EP340 覚悟の差
クウが顔を見せたことでセイジたちは驚いているようだった。しかし、光の鎖で封じられているせいで動くことも出来ないし喋ることも出来ない。現在、意思を伴う行動は全て封じられているのだ。
「ベリアルが精霊王を抑えている間に話しておきたいと思ってね。まぁ色々と質問はあるだろうけど、俺も言いたいことがある。魔族と戦争するのは止めておけ」
それを聞いて憤慨したのは長老たちとユーリスだ。
長老と言ってもエルフは死ぬ間際まで若い姿を保っているので、老人には見えない。しかし、ユーリスや彼らは遥か昔から光神シンを信仰し、大樹を崇めて来たのである。その大樹を滅ぼそうとしているクウが、魔族と戦争するなと言っても『ふざけるな!』と言いたいだろう。
しかし、クウとしても今回言い聞かせたいのは勇者たちである。
そのままでは外野が五月蠅いので、光の鎖で封印していたのが役に立った。
「まぁ、何故? と聞きたいのは分かる。だから簡単に説明しておく。お前たちと魔族が戦争を起こせば、それは面倒な奴を呼び寄せることに繋がる。それ以前に、お前たち程度では魔王を倒すことなど出来ない。言っておくけど、魔王の力は俺と同等だ。こうして簡単に封じられている時点で結果は見えている」
クウの言葉にセイジたちも言い返せない。
勿論、封じられているので言い返せないのは当たり前だが、心の中ですらクウの言い分に納得していた。しかし、次に告げられたのは皆を驚愕させることだった。
「ちなみに魔王は二人いるからな? 東の魔王と西の魔王がいるのは知らなかっただろ? それと、西の魔王オメガは配下に四天王と呼ばれる強者を従えている。その内の三人は魔王にも並ぶ実力だし、残った一人も下手すればお前たちよりは上だ。これでも戦う気はあるのか?」
不用意に【レム・クリフィト】の戦力を教えないようにしつつ、セイジたちの心を折るために情報を与えていく。セイジたちが驚き、自身の力の無さに落胆しているのが言葉なくとも理解できた。
いや、しかしそれと同時に納得できないという思いも垣間見える。
およそ一年ぶりに現れたクウに言われて納得できないのは当然だろう。自分たちの何を知っているのかと言いたくなるのも分かる。
しかし、クウは勇者たちの実力を把握したうえで言っているのだ。
超越化どころか【魂源能力】すら有さない彼らには万が一にも勝機はない。もっと言えば、逃げることすら不可能だと。
あまりこちら側に関わらせる気はないので、固有名詞は避けつつの説得だが……
「大人しく引け。その間に俺たちが西の魔王を滅ぼす。それで終わりだ。光神シンにとって勇者は使い捨ての部品に過ぎないんだからな」
しかし、それが勇者たちの琴線に触れた。
セイジ、レン、アヤトからすれば、与えられた聖武器や聖鎧、そして【固有能力】はとても強力なものなのだ。使い捨ての人材に与えるようなものではないと考えている。
実際は神装こそが最上位の武装であるため、勇者たちがもつ武装程度は超越者からすれば取るに足らないものでしかない。その認識の差が決裂を生んだ。
突然、目に怒りを宿して何か言いたげにしているセイジを見てクウは困惑する。
たが、何を言っているのか分からないので、取りあえず光の鎖を解くことにした。
自由になったセイジはすぐに立ち上がり、聖剣を抜いてクウに言い放つ。
「ふ、ふざけるな朱月! 急に現れて……何を言いだすんだ!」
「何と言っても事実だな桐島」
「そんなの認められない……僕たちがどんな思いで戦いの中に身を投じて来たと思っている!」
「知るか。俺だって大変だったんだから」
とは言え、クウの言い方も悪かっただろう。
今の言い方では、これまでセイジたちがやってきたことはまるで無駄だと言っているようなものだ。彼らも彼らなりに自分たちを犠牲にして戦ってきた訳であり、それを無駄と評されれば腹も立つ。
それはリコやエリカも同じだった。
「あんたなんかに無駄だって言われる筋合いはないわよ」
「そうです。誠二君のやってきたことは無駄ではありません!」
