EP342 精霊王の消滅
紫のドレスを翻したベリアルはあらゆる方向に死の矢を放つ。その数は八。
しかしそれは適当に撃っているのではなく、次に発動する術のために放った布石だった。
黄金の炎を思わせる星の精霊の右肩に乗る精霊王フローリアは何かしてくるとすぐに悟った。何故なら、自分たちを中心として八方に規則正しく死の矢が配置されたからである。
地面に突き刺さった八本の矢は術式の基点なのだ。
「《八星黒瘴陣》」
八つの黒い矢が瘴気を放ち、正八角形の結界を創り出す。そして内部に莫大な死の瘴気を閉じ込め、大爆発を引き起こした。死を内部に閉じ込めて炸裂させることで、結界内部だけを綺麗に殺し尽くす。それが《八星黒瘴陣》である。
しかし、毒で弱っていてもフローリアは超越者だ。
星の精霊が自らを盾とすることで瘴気を防いだ。
その代わり、星の精霊は身体の六割が消失してしまったが。
「星の精霊がダメージを受けた? 厄介な概念能力」
「ふふふ。これでも攻撃力には自信があるの」
「でもコレはもう必要ない。既に霊力は溜まった。次は私の番」
フローリアは星の精霊に攻防を任せ、自身は霊力を溜めていた。それは権能【世界元素】の切り札たる世界侵食を使うためである。
超越者としての第二段階とも言える到達点。
千年を超える月日を生きたフローリアは当然のように会得していた。
「《精霊現界》」
霊力を解放したフローリアの周囲が意思によって浸食される。空間そのものがフローリアを味方するように変貌し、世界という一つの精霊と化した。
先に使った《星の精霊》はこの《精霊現界》の劣化版である。法則全てを内包した精霊を創り出す《星の精霊》と異なり、《精霊現界》は世界そのものを精霊化して内部に取り込むというもの。
この世界では星の精霊を無限に自在に生み出すことが出来る。
「行って」
フローリアの意思に応えて世界が星を顕現させた。
星の化身とも言える黄金の巨人は、人型で揺らぎつつもベリアルを追い詰めるべく動き出す。その間にフローリアは星の精霊をもう一体生み出し、空間転移門を作らせていた。
「させないわ」
ベリアルは雨の如く、それでいて針の穴を通すような精密さの矢を飛ばす。一撃で対象を殺すことが出来る死の矢も、星の精霊が相手では無理だ。この星の精霊は準超越者とも言える存在なので、内包した意志の力で瘴気を相殺してしまうのである。その間に内部にある浄化の法則を利用し、瘴気を無効化してしまうのだ。攻撃を集中することで星の精霊の一部を削ることは可能だが、殺すことは難しい。
つまり、ここでフローリアの逃亡を阻止するためには絶妙な射撃で転移門を殺さなくてはならない。
「《ブリューナク》!」
貫通特化の一撃で星の精霊という壁を突き破り、フローリアが潜ろうとしていた転移門を破壊する。星の精霊はあくまでも浄化の力で死の矢を無効化しているので、一瞬で貫かれると意味がないのだ。
「邪魔! 星の精霊! 《崩壊を誘う神槍》!」
「マスターの霊力を収束。《一矢黒葬》!」
フローリアは再び世界を崩壊させる一撃を放った。
対するベリアルはクウから流れてくる霊力を全て収束し、一本の矢に仕上げる。お陰で瘴気が空になったが、威力は通常の矢と比べて桁違い、いや次元違いだ。
しかしフローリアは鼻で笑う。
「芸がない。瘴気なんて幾ら固めても《崩壊を誘う神槍》は一撃で全てを消し去る。私はお前に構っている暇はない」
死の刻限は残り五分にまで迫っている。
フローリアが死ぬ間際故に、死力を尽くしていた。準超越者クラスの存在でしかないベリアルに、決死の超越者の最大攻撃を相殺するなど傲慢にも程がある。
《崩壊を誘う神槍》と《一矢黒葬》は同時に放たれた。光速で飛ぶ神槍は矢を放ったばかりのベリアルを一瞬で消し飛ばし、崩壊エネルギーの連鎖によって空間ごと塵に変えていく。
しかし、ベリアルの放った《一矢黒葬》はフローリアを狙ったものだった。
それを使って《崩壊を誘う神槍》と相殺させるのかと思いきや、初めから相打ち覚悟でフローリアを射抜こうとしていたのである。
