかし、やはり巨大すぎる。
貫通させても、それは針で刺した程度のダメージにしかならない。元からゴーレムに痛覚など無縁なので、痛がる様子もない。つまり、ゴーレムはベリアルを脅威と認定せず、ドームの破壊を優先したのである。
これはベリアルのプライドを傷つけた。
「私を無視するなんて酷いわね」
巨体は存在自体が強さだ。
動くだけで攻撃となり、耐久力も桁違いとなる。
弓矢のような武器では倒せないのが普通だ。
しかしベリアルは死の瘴気を操る疑似精霊である。クウの【魔幻朧月夜】の影響を受けたことで『狩猟』という性質を備え、弓矢を操るに至った。矢は狩りの象徴であり、仕留められない獲物はいない。
それこそがベリアルの矜持なのだ。
「これが私の保有する全ての死を込める一撃よ! 《一矢黒葬》!」
ベリアルが一度に扱える全ての瘴気を一本の矢に込めた一撃。狙った存在を一片も残さず殺し尽くす最強の一撃だ。準超越者のベリアルはこの一撃で精霊王の体すら崩壊させた。超越者でないゴーレムに抗う術などない。
音速を越えた黒き一撃は、空間そのものを殺し尽くした。
情報次元を崩壊させることで訪れる概念の死が、生命の鋼のドラゴンを空間ごと削り取ってしまう。爆発の範囲は直径百メートル程度のものだが、流石にこれだけの威力なら生命の鋼のドラゴンもベリアルに意識を向けざるを得ないらしい。
背中を大きく損傷した生命の鋼のドラゴンは目を光らせながらベリアルを睨みつけた。
「グルルルル……」
「ふふ……あの傷にも痛がらないなんてね。所詮は人形だから、かしら? 命を削り取る感覚がないのは寂しいけど、狩り甲斐があるわね」
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
煽りの言葉を述べるベリアルに対して生命の鋼のドラゴンは咆哮を上げる。ゴーレムなのでベリアルの言葉を理解できたわけではないのだろう。しかし、どちらにせよ体を大きく損傷させたベリアルに対して怒りを抱いているように見えた。
生命の鋼は咆哮と共に肉体を修復させ、数秒で巨大な傷跡を元に戻す。
凄まじい再生能力だった。
「ゴーレムだけど生命に近いのかしら? 金属がエネルギーを糧に増殖しているなんて不思議ね」
それが特異金属生命の鋼の特徴だ。
生物の持つ細胞のように、組織を複製分裂させて傷を治すことが出来るのだ。それでいて鋼以上の強度を保有しているのだから笑えない。
形状記憶の効果もあるので、ダメージを受けると時間経過で自動修復する。今回、生命の鋼のドラゴンが高速で修復したのは、回復系のスキルが別で働いていたからだった。
丁度解析を終えたクウはそれを理解する。
―――――――――――――――――――
バハムート
種族 ファルス・セフィロト
Lv error
HP:――
MP:――
力 :――
体力 :――
魔力 :――
精神 :――
俊敏 :――
器用 :――
運 :0
【固有能力】
《黒》
《無限炉》
【通常能力】
《森羅万象》
《魔力支配》
《気力支配》
《超回復》
【加護】
《巧王の加護》
【称号】
《巧王の僕》《偽竜王》《鉄の竜》
《量子化演算機》
――――――――――――――――――――
《黒》
常に周囲の状況へと適応し、無限に進化する
ためのスキル。必要に応じて自動的にスキル
を習得する。習得したスキルは【固有能力】
となる。
また、必要ならばスキルを統合する。
《無限炉》
学習スキル《黒》によって得た。
空間エネルギーを削り取ることで虚数次元から
辻褄合わせのエネルギーを引き出す。引き出し
たエネルギーを溜める器に限界は存在するが、
引き出せるエネルギーは実質無限。
《巧王の加護》
ラプラス・アルマの加護。
五百年以上もかけて組み上げた特殊な加護であり、
ラプラスの力を殆ど注ぎ込んでいる。これによっ
てラプラスは弱体化しているが、通常では有り得
ない【固有能力】を与えることに成功した。
恐らく、バハムートは準超越者に値するだろう。スキルの組み合わせ、種族特性や特殊な加護によるブーストで、ソレに値する程に至っている。学習して更なる強化が出来るとすれば、いずれは超越者クラスにもなれるかもしれない。
エネルギーは《無限炉》のお陰で際限なく供給可能で、運動能力もエネルギーに応じた分だけ上昇する仕組みとなっている。スキル《黒》による適応で受け取れるエネルギーが増大すれば、超越者並みの能力を得るだろう。
魂がないので権能には至らないだろうが。
「それにしてもやはり『人形師』が絡んでいたか」
