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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
精霊王編
344/566

EP343 力の差


「俺がお前と?」


「そうだ!」



 聞き返したクウにセイジは強く答える。

 しかし、何を今さら? というのがクウの思いだ。精霊王は既に倒したし、仮にクウが死んだとしても精霊王は帰ってこない。何故戦うのか意味不明だったのだ。



「戦う意味がないだろ」


「いや、ある。僕が勝ったらこれ以上の悪事は止めるんだ!」


「はぁ?」



 まるで意味不明、とでも言いたげな表情を浮かべるクウにセイジは苛立ちを募らせる。情報不足のせいでクウの言葉をあまり理解できなかったセイジだが、簡単に精霊王を殺したことで悪だと断じたのだ。

 少なくとも、殺すことは悪という観念は残っているらしい。

 尤も、これはそんな甘いことを許される事態ではないのだが。

 そしてセイジがそんなことを言いだしたのには別の理由もある。



「僕は朱月あかつきが敵となってやって来ると予言で聞いていた。嘘だと思っていたけど真実だったよ。だから少なくとも、僕は光神シンを信じている。人族に害をなすというのなら僕が止める!」


「待てや桐島!」



 レンが止めようと声をかけるが、セイジは聖剣を抜いてクウに斬りかかった。勇者としてのスペックを十分に使いこなしている一撃である。

 しかし、超越者クウからすれば遅い。



「仕方ない」



 虚空リングから何の変哲もない鋼の長剣を取り出し、オーラと魔素を纏わせて受ける。腰に差した魔神剣ベリアルでも良かったのだが、神装は強力すぎて危ないので普通の武器にしたのだ。

 聖剣と鋼の剣が打ち合わさり、セイジは簡単に弾き飛ばされた。



「うわっ!?」



 単純な技量は殆ど同格だろう。クウは両刃の剣に関してはそれほど鍛えているわけではないのだ。今のは単純に力の差で吹き飛ばされてしまったのである。

 たとえ聖剣だったとしても、普通の剣に濃密なオーラと魔素を纏わせれば十分に戦えるのだ。いや、寧ろオーラと魔素の扱いの方が、武器性能よりも戦いを左右する。

 相手の武器が神装でない限り、という条件は付くが。

 吹き飛ばされて地面に転がったセイジに元にリコとエリカが駆け寄った。



「清二! 大丈夫なの?」


「治療します!」


「いや、大丈夫だよ絵梨香。大した傷はない」



 セイジはそう言って立ち上がった。

 リコはそんなセイジに寄り添いつつ、きつくクウを睨みつけて言い放つ。



「ちょっと朱月君! どういうつもりよ!」


「いや待て。先に斬りかかってきたのは桐島だろ。大人しく切られろとでも言いたいのか?」


「うっ……そういうわけじゃないけど……」



 セイジを傷つけられたことで咄嗟に言ってしまったが、先に手を出したのはセイジの方だった。正論で言い返されてリコは黙り込む。

 代わりにエリカがクウへと質問を投げかけた。



「朱月君。投降しませんか?」


「……なんで?」


「ここで私たちが本気を出せば、朱月君を捕まえることぐらい出来ます! 下手な抵抗をするより、投降してくれるなら私たちも手荒には扱いません。元はクラスメイトですし」


「っ! そうよ。降参するなら今の内よ!」


「………はぁ」



 エリカに同意するようにしてリコも投降を呼びかけるが、これにはクウも呆れるばかりだった。

 光の鎖で簡単に動きを封じられ、《黒死結界》も破壊出来なかった。そんな彼らに勝ち目があるとでも思っているのだろうか。人数が多いからと、幻想を抱いているようにしか思えない。

 所詮は狭い世界で最強と呼ばれるだけの勇者である。

 もはや格が違うクウが相手では人数など意味がない。

 呆れた様子でクウは答えた。



「馬鹿か? お前たち程度で俺を倒せるわけないだろ。実力差も分からないのか?」


「ふん。大丈夫よ。私たちが力を合わせれば災禍級の魔物だって倒せるんだから!」



 自信たっぷりのリコ、そしてリコを窘める様子もない他の勇者たちを見て、これはダメだと考えた。別に無視して帰っても良いが、ここは反抗できなくなるまで心を折っておいた方が確実。このまま帰ってしまっては、精霊王の意思を継いで魔族と戦争を起こしかねない。

 そこでクウはエルフたちの方を一瞥し、光の鎖を解いた。

 そして少しだけ気配を強めてから告げる。



「全員でかかってこい。別次元の強さを見せてやるよ。ベリアルは手を出すな」


「分かったわマスター」



 クウが鋼の剣にオーラと魔素を纏わせると、ベリアルは姿を消して魔神剣ベリアルの中に戻る。相手は勇者五人、ユーリス・ユグドラシル、そしてエルフの長老が六人で合計十二人だ。しかし、相手はステータスに縛られた身であり、超越者であるクウの足元にも及ばない。

