EP345 謎の敵
急な通信で六人の相談事は中断せざるを得なくなった。
その上、連絡を入れて来たリグレットの妹レミリアは六人の間に更なる議題を投下することになる。
『私たちの国が襲われたの。助けて欲しいの』
「なんだって? 大丈夫なのかい?」
『今のところは兄上がくれた都市防壁のお陰で国自体に被害はないの。でも、防壁が壊されるのも時間の問題だと思う。それに反撃しようと送った私の兵士たちも全滅してしまったの』
ヴァンパイアは数こそ少ないが、寿命が長い上に高い身体能力を有している。全体的に知能も高く、スキル群も良く鍛えられている。吸血することによって一時的なステータスアップも可能であり、戦闘に関しては魔族の中でも最強だった。
出生率が低く、現在は都市国家【ナイトメア】に数千人が生きている程度である。その内の多くは若いヴァンパイアであり、最強クラスの長く生きたヴァンパイアは数十人しかいない。
ちなみに、七百年以上を生きるレミリアも最強クラスの一人だ。
というより、ヴァンパイア最強は女王の彼女である。
そんな、少ないが精鋭の揃っている【ナイトメア】に何者かが襲撃をかけ、ヴァンパイアたちは反撃するも全滅という結果に終わっている。これは驚くべきことだった。
「亡くなった兵士は?」
『八人。一人は五百年以上を生きる強者だったの。他はまだ百年ほどしか生きていない若造だったけど、弱いわけではなかった……』
リグレットもまだ状況把握が完璧ではないのが、拙い状況ということは理解できた。
少なくとも、上位ヴァンパイアを含めた部隊が全滅するほどの相手によって【ナイトメア】が攻撃されているのだ。これは災禍級の魔物が出現したということに他ならない。
それも一体や二体ではないだろう。
災禍級といえど、上位ヴァンパイアならば一対一で倒すことが出来るからだ。
(あるいは【アドラー】が……? いや、まさかね)
一瞬だけリグレットの頭に浮かんだのは【アドラー】の超越者だ。魔王オメガはないだろうが、四天王のような超越者が攻めて来たならば上位ヴァンパイアでも歯が立たない。
しかし、それはすぐに思考から除去される。
何故なら、【ナイトメア】を守る防壁は超越者の攻撃に耐えられるほどのものではないからだ。魔法的な処置で頑丈さは限界を超えているのだが、流石に超越者を相手に耐えられるほどのものではない。レミリアはどうにか防壁も耐えていると言っていたので、超越者の可能性を排除したのである。
「敵の情報は?」
『残念だけど全くないの。監視システムも機能していないから……』
「……それは難しい話だね」
ヴァンパイアは日の光に弱いという種族特性を有している。全身に気怠さを覚え、ステータスも三割ほど低下する。思考力も鈍ってしまうのだ。その代わり、夜はステータス三割増加という特性を有している。
ちなみに、ヴァンパイアのステータス値は、昼夜で変動するステータス値の平均となっている。
そして【ナイトメア】は都市全体をドーム状の防壁で囲い込み、常時夜と同じ状態を保っている。天蓋には月と星が魔法投影されているので、殺風景と感じることもない。
代わりに外の様子も見えないので、普段は監視システムを利用した外部の監視も行っているのだが、今回はそれも機能していないので敵の情報が入手できなかったのである。
『ごめんなさい。でも助けて欲しいの』
「構わないさ。タイミングとしては丁度良かったよ」
リグレットはそう言ってクウの方を見る。
つまり、今回もクウが動けという合図だった。【レム・クリフィト】を【アドラー】から守るためには最低でも魔王アリアが滞在している必要がある。その上、国防上の極秘魔道具などを多数管理しているリグレットも手が離せるわけではない。少し不在になる程度なら問題ないが、数日を越えるほどになると拙い。本来ならば、日を跨いで不在になる期間があるのは望ましくないくらいだ。
「すぐに対処しよう。僕は直接動けないけど、対処できる人材と共にそちらに転移するよ」
『ありがとう兄上!』
レミリアはそう言って通信を切る。
そしてイヤリング型の通信魔道具から手を離したリグレットは、クウに向かって口を開いた。