「誰かしら?」
「知らなかったっけ? まぁ、後で知識を送る」
「お願いねマスター」
「それはともかく、コイツが相手なら……俺が来て正解だった」
時間を掛けるほどバハムートは成長する。ならば弱い内に殺すのがセオリーである。
そんなクウの殺気を感じ取ったのか、バハムートは口元にエネルギーを溜め始めた。魔素に変換された虚数次元の余剰エネルギーが限界まで圧縮され、空間が歪む。
クウはそれを見て右手を伸ばし、人差し指をバハムートに向けた。
「鋼鉄の偽竜が図に乗るなよ。過剰にエネルギーを注ぎ込んだだけの杜撰な息吹で抗えると思うな!」
そう言って指先に魔素と気を収束させる。自身の制御能力によって有り得ないほど圧縮された白銀のエネルギー体が同じく空間を歪ませた。
収束率と圧はバハムートを遥かに凌ぐ。
クウとバハムートの一撃は同時に放たれた。
「《崩閃》」
「グルオオオオオオ!」
白銀の閃光と純白の閃光がぶつかり、一瞬だけ拮抗する。
そしてすぐにクウの《崩閃》がバハムートのブレスを散らし、打ち勝った。そのまま白銀の光線はバハムートの口に直撃し、大きなダメージを与える。
勿論すぐに修復するが、クウはそれより先に動き出した。
「ステータスに縛られている以上、逃れられないぞ? 《神象眼》」
クウは光の鎖を出現させ、バハムートを縛り上げる。これは意思次元からの干渉で情報次元を封じ込め、スキル発動はおろか、まともな行動さえ不能になるというものである。
幾ら超越者に近づいても、意思次元を操るクウとは絶対的な差があるのだ。
バハムートはドームの上で倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。
「さてと、こいつを殺すには《超再生》を機能させないために身体全体を吹き飛ばす必要がある。でも、幾ら俺でもドームに被害を出すことなくバハムートだけを消し飛ばす自信はない。能力上は可能だけどな」
「あら、マスターでも出来ないことはあるのね」
「これでも能力に関しては練習中の部分も多くてな。超精密な能力コントロールに関してはまだ完全とは言えない」
「ならどうするの?」
「コアを潰す。ゴーレムなら人間の心臓に当たるコアがあるはずだからな」
クウは以前、亀型超巨大魔物アークと戦った際に、急所をピンポイントで破壊する即死魔法を得た。《真理の瞳》による解析と集中力が必要な所が欠点だが、今はバハムートも拘束されており、十分に演算時間を確保できる。
情報次元を辿ってコアを探し出し、ピンポイントの月属性魔術で破壊することは可能だ。
バハムートを身体全て吹き飛ばすよりよほど合理的である。
そう言ったクウは《真理の瞳》でバハムートの体内を解析し始めた。
(……いや、無理だろこれ)
自信満々で解析を始めて五秒。
あっという間に挫折する。
それもバハムートの情報防壁があり得ないほど複雑怪奇で強固だったからだ。暗号化処理とダミーコードによってとんでもない情報防壁を構築しているのである。
例えるなら、箱を開けるために百桁の掛け算の答えからなる解除コードが必要になるようなものだ。更に、箱を開けたとしても欲しい情報とは限らない。千個に一個しか正解の箱はなく、他は全て偽物という状況だ。解析も嫌になる。
恐らくは制作者の『人形師』ラプラスが張っておいた予防策である。ステータス情報は世界が保有しているので問題なく閲覧できたが、より詳しいバハムートの情報は難しい。
難しい表情を浮かべるクウに対し、ベリアルも心配そうな様子で声をかけた。
「どうしたのマスター?」
「……予想外に解析が難しくてな。どうしようかと悩んでる」
「時間を掛ければ突破できるかしら?」
「無理だな」
暗号化を解除するコードは常に乱数処理によって変化している上に、一度解除した暗号化も数秒経てば再び自動で暗号化処理されてしまうのだ。非常に厄介である。
解除するには一瞬で相当量の演算処理を実行しなければならないだろう。
少なくともクウには無理である。
バハムートの持つ称号《量子化演算機》は伊達ではないということだ。
「仕方ない……か」
クウは光の鎖を解除した。
途端にバハムートは暴れ出す。
しかしクウは冷静に霊力を眼に集中させながら静かに閉じた。
「《月界眼》」
世界は夜に塗り潰され、暗黒の空には満月の月が浮かぶ。
クウの世界侵食が発動したのだった。
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