 勝負は初めから決まっているようなものだった。



「フローリアの仇よ!」



 まず先に動いたのはユーリスである。精霊王が死んだことで加護も消え去り、【固有能力】も同時に消えてしまっていた。今の彼女は普通の魔法使いと同じく、スキルによる魔法しか使えない。

 見えない風の弾丸がクウを襲いかかったが、所詮は人のレベル。

 クウは魔力感知で場所を捉え、表情も変えずに全て斬り落とした。

 そして反撃とばかりに弱めた斬撃を放つ。

 白銀のオーラに魔素が混ざった斬撃が飛び、ユーリスを吹き飛ばした。



「陛下! 貴様ぁっ、精霊王様だけでなく陛下までも!」


「赦さん!」


「精霊様の仇!」


「我が剣の錆となるがよい!」



 レッドカーネーション、ブルーコスモス、イエローレープ、ブラックローズがそれぞれ武器を取り出してクウに襲いかかる。各家が得意とする剣、槍、斧、細剣を手に取り、全速力で駆けた。

 そして残りのグリーンソーンとヴァイオラベンダーは吹き飛ばされたユーリスに駆け寄る。



「御無事ですか陛下」


「問題ないわグリーンソーン」


「治療します。しばしお待ちください」


「頼むわねヴァイオラベンダーも」



 グリーンソーン家当主は《結界魔法》、ヴァイオラベンダー家当主は《回復魔法》の特殊属性を保有しており、そのためユーリスの方へと駆け寄ったのだ。精霊王フローリアが消滅したことで精霊魔法が使えなくなった今、頼れるのは自分のスキルだけとなる。

 幸いにも長老家の当主クラスにもなれば、自身のスキルも充分に高めている。

 精霊魔法に頼り過ぎだった部分は否めないが、どうにかなりそうだと感じていた。

 しかし、それは思い違いだったとすぐに判明する。



「遅い」



 クウは亜音速で動き、武器を全て叩き切った。

 レッドカーネーションの剣、ブルーコスモスの槍、イエローレープの斧、ブラックローズの細剣は全て歴史を刻んだ名のある武器だったのだが、クウの持つ名もなき鋼の剣によって、いとも簡単に破壊されてしまったのである。

 それも武器に魔力を流して強化する《魔纏》を発動させていたにもかかわらず。

 これにはエルフたちも驚く。自分の家に伝わる当主が受け継いできた武装が、いとも簡単に破壊されてしまったからである。お陰で隙を晒し、簡単に蹴り飛ばされ、たったの一撃で動けなくなった。

 そんなエルフたちに向かってクウは呟く。



「魔素だけで俺のオーラを防ぐことは出来ない。高位能力者なら武器や肉体にオーラと魔素を同時に纏わせるのは基本だぞ? もう聞こえてないかもしれないがな」



 クウの蹴りは内部まで威力が浸透したので、喰らった四人は内臓を掻きまわされるような鈍痛に襲われ、一撃で意識を奪われた。

 しかも、常人では理解できない亜音速の領域。

 勇者の中で一番高いステータスを持つセイジですら、辛うじて動きを捉えることが出来た程度である。

 とはいえ、SSSランク魔物で最悪と言われる災禍級ならば、あり得る速さだ。

 以前に似た魔物を撃破したことのあるセイジ、リコ、エリカは逆に冷静になる。



「絵梨香! 結界!」


「はい!」



 セイジの指示に従い、エリカは《結界魔法》でクウを閉じ込める。シンプルな半球状の結界だが、耐久力はかなり高い。特に内部からの干渉を拒絶する捕獲用の結界だった。

 しかし、クウには効かない。



「月よ纏え」



 そう言って何度か剣を振るうと、結界はいとも簡単に壊れた。月属性の消滅を纏わせたので、結界は強度に関係なく壊れてしまうのである。



「そんな!」



 エリカは悲痛な声をあげる。自信のある結界を簡単に壊されたのだから仕方ないだろう。

 しかし、セイジは気にした様子もなく口を開いた。



「いや、十分だよ絵梨香。チェックメイトだ!」



 既にクウの周囲には百を超える光の剣が展開されていた。セイジが発動した《光の聖剣》による効果である。更にレンは銃を、アヤトは弓矢を構えてクウに向ける。

 そして投降を促すためにセイジは言葉を続けた。



「まだやるのか朱月? 投降して罪を償え!」



 周囲を見渡す・・・クウに対してセイジは呼びかける。

 隙間なく埋められている光の剣があるので、一斉攻撃されたなら避けることなど出来ない。更にレンとアヤトも遠距離武器で睨みを聞かせている。これで勝ちだと誰もが思った。

 しかし、投降を狙う勇者と異なり、ユーリスは別の意見を述べる。



「ダメよ! そいつは危険なの! 殺しなさい。光神シン様の予言でもあったでしょう? それは生かしておけば人族に対して害を生むの! 早く殺して!」



 治療しているグリーンソーンとヴァイオラベンダーも当然のように頷いている。流石にリコとエリカは曇った表情を浮かべたが、セイジはそれを聞いても強い目のままクウに問いかけた。