「そういうわけだから頼むよ」
「まぁ……いいけど」
ゆっくり休めるのかと思えばこれである。
溜息を吐いてしまったクウに対して、アリアは同情的な目を向けていた。
「済まないな。【ナイトメア】は【レム・クリフィト】の同盟国でもある。こういったときは戦力を送れるように協定を結んでいるのだ。魔法陣による転移も出来るが、今は緊急だ。私が転送しよう」
「分かった。とりあえず、詳しい話は向こうに行ってからだな……早く帰って来れるように努力しよう」
ユナの機嫌を直すために添い寝の約束もしているのだ。ユナ、リア、ミレイナも近いうちに人族領東海岸へと向かうので、早めに帰らないとユナの機嫌をさらに損ねることになる。
クウとリグレットが立ち上がって簡単に準備を整えると、アリアも転送の用意を完了した。
「リグレットは直接【ナイトメア】の宮殿に飛ばす。クウは【ナイトメア】の外に飛ばすから早急に対処してくれ。リグレットは状況を把握したら向こうにある転移魔法陣でこちらに戻って欲しい」
「了解だ。いつでもいいぞ」
「少し空けるから油断しないようにねアリア」
「勿論だ。【神聖第五元素】の範囲も広げておく」
簡単に挨拶した後、アリアは術を発動させて二人を転送した。魔王アリアの権能【神聖第五元素】はアリアの意思力を反映する特異粒子を散布することで現象を引き起こすことができる。高度な術である空間移動さえも、アリアは願うだけで発動可能なのだ。
そして残った四人の中でユナは頬を膨らませながら呟く。
「むぅ……くーちゃん成分が足りない」
二度と離れたくない。
それがユナの感情である。それは物理的に不可能であり、今の状況的にも不可能なのは理解している。しかし、文句の一つも言いたくなるのが本音だ。
全ては邪神カグラと光神シンのせい。
ユナはこの二つの神に対して呪いの言葉を送る。勿論、内心で。
「うぅ~。とりあえずリアちゃん成分で我慢するしかないな~」
「ユ、ユナさん!?」
「もぅ。おねーちゃんって呼んで欲しいなぁ。あー、リアちゃんは柔らかくてあったかい。えへへ」
「お、お姉様?」
リアが困惑するほど力強くユナは抱き着く。
苦笑するアリア。
お菓子を食べ続けるミレイナ。
ともかく、リグレットが帰るまでこの状態は続くのだった。
◆ ◆ ◆
一瞬の浮遊感を感じた後、クウの視界には白銀の世界が広がっていた。薄暗い空からは数メートル先が分からなくなるほどの雪が降り、地面にもかなり積もっている。
クウは「魔眼」を発動せることで情報次元を知覚した。
光による情報を越える膨大なデータが視界に映り、周囲の状況を把握する。
「これが……【ナイトメア】か!」
雪で全貌は見えないが、ドーム状の外壁に囲まれた超巨大都市国家が眼前にあった。中心部に女王の宮殿を据えた円形の計画都市で、暮らしやすさと美しさを両立させた芸術作品とも言える。数千人が住むには大きすぎる街であるため、現在は街の中心部分のみしか機能していない。勿論、ドームが邪魔でクウには内部を見ることが出来ないのだが。
攻撃を受けているためか、ドームは周期的に激しく揺れていた。このままでは壊れてしまうのも時間の問題だろう。
内部の様子も興味深いが、取りあえずは【ナイトメア】を襲撃している謎の敵を倒し、可能ならば解析して原因も探ることである。
「標的は……あっちか」
情報次元を見ると、多数の反応が見える。どうやらドーム外壁を攻撃している敵勢力はかなりの数らしく、数えるのは少々面倒だ。感じ取れる魔力や気は少ないので恐らく雑魚だろう。統率する個体がいると考えるのが妥当である。
クウは早速とばかりに雑魚掃討を開始した。
「やるぞベリアル」
「ええ、了解よマスター」
腰に差した魔神剣ベリアルから瘴気が湧出し、形を成してベリアルが現れる。そしてクウは「意思干渉」によって自分の感知能力をベリアルと共有し、標的排除を狙い撃つ。
「『悪意の底へと封じられし我が力よ
今この時をもって解き放ちましょう
我が手の中に死を
千の敵を殺す力を
謳う唇は死を告げ知らせ
果ての彼方より加護を与える
一矢をもって万軍を討ち果たす
さぁ穿ちなさい!