命を賭けなければならない戦いは殆どなかった。
安全を確保して、勝てるように作戦を組んだうえで魔物を討伐してきたからだ。少し前の時空を操るリッチのような相手は例外である。
それでも絶対安全などなく、平和だった日本での暮らしとは真逆の生活を送ってきた。
その中でこの世界のために力をつけて来たのがセイジであり、自分たちなのである。
リコとエリカの自信はここから来ていた。
ただ一方でレンとアヤトは別の考えを持っていた。
「クウ……何があったんや……? 何を見て来たんや?」
「うん。僕もそれは気になるね」
レンはクウと親しい分、そしてアヤトは逆に全く知らない分、冷静にクウの言葉を受け止めることが出来ていた。クウの話を頭の中で整理した上で、どういうことかと詳しい話を求めたのである。
怒りで武器を向けるセイジ、リコ、エリカとは大違いである。
クウはレンたちへの回答は保留し、まずセイジたちに対して口を開いた。
「おいおい。人に武器を向けるってのがどういうことは分かっているのか? 随分とこちらの世界に染まってきたみたいだな?」
『っ!?』
どんな思いで戦ってきたと思っている、と言いつつもエヴァンという世界に染まり始めているのは確かだ。日本では武器を持ち歩くことなどなかったし、まして人に対して武器を向けることもなかった。
よくよく考えれば、聖剣や魔法は一撃で人を殺す可能性を秘めている。
クウに対して殺意があったわけではなく、単なる威嚇として武器を向けた。しかし、殺す気となればそれは無理かもしれない。
そんな三人に対してクウは続ける。
「言っておくけど、魔族も人と同じ姿をしている。まぁ、多少は身体的特徴もあるけど、見た目は人とほとんど同じだぞ。それを殺す気で戦えるのか?」
そう言われてしまっては仕方ない。
セイジ、リコ、エリカ、レン、アヤトは安全と分かっている模擬戦で人と戦ったことしかなく、人の殺害はまだ未経験だ。【ルメリオス王国】の騎士団長アルフレッド・テレリスは盗賊などを標的とすることで殺害に慣れさせようとしていたようだが、結局その手の依頼を受けさせることはなかった。情が移ったのである。
つまり、五人には人を殺すという覚悟がない。
魔物が相手なら無類の強さを発揮できるだろう。少なくとも人族の中では。
しかし、相手が人となった時、同じように力が振るえるのか。それは考えずとも分かる答えだった。力以前に覚悟がない。人を殺める度胸がない。勇者として持て囃されている現状に優越感を感じているだけだと思い知らされたのである。
(僕は……僕は……)
勇者としての責任を感じて強さを求めたのは間違いではない。
しかし、心の底で勇者である現状に満足していたのも事実だ。いずれくる戦争を楽観し、大丈夫だという無責任な発想でリコとエリカをも危険な場所に連れ込んだ。
改めて考えると恐ろしい。
そうしてセイジ、リコ、エリカが言葉を失っている間に、今度はレンとアヤトの疑問に答えた。
「次に……久しぶりレン」
「ああ、久しぶりやなホンマに」
「まさかお前までこっちにきていたなんてな」
「それはこっちのセリフや!」
「ちなみにユナもこっちにいるぞ。召喚時に酷い頭痛がして俺とユナのことを思い出さなかったか?」
「っ! その通りや。そうか、こっちの世界に召喚されると、向こうの世界では忘れられるんやな?」
「そういうこと。多分、レンたちも向こうでは初めから居なかったものとして処理されているだろうね。三つの召喚陣で九人も召喚されているから、地球の神や天使も大変だろうな」
ここで重要なのは、地球で自分たちがいなかったことにされているという点である。クウはもう地球に戻る気も殆どないのだが、勇者たちはいずれ帰還するつもりだった。
そんな処理がされていると聞けば黙っていられない。
しかしクウはそれを安心させるように言葉を続けた。
「心配するな。地球に戻ればちゃんと記憶処理は戻される。そうやって調和を保つのが天使の役割だからな」
「いや、天使の役目って……まるで天使に会ったことがあるみたいな言い方やなクウ」
「あるぞ」