「元クラスメイトのよしみだ。命の保証はする。だから投降を―――」


「全く。何勘違いしている? それで勝ったつもりか?」


「―――なんだって?」



 呆れたような、そして馬鹿にしたような溜息を吐くクウにセイジは眉をひそめた。どう見てもクウは詰みなのだ。ここから逆転など有り得ない。セイジだけでなく他の四人もそう思う。

 しかし、それが勘違いであることは明白だった。

 勇者は一般人であり、クウは超越者。

 それだけの話なのである。



「言っておくが、詰んでいるのはお前たちの方だぞ?」



 クウが指を鳴らすと、発動中だった《光の聖剣》は全て消失して、代わりにセイジたちを囲むように無数の剣が出現する。

 驚いたセイジたちがクウを見ると、その両眼には黄金の六芒星が輝いていた。



「その目……」


「俺は魔眼使いでね。俺に見られた時点で勝負は決まっていたということさ」



 要するに《幻葬眼》からの《無幻剣ファントムソード》の組み合わせである。セイジの使った《光の聖剣》を幻想に還し、逆に無数の幻剣を突きつけてしまったのだ。

 セイジ、リコ、エリカ、レン、アヤト、ユーリス、そして倒れている者を含む六人の長老。彼らはクウの能力によって一歩も動けなくなっていた。



「そして最後に俺の力の一端を見せてやるよ……《虚無創世ジェネシス》!」



 クウは遠くにある一点へと霊力を集中させ、臨界状態まで引き上げる。限界を超えた空間は、次元を引き裂いて大爆発を引き起こし、一つの小宇宙を作り上げる。隔離された界を形成し、対象を閉じ込めて無限の虚数次元へと引きずり込む月属性大魔術。

 それによって遥か遠くの大地は削り取られ、重力による収縮で大崩壊ビッグクランチを引き起こした。

 魔術が発動した跡には何も残らない。

 生物も植物も無機物も、空気さえも異次元へと飲み込まれたのだ。



「じゃあな。それと最後に一つ。お前は俺を悪と断じたが、本当にそうか? 魔族との戦争を引き起こそうとする勇者と、精霊王を殺して戦争を止めた俺。悪はどちらだ?」



 そう言ってクウの姿は揺らぎ、その場から消えてしまった。

 幻術を使って姿を消したのである。

 数分後に幻剣が消え去るまで、誰一人として口を利くことが出来なかった。











 ◆ ◆ ◆










 大樹ユグドラシルは枯れた。

 死の瘴気が侵食したことで黒く染まり、炭化してしまったかのように見えるほどだ。精霊王が消滅したことで権能【世界元素エレメンタル】も消え去り、それによって全ての精霊も消失する。

 精霊魔法を失ったエルフは大きな混乱に包まれた。

 さらに浄化システムが動き出したことで魔物が大量に発生。これまでには考えられなかった強力な魔物の大軍に加え、高頻度のスタンピードといった混乱に包まれる。

 混乱は悪意を生み、それによって魔物が生まれるという悪循環に陥っていた。

 ある程度の時間が経てば収束して落ち着きを見せるのだろうが、精霊王の消滅はそのことを難しくさせるほどに悲しみを生んだのである。

 五人の勇者たちは転移を駆使して各地を回り、混乱を鎮めるために奔走し始める。



「強くなるために修行が必要だ。アイツを越えるために!」



 それが筆頭勇者セイジ・キリシマの言葉だった。

 そしてセイジが目標としたクウ・アカツキは精霊王殺しとして第一級犯罪者に指定される。似顔絵と共に判明した能力が各地で公開され、これまで以上に指名手配されるようになったのだった。








これにて精霊王編は終了です。

クウと勇者は対立し、勇者は今以上に力を求めます。

正直に言えば、クウの実力なら精霊王なんて簡単に倒せるので、精霊王編と言いつつも精霊王討伐はあっさりしたものでした。もう一つのメインは勇者たちとの対立ですから!



というわけで次回から新章へと移ります。

吸血鬼をリグレット以外で大きく取り上げるつもりです。そしてまだ見ぬ四天王も……?


『吸血鬼の女王編』をお楽しみに!

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