《アルテミスの矢》』」
因果への干渉によって必中となった死の矢が雪の向こう側へと殺到する。本来はベリアルが視界にとらえた対象全てを殺すという技であり、クウから感覚共有の補助を受けることで効果を上げている。数メートル先までしか見えない大雪の中でさえ、必中効果は発揮された。
全てを刺し貫いたという結果を達成するために、矢が分裂してそれぞれの標的へと向かうという原因が生じる。
クウの眼には、確かに敵対勢力数百が消失したと知覚する。
「取りあえずは倒したか。ボス個体はどこにいる……?」
今度は《真理の瞳》で情報次元に深くアクセスを広げ、感知範囲を増大させる。恐らく、先ほど消滅させた敵勢力は一部分でしかない。統率個体が率いる軍団の一角にもならない雑魚集団なのだ。
そうでなければ【ナイトメア】のドーム状防壁が破られる危機にさらされるわけがない。
洪水のように押し寄せる情報をより分け、自身の頭で整理してようやく周囲の情報を知覚していく。範囲を広げるほどに情報量は増えるので、遠距離を調べるのは時間がかかるのだ。
ドームは直径十キロを超えているので、【ナイトメア】周辺全てを検索するのは時間がかかる。
しかし、探索しながら各個撃破するよりは効率が良い。
ベリアルはクウと近く共有しているので、雑魚を発見するたびに《アルテミスの矢》を天に放って敵を仕留め続けた。
「見つからないな」
雑魚は見つかるのだが、統率個体と思われる存在は見つからない。
探知を始めて既に十五分が経過しているので、早く見つけないと本当にドームが壊れてしまう。外敵を感知するために監視システムが生きていれば、中で情報を仕入れてすぐに対処することも出来た。しかし、何かしらのジャミングを受けているらしく、監視システムは停止している。統率個体を見つけるにはクウの努力が必須なのだ。
知覚を共有しているベリアルは黒い弓を構えつつクウに話しかけた。
「ねぇマスター? 感知を上にも広げてみない? もしくは下に」
「上か下? なるほどな」
現在、クウは《真理の瞳》による負担を減らすために、地上五メートル分だけの高さまでの範囲を広く探知している。これだけ探して見つからないとすれば、後はさらに上、もしくは地下だろう。
それは盲点だったと、クウは上に向かって情報次元を追い始めた。
数分が経ち、ベリアルの助言は正しかったと実感する。
「見つけたぞ。かなりデカい!」
「ええ、これは私の矢でも一撃では難しいわね」
「だが、これだけの巨体ならあの振動も頷けるな」
クウが情報次元の中で見たのは一キロほどもある巨大な何かだ。少し前に見た神龍すらも上回る大きさがドームの上に乗って暴れているのである。ドーム防壁で最も弱いのは頂点なので、そう考えるとその場所で暴れるのは効率的だ。
もっとよく考えれば早く見つけられたとクウは後悔する。
しかし、その時間すら惜しい。
すぐに翼を展開し、クウは一瞬にしてドームの頂上まで飛翔した。
そして霊力を瞳に集中させる。
黄金の六芒星が輝いた。
「雪を晴らせ。《神象眼》!」
現実を塗り替える能力によって天候すら変えてみせた。
雪は止み、暗い雲は消え去って日の光が差す。
そして敵の正体がクウの眼前に姿を見せた。
「これは……」
「凄いわねマスター」
「ああ」
魔神剣ベリアルを通してクウの側に移動したベリアルの言葉に同意する。
二人の目の前にいたのは全長一キロにもなる巨大な金属の塊。いや、ドラゴンの姿をした何かだった。クウは情報次元を見ることで、それが生命でないことを理解している。
つまりはゴーレム……ドラゴンに似せた金属体だったのである。
目には赤い炎が灯り、金属の牙と爪がドームに食い込んでいたのだった。
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