油断していたフローリアも黒き一撃を受けて体が崩壊する。情報次元を殺す瘴気の力によって霊力で構成された体すらも吹き飛ばしたのだ。エネルギーが解放されて黒い柱が立ち昇り、世界が歪んだ。
「タイムリミットね」
十分後、崩壊した幻術世界と共に復活したベリアルはそう小さく呟いた。《一矢黒葬》によって全ての瘴気を使いつくしていたので、復活に時間がかかったのである。
しかし、フローリアの討伐も成功した。
死の瘴気によって内部から蝕まれていたフローリアは、《一矢黒葬》による大ダメージから復活できなかったのだ。いや、時間を掛ければ復活できたのだろうが、それよりも先にタイムリミットが訪れ、結果として消滅したのである。
元から死が確定していたのでベリアルの勝利とは言い難い。
しかし、弱っているとは言え超越者を足止めすることに成功したのだ。
ベリアルは主の役に立てたことを喜びつつ、本体の元へと空間移動したのだった。
◆ ◆ ◆
精霊王フローリアを助けようとセイジたちは全力の攻撃を《黒死結界》に叩き込む。ここでクウを攻撃しないあたり、甘さが残っているのだろう。精霊王は助けたいが、敵として現れた元クラスメイトも攻撃したくはない。そしてセイジたちには両立できるほどの実力もない。
「無駄といっているだろ?」
クウは残酷な事実を告げる。
しかしこれを言うのは既に五回目だ。勇者たちは頑なに《黒死結界》を破壊しようと攻撃し続けているのである。行動を封じる光の鎖で縛っているエルフたちも勇者たちに託すような目を向けているが、どう足掻いても結界は壊せない。
これは確定事項だ。
超越者でない者が神剣の概念効果を覆すことは出来ない。
「なんて結界だ……!」
「ダメよ清二! 諦めないで!」
「そうです。私たちなら出来ます!」
「もう一度やるよセイジ君」
セイジ、リコ、エリカ、アヤトは各々そんなことを言う。
しかし、絶対的な壁がある以上、気合ではどうにもならない。気合でどうにかなるのは同格の世界のみだからだ。
一方でレンは言葉によってクウを止めようと画策する。
「クウ……なんでこんなことするんや? なんで精霊王を殺さなあかんのや?」
「何度も言っているだろ? 精霊王は魔族と戦争を引き起こそうとしている。光神シンも人族が魔族と戦えるように補助している。だから邪魔するんだよ」
「魔族の味方するつもりなんか!?」
「違うね。俺はどちらの種にも平等だ。言っておくけど、魔族は人族を敵視などしていない。勝手に戦争を起こそうとしているのは人族だ」
「それなら千年前の話はどういうことなんや? 魔王が魔物と一緒に攻めて来たんやろ?」
「だから俺はその魔王を潰そうとしている。言ったはずだぞレン。魔王は二人いると」
多くの情報を持つクウと初めて聞くことばかりで混乱するレンでは言い争いにしかならない。
まず、人族は魔族のせいで魔物が増えていると勘違いしている。クウはそれが魔族のせいでないと分かり切っているので忘れていたが、人族はそのように信じているのだ。そして人族の考えを教えられてきた勇者たちもそのように考えている。
魔物は人族の脅威である。
それを止めて平和な世界にするためには魔族を駆逐しなければならないと本気で思われている。魔物が世界を浄化するシステムの一つだと知っているのは、この場でクウだけなのだ。
そしてもう一つの問題は『光の石板』である。光神シンの言葉を告げ知らせる聖なる石板として、【ルメリオス王国】にある光神教の教会の地下に祀られている。お告げがあると光の文字が浮かび上がり、これによって人類は神の意思を知ることが出来ると信じているのだ。この石板に魔族の討伐をしろと言われれば、疑うことなく実行に移ってしまうのである。これが当たり前だと思っているからだ。
さらに、人族には善神と悪神という考えが残っている。精霊王フローリアが意図的に作り上げた対立図なので全くの嘘なのだが、真実を知る術のない人族は今もそれを信じている。武神テラ、運神アデル、造神クラリアは悪神たちによって迷宮に封じられているなどという嘘八百が伝わっているのだから仕方ない。