「あるんかい!?」
「神にも会ったし」
「マジでっ!?」
クウと他の五人では覚悟が違う。
だからこそ、辿り着いた場所も大きな差が生まれているのだ。クウが天使化を経て超越者に至った一方、勇者たちは未だに何も知らぬまま傀儡となっている。
半端な覚悟しかない者に自分の意思を通すことなど出来ないのだ。
クウはユナのために一人で旅立ち、今がある。
ユナはクウのために一人で迷宮を攻略し、今がある。
小さな対象だが大きな覚悟だ。
同じ召喚者でも大きな違いだ。
求めるモノのために全てを賭ける覚悟のある意思。
勇者という立場に優越感を感じるだけの彼らには到達しえない領域である。それこそ、『天の因子』というズルがあれば別だが。
ともあれ、もはやクウは次元が違う。勇者たちもそう実感せざるを得なかった。
「俺の話を聞いてなお、何をするべきか分からないならかかってこい。精霊王を殺すまでの間は相手ぐらいしてやる。尤も、精霊王を殺せば人族領で多くの魔物が発生するようになる。悩んでいられるのも今だけかもしれないぞ?」
精霊王フローリアを殺すという言葉で光の鎖に捕えられているエルフたちが鬼の形相を浮かべていたが、クウは無視してセイジたちに問いかける。
大地に溜まった瘴気を魔物に変えることで浄化するシステムを封じているフローリアが死ねば、人族領でも魔族領並みに魔物が発生するようになるだろう。一か月に一度はどこかでスタンピードが発生するレベルになるので、勇者たちも落ち着いてはいられなくなるはずだ。
ただ、ここでもクウは少し言葉足らずだった。
しっかりと理由説明すれば、セイジたちも理解はしただろう。たとえ納得しなかったとしても、理のある行動だと分かったハズだ。
しかし、今のセリフでは精霊王が魔物発生を抑制しているように聞こえてしまう。つまり、魔物を抑制することで人族を守っていたフローリアを殺し、魔物を大量発生させようとしているように聞こえるのだ。
セイジは驚いて聞き返す。
「どういうことかな朱月? 魔物を発生させるなんて許されることじゃない! そういうことなら僕は精霊王を助け出す!」
そう言って《光の聖剣》を限界まで発動させ、精霊王フローリアをベリアルと共に閉じ込めている《黒死結界》にぶつける。光の剣が死の瘴気で作られた隔壁にぶつかり、音もなく消滅した。
自分の切り札であり、自信のある技が全く効かないことにセイジは驚く。
「な……」
「清二のアレが効かないの!? なら私が!」
「私も手伝います理子ちゃん!」
次にリコとエリカが光属性の魔法を使用した。《黒死結界》の見た目が闇系だったので、浄化を期待して光属性を選択したが、残念ながらそれらの魔法も消え失せる。
死の瘴気とは情報次元を殺すのだ。
スキルによる魔法とは情報次元を改変する法則であり、死の瘴気はそれを殺す。
「なら俺の攻撃はどうや?」
「僕もやる」
続いてレンとアヤトも試しに【固有能力】で攻撃してみるが、全く意味がなかった。
見た目は闇の障壁だが、その能力はもっと恐ろしいモノである。
自分たちの【固有能力】すら効かない。その事実は勇者だけでなく、後ろで見ているエルフたちも驚いた。 そんな彼らにクウは無情な事実を告げる。
「あの結界は神剣による効果だ。【固有能力】如きじゃ破壊出来ない。文字通り、神にも匹敵する力を秘めた剣の力だぞ? 効くわけないだろう」
正確には神(もしくは超越者)にもダメージを与えることが出来るというのが神剣である。神剣の特長として、まず不壊であることが挙げられる。そしてもう一つの特長が概念能力だ。情報次元に作用する系統の能力が付与されているので、超越者にもダメージを与えることが出来る。
そんな神剣、もしくは神装で発生した現象を【固有能力】で止めるなど不可能だ。【通常能力】よりは情報次元に干渉する力も強いのかもしれないが、所詮はそこ止まりである。
精霊王が死に至るまで残り十五分。
勇者たちになす術などない。
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