ともかく、クウと勇者たちでは真実に対する情報量がまるで違う。
食い違うのも当然だ。
「だからってクウ! 精霊王を殺したり、大樹を枯れさせへんでもええやろ!」
「いや、それは必要だな。精霊王は害悪だし、大樹も邪魔にしかなっていない。アレは滅ぼすしかない。元からこの世界にはないもの……つまり異物だったんだ。それを排除するのは当然だろ?」
「異物……?」
クウの言葉を聞いてエルフたちが怒りの形相を浮かべているが、残念ながら言葉すら発することが出来ないのが現状である。
「そうだな……まぁ影響しない程度に教えると、大樹は魔物を生み出す手助けをしている。また、人族領に悪意が溜まりやすくなる手助けをしている」
「は?」
あまりにも衝撃的だったのだろう。
《黒死結界》に攻撃を仕掛けていたセイジたちも動きを止めた。
人魔境界山脈にある創魔結晶に魔力を送ることで魔物を生み出し、また四方に浄化システムを司る大精霊を置いて制御することで魔物が発生しなくなるようにしているため、結果的に悪意が溜まりやすくなっている。
詳しい部分は知らなくても良い真実だ。
天使のように世界の調整に関わるのなら別だが、大きな目で見れば一般人である勇者たちに知らせる必要などない。いや、知らせるわけにはいかない。
そんなとき、ふいにクウの隣に気配を感じた。
敵意はなかったので特に気にすることなくそちらを向くと、そこには紫の似合うベリアルがいた。
「終わったわマスター」
「そうか。じゃあ、アレはいらないな」
クウはそう言って腰に差した魔神剣ベリアルの柄に触れる。
するとドーム状になっていた揺らぐ死の瘴気の結界が消え去った。
「いい経験になったか?」
「ええ。中々面白い技を使ってきたわ。最後には《精霊現界》なんて術で結界内ごと塗り変えようとしていたほどよ。死ぬ前に使った最後の力ってところかしら?」
「あの結界なら世界侵食も封印できるのか。今後も活用できそうだな」
いつの間にか時間は過ぎていたらしく、死の瘴気による浸食は完了したらしい。大樹ごと内部から精霊王を潰したので、今頃は【樹の都】も大騒ぎになっていることだろう。
《黒死結界》内部で精霊王が死んだので、ベリアルはクウのもとに移動したのだ。体が死の瘴気によって構成されているので、本体である魔神剣ベリアルを持ったクウのもとへは一瞬で移動可能なのである。
「じゃあ、もう用はない。帰るぞ」
「分かったわマスター」
清廉な泉だった場所も立派な戦場跡へと変貌し、精霊王が死んだことで泉の中心にいた大精霊も完全消滅している。恐らくは他の大精霊も消えていることだろう。
任務完了である。
しかし、帰ろうとして背を向けたクウをセイジは反射的に呼び止めた。
「待て!」
「なんだ桐島?」
クウは立ち止まって振り返るが、明らかに面倒臭そうである。
その表情がセイジの怒りをさらに募らせた。
「本当に精霊王を殺したって言うのか!?」
「ああ、間違いなく」
《真理の瞳》を使えば、地中に張り巡らされていた”根”も消失していると観測できる。大樹と一心同体である精霊王フローリアは間違いなく死んだのだ。
「殺す必要があったのか……朱月?」
「何度も言わせるな」
「仮に君の言ったことが真実だとして、捕まえるだけじゃダメだったのか?」
「ああ、殺すしかなかったな」
呆気なくそう告げるクウに対して、セイジ以外は言葉も出ない。
コイツは本当に元クラスメイトか? と内心で思っていた。勿論、クウを知らないアヤトは除くが。
「話はそれだけか桐島?」
「いや―――」
冷たく聞き返すクウに対し、セイジは強い目で答えた。
「僕と戦ってくれ」
クウは無関係な人を巻き込むまいとして中途半端なことになっています。話し合いで済ませようとして正体を明かしたことが余計な混乱を生んだのです。
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